春雷 15

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「桑原、葵! クラス替えのヤツ、もう見に行った?」


 午前中最後の授業が終わった途端、廊下側の窓から顔を覗かせながら大声で問いかけてきた広石の声と共に、みんなの視線がコッチに集まってきた。
 今まで授業をしていた先生も、突然聞こえてきた大声に一瞬驚いた表情になったのに、それが広石だと分かると苦笑しただけで、特に怒る様子はない。
 以前通っていた高校と違い、この学校は色々と自由な部分が多くて、広石みたいなヤツも授業中に騒がない限りは怒られる事がないから、本当に自由気侭に行動してくる。
 もう慣れてきたけど、やっぱりちょっと恥ずかしいよなぁ……と思いつつ、少々呆れ顔をした普通な性格の桑原と並んで教科書を机に仕舞いながら、その方に顔を向けた。




「広石、ちょっと声デカ過ぎだって! 恥ずかしいだろ」
「あ、ゴメン。それよりさ、もう見てきた?」
「まだ見てないけど。もう出てるんだ」
「おう。選択で教室移動してたからさ、帰りに見たら貼ってあった。やっぱり、今、貼り出されたばかりなんだな。今度は四人共、同じクラスだったぜ!」
 苦情を言われたのを気にする様子もなく、嬉しそうに教えてくれた広石の思いがけない言葉に、慌てて彼の方に顔を向けた。
「え、ホント!? 全員一緒なんだ?」
「そう、良かったよな。一人だけ別のクラスとかだったらさ、マジで寂しいもんな。先に見に行く?」
「うーん……お昼食べてからが良いな。ちょっとお腹空いたし、とりあえず、四人一緒だってのは分かったからさ。今日はソッチの教室で食べようぜ」
「分かった。んじゃ、佑輔にも教えとくな。アイツ、別方向の教室だったし。多分、まだ見てないだろうな」
 そう言いながら自分の教室の方に顔を向けた広石は、別の選択教科の授業から戻ってくる、佑輔の姿を見つけたらしい。
 今度は大声で佑輔の名を呼んで去って行く広石を横目に、桑原がゴソゴソとカバンの中から弁当を取り出しながら、また苦笑いを浮かべた。


「あーあ。今度は佑輔に『大声で名前を呼ぶな!』って怒られるぜ、きっと」
「だろうなぁ。俺よか、佑輔の方が真剣に怒るだろうな。普通にしてる時でも煩いのが苦手だし、目立つの嫌いだからさ。でも、広石だって分かってるよな。わざとやってるんじゃね?」
 確かに二年生の途中から転校してきた学校では、まだまだ短い方になる付き合いかもしれないけど、同じクラスの中じゃ一番佑輔と仲が良いと思うし、いくら何でも、もう彼の性格だって分かってると思う。
 でも、そういうのを気にしないからこそ、佑輔と一番仲良くなれたのかもな……と考えながら、弁当の用意が出来た桑原と一緒に、隣の教室にへと向かって行った。





「全員一緒かぁ。俺達が仲良いのは分かってるから、バラバラにされるだろうなって覚悟してたんだけど。一番良くても、俺と広石が入れ替わって、二人ずつで別のクラスになるかも……とか思ってた」
 弁当を抱えて並んで歩きつつ、嬉しそうに話しかけてきた桑原の言葉に、真顔で素直に頷いた。
「うん、俺も。やっぱり佑輔と俺は『兄弟』って事になるし、一緒はダメなんだろうって思ってたからさ。皆で同じクラスになれて良かった」
「アレかな。佑輔と葵はマジで仲が良いし、こんな感じで毎日行き来してるからさ。これなら一緒にした方が良いとか思われたのかもな。実際、ちょっと面倒だよなぁ」
「ホント。こうして移動してる時間が勿体無いしさ。三年生になったら、ちょっとは楽になるよな」


 今日は佑輔の方が荷物が少なかったから、佑輔が俺の分の弁当も持ってくれた。
 だから、朝から「お昼は佑輔の方に行かなきゃ」と決めていたし、やっぱり少しの時間だけでも一緒にいたいなって思ってしまう。
 それが俺にとって当たり前だし、色々と気楽なのもあって、この学校に来た頃から、どっちかの教室で俺と佑輔の二人だけで昼食を食べていた。
 それで充分に楽しいと思っていたけど、大勢で過ごす学校だから他の皆とも、当然少しずつ交流が出てくる。
 そのうち其々のクラスで仲良くなった桑原と広石も加わって、ふと気付けば四人一緒に昼休みを過ごす様になっていた。
 俺達は良いけど、桑原と広石は行ったり来たりが大変じゃないかなぁと思うのに、二人共、何も言わずに付き合ってくれる。
 仲良しの二人も一緒に高校生活の最後の学年を過ごせる事になって、本当に良かったなって思いながら、またいつもの考えが、ふと頭を過ぎっていった。


 きっと皆が思っているのとは違う、佑輔と俺の本当の関係を知っても、二人は今までと変わらず友達でいてくれるのかなって、時々漠然と考える様になってきた。
 佑輔の事は本当に大好きだし、彼と抱き合う様になったのも後悔なんてしてない。
 でも、彼の両親や兄さんにどうやって話せば良いんだろうとか……色んな事を考えるとちょっとだけ胸が苦しくて、一人であれこれと考え込む時間が増えてきていた。
 それを佑輔本人に言ってしまえば、彼が色々と考え込んで、俺よりもっと悩むだろうって事も想像出来てしまう。
 だから大好きな佑輔にも言えない気持ちを抱え込んで、最近、ちょっとだけ辛く感じる様になってきた。
 彼と恋人同士の関係を続けていく限り、ずっとこういう気持ちが続いていくんだと分かっている。
 それを少し重く感じる度に、もし、桑原や広石に相談したら何て言われるんだろう……と、そう考える事が増えてきた。


 俺達の本当の関係を教えた時、二人が受け入れてくれるとは限らないのは分かっている。
 でも、桑原と広石だけは話を聞いても、今まで通りに友達でいてくれるんじゃないかな……って、何となく、そんな風に感じていた。
 いずれにしてにしても、身近な人達にまでずっと隠し通していくのは無理なんだと、自分達でも思っている。
 それ以上に、こんな事を考えてしまうのは、桑原か広石のどっちかに話をして、相談相手になって欲しいなと、無意識のうちにそう感じてるからなのかもしれない。
 春休みの間にでも、どっちかに相談してみようかな……と考えながら、其々にクラス替えの話で賑やかな昼休みの廊下を、桑原と並んで隣の教室にへと向かって行った。







 一人で大騒ぎの広石を呆れ顔で見守りながら待っていた佑輔も、全員同じクラスになった事を喜んでくれた。
 いつも通りに空いている椅子を勝手に借りて、四人で昼食にしながらその話で盛り上がっていると、桑原が突然、何かを思い出した様な表情を浮かべた。


「そういえばさ、ちょっと前に進路のアンケもあっただろ? 俺、大学には行かないからさ。そうやって書いたし、だから余計に、少なくとも俺だけは別のクラスだろうなって思ってた」
「あ、俺もそうだぜ。聞くの忘れてたけど佑輔は大学に行くだろうし、だから絶対に別々だろうな……ってさ。結局、その辺ってあんまり関係ないのかな?」
 桑原に言われて思い出した事を呟いてみると、隣で弁当を突いていた佑輔が、ほんの少し驚いた表情を浮かべた。
「え? 葵、大学には行かないのか?」
「うん、そうなんだよな。そういえば佑輔とは、まだ卒業後の話をしてないよなーって書きながら思ったんだけどさ。またすっかり忘れてた」
「俺は葵も当然、大学に行くと思ってたからな……学費とかの事なら、全然気にしなくても大丈夫だぞ」
「あ、違う。中学の頃から、大学には行かないって決めてたんだ。だから、前に通ってた高校も進学校って訳じゃないしさ。父さんにも『大学には行かないで、バイトとかを沢山したいから』ってお願いしてた。そういえば、おじさんにも話してないかも……」
 自分の中じゃ当たり前になっていたし、高校を選ぶ時に両親と沢山相談したから、もうすっかり解決した話題になっていた。
 佑輔やおじさん達にも教えなきゃと思いつつ、まだ先の話だから……って忘れてたなぁと考えていると、広石がようやく思い出した様子で顔を上げた。


「俺は多分、一応『大学進学』って書いた様な気がするな。まだ全然考えてなかったから、急に聞かれて適当に書いたんだけどさ。佑輔は?」
「俺も一応、進学希望って事にしている。でも俺の場合、高校自体が中途入学だし、どんな大学があるのかも分かってないからな。大学名までは書いていない」
「んじゃ、俺と同じ様な感じだよな。クラス替えに影響するのって、すっげー難しい大学を受験しようとしてる奴等くらいなんじゃね?」
「きっとそうなんだろう。一つだけ進学クラスがあって、残りを振り分けたんだろうな。やっぱり食べ終わってから、もう一度見に行くか」
 そう話す佑輔と広石の会話を聞きながら、弁当を食べるのに専念していると、向かい側に座っている桑原がまた視線を向けてきた。
「でも、何かちょっと意外だな。葵のお父さんって、結構大きい会社に勤めてたんだろ? だから、そういうのには厳しいかと思ってた」
「うーん、どうなんだろ? 兄さんには色々言ってたけど、俺には結構、甘かったかも。男の子は兄さんがいるから、次は女の子が欲しかったみたいでさ。何となく、俺って妹扱いされてたんだよな……」
「へぇ。じゃあ、あんまり煩く言われなかったんだ?」
「そんな感じ。俺の兄さんって歳も離れてて身体も大きいし、佑輔みたいに性格がしっかりしてるから。父さん達も、息子は兄さんだけって感じで、俺は割と可愛がられるだけだったんだよな。大学には行かないで好きなバイトして、色んな事を覚えたい……って話をした時も『それならちょっとだけバイトして、空いた時間は家で母さんの手伝いをしとけばいい』とか言われてさ。それってさ、女の子の『家事手伝い』みたいじゃね? 何か、俺が考えてるフリーターとは、ちょっと違う気がするんだけど」


 当時の事を思い出しつつ、桑原に色々と説明していると、隣で聞いていた佑輔がククッと楽しそうに笑った。


「あぁ、確かにそうだな。そう言われてみると、葵は昔から、ちょっと女の子扱いされてたかもな」
「やっぱり! 佑輔もそう思うよな。兄さんが父さんと一緒に色々やって、俺は母さんのお手伝いばっかりだったし。佑輔といる時だって、そんな感じで言われてたよな」
「そうだな。俺が兄さんの代わりに葵の面倒を見ていたし、俺も親父達も『それが当然』って雰囲気だったよな。女の子扱いもだけど、葵一人が末っ子って感じだったんじゃねぇか? 今でも何となく、そんな扱いは残ってる気がするが」
「言えてる。何か当たり前みたいに、俺っておばさんの手伝いしてるしさ。小さい頃から佑輔の方が身体も大きかったし、性格もハッキリしてたから、俺が頼ってばかりだったもんな」
 佑輔は本当にしっかりして大人っぽいのに、いつまでも子供っぽくて甘えたがりな自分に最近ちょっと悩んでいたけど、思い返せば記憶に残っている幼い頃から、ずっとそうだった様な気がする。
 コレは俺だけが悪いんじゃなくて、ガキの頃からそういう扱いをしてきた皆のせいでもあるよな……と、思わず顔を顰めていると、弁当を食べつつ俺と佑輔を交互に眺めて話を聞いていた広石が、妙に楽しそうに頬を緩めた。




「あー、すっげぇ分かるかも! 葵って素直で可愛いし、良いお嫁さんになりそうだしさ。佑輔はいいよなー。俺も葵みたいな可愛い彼女が欲しいなぁ」
 屈託のない笑顔でいきなり話し始めた広石の言葉に、真剣に胸がドキッと音を立てた。
 咄嗟に返す言葉が浮かんでこないまま、反射的に彼の方に視線を向けると、向かいで話を聞いていた桑原が、呆れた表情を浮かべて溜息を吐いた。
「お前……ホントに葵が大好きだよな。でも、広石が必死で葵を口説いても無駄だと思うぜ。佑輔がライバルだし、お前が敵うわけない」
「んなの分かってるって! だから『葵みたいな』って言ってるだろ。俺が葵と幼馴染だったら良かったのにな」
「それでも無理じゃね? 今の話を聞いてると、佑輔はガキの頃からしっかりしてたみたいだからさ。広石は、ガキの頃から落ち着きなさそうだもんな。葵の好みじゃなさそうだぜ」
「やっぱりそうかなぁ。確かに俺のガキの頃を思い出しても、どっちかってーと、葵と一緒に騒ぐ方だもんな。佑輔の代わりにはならなかっただろうな」
 話のネタは俺なんだけど、全然コッチに話が振られる気配は無くて、何故だか広石と桑原だけでどんどん話が進んでいる。
 呆気に取られて眺めていると、隣で二人の話を聞いていた佑輔も、楽しそうに口元を緩めた。


「確かに、桑原の言う通りだろう。広石も葵と一緒に、俺に面倒をみられる方じゃねぇのか?」
「あ、佑輔もそう思う? んじゃ、やっぱり無理かなぁ。でもさ、小さい頃から友達なら、佑輔と葵の取り合い位は出来たかも。今は全然、佑輔の一人勝ちって感じだもんな」
 軽く広石の相手をしている佑輔と、それに上機嫌で答えている広石の様子に、話を聞きながら思わず口元を緩めてしまった。
「そんな事ねぇよ。俺、広石の事も好きだぜ。遊んでで楽しいなって思うしさ」
「お、マジ!? 良かった。俺も葵の事、大好きだぜ。佑輔にいじめられたら俺に言えよな。俺が佑輔に怒ってやっからさ」
「ありがと。じゃあ、佑輔と喧嘩したら、広石に相談しに行こうかな」
 弁当を食べながらそう答えてみると、広石は嬉しそうに笑ってくれた。


 突然こんな話を始めた広石は、もしかしたら、俺と佑輔の関係に何となく気付いているのかもしれない――
 ふと、そう思いながら佑輔の方に視線を向けると、彼が軽く頭を撫でてくれた。
 佑輔に感じている好きとは違うけど、広石や桑原の事も大好きだと思うし、仲良くなれて良かったなって本当にそう思っている。
 三年生は皆一緒で本当に良かったな……と改めて感じながら、あと1年間は続く事が決まった楽しい時間を、四人でのんびりと過ごしていった。






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