春雷 14

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 少し前の日曜日に初めて遊びにきた桑原と広石は、この家を結構気に入ったらしく、その後もちょこちょこと遊びに来てくれる様になった。
 特に桑原の方は、本気でおじさんの仕事の手伝いをしたいらしく、暇さえあればアトリエにやってきて細々とした雑用を手伝う様になり、此処に来る目的が俺達と遊ぶんじゃなくて、完全にソッチになっていたりする。
 おじさんの方から見ても、実の息子なのにまったく絵画に興味の無い佑輔や、何だかよく分からないまま手伝っているだけの俺を相手にするより、真剣な表情を浮かべて真面目に話に聞き入ってくれる桑原の方が、やっぱり色々と気に入ったらしい。
 最初は遠慮していたおじさんも、桑原が意外と本気で楽しんでいると聞いてからは、今まで俺や佑輔が手伝っていた事を、休みの度にいそいそとやって来る桑原に頼む様になってきた。
 その分、俺達が手伝いに廻る事も少なくなってきて、ちょっと余った時間に佑輔と二人でバスケの練習をやったりしながら、また少し賑やかになった日々があっと言う間に過ぎて行った。




 家族だけでやるんだろうと思っていたクリスマス・パーティにも、ほんの数時間程度だけど、桑原と広石も参加してくれて、思っていた以上に賑やかになったクリスマスのパーティを、本当に楽しく過ごした。
 二人の家も家族全員でケーキを食べたりはするけど、どちらの両親も普通の仕事をしているから、皆が揃うのは結構遅い時間になってしまうらしい。
 そう言われてみれば、確かに父さんの帰りを待ってケーキを食べていたなぁと、ちょっとだけ胸がギュッとする懐かしい記憶を思い出した。
 でも、もっと小さくて佑輔達がイギリスに行く前は、こんな感じで両方の家族一緒に、賑やかなクリスマスを過ごしていた。
 佑輔と一緒に起きた枕元の、クリスマスのプレゼントが嬉しくてしょうがなかった幼い頃を思い返しながら、皆で賑やかに話をして、パーティを進めていった。




 家でも食事をする約束のある桑原と広石に合わせて、彼等がいる間は軽い軽食だけにしておいた。
 普通の家庭の夕食時になって彼等が帰り、それから本格的にパーティをやった後、佑輔と二人でリビングで遊んでいると、久しぶりにお酒を沢山飲んで上機嫌な佑輔の父が、小さなスケッチブックを手に、アトリエから戻ってきた。
「スケブって珍しいな。何か練習?」
「そうだ。お前達がモデルだな。ちょっと飲み過ぎたから、今日はコレだ。もっと早く思い付いていれば、ちょっと控えめにしといたんだけどな」
 佑輔の問いに楽しそうに答えた総一郎おじさんが、俺達が座っている横手のソファに座り込んだ。
 珍しく鉛筆を持ってサラサラとスケッチブックに走らせ始めた様子に、佑輔が床に腰を降ろしたまま、不思議そうにその姿をジッと見詰めた。


「どうしたんだよ、急に。どうせなら、桑原や広石を描いてやりゃ良いのに」
「ばか、俺は人間を描くのが苦手だって知っているだろう。改まってモデルをやって貰ったのに、妙な出来栄えだったら申し訳ないだろう」
「あぁ、なるほど。それで俺達なのか。確かに、桑原なんかをモデルにしたら、真剣に楽しみにして待ってそうだからな。変なの見せられないよな」
「そうだろう? せっかく興味を持ってくれているのに、夢を壊しちゃマズイからな」
 納得顔の佑輔と、上機嫌でそれに答えているおじさんの姿を眺めながら、何故だかふと、幼い頃の事を思い出した。


「……あれ? もしかしてずっと昔も、こうやって俺達の事、描かなかった?」
 何となく同じ光景が思い出されて呟いてみると、鉛筆を走らせていたおじさんがちょっと驚いた様子で顔を上げた。
「何だ、葵は覚えてたのか。お前達が、まだかなり小さな頃の話だぞ。多分、小学生になる前だったと思うが」
「あ、やっぱりそうなんだ……ぼんやりとしか覚えてないんだけど、俺と佑輔と遊んでる横で、おじさんがスケッチしてた記憶はある。あの時も、確かクリスマスだった気がするなぁ」
「そうだったと思う。俺もそれで思い出した。あの時のスケッチも、確か何処かに仕舞ってある筈なんだが。明日にでも探してみよう」
 そう言いながら、またスケッチを始めた姿を横目に、佑輔が楽しそうに頬を緩めた。
「確かに。言われてみれば、そんな事があった様な気がするな。今と全然変わってないって事か」
「そうかも。あの時もパーティが終わった後、二人でそのままリビングで遊んでたんだよな。ホントに今と同じだな」
「まぁ、結局はそうなるだろう。俺も葵も、あの頃と何も変わってないからな」
 昔と同じ仕草で優しく髪を撫でながら、そう話しかけてくる佑輔を見詰めてコクリと素直に頷いた。


 もう記憶もあやふやになる位に幼い頃から、佑輔は俺よりちょっとだけ強くて、いつも優しく護ってくれた。
 二人で遊ぶ時は、いつも手を繋いでくれていたし、髪を優しく撫でてくれる所も、あの頃と全然変わっていない。
 幼い頃に描かれた絵を自分達で見たのかどうかさえも覚えてないけど、きっと今とそんなに変わってないんだろうと、それだけは何となく確信していた。


 ずっとこのまま何も変わらず、佑輔と見詰め合って一緒に過ごしていけたらと夢に想う。
 本当に心の底からそう願っているのに、もし、これが壊れてしまったらどうしようって、そんな事も同時に考えてしまって怯えていた。
 何がどう壊れるのを怖がっているのか、自分でもよく分からない。
 今は同じ学校に通って、同じ事ばかりを見詰めているけど、これがいつまでも続く訳じゃない。そうやって彼と離れるのを恐れているのか。それとも、彼の両親の反対されるのが怖いのか――――
 幾度となく自問自答を繰り返してみても、納得出来る答えはまだ見つかってなかった。




「――葵、どうした。気分でも悪いのか?」
 ソファの方から聞こえてきた声に、ハッと我に返って顔を上げた。
「あ、大丈夫! 何かちょっとボーッとしてた。俺も少し酔っ払ってるのかも」
「サイダーを飲み過ぎたのかな? 佑輔は慣れているけど、葵は初めて飲んだも同然だからな。それに、元々酒に強い方じゃないんだろう」
「そうかも。きっとグラス一杯くらいでダウンすると思うな。あんまり飲み過ぎない様に気をつけなきゃ」
 今、それを考えてもしょうがないから、もう思い詰めるのは止めようと思っていたのに、色々と止め処なく考えてしまったのは、やっぱり酔ってしまったからだと思う。
 素直にそう答えて頷いた瞬間、隣からふわりと肩を抱き寄せられた。


「確かに酔っ払った顔をしてるな。大丈夫か?」
「平気。でも、ちょっと眠くなってきたかも……」
 優しく抱き寄せてくれた佑輔の肩にもたれたまま、そう呟いて眸を閉じた。
 彼の温もりに触れるだけで、本当に安心出来て、気持ちが穏やかになってくる。
 このまま永遠に時間が止まってしまって、二人共、大人にならずに過ごしていけたら良いのに……と願いながら、幼かったあの頃と同じ様に佑輔に抱きついたまま、彼の優しい温もりの中で、ウトウトと気持ち好く微睡んでいた。






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