春雷 13

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 元々、絵画系にはそれなりに興味を持っていたから、当然、佑輔の父の名前も聞いた事くらいはある。
 だから、佑輔が転校してきた時は本当に驚いたし、「この人の家族が同級生になったのか……」などと考えながら、色んな雑誌の取材記事を読んだりもしていた。
 そういう理由もあり、佑輔から「家に遊びに来い」と誘われた時は本当に嬉しくて、単なる同級生の家に遊びに行くのとは全然違う緊張感を持って、彼の家に向かって行った。


 改めて頼んだりはしなかったけど、実はそういうのに興味を持っている事を、葵が事前に家族に伝えておいてくれたらしい。
 特に絵画には興味を持ってなさそうだった広石も、普通の家とは少々違う趣を面白く感じたみたいで、佑輔と葵の部屋に行く前に、一緒にアトリエの方に連れて行って貰った。
 佑輔の父から快く見せて貰えたアトリエは、大体予想通りだったと自分でも思う。
 やっぱりこういう仕事をやってる人のアトリエって、全然普通の部屋とは違うんだなと感心したものの、まさかそれが『二人の部屋』に関しても同じだったとは、考えてもいなかった。


 葵から「佑輔と二人で使っても平気なくらい、すごく広い部屋だぜ」と前々から聞いていたし、佑輔の父の仕事を考えると、普通の民家とは全然違う広さなんだろうなぁと、遊びに行く前から何となく想像はしていた。
 でも、その想像なんてはるかに超えていた二人の部屋の中、極普通に「広い部屋だな!」と喜んだ後、呑気に葵とテレビゲームを始めた広石の姿を眺めつつ、大きな部屋の片隅に座り込んだ。




「……なぁ、佑輔。ちょっと広過ぎるんじゃね? そりゃあ、葵と二人で使ってるのは分かるけど、俺の部屋の倍以上あるしさ。すっげぇ贅沢だよな」
 驚いたり羨ましいのを通り越して、もう半ば呆れながら声をかけると、少し離れた所で遊んでいる葵と広石を眺めていた佑輔は、振り向いてきて楽しそうに頬を緩めた。
「俺が強請ったんじゃねぇよ。いつまでもアトリエの配置に悩んで決めなかった親父が悪い。だから、とりあえず広い部屋ばかりになったんだ。それに最初は、この部屋がアトリエの第一候補だった。いざ出来上がって使ってみたら、少々気に入らなかったんだとよ」
「あー、だから天井も高いのか。でも、何となく分かるかも。そういう話は聞いた事があるぜ。日当たりがどうのこうの……ってヤツだろ? 普通に考えたら住んでて快適な方が、絵を描くにも良さそうな気がするけど、それだとダメな人もいるんだって」
「そんな感じなんだろう。親父の場合、あまり日当たりが良過ぎるのも気が散ってしまうらしいな。だから向こうの気候は気に入っていたそうだ」
「分かるかも。佑輔のお父さんの絵って、そういう雰囲気だよな。穏やかなんだけど、明るいだけじゃないからさ。きっと『曇り空』っぽいんだろうな」
 単純に『自分の気に入った絵を眺める』のが好きなだけで、自分自身に絵心は無いのは分かっているし、そういう勉強もした事はない。
 だから上手い言葉も浮かんでこなくて、もうちょっと気の利いた感想が言えればなぁ……と少々悔しく思いながら呟いてみると、葵と広石を眺めている佑輔が、また楽しそうに口元を緩めた。
「いつも俺達とバスケばっかりやってるし、全然聞いてなかったから、桑原がそういうのを好きだとは思わなかったな。お前も真面目に描いてみれば? 親父も喜ぶと思うけど」
「うーん、無理じゃね? 俺は自分で描くより、気に入ったのをボーっと眺めるのが好きなんだよな。どういうのが『良い絵画』なのかも分からないしさ。逆に、描いてる最中の手伝いとかなら、ちょっとやってみたいかも。見てるだけで楽しいから」
「へぇ、助手みたいなヤツかな。そういうのもやりたいのなら言っておこう。普段の運び出し時には、俺達も駆り出されている。少しでも手伝いが多い方が助かるからな」
「え、マジで!? もう、毎週でも大丈夫だぜ。どうせこんな感じで遊んでるだけだからさ。もっと早く聞けば良かったな……」


 同じクラスの葵から、時々そういう手伝いをしているのを聞いて、ちょっと羨ましく思っていた。
 本当に手伝いを頼まれたら、真剣にやんなきゃなぁ……とか考えていると、大騒ぎしながらゲームを終わらせた葵と広石が、ゴソゴソと此方に向って移動してきた。
「すっげぇ面白かった! 佑輔と桑原もやる?」
「少し休んでからにしよう。飲物が無くなったから持ってくる。ついでに何か食べる物も取ってこよう」
「あ、ホントだ。やっぱり二人だけの時より、無くなるのも早いなぁ」
 空になったペットボトルを持って立ち上がった佑輔に続き、テレビの方から戻って来た葵も、勢い良く立ち上がった。
 そのまま部屋を出て行く二人の後姿を見送った後、また何気なく、周囲にグルリと視線を向けてみた。




「……いいなぁ、マジで広いよな。俺んトコの倍以上はあるかも」
「だな。20畳近いのかなぁ? 俺の部屋は6畳だから、3倍はあるかも。こんだけあると、二人で使ってても狭く感じないだろうな。ってか、家自体が全体的に広いよな。俺んちと全然違うし、ちょっと緊張するかも」
 口ではそう言いながらも、広石は既にすっかりこの広さに慣れてしまっているらしい。
 ゆったりと敷かれたラグの上に寝転び、勝手に漫画を引っ張り出して読み始めた広石の姿に溜息を吐きつつ、また部屋の中を眺めてみた。


 やっぱり二人だけじゃ場所も余ってしまうのか、色んな所に無造作に飾られている絵が、ちょっと羨ましかったりする。
 元々はアトリエにする筈だったからなのか、普通の部屋より天井も高めだし、ぼんやり座っているだけでも心地良く感じてしまう。
 でもそれ以上に、出迎えてくれた佑輔の両親は堅苦しさが無くて話しやすくて、初対面なのに親近感を持ってしまった。
 家の雰囲気もそんな感じだし、ぎゃあぎゃあと口煩い自分の両親と比べてしまって、本当に色々と羨ましい。
 子供の頃からこういう所で毎日ゆったりと過ごしているから、佑輔は大人っぽくて落ち着いた性格になったのかなぁ? とか考えながら、ラグの上に寝転がっている広石の方に視線を戻した。


「逆にさ、これだけ余ってるんだから、真ん中で区切って半分にすれば良いのにな。それでも充分だと思うけど」
「そうかなぁ。せっかく余裕あるのに、色々勿体無くね?」
「まぁ、そうなんだけど。でも、アイツ等って本当は兄弟じゃないだろ。すげぇ仲が良いのは分かってるけど、何かと気を使うんじゃないかなぁってさ。お前、俺と二人でこの部屋使えって言われたら、どうやって分ける?」
「んー……桑原となら、半分にキッチリ区切らなくても別に平気かなぁ。でも、ベッドはアッチとコッチな。寝る時くらいは別々が良いな」
 うつ伏せで読んでいる漫画に視線を落としたまま、片手を上げて反対の壁を交互に指差す広石の仕草に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「お前なぁ……あえて言わなかったのに。ソコを突っ込むなっつーの」
「アイツ等は別に良いんじゃねぇの? マジで仲良しだから、あの方が落ち着くんだろうな」
「俺もそう思うけど。でも、やっぱり普通はもっと離して置くよな」
 普段からほんの少しだけ感じていた、彼等同士の関係に対しての違和感が、何となくハッキリとした気がする。
 広石が言う通り、きっと彼等にとっては『これが普通』なんだろうなと考えながら、ピッタリと並べて置いてあるベッドの方に視線を向けた。




 自分と広石も仲の良い方だと思っているけど、佑輔と葵の仲の良さは、俺達とちょっとだけ違うのが分かってしまった。
 広石の家に遊びに行って遅くなり、結局そのまま泊まった時に、無理矢理ベッドに潜り込んで一緒に寝た事はあるけど、彼と毎日そうしようとは思わないし、広石もそう思ってるんだろう。
 でもやっぱりアイツ等の場合、ずっと一緒に寝てたとしても全然不思議じゃないよな……とか考えていると、広石がパラリと漫画のページを捲った音が聞こえてきた。


「桑原ってさ、そういうのが気になる方?」
「うーん、どうなんだろうな。全然考えた事も無かったから驚いたけど、意外と大丈夫っぽい。でも、どうすれば良いか分からないよな……」
 ボソッと問いかけてきた広石が何を聞きたいのか分かっているから、正直にそう答えた。
 もっと困惑しても良さそうな気がするのに、意外とすんなり受け入れてしまった気持ちに、自分でも驚いてしまう。
 アレコレと考える前に彼等と仲良くなったからなのか、それとも、広石がこうして軽く問いかけてくれたからなのか。その理由は分からないけど、きっと本当は恋人同士なんだろうなと思われる佑輔と葵の事を、極自然に受け入れてしまっていた。
 もっとも、そう考えながら思い返してみると、佑輔の葵に対する態度なんか、完全にそのままの意味だと思う。
 普段から人懐っこくて誰とでも仲の良い葵と違って、無愛想で他人に無関心な佑輔が、葵にだけは執着して色々と世話を焼いてる理由が、そう考えると簡単に理解出来る。
 きっと佑輔は、葵の事が本当に可愛くてしょうがないんだろうな……と、急な雨に降られた放課後の教室で、葵の濡れた身体を丁寧に拭いてあげていた佑輔の仕草を思い出して、一人で妙に納得した瞬間、またパラリとページを捲る音が聞こえてきた。


「別にさ、何もしなくて良いんじゃね? アイツ等だって、俺達にどうにかして貰おうとは考えてないだろ」
「そうなのかなぁ。今まで通りで良ければ、俺も気が楽なんだけどさ」
「多分、それで充分喜んでくれると思うけどな。やっぱさ、どうしても『普通』じゃないとダメなヤツは、そのうち離れていくだろうから。桑原が嫌じゃなければ……になるけど、今までと同じ様に付き合ってれば、アイツ等も喜ぶんじゃねぇかな」
 漫画に視線を落としたまま、いつも通りの口調で話しかけてきた広石の言葉に、慌ててその方に顔を向けた。
 直ぐに返ってこない返事を気にする様子もなく、またパラリとページを捲った広石を見詰めながら、何故だか急に笑い出したくなってきた。
「分かった。お前、何かすっげぇ大人だな」
「んな事ねぇよ。せっかく仲良くなれたのに、些細な事で離れてしまうのも寂しいからさ。それに、こういうのは佑輔と葵との話で、俺達との付き合いは違う訳だし」
「だよな。佑輔と葵が付き合ってたとしても、それは二人の関係がそうなだけで、俺とは今までと何も変わらないもんな」
「まぁな。でも、佑輔が葵を大好きなのは分かる気がするな。俺から見ても、葵ってホントに可愛いなって思うからさ。佑輔が他のヤツと付き合う様になったら、俺が葵の彼氏になろうかな」
 相変らず寝転んで漫画を読み耽りつつ、サラリとそう言い放った広石の頭を軽くペシっと叩きながら、その隣に寝転んでみた。
「マジかよ! もしかして、お前もソッチ系とか?」
「や、違うと思うぜ。だって、桑原を見ても可愛いとか全然思わないから。葵限定かなぁ」
「ちょっと、それは酷いんじゃね? 俺だって葵に負けない位に可愛いと思うし、一緒に何度も一晩過ごした仲じゃねぇかよ。もうちょっと俺にも優しくしてくれても良いと思うんだけどな」
 素っ気ない態度の広石に冗談交じりで訴えながら、心地良いラグに寝転んだまま、何となく目を閉じて考え込んだ。


 いつもマイペースで周りをあまり気にしない方だし、真顔で冗談ばかり言ってくる広石だから、今も何処まで本気で話しているのかは分からない。
 でも、佑輔と葵との付き合いを止めるつもりはないんだろうって事だけは、ハッキリと理解出来た。
 コッチが色々と考え込んでしまう前に、彼がやんわりと肯定の態度を取ってくれたから、割と自然に彼等の事も受け入れられたのかもしれない。
 友達の多い広石だから、もしかしたら他の皆にも、こんな感じで少しずつ根回ししてるのかもなぁ……と夢現で考えていると、ドアの開く音と共に、佑輔と葵の話し声が聞こえてきた。




「おい、桑原。てめぇ、こんな所で寝るんじゃねぇよ。眠いのならベッドで寝てろ。床に転がるな」
 呆れた様子で声をかけてきた佑輔に向って、隣で漫画を読み続けていた広石が顔を上げる気配を感じた。
「だろ? でもさ、俺んちに泊まった時は『寝るのはベッドじゃなきゃ嫌だ!』とか言うんだぜ。昼間は平気で床に寝てるのに。わざわざ俺んちの狭いベッドに入り込んで来るんだよな」
 ブツブツと佑輔に愚痴を溢している広石の声を、目を閉じてぼんやりしながら聞いていると、横に誰かがゴロリと横になった気配を感じた。
「あ、意外と気持ち良いかも! 佑輔も寝てみれば?」
「ばか、冗談じゃねぇよ。葵も妙な事ばかり真似するな。後で『身体が痛い』とか言い出しても知らねぇぞ」
「ちょっと昼寝する位なら大丈夫。ラグも敷いてあるしさ。日当たり良くて暖かいし、すっげぇ気持ち良いぜ」
 すぐ隣から聞こえてくる葵の楽しそうな声色に、何故かやけに安心してしまう。
 きっと佑輔は本気で呆れているんだろうな……と、その表情を思い浮かべながら、隣にやってきた葵の腕を、キュッと引っ張って抱え込んだ。
 目の前でキスされたり、そういう意味で抱き合われたりしたら戸惑うけど、きっと彼等はそんな事を、俺達の前ではしないと思う。
 それに単なる男同士の友達だって、コレくらいの事はするから平気だよなと考えながら、暖かな葵の腕に頬を寄せて、気持ち良く微睡んでいった。






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