LovelyBaby 07

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 嬉しそうに頬を綻ばせたまま、車内に流れる音楽を切り替えている奈宜の姿を、チラリと横目で確認する。
 こんな些細な事を無邪気に喜んでくれる彼の姿は、きっと歳相応の反応なんだろうけど、本当に可愛く思った。


 初めのうちは時間を決めやすい電車で遊びに行っていたものの、張り切って行先を決めていた再会直後の約束と違って、特に明確な行先を決める事無く、当然の様に毎週の休みを一緒に過ごす様になった今では、車で移動した方が何かと便利だったりする。
 ふとそう思って奈宜に提案してみると、彼は本当に嬉しそうに、飛び上がらんばかりに喜んでくれた。
 奈宜が小さかった頃は車を所有していた彼の家族も、もう奈宜が大きくなり、揃って家族旅行に行く事も疎らになってきたから、数年前に車を手放してしまったらしい。
 都心に住んでる家族なら電車移動でも充分だし、その時は中学生だった奈宜も素直に納得していたものの、自分が免許を取れる時期になってきたら、少々残念に思い始めていた様だ。
 「車に乗るのって、すっごい久しぶりかも!」と、無邪気にはしゃぐ奈宜の様子に頬を緩めながら、その後は自然と、車での移動が多くなってきていた。
 その他にも、車の中だったら周囲の目を気にせず、二人っきりで過ごせるから……という理由も大きいかもしれない。
 遠い所に決めた目的地までの、退屈な筈の移動時間も、奈宜と一緒のドライブであれば、それも楽しい一時になっていた。




「……森崎さん、この曲とか大丈夫?」
 助手席から不安気な表情を浮かべて、そう問いかけてきた奈宜にチラリと視線を向け、また前を向いて口元を緩めた。
「別に大丈夫だが。どうした?」
「うーん、俺の好きなのばっかり流してるからさ。森崎さんの好きなヤツって、持ってきてないの?」
「あぁ、持ってきてないな。最近は音楽を聴く機会が少ないから、特に気に入っている曲もない。だから遠慮せずに奈宜の好きなヤツをかけて良いぞ。これは今、流行ってる曲なのか?」
「ちょっと前かな。でも気に入ってるから、しょっちゅう聞いてるかも。やっぱり、車って良いな。好きなの聞きながら移動出来るし」
「そうだな。こうしてると、移動時間も楽しく感じるな」
「うん、ホントに……でもさ、森崎さんは大変だなって思う。ずっと運転してるからさ。俺も早く免許取って、交代で運転出来る様にしなきゃ」
 真顔でそう話す奈宜の言葉を聞きつつ、思わず声に出して笑ってしまった。
「そうか。それなら、奈宜が免許を取った後は、少し田舎の方に遊びに行くか」
「別に良いけど……何で田舎?」
「その方が車も少なくて、奈宜も運転しやすいだろう。事故を起こしたら大変だからな」
「あ、酷いなぁ。俺、ちゃんと練習してくるし。安全運転するから大丈夫! 森崎さんの車だし、ぶつけたら大変だからさ」


 そう拗ねた口調で答えつつも、顔は笑っている上機嫌な奈宜は、缶ジュースを飲みながら楽しそうに窓の外を眺めている。
 高校三年生の奈宜は、この年頃の男の子らしく、学校が夏休みになったら免許を取りに行こうと思っているらしい。
 言葉では、ああ言って冷やかしているけど、慎重で穏やかな奈宜の性格を考えると、きっと俺より遥かに安全運転だろうなと予想がつく。
 でも、初心者の奈宜も運転するのなら、この車は少々デカ過ぎる気もする。
 反面から考えると、大きい方がぶつけたりしても乗ってる方の衝撃も少ないだろうし、どうせ中古で買った車だから、多少傷が入っても全然気にはならない。そう思ってはいるものの、本当に傷を入れてしまったりしたら、奈宜はきっと真剣に謝ってくるに違いない。
 奈宜の好みもあるだろうし、彼が無事に免許を取ったら、そのお祝いで奈宜の意見も取り入れつつ、新しい車を買っても良い……
 勝手にそんな事を考えている自分自身に気付き、ハンドルを握りって前を見詰めたまま、思わず自嘲して口元を緩めた。
 こういう事を始めとして、日常の些細な出来事に至るまで、無意識のうちに奈宜と一緒に何かをする事を前提に、色々と考えている。
 彼の姉と付き合っていた頃から今まで、どちらかと言うと「そのうち別れるんだから……」と案外冷めた視線でいたのに、奈宜の存在だけは、ストンと自分の間近に落ち着いてしまった。




「森崎さん、もうすぐ着くのかな? 今、看板があったけど」
 キョロキョロと窓越しに周囲を眺めつつ、助手席から問いかけてきた彼の声に、頭の中にある地図を辿った。
「そうだな……あと数分程度で到着すると思う。次の角を曲がった所だ」
「ん、わかった。じゃあ、準備しなきゃ」
 嬉しそうに声を弾ませて素直に頷いた奈宜が、ゴソゴソと車を降りる準備を始めた。
 どうせ帰りにも使うんだから……と思うけど、どうやら彼の性格上、聞いていたCDやゴミなんかは、全部降りる度に片付けておかないと気が済まないらしい。
 少し多めに残っていたらしい缶ジュースを、ゴクゴクと美味しそうに飲み干している彼の気配を、穏やかな気分で感じていた。






 今日の目的地の海に面した大型のアウトレットモールは、思っていたより広くて、一日中遊べそうな位に色んな施設が整っている。
 初めて奈宜を車に乗せて遊びに出た時、ふと思い立って、家から一番近い所にあるアウトレットモールに連れて行ってあげたら、結構気に入ってしまったらしい。
 自分でも色々調べたらしく、「他にも沢山あるみたいだから、お小遣いを貰ったら別の所にも行きたい」と、提案してきた奈宜に頷き、それから彼がお小遣いを貰える日まで、何処にするかを一緒に楽しく相談していた。


 まだ高校生の僅かなお小遣いだし、バイトもしていない奈宜に「欲しい物があるなら、俺が買ってやるぞ」と言ってはみたものの、彼はそれに頑として頷こうとしてくれない。
 さすがに一緒に遊びに行った時の食事代なんかは、和やかな笑顔で「ごちそうさま」と受け入れてくれるものの、「欲しい物はお小遣いの範囲内で」と極自然にそう思っている様だ。
 両親や歳の離れた姉から猫可愛がりに育てられているから、多少は我侭な子供になりそうなものの、それとは正反対な、皆の言付をきちんと守る素直で律儀な性格は、小さい頃からあまり変わっていない。
 大人になった今では、何気なく見逃してしまう様な些細な事まで、ちゃんと拾い上げて喜んでくれる奈宜と連れ立って、久しぶりの買い物にへと繰り出して行った。




 途中にあるアミューズメントを覗いてみたり、途中で休憩したりしつつ、お互いの目的の品を探していく。
 どうやらジーンズが欲しいらしい奈宜は、あちこちの店を繰り返し覗き込んでは、何やら真剣な顔で悩んでいる。
 その間に、俺の方の買い物にも付き合って貰って、靴を一足だけ買った。
 奈宜とこうして出歩く以前は、やはり女性の買い物に付き合っていたからか、ちょっと目に留まって気に入ったら、さほど考える事無く購入してしまい、随分と無駄な買い物をしていた気がする。
 どちらかと言うと強引に連れ回されていた記憶しかない、以前付き合っていた女性達とのデート中の気持ちが、不意に脳裏を過ぎるのを感じながら、買い物っていうのは案外楽しいもんだな……と、そんな事に気がついた。
 そう大きな揉め事も無く、順調に大人になったつもりでいたけど、いつの間にか抜け落ちていた沢山の事柄の一つ一つに、奈宜と一緒に過ごす時間が、少しずつ入り込んでいる気がする。
 雑誌一冊買うにもそれなりに悩んでいた、遠くて懐かしい記憶を思い出しながら、試着をして意見を求めてくる奈宜に向って、彼と同じ位に弾んだ気持ちで、色々とアドバイスをしてやっていった。






 家に帰る前に、少しだけ海を見て帰ることにした。
 場所を確保して奈宜を残し、また店の方に逆戻りする。
 そんなに長い時間を過ごすつもりはないから、余ったら車に持ち帰っても大丈夫そうな容器に入った飲物を二つ買って、彼の所にへと戻っていく。
 ベンチに腰掛け、一人で海を眺めている奈宜の後姿と、隣のベンチに座る恋人達の姿が目に入ってきた瞬間、何とも表現し難い気持ちを感じた。


 ああやって何も考えず、奈宜の肩を抱いて一緒に海を眺めてみたい。
 ずっとそう思っているのに、まだこうして二人で出かけた先、人の目がある所では、そうする事が出来ずにいた。
 自分の気持ちの中では、奈宜はもう、何よりも大切な最愛の人になっている。それでも未だに、彼自身にそれを伝えた事はなかった。
 奈宜がその言葉を受け止めてくれるのであれば、もう何の躊躇いも持っていない。でも、それを彼に告げた瞬間、二人の関係が終わってしまうんじゃないかと、その事に怯えていた。
 自分の気持ちを一方的に伝え、もしそれが奈宜の負担になったとしたら。彼はきっと、黙って俺の元を去って行くに違いない。
 いつかは来るのであろう、その瞬間は、ほんの少しでもいいから、後に引き延ばしておきたかった。
 奈宜が大人になって、好きな女が出来るまでの時間を、こうして一緒に過ごせるだけで満足すべきだ――――
 そう自分に言い聞かせながら、笑顔で迎えてくれた奈宜に飲物を渡して、彼の隣に腰を降ろした。






*****






 今月のお小遣いの大半を使って買ったジーンズは、森崎が選んでくれた事もあって、本当に気に入った。
 だからちゃんとお礼を言いながら車に乗って、また途中であちこち寄り道をしながら、家の方にへと戻ってきた。
 ドライブも兼ねての買い物だけど、遠い距離を運転するのは、俺は免許が無いからあまり分からないけど、きっと大変だろうと思う。だから、少し遠いかな……と悩みながらも提案してみたら、彼は快く引き受けてくれた。


 一緒に行ってみたアウトレットモールは、遊ぶ所も色々あったし、景色も良くてすごく楽しかった。
 俺も早く免許を取って、少しの距離でも変わってあげられる様になれば、彼も少しは負担が減ると思う。
 そうしたら、ちょっと遠い所に車で出かけて一泊旅行にでも行きたいな! って語り合いながら、のんびりと夕食を楽しんできた。




 家に戻ったら今日は俺が珈琲を淹れてあげて、またゆっくりと過ごした後、一緒にベッドの中に潜り込む。
 暖かいベッドの中で抱き合って、今日も彼の腕に抱かれて眠りながら、いつもと同じ様に嬉しいんだけど少し不安な感じもする、微妙な気持ちになっていた。


 週末毎に泊まりに来て、身体を合わせる様になって、もっと森崎の事を好きになってきているのが、自分でも分かっている。
 最初の頃は少し怖く感じていた行為も、今では本当に気持ち好くて、嬉しくなればなるほど、その先の事を考えると胸が苦しくなってきた。
 大好きな彼が、新しい恋人を作るまでの少しの間だけ……そう自分で決めていた筈なのに、それが本当になった時、平然と受け入れる自信が無くなってきた。
 森崎と一緒に遊びに行ったり、こうして抱き合ったりする心地好い時間を、他の誰かに取られてしまう。
 そう考えただけで、息が詰まって泣きそうになってくる。


 嘘を吐いて、こうして恋人の真似をして欲しいって言い出したのは俺なのに、それが本当に気持ちの負担になってきていた。
 もう子供じゃないし、色んな事を割り切れる大人になったつもりでいた。
 だから、一緒に過ごした楽しい時間は想い出になって、その時が来たら、彼の事も諦められるに違いないと思っていたのに、全然そうじゃない。
 彼の傍で過ごす時間が長くなればなるほど、この時間を無くしたくないと思ってしまう。
 小さい頃に森崎に憧れていた頃以上に、今はもっと沢山、好きになってしまっていた。
 大人の彼に合わせようと頑張って精一杯背伸びをしていたのに、それはやっぱり、俺には少し無理な事だったのかもしれない。
 色んな気持ちが溢れそうになってしまって、もう、自分で抑えきれるかどうか分からなくなってきていた。
 このまま我慢していたら、そのうち彼に本当の事を言ってしまうかもしれない。
 先に寝入ってしまって、気持ち良さそうな寝息を立てている森崎の胸元に顔を埋めたまま、暖かな彼の温もりにいつまでも縋りついていた。






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