LovelyBaby 05

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 子供だったあの頃は平気で抱きついていたのに、大人になって再会した後は、手を握る事すら出来なくなった。
 きっと俺が女の子だったら、気軽に手を繋げてただろうし、素直に自分の気持ちを言えていたのかもしれない。
 でも俺は男だから、本当の気持ちを言っちゃいけないって分かってる。だから今は、こんな言い方しか出来なかった。
 久しぶりに抱きついた腕の中は、昔と同じ様に大きくて、本当に暖かくて安心出来る。
 初めての行為はちょっと恥ずかしくて怖かったけど、それ以上に嬉しくてしょうがない。
 小さな嘘を吐いてしまった胸の奥が、少しだけチクリとするけど、それ以上に幸せな気分を感じながら、抱き締められた腕の中で安心して眠りについた。






「奈宜、少しは楽になってきたか?」
「かなり良くなってきた……でも、映画に行く予定だったのに……」
「無理するな、映画は来週でも良い。今日は大人しく家で過ごそう。見たい物があるなら、レンタルで借りてくるぞ」
「俺は大丈夫。でも、森崎さんが暇そうだからさ」
「そんな事ねぇよ。奈宜と話をしてるし、一人で休日を過ごす時はこんな感じだ。心配するな」
 頭を撫でつつそう言い残し、キッチンに向う森崎の背中を見詰めながら、ソファに寝転んだままの自分の姿に、こっそりと溜息を吐いた。


 彼と抱き合った昨夜、終わった後の違和感は確かに凄かった。でもそれは初めてだからだと思うし、少し寝れば治るだろう……と軽く考えていた身体の痛みは、朝起きても残っていた。
 腰の辺りが凄く痛いし、おまけに少し熱っぽい気もする。
 予想外な自分の状態に慌てていると、目を覚ました森崎に優しく腰を撫でられ、「今日は部屋でゆっくりしよう」と提案された。
 そっと落とされたキスを受け止めながら、何で分かったんだろう? と心底不思議に思ったけど、もしかしたら初めての時には、よくある事なのかもしれない。
 俺と違って森崎さんは大人だから、きっとこんな状況にも慣れてるんだろうなって、キッチンで飲物を作っている彼の背中を見詰めながら、そんな事を考えていた。




 戻ってきた彼に起こして貰って、床に置いたクッションの上に腰を降ろす。
 そのまま背後から抱きかかえてくれる、彼の腕の中に収まったまま、二人で珈琲を飲みながらテレビを見て、のんびりと過ごしていく。
 時々キスされるのが心地好くて、本当に嬉しいんだけど、また少し考え込んでしまう。
 朝起きて怒られたり、逆に余所余所しくされたらどうしよう? って怖かったけど、そんな事は全然なかった。
 今までと同じ様に優しく接してくれるし、ずっと秘かに望んでいた通りに、恋人同士みたいな雰囲気で抱き締めてくれる。
 それが嬉しくもあるけど、逆に少し胸の奥が痛んできた。


 彼に嘘を吐いて、こうして貰っているから……だから優しくしてくれるのかな? って、そんな疑問が頭の隅からどうしても離れてくれない。
 彼を誘った時、「女の子との付き合い方が分からないから」って、そう理由を誤魔化したから、彼はそれを教えてくれてるんだと思う。
 彼が今まで付き合った中にも初めてだった子がいて、そんな子達にもこんな風に優しくしてあげてたのかな……? って考えてたら、何だか本当に羨まし過ぎて、涙が出そうになってきた。


「……奈宜、どうした? 座ってるのが辛いなら、横になった方が良いぞ」
 少し泣きそうになってるのに気付いたのか、背後から身を乗り出して問いかけてきた森崎に、慌てて笑顔を浮かべて頭を振った。
「あ、違う。大丈夫だから。何かちょっとぼんやりしてた」
「そうか。寝るのが遅くなったし、少し睡眠不足なのかもしれねぇな。後で一緒に昼寝でもしよう」
 安心した表情を浮かべた森崎にそう言われ、無言で静かに頷いた。


 きっと素直に「好きだ」って言っても、彼はきっと子供の「好き」と同じだと思って、相手にしてくれないと思う。だからああやって少し言い方を変えて、気持ちを伝えるしかなかった。
 そもそも男の俺にそんな事を言われたって、森崎さんも困ると思う。
 偽物の恋人同士だけど、俺は、これで満足しなきゃいけない……そう自分に言い聞かせながら、暖かな彼の腕に、ゆったりと身を任せて甘えていた。






 お昼ご飯を食べた後、ベッドで抱き合ったまま一時間くらい昼寝をして、夕方まで家の中で過ごした。
 身体の方もかなり落ち着いてきたから、家まで送ってくれる森崎と途中で一緒に夕食を食べて、もう人気の無くなった夜道を二人並んで歩いて行く。
 まだ明るかった夕方には手を繋いでくれなかった彼も、薄暗く人通りの無くなった頃には、こっそりと手を繋いでくれた。
 自分より大きな彼の手を握って指を絡めて歩きながら、すごく嬉しく思っているのに、ちょっとだけ、やっぱり胸の奥が痛かった。


「持てるか、奈宜。中まで運んでやろうか?」
「大丈夫。今日はそんなに重くないから、自分で持てる」
 家の前で手を繋いだまま、空いてる片方の手で荷物を受け取った。
 荷物の無くなった掌で、優しく頭を撫でてくれる彼を見上げながら、精一杯の笑顔を浮かべて微笑みかけた。
「ありがとう、森崎さん……あのさ、次の土曜も泊まりに行っても良い?」
 ほんの一瞬だけ、少々驚いた表情を浮かべた彼は、直ぐに普段の顔に戻って穏やかに頷いてくれた。
「あぁ、大丈夫だ。またメールしてくれ」
「分かった。じゃあ、また色々決めとくから」
 自分でもビックリする位に弾んだ声で答えると、チラリと周囲を伺った森崎が身を屈めて、軽くキスをしてくれた。
 いつもは俺が先に家の中に入ってしまうけど、今日は門の前に立ったまま、駅に向って戻っていく彼の背中を見送った。
 暗がりに姿が紛れてしまう直前、振り返って手を振ってくれた彼に、笑顔を浮かべて手を振り返しながら、やっぱり本当の気持ちは黙っておこうと、そう決めた。


 いつまで経っても子供扱いしてくる彼に、ちょっと頑張って背伸びをして、本物ではないけど恋人同士になって貰った。それが本当になったらもっと嬉しいけど、でも贅沢を言っちゃいけないと思う。
 ずっと女の子とばかり付き合っている森崎の恋人に、男の俺がなれる筈がないのは分かっている。
 今は「恋人がいない」って言ってたから、また彼に好きな女の子が出来て、その子が恋人になってしまう日まで。
 それがいつになるかは分からないけど、その間だけで良いから、ずっとずっと大好きだった彼の恋人代わりで、その傍にいたいと思った。
 彼を困らせたくないから、好きだって言うのは止めた。
 もし、彼に好きな女の子が出来なかったら、俺はずっと傍に置いて貰えるのかな……?
 そんな淡い期待を胸に、遠ざかって行く彼の姿が見えなくなるまで、ずっと無言で見詰めていた。






 角を曲がる瞬間にチラリと振り返ってみると、奈宜がまだ玄関先に立ったまま、此方を見送っているのが見えた。
 早く家に入れば良いのにと思いながらも、そんな彼の健気な姿を、本当に嬉しく感じた。


 何にも言わないけど少し辛そうにしていた奈宜の様子を見て、やっぱり無理をさせてしまったんだな……と後悔していた。
 基本的に男の身体はそういう風に愛し合う様には出来てないし、そもそも自分自身が男を抱いた事がないから、そのやり方が分からないうちに、かなり無理な事をさせてしまったのかもしれない。
 大人しく寄り添ってくれる彼が何も拒絶しないのを良い事に、馬鹿みたいに華奢な身体を抱き締めたまま、幾度となくキスを落とした。
 こんな事で、彼の身体の痛みが治まるとは思ってない。只そうでもしていないと、奈宜を傷つけたのでは? と無意識に恐れる、自分の気持も治まらなかった。
 誘ってきたのは奈宜だけど、きっと本当に辛く感じたと思う。
 だからもう、これっきり彼と身体を合わせる事は無いんだろうと思っていたのに、奈宜の方から「また泊まりに行っても良い?」と、そう問いかけてくれた。


 こうなるまで自分自身でも気付いてなかったのに、一度腕の中に抱いてしまったら、もう彼を手放せそうにない。
 また俺の所に泊まりに行けば、どうなるのか。それは奈宜も分かっている筈だと思う。
 それでも来ると言い出した彼は、俺に抱かれるのを、少し位は気に入ってくれたんだろうか……?
 マンションに戻る電車に揺られながら、そんな事ばかりを考えていた。






*****






 こうしてメールをやり取りする様になり、もう随分経ったというのに、相変らず奈宜からのメールは昼休み辺りと、夜七時以降に限られている。
 きっと彼なりに気を使っているんだろうなと、微笑ましく思いながら、家路に向う電車の中、彼に送るメールの返事を、携帯の画面を見詰めながら考えていた。


 まだそれなりに混雑している車内がガタンと揺れた弾みで、隣に立つ中年サラリーマンが読んでいる夕刊が目の端に映った。
 それに何気なく視線を走らせ、また何事もなかったかの様に、携帯に視線を戻した自分自身に気付いた瞬間、胸がドクリと音を立てた。
 いちいちそんな記事に欲情するほど子供ではないけど、つい数秒前の自分は、よくある若い女性の裸の写真にさえ、何の興味も湧かなかった。
 その代わりに頭の中を過ぎっていったのは、腕の中で甘い啼き声を上げていた、あの瞬間の奈宜の艶やかな姿だった。
 こんな状態になるまで自分の気持ちに気付いてなかった……だなんて、自分自身の鈍さに思わず自嘲してしまう。
 片手で奈宜にメールの返事を打って、それを送信し終わった頃には、降りる筈だった乗りかえの駅を、ずっと前に通り過ぎていた。






 自宅のある駅から遠く離れた街に寄り道をして、かなり遅くなった時刻に家に着いた。
 何となくテレビをつけてコンビニ弁当の夕食を取りつつ、買ってきた物を鞄から取り出し、テーブルの上に置いてぼんやりと眺めてみた。


 そういう性癖は無かったものの、そういう者達が集まる場所がある事だけは、噂だけで知っている。きっとこの辺りだろう……と適当に歩き回っていた賑やかな街の片隅で、ようやく目的の店を見つけた。
 目に留まったヤツを買って帰ろうと思っていたのに、予想外に沢山の物が溢れていて戸惑ってしまう。
 やっぱりそういう雰囲気で分かってしまうのか、呆然と棚に置かれている物を眺めているだけの俺に向って、見るに見兼ねたらしい、おねぇ言葉を話すオッサンの店員が傍に近寄ってきて、色々とアドバイスをしてくれた。
 聞きかじり程度の知識しか無かった俺は、やはり奈宜の身体に少し苦痛を与えてしまっていたらしい。
 似た様な物だろうと勝手に解釈していたボディローションは、そういう用途で作られた物とは全然違っているらしく、どうやら「無いよりかはマシ」程度でしかないそうだ。
 「慣れてる子ならともかく、初めての子にボディローションだなんて!」と怒るオカマのオッサンに何故だか謝りつつ、事細かに教えてくれる助言に従って、勧められた物を購入してきた。


 こうして冷静に見詰めてみると、こんな物を買ってきてまで……と馬鹿馬鹿しく思うけど、かといって、また奈宜と二人っきりになった部屋の中、自分の欲望を抑える自信は無い。
 どっちにしても引き返せない気持ちなら、出来る限り身も心も、彼を傷つけてしまう様な真似はしたくなかった。
 身体を動かすだけでも辛そうにしていた奈宜の姿を思い返すと、本当に申し訳なく思ってしまう。
 これでアイツの身体にかかる負担が、少しでも軽くなればと願いながら、未だに揺れ動く気持ちを抱えたまま、奈宜の事ばかりを考えていた。






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