HoneyDrops 09

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 久しぶりに会った「達兄ちゃん」は、見た目は少し大人っぽくなっていたけど、皆から教えて貰っていた通り、昔と全然変わってなかった。
 俺の話も沢山聞いてくれたし、新居に引越も終わらせて落ち着いたら、今付き合っている彼女を連れて、遊びに来てくれる約束までしてくれた。
 それをすごく嬉しく感じながらお礼を言って、夕方まで三人であちこち廻って遊んだ後、いつも通りに彼の部屋に戻ってきて、のんびりと週末の夜を楽しんでいく。


 両親や姉との時間も楽しくて大好きだけど、今はそれ以上に、大好きな彼と過ごす一時が本当に楽しくてしょうがない。
 まだ一緒に暮してないし、冬休みまでの間は週末しか、直接顔を合わせて話も出来ない。
 だからメールで気持ちを伝えつつ、毎日指折り数えて待っていて、ようやく会えた週末の一時だから、余計にそう思うのかもしれない。
 時々彼の実家に遊びに行った時も、森崎のお父さんやお母さんにも優しくして貰って、いつも本当に楽しく過ごしている。


 それに、彼の家族や周りの人達を経由して、どんどん人付き合いが広まっていくのも、色んな意味で嬉しく思う。
 今はお互いの家族との付き合いがメインで、あまり知らない人には会ってないけど、今度会わせて貰う「達兄ちゃんの彼女」みたいに、全然知らない人と会う機会も増えてくる。
 そうしたら姉の結婚式で、高校時代の同級生の皆から教えて貰った時みたいに、俺の知らない彼の話を沢山聞けるかも……と、かなり楽しみにしている。
 彼の事は何でも知っておきたいけど、まだまだ知らない事も多い。
 もっと大勢の人達と知り合いになって、色んな話を聞けたら良いなぁと思いながら、二人きりの部屋の中、明日は何をしようか? と、楽しく相談していた。






*****






 昨日の夜の話し合いで、日曜日の今日は不動産屋さんを廻って、色んな部屋を見せて貰う事にした。
 俺は物心がつくようになってからずっと、今の一軒家で暮しているし、森崎の家はマンションだけど大人数用ファミリータイプだから、二人で住むにはちょっと広過ぎるかな? って気がする。
 彼が今住んでるのはワンルームだし、あんまり他所の家に遊びに行った事がないから、他のお家は姉夫婦が今住んでる所くらいしか思い浮かばなくて、どうも「二人で暮らすのに丁度良い広さのマンション」ってのが上手く想像出来ない。
 だから俺の勉強がてらと、二人の意見を合わせるのも兼ねて、色んな物件を見に行く事にした。




 まだちょっと早いかな? って気がするけど、彼は、良さそうなのがあれば決めてしまうつもりらしい。
 確かに早く引越し終わった方が、週末も家でのんびり出来て良いかもなぁ……と考えながら歩いていると、前から歩いてきた男の人が、此方を見て首を傾げたのに気付いた。


「――――あれ、森崎じゃね? こんなトコで何してんだよ」
 向かいから来た彼と目が合ったのは俺だけで、横を向いて不動産屋を探していた森崎は、呼びかけられるまで全く気付いてなかったらしい。
 ちょっと驚いた様子で足を止めた彼と一緒に立ち止まった所に、男の人がスタスタと歩み寄ってきた。


「お前こそ、何やってるんだ。そういや聞いてなかったが、この辺りに住んでるのか?」
「いや、俺んちは全然違う。この近くに彼女が住んでるからさ。遊びに行く途中なんだけど。んで、そっちの子は?」
「奈宜だ。以前、チラリと話したと思うんだが。覚えてるか?」
「あぁ、覚えてる! いつもメールしてる、高校生だとか言ってた男の子だろ。名前もだけど、見た目もホントに可愛い子だな」
 ぼんやりと二人の会話を聞いていた瞬間、唐突に自分の名前が出てきて驚いた。
 慌てて顔を向けると、すごく楽しそうな笑顔の男の人と、また目が合って、ちょっとビックリしながら隣に立つ彼を見上げた。


「……森崎さん、お友達?」
「そうだな。友達と言うか、会社の同僚だな。時々一緒に昼食を食べに行くんだが、その時に奈宜からメールが来たから、ついでに教えた事がある」
「え、そうなんだ。お昼ご飯の邪魔しちゃった?」
「いや、そんな事はないから大丈夫だ。決まった時間に昼食が取れるとは限らないから、偶然同じになった時に、一緒に食べに行く程度だ。基本的に一人で食べに行く事がほとんだからな。気にしなくて良い」
 もしかしてお昼休みの邪魔してるのかな? って不安になったけど、そういう訳じゃなさそうで安心した。
 それ以上に、会社の人にまで俺の話をしてくれたって事が、何だかすごく嬉しくてしょうがない。
 名前を言っただけで分かる位だから、結構詳しく話してたのかな? とか考えると、ちょっとドキドキしてしまう。
 俺、本当に彼のお嫁さんになったみたいだな……と思いながら説明を聞いていると、向かいで眺めていた同僚の人が、また楽しそうに笑いかけてくれた。


「メール交換してるのを聞いた時も思ったけど、ホントに仲が良いんだな。で、今日は何してるんだ? 森崎んちって、この辺り?」
「いや、奈宜の実家近くだ。今日は部屋を探しにきた。奈宜も来年からは大学生だし、一緒に暮らす事に決めた。俺が今住んでいるのはワンルームだし、二人で住むには少々狭いからな。この辺りで借り直そうと思っている」
 森崎がそう説明した瞬間、同僚は不思議そうな表情を浮かべて、俺と彼とを交互に何度か見詰めてきた。




「……森崎って、もしかして両刀だったとか?」
「いや、奈宜限定だな。少なくとも、お前は完全に射程圏外だ。安心しろ」
「そうか……でも、そこまでキッパリと否定されると、何となく寂しいなぁ。俺的には、一応リストに入れてくれてもOKだけど。お相手出来るかどうかは自信ないけどさ」
「それは無理だな。俺の全身全霊が拒否する。どうしても……と言うなら、他のヤツをあたってくれ」
 何やら小声でボソボソと話し始めた二人の姿を、今度は俺が交互に見詰めた。


「ねぇ、森崎さん。『りょうとう』って何?」
 大人同士の話だし、俺が分からない言葉も沢山あるとは思うけど、それにしても分からな過ぎてちょっと気になる。
 話の邪魔して悪いな……とは思うけど、俺の名前も出てきたし、思い切って問いかけてみたら、いつも通りに微笑んでくれた彼が、軽く頭を撫でてくれた。
「色んな意味があるが、今のは、強いて言えば社会人用語だろう。もっと大人になれば自然に覚える。あまり気にするな」
「そうなんだ……じゃあ、今は分からなくても良いのかな?」
「まぁな。奈宜はまだ高校生だし、分からなくても大丈夫だ。何なら、今聞いた話の内容に関しても、きれいさっぱり忘れてしまっても良いと思うぞ。むしろ忘れる方を勧める。無理に覚えなくても良い」


 そう説明してくれる森崎の前で、同僚の人は何がおかしいのか分からないけど、ゲラゲラと腹を抱えて笑っている。
 彼は普通に話してくれているし、怒った様子はないから大丈夫だとは思うものの、やっぱり、ちょっと変な事を聞いてしまったのかもしれない。
 初対面の人が相手なんだから、やっぱりココじゃ黙っておいて、後から聞けば良かったのかな……? と、少しだけ困りつつ反省してると、ようやく笑い止んだ同僚が森崎の方に視線を向けた。


「若い子って良いなぁ、毎日すっげぇ楽しそうだ。なぁ、今度遊びに行ってもいい? 新居が決まってからでも良いけど」
「あぁ? 何しに来るんだ。ちゃんと紹介してやっただろうが」
「いやいや。こんなの紹介したうちに入らないだろ。今日は彼女との約束があるから、俺の方も時間が無いんだけど。奈宜くんとも、もっとゆっくり話したいんだよな。丸一日とかじゃねぇし、何か手土産も持参するからさ」
 本当に時間が無いのか、同僚の人が話をしつつ、チラリと腕時計に視線を向けた。


 確かに、こんな所で立ち話じゃ全然ゆっくり出来ないし、俺も会社での話を色々と聞いてみたい。
 それに楽しそうな人だし……と考えながら、また隣に立つ彼を見上げた。
「俺も、もっと話したいな。今の部屋だと三人はちょっと狭いけど、新しい家に引越が終わって、落ち着いた後なら良いと思うな」
「そうか? 奈宜がそう言うんなら、別に断る理由も無いが……」
 彼がそう答えた所で、同僚の人も満足気に頷いた。
「んじゃ、引越が終わった頃だな。この辺りなら、俺もしょっちゅう来てるからさ。引越の手伝いもしてやるぜ」
「あぁ、それは良いな。俺の荷物なんて大した量じゃねぇし、確かに自分達で運んだ方が早そうだ」
「とりあえず、明日の昼飯を一緒に食いながら話しようぜ。絶対だからな!」
 彼女と約束した時間が気になるのか、何回も念を押しつつ、同僚の人は慌てた様子で歩き始めた。
 俺の姉もそうだけど、時間にとても厳しい人が彼女で、理由無く遅れたら叱られるのかもしれない。
 本当に忙しそうな後姿を見送ってから、また二人並んで歩き出した。






「奈宜、本当に良いのか? 家に呼ぶと色々と大変だろう。外で一緒に夕食の方が、奈宜も楽なんじゃないか?」
 同じ会社の人だし仲良さそうに話してるのに、何で遊びに来るのを嫌がってるんだろう? と思ってたら、そんな風に考えてくれたらしい。
 並んで歩きつつ、心配そうな顔で問いかけてきた彼を見上げながら、頬を緩めて首を横に振った。


「ううん、俺は平気だから大丈夫。昨日、姉さんから貰ってきた料理の本にも、『おもてなし料理』ってのが入ってたんだ」
「なるほど。それを作ってみたいのか」
「普通の晩御飯みたいなのは、もう色々と覚えたからさ。今度はお弁当や、おもてなし料理かな。母さんに教わってみる」
 昨夜、パラパラと料理の本を眺めながら思った事が、実際に出来そうな感じになってきた。
 それがちょっと嬉しくて、彼にその気持ちを答えると、楽しそうに笑った彼が、また優しく頭を撫でてくれた。




 好きな人の所にお嫁にいく姉を見て、それが出来そうにない俺は、すごく羨ましく思っていた。
 でも、それと似た事が自分の周りでも起き始めて、毎日嬉しくてしょうがない。
 絶対に無理だろうなと思ってたのに、彼は「一緒に暮らそう」って言ってくれて、ちゃんと「恋人だ」って両親や弟にも紹介して貰えた。
 それだけでも充分に満足なのに、またもう一つ、それに近い事が決まりそうで、考えただけで本当に楽しくなってきた。


 大好きで付き合ってるだけなら、俺達が楽しければそれで良いけど、一緒に暮らしていくってなれば、そればかりじゃダメだと思う。
 姉みたいにちゃんとした結婚式は出来ないけど、状況的にはお嫁に出たのと同じだから、しっかりと色んな事が出来る様にならなきゃ……! と、また色んな意味で気持ちが引き締まってきた。


 俺が小さい頃、父の会社の人が遊びに来た時も、母が沢山のおもてなし料理を作って、皆で晩御飯を食べたりしていた。
 それがすごく楽しかった記憶があるから、彼の同僚の人が遊びに来た時にも、同じ事をやってあげたいし、それ位、出来なきゃダメだなと思う。
 奈宜は男の子だから出来ないんだなって言われると悔しいから、本当に頑張ろうと思っている。
 俺をお嫁さんに選んでくれた彼の為にも、何でも出来る様にならなきゃ……と改めて誓いながら、肩を抱いてくれる彼に寄り添って、二人で暮らす家を探しに出かけて行った。






     HoneyDrops 《The End》






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2010/03/03  yuuki yasuhara  All rights reserved.