同棲事情 01

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 新しく引越したマンションは、会社から駅で一つ分だけ遠くなった。
 とはいえ、最寄り駅からは近くなった事もあって、通勤時間自体は以前に住んでいたワンルームと変わらずに済んだ。
 もっとも、平日の帰宅時の場合は自分のマンションに戻る前に、角一つ分だけ駅に近い、奈宜の実家に立ち寄っていく事が多い。
 会社を出る時に奈宜の携帯にメールをしておくと、最寄り駅に着く頃には、奈宜から「ドッチの家にいるか」の返事が来ている。
 それを確認して奈宜が居る方に帰って行くのが、今ではすっかり当たり前になっていた。




 考え始めた最初の頃は、彼が高校を卒業してから……と思っていた同棲生活も、そうと決まれば待ち遠しくて、結局、昨年の年末前に新居も決まり、俺の引越も終わってしまった。
 それから早々に半同棲生活を開始したから、この生活パターンも、既に半年近くが過ぎている。
 奈宜が高校を卒業した後は、正式に新居へと引越してくるけど、平日は俺も仕事があるから、多分こんな感じの生活が続くと思う。
 週の半分程は通っている一軒家の門を開けて、すっかり慣れてしまった手付きで、玄関ドア横のインターホンを押した。
 合鍵は貰っているけど、中に居るのが分かっているのに黙って開けるのも気がひけるし、何より、帰宅時のちょっとした楽しみが待っている。
 新居に帰った時にやる場合と同じく、そのまま少しだけ待っていると、直ぐにガチャリと鍵を開ける音と共に、内側から扉が開いた。


「将貴さん、おかえりなさい! 途中からメールしたのかな。今日はちょっとだけ早い気がする」
「あぁ、ただいま。電車の待ち時間が少なかったし、それでだろう」
 満面の笑みで出迎えてくれる奈宜に鞄を渡しながら、軽くキスを落としつつ、そう答える。
 二人きりのマンションだったら、もっとしっかりと抱き寄せて熱いキスを交わす所だけれど、此処は実家だから何とか自制心を総動員して、唇を触れるだけに留めておいた。


 渡した鞄をしっかりと抱き締め、俺が靴を脱ぎ終わるのをジッと待ってくれている奈宜の姿は、毎日見てても飽きない位に、本当に可愛らしくてしょうがない。
 こんなに愛らしい姿に出迎えて貰えたら、日々の疲れなんて簡単に癒されるに決まっている。
 帰宅時の秘かな楽しみを今日も充分に堪能してから、嬉しそうに寄り添ってくる奈宜と一緒に、リビングの方に向かって行った。






 予定より随分と早く引越したから、週の半分はこうして帰宅途中に奈宜の実家に立ち寄り、出来立ての夕食を頂いている。
 それ以外の時は、奈宜がマンションで夕食の支度をして待っていてくれるし、奈宜の高校卒業を待たずに、既に同棲生活が開始しているも同然の生活スタイルになっていた。
 奈宜の方も三学期に入ってからは、既に高校への登校もほとんど無くなり、後は卒業式を待つばかりで、時間的にも色々と余裕があるらしい。
 昼間のうちにマンションに運んだ荷物の事を話してくれる奈宜と二人で、美味しそうな食事の準備が整っているテーブルにへと腰を下ろした。
 遅くなるから先に食べてて良いとは言ってるのに、やっぱり奈宜も一緒に晩御飯にしたいらしくて、毎日、俺が帰宅するまで夕食を待ってくれている。
 リビングで寛いでいる父と、キッチンにいる母に帰宅の挨拶をしつつ、向かいに座った奈宜と一緒に、二人だけの晩御飯に手を伸ばし始めた。




「奈宜。この麻婆豆腐は、お前が作ったんだろう?」
 お互いに今日の出来事を伝えつつ、楽しく食事をしている最中、ふと思って問いかけてみると、向かいに座っている奈宜が、不思議そうな表情を浮かべた。
「そうだけど……何で分かったの? 最後の味見も母さんにして貰ったし、いつもと変わらないと思うけど」
「どちらも美味しいけど、少し違う気がする。奈宜が作ってくれる方は、やっぱり、俺好みの味付けになってるのかもな」
「あ、それはあるかも! 将貴さんは辛い方が好きだから、母さんが普段作るのよりも、ほんのちょっとだけ辛くしてるかな。その違いかなぁ?」
 辛い物好きな俺に合わせてくれているのか、奈宜は中華料理も沢山覚えていて、いつも上手に作ってくれる。
 普段通りに美味しい夕食を堪能しつつ、奈宜とそんな会話を続けていると、リビングでテレビを見ている父が、此方に視線を向けてきた。


「味付けも少し違うんだろうが、他にも色々とあるんじゃないか? 食べながら『コッチは奈宜が作ったな』ってのは分かる」
「え、ホント? 父さんも違うと思う?」
「あぁ、違うのは分かるな。将貴くんが言う通り、特に中華料理は分かりやすい。奈宜の方が母さんより力もあるし、きっと中華鍋の扱い方の違いも関係しているんだろう」
 最初に公言していた通り、「これ以上は無理だ」って位の近距離に新居を構えた事もあって、奈宜を手放すのを渋っていた父も、機嫌良く同棲を納得してくれた。
 帰宅の遅い俺に合わせているから、奈宜が両親と一緒に食事をしてくれないのは、それなりに寂しく感じている雰囲気は確かにある。
 だけどその分、母の支度をお手伝いをしている、奈宜の手料理が日々食べられるし、その辺りでかなり満足している様だ。
 俺が帰宅するまでの間は、奈宜もこうして実家で過ごす事が多いから、両親と過ごす時間そのものは、今までとほとんど変わらない。
 いつも目が届く範囲に奈宜がいるから、その辺りも両親が安心している要因の一つだろうと思っている。


 両親の言い付けも素直に守る、良い子の奈宜が周囲に取った唯一の反抗が、男である俺の恋人になって、同棲を強請った事だったのかもしれない。
 男の子の奈宜だから、そのうち可愛い彼女を作ってきて結婚して、嫁も一緒にずっと家で暮らすものだと考えていただろうから、きっと本当に驚いたに違いなかった。
 俺自身も、皆から愛されている奈宜の事が大好きだから、いつも一緒にいたいとは思っているけど、彼を独占しておくつもりはない。
 せめて俺が奈宜の傍にいてやれない時だけでも、今まで通りに過ごしてくれたら良いなと考えながら、仲良く話している二人の姿を、美味しい夕食と共に味わっていた。






 奈宜と母が夕食の後片付けをしている間、リビングで父と話をしつつ、のんびりと待っている事が多い。
 最初の頃は、やっぱりどうしても「何を話そうか……」と、それなりに緊張していたものの、わりと直ぐに打ち解けて、今では極普通の会話を楽しんでいる。
 どうやら仕事仲間との付き合いで小額だけ買っているらしい、競馬の予想を一緒に考えてあげたり、軽く仕事の話や、なんて事のない世間話を交わしているうちに、奈宜の後片付けも終わってマンションに戻る時を迎えた。


 今日は昼間のうちに引越荷物を運んだから、夜間に持っていく物は無さそうだ。
 ポケットに携帯などを放り込んだだけの軽装でリビングまで迎えに来てくれた奈宜が、俺が立ち上がった瞬間、ふと思い出した様子で表情を緩めた。
「ねぇ、将貴さん。明日は金曜日だから、早く帰って来れる日だよね?」
「そうだな。今日の時点で予定は無かったし大丈夫だろう。定時は無理かもしれないが、それに近い時間で帰れると思う」


 引越も終わって奈宜との半同棲生活が開始した時、同じ職場の連中に向かって「金曜日は絶対に残業しないから」と宣言した。
 せっかく奈宜と沢山の時間が過ごせる休日の直前を、残業なんかで削り取られるのは、実に不本意極まりない。
 仕事はそれ以外の曜日に頑張る事にして、週末の夜からは奈宜とゆっくりと過ごせる様に、色々と考えてあらかじめ布石を打っておいた。
 皆も不思議そうにしていたものの、毎日じゃなく週末のみだから、何か用事があるんだろう程度で、すんなりと聞き入れてくれた。
 特に理由を聞かれる事も無かったから、皆に詳しい事情は話していない。
 それで問題なく終わる筈だったのに、引越の手伝いに来た若干一名の同僚が、俺と奈宜の同棲話を一から十まで詳細に、皆に説明して廻ってしまった。
 そのおかげで、こんな事を言い出した理由があっという間に、社内中至る所にまで大々的に知れ渡ってしまった。
 奈宜との事を隠すつもりは毛頭無いけど、大々的な結婚式を挙げる訳じゃないから……と考え、とりあえず、聞かれるまで公表する予定は無かった。
 だから、天と地がひっくり返ったかの様な大騒動に俺の方が面食らってしまったけど、身近な社員を新居に招待して、実際に奈宜と会わせてやったりしているうちに、皆も納得してくれたらしい。
 先に招待した奴等から話が廻っていき、中には早々と「結婚祝い」を持参する奴まで現れて、おもてなしに励む奈宜が、毎回とても喜んでいる。
 今では皆の理解も得られ、正々堂々と帰宅している金曜日を思い出しつつ返事をすると、奈宜が嬉しそうに頬を緩めた。


「良かった。将貴さんが早いなら、ウチで鍋にしようかな? って思うんだ。明日は姉さんが仕事で遅くなるんだけど、お兄さんは出先から直帰で早いから、コッチに晩御飯を食べに来るんだって。父さんも遅くなるみたいだから『それならマンションの和室で、四人で鍋にしようか?』って、母さんと話してたんだけど」
「あぁ、それは良いな。お兄さんとも久しぶりに話がしたいし、ウチで鍋パーティにするか」
「分かった。お兄さんにも、今日中に連絡しといた方が良いかな。母さんに言ってくる」
 北岡家の婿二人は、穏やかで優しい性格の母を、実の母親以上に慕っているし、彼女と奈宜の提案に反論する訳が無い。
 じゃあ、明日の夕食は鍋パーティで決まりだなぁと考えながら、またキッチンに戻る奈宜を見送った後、向かいに座っている父に視線を向けた。


「お父さん、明日は遅いんですか? 珍しいですね」
「まぁな。年度末で転勤になる部下の送別会だから、不参加って訳にもいかない。一次会だけでも顔を出さなきゃだろう」
「あぁ、なるほど。送別会シーズンですし、それなら仕方ないですね……」
 半年ほどの付き合いだけど、ほぼ毎日顔を合わせているから、大体の傾向も分かる様になっている。
 この様子じゃ、内心、かなり焦っているんだろうな……と考えながら、ムスッと顔を顰めて無口な父の姿に、ほんの少し同情した。


 奈宜を溺愛中な父だから、自分の不在時に奈宜を囲んで、皆で楽しく鍋パーティが行われているなどと聞けば、もう居ても立ってもいられない気分だろうなと、容易に想像が付いてしまう。
 さすがに口に出しての抗議はしてこないものの、内心「何で俺の帰宅が遅い時に限って、そういう事を……」と、拗ねまくっているに違いない。
 少々気の毒だとは思うものの、通常の飲み会なら断る事が出来ても、部下の送別会なら立場的にも断れる筈がない。
 だから自分でも言っている通り、一次会だけで早々に引き上げ、奈宜を囲んで鍋パーティ中な俺達のマンションにへと、大慌てでやってくるだろうなぁと、考えるまでもなく予想が付いた。
 鍋パーティ最後の美味しい雑炊は、父が遅くに帰宅してくるまで、皆で待ってなくちゃいけないだろう。
 パーティの用意もだけど、両親が泊まる準備もしとかなきゃだな……と帰宅後の予定を考えつつ、戻ってきた奈宜と一緒に、マンションにへと帰っていった。






*****






 奈宜の自宅から角を一つ行く手前に、俺達が暮らすマンションがある。
 間には一軒家とマンションが一つずつ建っているだけだから、実質、ほとんど同居状態と言っても過言ではない。
 徒歩数分もかからないし、ベランダから大声を出せば会話も出来そうな近距離を、奈宜は毎日、気楽に行ったり来たりして過ごしている。
 夜の間は、こうして俺と一緒にマンションで過ごし、朝の家事を終わらせてから実家にへと戻ったり、出かけたりしているらしい。
 楽しそうに今日の出来事を教えてくれる奈宜と話をしつつ、明日は鍋パーティを行う、リビングに続く和室の炬燵で温まりながら、入浴前の時間を過ごした。




 バスタブに湯を溜めている間に、奈宜が飲み終わったカップを持って、キッチンにへと向かって行く。
 その後姿を見送った後、ふと何となく気になって、彼の後を追って足を運んだ。
 対面式のカウンターキッチンだから、リビングからは顔を向ければ直ぐ見えるものの、横手にある和室に座っていると、色んな物が邪魔をして奈宜の姿が隠れてしまう。
 甲斐甲斐しく家事に勤しむ可愛い姿を見ておこうと、全然気付く様子もない奈宜の姿を、リビングの横から、こっそりと見守った。
 以前からテキパキと手際の良い奈宜だけど、今じゃすっかりそれも板についてきたと思う。
 洗い物を終えたばかりの健気でとても可愛い姿を後ろから抱き締めて、首筋にそっとキスを落とすと、奈宜が可愛らしい声を上げた。


「あ、やだっ……将貴さんっ、……こんなトコで触っちゃ、ダメだってば……」
「それは無理だな。奈宜が本当に可愛過ぎるから、俺の我慢にも限界がある」
「もう……将貴さん、直ぐにそんな事ばっかり言い出すんだから……」
 抱き締めた下肢を弄りながら、耳朶を甘噛みしつつ囁くと、甘い啼き声を上げた奈宜が恥ずかしそうに身を捩らせた。


 俺の恋人になって身体の方は随分と成長したけど、知識的には初な奈宜は、台所でエッチな事をするとか、全然想像もつかないらしい。
 お互いに裸になっている、お風呂の中でのエッチは許してくれる様になったものの、その他の場所は「ベッドの中だけ」だと、何故だかそう思い込んでしまっている。
 もっとも、服の上からの愛撫に熱を帯び、硬く猛り始めてきたモノを恥ずかしそうに隠す素振りは、それはそれで初々しくて、物凄くそそられてしまう。
 このまま行為に突入したい所だけど、まだあどけない奈宜を驚かせてはいけないから、今日の所は理性を総動員して、何とか欲望を抑え込んだ。


 そう思ってはいるものの、ずっとお風呂とベッドだけで終わらせるつもりはないから、徐々に色々と教えてあげなくちゃいけない。
 いつか絶対、可愛らしい喘き声で誘ってくる奈宜を、キッチンで美味しく頂く事にしようと胸の中で誓いながら、最後に首筋にキスを落として、少しだけ抱き締める腕の力を緩めた。
「今日は時間もあるし、二人一緒に風呂に入ろう。身体を洗ってやる」
「あ、うん……俺も、将貴さんのを洗うから……」
 ほんのりと染まった頬に潤んだ眸で、可愛らしくコクリと頷く奈宜を促し、一緒にバスルームにへと向かっていく。


 明日は両親がやってくるから、流石にこんな感じでいちゃいちゃ出来ない分、今日のうちに愛しい奈宜と、たっぷりと仲良くしておかなきゃいけない。
 バスルームはエッチな事をしても良い所だと、奈宜も覚えてくれたから、きっと可愛らしい姿を沢山見せてくれる。
 お風呂では、前戯として丹念に愛撫するだけに留めておいて、身体を合わせるのはベッドの中にしようか……と考えつつ、火照った身体を摺り寄せてくる奈宜の服を、丁寧に脱がせていった。






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