HoneyDrops 07

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 年の近い男同士の兄弟では極普通の関係だと思うけど、俺と兄貴も御多分に漏れず、ガキの頃は喧嘩ばかりしていた。
 長男は頼れる兄貴気質で、次男はガキ大将風だと聞いた事があるけど、俺達の場合は二人揃って、まさしくその通りの性格だった気がする。
 お世辞にも優等生とは言えないし、むしろ素行は本当に悪い方だった兄だけど、色んな意味で要領が良いし、身体付きも大きい方だから大人びて見えるのか、何故だかやたらと周囲から信頼されていて、日常生活で怒られる事なんて滅多に無かった。
 その兄と、やってる事はさほど変わらない気がするのに、俺の方は叱られてばかりで、子供の頃はそんな周囲の対応の差を、物凄く不満に感じていた。


 そんな感じで兄に対しては反発してばかりで、しょっちゅう喧嘩を繰り返していたけど、そんな関係も20歳を過ぎる頃になると、世間の兄弟達と同じ様に、嘘みたいに落ち着いてきた。
 口喧嘩すら無くなったし、逆に色んな相談に乗ってもらう事も増えて、改めて兄の要領の良さに感心し、ちょっと見習おうかなとすら思ってしまう。
 普段の兄の性格は我侭放題だし、気質的にも荒っぽい方だと思うけど、目上の人に接する時や、ここぞと言う場面の時には、極普通の優等生的な受け答えを平然と当たり前にやっている事にも、その年齢になってようやく気付いた。
 そんな兄の姿を見て、「こういう所があるから、兄貴は昔から叱られなかったんだな……」と、馬鹿の一つ覚えで粋がって、何処でも好き勝手にやって怒られていた自分自身を思い返し、ちょっと納得したりする。
 そういう随分と落ち着いた兄弟関係を過ごしていって、お互いに社会人になり一人暮らしを始めた頃には、良い意味で疎遠になり、其々に自分の生活を送り始めた。




 お互いの性格を考えても、大人になってまでベッタリと仲の良い兄弟になる方じゃないし、この程度の距離感が丁度良いんだろうなと感じている。
 何か用事がある時にだけ連絡を取り合い、特に用件の無い時期は、平気で数ヶ月ほど音信不通になったりするけど、それで何の不便も無い。
 そんな気侭な付き合いを続けている兄から、多分1年ぶり位に「話したい事がある」と、久方ぶりの電話がかかってきた。


 その少し前、実家に顔を出した時に「お兄ちゃんが連絡を取りたがっていた」と、母から既に聞かされていたし、特に断る理由も無い。
 あらかじめ予定の中に入れていたから、すんなりと詳細も纏まり、土曜日のお昼を一緒に食べつつ、兄の話を聞く事になった。
 一人暮らしのマンションから休日に実家に戻った時に、偶然一緒になって顔を合わせる事はあったけど、こうやって日時を決めて落ち合うのは、それこそ何年前以来だろうって位に、本当に久しぶりな気がする。
 だから、最初に聞いた時には「そんなに重要な話なのか?」と身構えてしまったけど、兄が待ち合わせ場所に決めたパスタ屋の名前を聞いた瞬間、一気に気が楽になってきた。
 何となく口振りでも、兄が自分でその店を選んだ訳ではなさそうだし、逆に「お前は入った事あるか?」と聞かれてしまった。
 いつも賑わってて美味しいと評判な、その店は、20代後半の男兄弟だけでノコノコと食事に出かける様な雰囲気じゃないし、どちらかと言えば、若い女の子に人気の店だと聞いている。
 もしかしたら、兄が付き合ってる女の子に「連れて行って!」とおねだりされて、そのついでに俺も誘ってくれたのかもしれない。
 よく考えてみれば、大した用件じゃないのなら実家経由で母に言伝を頼んでおけば良いだけだし、わざわざ電話で待ち合わせ場所を決めてまで、顔を合わせて話をする必要もない。
 兄貴もようやく身を固める気になって、そのお相手になる彼女を紹介してくれるのかなぁ? などと色々と予想しつつ、指定されたパスタ屋に向かって、いそいそと出かけていった。






*****






 お昼少し前で混み始めつつある店の中、待ち合わせた時間の少し前に到着したのに、兄の方が少しだけ早かった様だ。
 4人掛けの席に一人で座っている兄の姿を確認して、やっぱりな……と一人で悦に入りながら、久しぶりに会う兄の前に腰を下ろした。


「早かったんだな。俺の方が先だろうと思っていたのに」
「まぁな。時間が時間だし、とりあえず席を確保しといた方が良さそうだからな」
「それは言えてる。で、何で4人掛けの席なんだよ。他にも誰か来るんだ?」
「あぁ、今日は奈宜も一緒だ。今、姉の所に行っている。もう向こうの家を出たと連絡が来たから、そろそろ到着する頃だな」
 壁時計を確認しつつ、そう答えてくれた兄の言葉を聞いて、先日、実家に戻った時に母から聞いた話を思い出した。


 もうかなり昔になるけど、当時付き合っていた彼女の弟になる「奈宜」と言う名前の小学生を、兄はとても可愛がっていた。
 家にも頻繁に連れて来ていたから、俺もよく知ってるし、何回か一緒に遊んであげた事もある。
 その彼女と別れてからは、当然、奈宜とも会う機会は無くなっていたけど、高校生になった彼と今年に入って再会したそうで、また実家にも連れ帰っているらしい。
 話題の半分ほどは奈宜の事だった、子供好きの母から聞いた印象を思い返しながら、注文を聞きにやってきた店員に、とりあえず飲み物だけを頼んだ。


「奈宜ちゃんの事なら、この前、実家に帰った時に母さんからも聞いた。また再会したんだって?」
「まぁな。奈宜も意外と覚えていたし、母さんがやたらと可愛がっていたからな。喜ぶだろうと思って、時々は奈宜も一緒に顔を出す様にしている」
「言えてる。すっげぇ喜んでたぜ。んじゃ、この店は奈宜ちゃんが選んだんだ?」
「そうだ。同級生の女の子達から『ちょっと高いけど、美味しいから一度行くと良い』と勧められたらしいな。デザートも豊富だし、若い女の子達が好みそうな店だ」
 奈宜が来るまで注文は待つ気みたいで、パラパラとメニューを捲って眺めながら、兄がそう答えてくれた。


 確かに、今、二人だけでいる時に注文して悪目立ちするより、ぼんやりと時間を潰して「誰か来るのを待ってるんだな」と思わせた方が、何かと良さそうな気がする。
 随分と可愛らしく成長しているらしい奈宜が一緒にいる時ならともかく、俺達だけじゃ浮いてるよなぁと、賑やかな周囲を見回しつつ、割と平然とした表情で座っている兄に向かって声をかけた。


「奈宜ちゃんに会うのは久しぶりだし、かなり楽しみだけどさ。でも、わざわざ呼び出して顔を合わせる位だし、てっきり結婚でも決めて、お嫁さんを紹介してくれるのかと思った」
「あぁ、その通りだな。奈宜と同棲する事にしたから、その報告も兼ねて呼んだ。奈宜はまだ高校生だし、本格的に一緒に暮らし始めるのはアイツが卒業してからになるが、俺の引越は年内に済ませる予定だ」
 顔色一つ変えず、サラリと説明してくれた兄の顔を、思わず無言でジッと見詰めた。


 何と答えれば良いのか……とか以前に、何がどうなっているのか全く意味が分からない。
 もっとも、俺の意見などは最初から求めていない様で、返事が無いのを気にする素振りもなく、平気な顔でメニューに視線を落としている兄の姿を見詰めたまま、とりあえず思考回路が落ち着くまで考え込んだ。






「……奈宜ちゃん……って、男の子だと思ってたんだけど」
 先ずは一番の疑問点である、ソコから確認してみようと問いかけると、兄が視線を上げてきた。


「それは間違いなく合っている。そこら辺の女以上に可愛らしいが、れっきとした男だ」
「だよな……んで、同棲って事は、やっぱりそういうご関係で?」
「当然だ。確かに奈宜は男の子だけど、本当に家庭的だし日常生活に支障は無い。アイツが夏休みの間は、ずっと俺の所に泊まっていたが、料理や家事も完璧に近いぞ。唯一残念なのは、正式に結婚出来ないって事位だな」
「まぁ、それはちょっと無理かな……じゃあ、今日は奈宜ちゃんを嫁にするから……って報告なんだ?」
「そんな感じだ。お前も奈宜は知ってるだろうが、あれはガキの頃だからな。あの当時の印象だけじゃ、いくら説明してもピンとこないだろう。アイツと直接、顔を合わせて話をした方が分かりやすい」
 ずっと真顔で話し続けている兄は、冗談なんかじゃなく大真面目に、男の子である奈宜を生涯の伴侶に決めたらしい。
 いつになく真剣な面持ちの兄に向かって頷きながら、何だか妙に納得している自分に気付いた。




 あの当時も、何で付き合っている彼女じゃなくて、その弟を連れて来るんだろう? と不思議に思っていたけど、ようやく理解出来た気がする。
 兄貴って子供好きなんだ……と思っていたけど、奈宜と同じ年頃の親戚のガキが来ても知らん振りで、むしろ鬱陶しそうに陰で顔を顰めていた。
 兄は子供好きなんじゃなくて、あれは奈宜限定だったんだなぁと、そう考えれば色んな意味で合点がいく。
 奈宜も兄を大好きだったみたいで、隙あらば膝に乗っかってベッタリと抱きつき、そのまま抱っこして貰って、兄の腕の中でニコニコと上機嫌だった。


 あの頃の奈宜は小学生だったし、そんな姿も微笑ましいだけで不思議には思わなかったけど、アレを大人になった二人に当て嵌めれば、馬鹿が付きそうな位に仲の良過ぎる恋人達そのものだと思う。
 あの頃の勢いのまま、年頃になった奈宜と結婚適齢期の兄が再会すれば、そりゃあ男同士だけど、恋に落ちてもおかしくない。
 本人達も気付いてなかっただけで、ある意味、あの頃から付き合っていたんだろうなぁと、悟りの気分になってきた。




「まぁ、兄貴と奈宜ちゃんが良ければ、俺は別に良いけど。んでも、向こうの親とかは……?」
「それは大丈夫だ。もう、お互いの両親に挨拶は済ませてある。奈宜が高校卒業後に同棲するのも、了承を得ている」
 何事にも抜かりない兄だし、もう話は付いているだろうけどと思いつつも、一応念の為に問いかけてみると、予想通りの答えがあっさりと返ってくる。
 そういえば先日顔を合わせた母も、やたらと奈宜の話をしていたなぁ……と、近年稀に見る機嫌の良さだった、両親の態度を思い出した。


 自分の兄を誉めるのも何だけど、顔や頭も並みよりは上の方だと思うし、決してモテない訳じゃない。
 むしろ、本人にその気は無いのに言い寄られて、いつも女の子を取っ替え引っ替えして賑やかなのに、一向に結婚を考える素振りすらない兄を見て、両親は秘かに色々と心配していた。
 奈宜の事は小さい頃から知っているし、俺達と違って素直で甘え上手な彼を気に入っていたから、この際、男でも良いかと考えたのかもしれない。
 ウチの親は二人揃ってアバウトだから、多分、あんまり細かい事は気にしないと思われる。
 向こうの両親を何と言って説得したのか、色んな意味で物凄く興味があるけど、口巧者な兄だから上手く説得したんだろう。
 奈宜も交えて食事をしつつ、その辺りも聞いてみようと考えながら、到着した飲み物で喉を軽く潤した。




「んじゃあ、今日は奈宜ちゃんと顔を合わせる……ってのが用件?」
「いや、他にもある。お前、彼女と結婚したいと言ってただろう。いつするんだ?」
「――――え、俺? 今は全然、金も無いから……早くても再来年辺りじゃないかなぁ? 何か結婚式にやたらと夢見てるからさ。それなりのをやらなきゃだろうし」
 まだ少し間がありそうだからと、何気なく問いかけたら、逆に予想外の事を聞かれた。
 突然こっちに話を振られて狼狽えてしまって、上手い返しも思いつかず、思わず面白くないけど普通に答えてみると、腕を組んで聞いていた兄が納得顔で頷いた。


「だろうな。俺が少し援助してやる。俺達の新居に関しては、親連中がほとんど用意する事になった」
「え、何で? 兄貴、どんな手を使ったんだよ?」
「馬鹿、俺は何もしてねぇよ。まぁ、俺にではなくて『奈宜に』だろう。家電は奈宜のご両親が準備してくれるし、ウチの親は家具やインテリア類を揃えてくれるそうだ。そういう事で、俺が自分で準備するのは新居のみになった。それなら普通の引越と変わらないし、色々と余裕がある。まぁ、ありがたく受け取るんだな」
 余裕綽々な表情を浮かべた兄が、ぞんざいに言い放ってきた。
 どっかりと腰を下ろしたソファの背に腕をかけて踏ん反り返って、偉そうに煙草をふかしている兄の見慣れた姿を見詰めながら、先日実家に顔を出した時の様子を、また少し思い出した。




 そう言われて思い返すと、確かに大量の家具類カタログが、リビングの机上に放置してあった。
 俺達が子供の頃から使っている家具もあるし、そろそろ買い換えるんだろうと気にも留めてなかったけど、チラッと見た雰囲気では、新婚生活用らしき物が多かった気がする。
 子供が独立して夫婦二人だけの生活になったし、その程度の大きさの家具が欲しいんだなと勝手に納得していたけど、あれは兄と奈宜の新居用の婚礼家具になるらしい。
 男同士な彼等に子供が出来る可能性は無いし、二人きりの生活だから、ずっと使える家具を揃えておいても差し支え無さそうな気もする。
 話をしているうちに段々と現実味を増してきた、兄の新婚生活を実感しつつ、今日の所は素直にお礼を言っておく事にした。


「そっかぁ。んじゃ、ありがたく貰っておく。それで、家は買うのかよ。それとも賃貸?」
「とりあえずは賃貸だ。奈宜のご両親が今の家を、そのうち二世帯住宅に建て替える予定でいるらしい。まぁ、直ぐにではないし、俺達も暫くは二人だけの新婚生活を楽しみたい。まだずっと先の話だが、最終的には奈宜の両親と同居になるからな」
「マジかよ。将来の心配も無いし、ホント、色々とラッキーだよな……」
「そうかもな。俺だけ幸せになるのも何だし、お前にも、少しお裾分けってトコだな」
「おう、サンキュ。ところで、念の為に聞くけど。奈宜ちゃんと付き合う前に、女にふられた……とかはないよな?」
 奈宜の到着が気になるのか、チラチラと窓の外を気にしている兄に問いかけると、眉間に皺を寄せた兄が怪訝そうに視線を向けてきた。


「お前が何を聞きたいのか、全く分からねぇが……別にそういう事実は無い。一体何なんだ?」
「あ、別に気にしなくて良いから。ちょっと興味本位で、念の為に聞いただけ。大した意味はねぇよ」
 せっかく上機嫌な兄を怒らせると面倒だから、慌ててそう否定した。
 それで納得してくれた様で、また窓の外に視線を向けた兄の姿に、ホッと胸を撫で下ろした。


 ほんのちょっとだけ、女から邪険に扱われた経験の無い兄がふられて、それでヤケを起こして男に走ったとかじゃないよな……と不安に思ったけど、どうやらそうじゃないらしい。
 お互いに納得しての同棲生活なら、奈宜にも失礼じゃないし、後々揉める心配も無いだろう。
 それ以前に、既に向こうの両親と同居の話もあるからなぁ……と、何故だかやたらと盛り上がっている男同士の新婚話に、若干驚いてしまった。


 もし、俺と彼女が結婚したとしても、お互いの両親を含めて、ここまで話が先走る事は無さそうな気がする。
 いつの間に、こんな話が進んでたんだろう……? と心底不思議に悩みながら、残業で宴会開始に遅れて、既に全員酔っ払って大騒ぎな宴に乗り遅れた時の孤独感に似た気持ちを、ほんの少し感じていた。






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