HoneyDrops 04

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「森崎さん、これで良いのかな。変なトコ、無いよね?」
 壁に備え付けられている鏡を覗き込みながら、不安気に問いかけてきた奈宜の方に、自分の準備を進めつつ、チラリと視線を向けた。


 姉の結婚式に着ていく服を、制服にするかスーツにするか悩んでいた奈宜は、もう高校卒業も間近だし、そろそろ大人の格好でも良いだろうと、初めて着るスーツで参加する事に決めたらしい。
 下ろし立てのスーツに丁寧に袖を通して、少々緊張した面持ちを浮かべている奈宜に向かって、穏やかに微笑んでみせた。


「あぁ、大丈夫だろう。特におかしな所は無い」
「ホント? 制服と似てるけど、やっぱり全然違うんだな。着慣れてないのが分かるし、ちょっと恥ずかしいな……」
「そうでもない。よく似合ってると思う。皆もそう言ってくれると思うが」
「ありがとう、ちょっと安心した。高校を卒業したら制服も無くなるし、もう大人と同じだもんな。そろそろ慣れといた方が良さそうだけど、まだ全然似合ってないかも。やっぱり森崎さんとは全然違うなぁ」
 そう話して微笑むスーツ姿の奈宜は、確かに彼が気にしている通り、少々堅苦しくて借り物っぽいし、頑張ってるなって雰囲気になっている。
 どちらかと言えば、まだ「可愛い」って言葉の方が似合う気がする奈宜の頭を撫でてあげて、また二人並んで鏡の中を覗き込んだ。




 夏休みが終わって少し過ぎた初秋の土曜日、奈宜の姉の結婚式当日を迎えた。
 穏やかな日で良かったなと、チラリと窓の外を確認しつつ、奈宜と一緒にのんびりとした雰囲気のまま、ゆっくりと準備を進めていく。
 こういう時に慌ただしくするのも……と思って、前日から式場の近くに泊まる事にしたのは、本当に正解だった。
 奈宜とも楽しく過ごせたしなぁと、昨夜からのお出かけ気分を思い返しながら、挙式に参加する奈宜に合わせても充分な余裕を持って、彼の支度も手伝ってあげた。




 招待されている披露宴は午後からだし、そんなに遠くもない所だけど、あまりバタバタと慌ただしいのも嫌だし、そもそも、結婚式に出る様な格好で電車に乗ったりウロウロするのは、何となく気が引けるし好きじゃない。
 式が終わった後は、奈宜も慣れない出来事で疲れてるだろうし、途中で休憩出来る場所にもなるだろうから……と、前日から近くのホテルを借りて宿泊する事に決めたら、何となく予想していた通り、奈宜が「俺も一緒に泊まりたい!」と言い出した。


 もちろん、それに関しては俺の方でも全く異存はないものの、姉と過ごす最後の日に家を空けても良いのか? と、コッチの方が心配になってくる。
 だから、姉さんと両親の承諾があれば……と答えると、やっぱりこちらも予想通りに、あっさりとOKの返事が返ってきた。
 確かに奈宜の主張通り、実家の近くに新居を決めた姉とは直ぐに会えるし、彼女が堅苦しい挨拶などとは無縁なのも知っている。
 その理由も分かるけど、それ以前に、やっぱり家族達の奈宜に対する溺愛っぷりは、昔と全く変わっていない気がする。
 奈宜が言い出した事に関しては、本当に何も咎める事無く、無条件で承諾してるんじゃないかな……? と、ニコニコと笑顔で報告してくれる彼の姿を見詰めながら、少しだけ考え込んでしまった。


 とは言え、変に反論して奈宜の自由が無くなっても困るし、コッチとしては奈宜と一緒の方が良いに決まってるから、ここは黙ってありがたく受け入れておくに限る。
 良い方に考えれば、それだけ俺が信用されてるって事になるから、案外気分的にも悪くない。
 それに、俺達の方が一足先に新婚旅行みたいだなと、何となく優越感に浸ってしまう。
 色んな意味で満足しつつ、式場から徒歩数分程度にあるホテルの少々贅沢な部屋に前日から宿泊して、上機嫌な奈宜と一緒に、二泊三日のちょっとした旅行気分を味わう事に決めた。




 金曜日は当然仕事だったけど、奈宜が俺の荷物も先に運んで準備してくれたから、そのまま会社帰りにホテルにへと直行した。
 奈宜と恋人関係になってからは、毎週金曜の夜から泊まりに来てるし、その辺りはいつもと変わらない筈なのに、やっぱりそれなりに気分が弾んでしまう。
 夕食を済ませた後は、速攻で部屋に帰ってきていちゃいちゃと過ごし、何故だか奈宜がやたらと拘っている風呂にも二人一緒に入って、色んな意味で思う存分楽しんだ。
 何処かに泊まりに出かけた時くらいしか二人で風呂に入る機会はないから、恋人同士になって数ヶ月が過ぎた今でも、何だか妙に新鮮に思う。
 恥ずかしそうに頬を染めつつ、でも嬉しそうに背中を流してくれる奈宜の姿が初々しい新妻みたいで、やたらとテンションが上がってくる。
 姉の結婚式を乗っ取って、むしろ「俺と奈宜」の結婚式にしたい位の勢いで奈宜を愛しているから、彼と正式に結婚出来ないってのが、本当に歯痒くてしょうがない。
 何か方法は無いものだろうか……? と、かなり本気で考えながら、今日も破壊的に可愛過ぎる奈宜の仕草に頬を緩めつつ、二人だけの濃密な時間を心行くまで楽しんでいった。






*****






 挙式に参加する奈宜を送り出し、ホテルの部屋で一人きりになってみると、シンと静まった部屋の中が寂しくて、見送りにでも行けば良かったかなと、少しだけ後悔する。
 それ以前に、妙な意地を張ったりしないで、素直に招待されときゃ良かったんだな……と、今頃になって反省しつつ、時間潰しも兼ねて、手荷物をゴソゴソと片付け始めた。


 奈宜も一緒に行きたがっていたし、花嫁当人の奈宜の姉も「どうせ近くにいるんだろうから、奈宜と一緒に参加すれば良いのに」と誘ってくれたものの、やっぱり少し考えてしまう。
 披露宴はともかく、式に参加する友人関係を聞いてみると、ほぼ女友達ばかりだと知らされた。
 彼女との昔の事も色々あるし、今では単に「男友達」の俺が参列して良いものなんだろうか……? と、それなりに悩んでしまって、結局、式への出席は控える事に決めた。
 ――――と、それを自分から言い出して納得していたつもりだけど、当日を迎えて冷静になってくると、逆に「……もしかしたら、俺も参加しといた方が良かったのかな?」と、何となくそんな気もしてきた。
 披露宴では奈宜と一緒に家族席だし、奈宜と共に暮していくとなると、彼女は同じ歳で昔の恋人だけど、今後は俺の「義理の姉」って事になる。
 昔からハッキリした頼れる気性の女性だったし、今では奈宜に合わせて、彼女の話をする時はいつも「姉さん」と呼んでいるから、いつの間にか慣れてしまったらしく、その考えに自分でも驚く程に違和感が無い。
 そうなってくると身内の式に参列しないのと同じ意味だから、断ったのは逆に失礼だったかな……? と、かなり不安になってきた。


 彼女の結婚も正式な物になる今日を過ぎてしまえば、もう「元カノ」って感情は消えて、自然に「姉さん」だと思える様になってくる。
 姉の結婚を祝ってやらないなんて本当に不義理な事だし、後で謝っておこうと、挙式への不参加を反省しながらボーッとソファに座っていると、ガチャリとドアが開く音が聞こえてきた。




「奈宜、もう終わったのか? 随分と早いな」
「そうかな? 多分、時間通りだったんじゃないかな。全部で20分位だって聞いてた。でも、急いで帰ってきたし、その分は早くなったかも! 森崎さんがいないと寂しいから」
 送り出して1時間も経たないうちに戻ってきた奈宜が、満面の笑みで和やかに答えながら、小走りに近寄ってくる。
 腕を伸ばして抱き止め、いつも通りに膝の上に座らせると、まるで花嫁本人みたいに可愛らしい奈宜と、軽く何度かキスを交わした。


「そんなに慌てなくても大丈夫だ。直ぐに戻ってきて、姉さん達に怒られたりしなかったか?」
「平気。披露宴まで1時間半しかないから、ドレスを着替えたりの準備で、かなりバタバタするみたい。『一度ホテルに戻って、時間になったら森崎さんと一緒に来るから』って話したら、姉さんも『そうした方が良い』って言ってくれた」
「あぁ、そういうのがあるんだな。ドレスを着替える……ねぇ。お色直しの回数は多いのか?」
 今までに何度か出席した事がある披露宴でも、ほんの2時間程度の披露宴の最中に、新婦が3回程ドレスを着替えに席を外してしまって、ほとんど単なる飲み会状態になっている場合もあった。
 新婦側で招待されている時ならまだしも、新郎側での出席だと、肝心の新妻の顔をじっくりと覚える時間も無くて、後で思い出せない事すらある。
 ふと思い出して奈宜に訊ねてみると、楽しそうに笑った奈宜が、そのまま大きく頭を振った。
「そういうの、あんまり好きじゃないんだって。母さんはもっと着せたかったみたいだけど、姉さんの方が断ってた。式で1着、披露宴で2着って聞いてる。今、式の方で着てたのも、すっごく綺麗で似合ってたな。披露宴じゃ見れないから、後で森崎さんにも写真見せてあげる」
 彼女がいくら頑張って着飾ったとしても、奈宜より綺麗だとは思えないが……と、つい本音を口走りそうになったけど、実の姉で一応まだ若い花嫁にそれは失礼だから、寸での所で飲み込んだ。


 奈宜の方が、よっぽどウエディングドレスが似合いそうだと確信しているけど、残念ながら大々的な結婚式は出来そうにないし、そもそも、そんな可愛い姿の奈宜を人前に晒すなんて、勿体無くて見せたくない。
 でも自分だけは見たい気もするから、後で姉のドレスをちょっとだけ借りれないものかな……と、半ば本気で考え込む。
 別に「奈宜に女装させよう」って気は無いけど、可愛い姿は見ておきたい。
 ほとんどコスプレ状態になりそうだけど、やっぱり写真だけでも残しておくか? とか考えつつ、膝の上に乗っかって甘えてくる奈宜と二人で、披露宴の開始時間までいちゃいちゃしながら過ごしていった。






*****






 スタスタと控え室に向かう奈宜に連れられ、彼と一緒に当たり前の様な顔をして、その中にへと入っていく。
 奈宜と再会して、彼が頻繁に泊まりに来る様になってから、何度か電話では話していた両親や、今日の主役でもある姉と、久しぶりに直接顔を合わせた。
 奈宜の話や電話越しの口調で大方予想していた通り、久しぶりに顔を合わせた彼女は、少々大人っぽくなった気はするけど、基本的には変わっていない。
 両親の方も、最後に会った10年近く前と全然変わってなくて、ほんの少しホッと胸を撫で下ろしてしまう。
 やっぱり今は無理そうだな……と、奈宜との事で両親に挨拶する機会を伺いながら、楽しそうに周囲を観察している奈宜と並んで、控え室の隅から皆の様子を見守った。




 式から1時間半もあるのに「バタバタするから」と奈宜から聞いて、そんなに着替えに時間がかかるのか? と疑問に思ったけど、実際にこの現場を目撃すると、物凄く納得してしまう。
 ホントに全然変わらないなぁ……と色んな意味で驚きながら、相変わらずな奈宜の姉の姿をぼんやりと眺めてしまった。


 この歳になると結婚式の招待も増えてくるし、もう何度も披露宴開始前の様子を覗いた事はあるけど、十中八九、花嫁は綺麗な格好をして人形の様に微笑んでいるだけで、大抵が椅子に座ってジッとしている。
 それが普通だと思うけど、やっぱり奈宜の姉は自分自身の結婚式でも、どうにもその段取りが気になってしょうがないらしい。
 確かにコレだと、ドレスに着替えるだけじゃないから、いくら時間があっても足りないだろう。
 こんなにウロウロと動き回っている花嫁なんて初めて見たな……と半ば本気で呆れながら、綺麗な髪飾りとカクテルドレスなのに、仁王立ちで腕を組み、真顔でスタッフと打ち合わせをしている姉の姿を、何となく圧倒されつつジッと無言で見守った。


 そんな新妻の様子を気に留める風でもなく、姉とは正反対の落ち着いた雰囲気な新郎の方は、マイペースに自分の友人達と和やかに談笑している。
「奈宜。お兄さんは、いつもあんな調子なのか? 姉さんが全部一人で決めてる様だが……」
 他人事ながらも不安になってきて、思わず隣に座っている奈宜に問いかけてみると、その方に視線を向けた奈宜が、徐に頷いた。
「うん、いつもあんな感じ。特に結婚式については『主役は花嫁さんなんだから、全部好きにやると良い』って」
「なるほど。まぁ、確かにそうだな。優しそうなお兄さんで良かったな」
「ホント。普段の事も、全然煩く言わないかなぁ。姉さんは堅実家だから、お兄さんも『間違った事をする筈がないし、全部任せといても大丈夫だから』とか言ってた。だから新居の方も基本的に、姉さんが全部好きに決めてるかも」
 新妻の決める事に対して特に口を挟む気は無いらしい、姉の結婚相手の態度に、また違う意味で大いに納得してしまった。


 結婚を決めた相手の男性については「取引先の偉い人」で、少しだけ年上だと聞いている。
 本当にピッタリの相手が見つかって良かったなぁと、元彼女で、今は義理の姉の新生活について、本気で心の底から祝福する気になってきた。
 弟である奈宜を心底可愛がっているし、他のヤツにも面倒見が良くて優しい性格ではあるけど、あの男勝りのしっかりし過ぎた部分が衝突して、彼女と同じく我の強い俺とは、やっぱり長期間付き合っていくのは無理があった。
 だから上手くいく相手となると、彼女の主張を一から十まで無条件で受け入れる、年下で気が弱いヤツか、もしくは、懐が深くて包容力もあって、余裕で全部受け入れて平然としている大人の男か、どちらかだろうと思っていたけど、彼女は後者を選んだらしい。
 今後の生活を考えると、そういう男性とならずっと上手く行くだろうし、彼女も気持ちが落ち着くと思う。
 奈宜も「優しいお兄さんだ」って気に入っているし、俺も素直に尊敬出来そうな雰囲気の男性だし、色んな意味で安心出来る。
 今日、初めて顔を合わせただけで、まだ数言しか話してないけど、奈宜の姉が伴侶に選ぶだけあって、本当に良い人だなという印象を受けた。
 二人の生活が落ち着いた頃、奈宜と一緒に改めて挨拶に行くか……と考えながら、また姉の方に視線を戻した。


 相変わらず生き生きとした表情を浮かべて、自身の結婚式の進捗確認と最終打ち合わせに励む姉の代わりに、主役の花嫁に向けてお祝いに来てくれた人々の相手を、ゆったりとした雰囲気の母親がやっている。
 素直で可愛らしい性格の奈宜は、きっと母親の方に似てて、責任感が強くて負けず嫌いな姉の方は、多分、父親に似たんだと思われる。
 親子って面白いもんだなぁと、しみじみと感心しつつ、和やかな笑顔を浮かべて、花嫁代理で訪問客の相手をしている母親と、姉に瓜二つの手付きで腕を組んで周囲の様子を見守っている父親の姿を、家族同然の場所に座って、ぼんやりと眺めていた。






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2010/01/28  yuuki yasuhara  All rights reserved.