HoneyDrops 02

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「あ……1LDKなら、もしかしてお風呂も広くなるのかな?」
 ゆったりとバスタブの中で温まっている最中、ふとそれが頭を過ぎって考え込んだ。




 夏休みの間は平日も来れるからと、森崎のマンションで過ごす様になって、既に数週間が経とうとしている。
 もうすっかり慣れてきた彼と一緒に暮らす日々は、本当に楽しくてしょうがない。
 早く高校を卒業して、彼が言ってくれた通りに、コレが本当の生活になると良いな……と願いながら、夕食時に話していた事を思い返した。


 最初から「平日は帰ってきて寝るだけに近いし、あまり遊んでやれないと思うぞ」って言われてたから、それについて不満はないけど、それでもやっぱり俺が想像していた以上に、彼は忙しく仕事をしている。
 遊んで貰う以前に、すごく大変なんだなって思うし、身体の方は大丈夫なのかと心配になってしまう。
 父は早く帰ってくる方だし、姉は遅くなる事もあるけど、仕事帰りに結構遊びに行ったりすると言ってたから、本当は何時位に終わっているのか分からない。
 もしかして、森崎さんは凄く忙しい会社に勤めてるんじゃないか? って考えてしまって、姉と母に相談してみると、「大丈夫だ」と笑われた。
 姉の勤めてる会社も、彼の会社と同じ位は残業があるそうだし、決して少ない方ではないけど極普通にあり得る事らしい。
 今はほとんど定時でサッサと家に帰ってくる父も、彼と同じ位の年代の時は仕事が忙しくて、一生懸命に働いていたと、母さんも話してくれた。
 それを聞いて少しだけ安心したけど、でも彼が忙しい事には変わりない。
 もう少しお風呂が大きかったら、一緒に入って背中を流してあげられるのに……と、森崎の恋人になって直ぐ、無理矢理二人でお風呂に入った時の事を思い出して、温かなお湯に浸かったまま溜息を吐いた。


 やっぱりお風呂はゆっくり出来る場所だし、一緒に入りたいと思う。
 でも、一人なら全然狭いとか思わないバスルームも、身体が大きい方な森崎と一緒だから、二人じゃちょっと厳しかったりする。
 二人で同じ事をやるのは無理だろうけど、例えば片方が身体を洗っている間に、もう片方はバスタブに入っておくとか、別々になれば大丈夫だろうと最初は軽く考えてた。
 それなのに、実際は何をしても狭くてしょうがなくて、二人共、身体をあちこちぶつけて大変だった。
 毎日これじゃあ、お風呂でゆっくりと寛ぐどころか、逆に彼を疲れさせてしまう。
 何処か旅行にでも行った時まで、我慢するしかなさそうだな……って諦めて、お風呂は別々に入る様に決まった。


 彼の本当の恋人になった時から、一緒にお風呂に入って仕事の疲れを癒してあげたい。
 そう思ってはいたけど無理だったから、残念だけど今はそれを諦めて、だからその分、晩御飯の支度とかを頑張る事にした。
 仕事から戻ってきた森崎は、最寄駅に着いたら電話をくれるから、そしたら晩御飯の支度を始める。
 最初の何日間かは時間的な配分が掴めなくて、ちょっと支度が間に合わなかったり、逆に早過ぎてしまったりしたけど、何回かやってる間にコツが掴めてきた。
 コンロが一つしかないミニキッチンだし、一つずつしか料理出来ないから、家でやるのとは全然違う。
 同じ事をやっているのに、キッチンの種類が違うだけでこんなに違うんだなぁと変な所で感心しつつ、それでも、毎日彼と一緒に晩御飯を食べられるのは、本当に嬉しくてしょうがない。
 今のままでも何とかなるけど、確かにもう少し広かったら色々と楽かもしれない。
 彼が言ってた通りに、もう少しだけ大きなキッチンも欲しいけれど、お風呂の事も話しとかなきゃ……と考えながら、温かなお湯の中で少し慣れてきた日々を振り返っていった。






*****






 自分の部屋にキッチンが付いた様な物だと思って、今までそんなに違和感は感じてなかったけど、ワンルームの部屋って確かに言われてみれば、リビングで寝てるのと同じなんだよなーと納得した。
 そもそも、彼が一人暮らししてる部屋に押しかけている訳だから、ベッドだってセミダブルで、二人で寝るには少し狭過ぎる。
 今はくっ付きたい気持ちの方が大きいから、コレの方が嬉しいと思っているけど、ずっと暮していくと考えたら、やっぱりちゃんと寝室があって大きなベッドが必要だなと思う。
 彼は身体も大きいし、一人暮らしなのにセミダブルを使ってる位だから、きっと広々とした所で寝るのが好きなのかもしれない。
 そう考えるとキングサイズか、シングルサイズを二つ並べてるとか、そういう風にした方が良さそうな気もしてくる。


 夕食の最中に、突然一緒に暮らす話が出てきた時は驚いたけど、でもビックリしただけで、話自体は本当に嬉しくてしょうがない。
 彼女がいる友達も、そのうち同棲したいなぁとか言ってたし、そういう話をする事もあるけど、意外と俺が一番早くなりそうで、考えてるだけでちょっとドキドキしてきた。
 寝室だけ別になったら、もっとリラックス出来そうだな……とか色々と考えていると、ベッドに潜り込んできた彼が、優しく頭を撫でてくれた。




「奈宜、随分と楽しそうだな。何か良い事でもあったのか?」
「え? だって、森崎さんが『一緒に暮そう』って言ってくれたから。色々考えてるだけで楽しいな」
 普通に横に並んで寝ると落っこちそうになるから、横になった彼にくっつきながら答えると、楽しそうに笑った森崎が、ぎゅっと抱き締めてくれた。
「あぁ、なるほど……考え始めると、色々と決めなきゃいけない事も多いだろうな。何か希望があるのか?」
「そうだなぁ、ベッドはどうしようかな? って考えてた。セミダブルに二人は少し狭いからさ。シングル二つも広くて良さそうだけど、間に段差が出来てちょっと嫌かなとか……」
「確かにな。クイーンサイズで良いんじゃねぇか。でも、別に普通のダブルベッドでも構わないと思うぞ。どうせこうやって、二人でくっついて寝るんだろう?」
「あ! その言い方だと、俺だけがくっ付きたがってるみたいに聞こえるなぁ。森崎さんもなのに」
 確かに俺から抱きつく事も多いけど、でも、あんまり森崎さんの邪魔しちゃいけないなぁとか考えて、少し離れた場所で一人で雑誌を読んでいると、彼の方から近寄ってきて背中からギュッてしてくれる。
 だから、どっちにしても部屋の中じゃくっ付いてる事が多いけど、それは俺だけじゃないと思う。
 ちょっとだけ不満に思って言ってみると、楽しそうに笑った彼が、軽くキスを落としてくれた。


「そうだな、奈宜だけがくっ付きたがる訳じゃないな。俺も奈宜と一緒に寝たいし、そんなに無理して大きなベッドじゃなくても大丈夫だ」
「今でも大丈夫だから平気だと思うけど、コレと同じ様な低めのベッドにしとけば、もし落っこちても安心かな。あとさ、お風呂も一緒に入れる位の広い所が良いな。俺、森崎さんと一緒に入って、背中も流してあげたいなーって、ずっと考えてるんだけど」
 色々と考える事が多過ぎて、思い出してるうちに言っておかなきゃ忘れそうな気がする。
 これも話とかなきゃ! と勢い込んで伝えると、また彼がククッと笑った。


「あぁ、分かった。バスルームも重要だな。ずっと前にも、そういう話を聞いた気がするが……奈宜はそんなに、俺と一緒に風呂に入りたいのか?」
「うん。だって身体とか洗ってあげたいし、その時間も色々と話したりも出来るからさ。お風呂は急いで別々に入るより、二人でゆっくりした方が、きっと疲れも取れると思うんだ」
「そうだな。奈宜と一緒に入った方が、確かに楽しくて疲れも取れるだろう。それに、温まりながらこういう事も出来る」
 耳元でそう囁いた森崎の掌が、スルリとパジャマの中に潜り込んできた。


 お尻を突然、掌で直接ゆっくりと撫でられて、思わず身体がビクリと震えてしまう。
 楽しそうにくぐもった笑い声を堪えつつ、また優しくキスしてくれる彼の腕に抱かれたまま、唇を離してちょっとだけ睨んでみた。


「あ、もう……森崎さん、そんなのばっかり……」
「奈宜が可愛くしているのを見るのが、一番疲れも取れて癒されるからな。それに、奈宜は本当に感度が良い。もうこんなになってるじゃねぇか」
 そう囁かれるのと同時に、お尻を撫でていた彼の掌が、いきなり前に廻ってきた。
 腕の中に抱かれたまま、既にちょっとだけ猛りつつある、あの部分をじんわりと弄られてしまって、またちょっと啼き声を上げた。
「ん、やっ……だって、そんなに触られたら……気持ち好いからさ……」
「当然だろう。奈宜がそう思う様に、俺も頑張っている。お風呂の中で触ったら、もっと気持ち好いだろうな」


 言われた言葉が少々意外で、いつもの愛撫に喘ぎながら色々と想像してみる。
 まだお風呂の中でした事はないけど、お湯の中で温まりながら……とか考えてみると、確かにすごく気持ち好さそうな気がしてきた。
 俺の方は言われるまで、こういうの全然は考えてなかったけど、彼は真っ先に言い出してきた位だから、きっとエッチな事をしてくると思う。
 今もあちこち触られてるから、余計にリアルに想像出来てしまって、少し恥ずかしくなってくる。
 逆に疲れるんじゃないかなぁ? って気もするけど、彼はこういうのが嬉しいみたいだし、あんまり深く考えなくても良いのかもしれない。
 いつも通りに心地好い快感に喘ぎながら、パジャマを脱がせてくる動きに身を任せたまま、また軽くキスを交わした。


「……あ、森崎さん。今日は俺が……」
「いや、後で良い。先に可愛い奈宜を、たっぷりと気持ち好くさせてからだ」
「え? もうすごく気持ち好いし……それに、週末だから、森崎さんも疲れてるんじゃ……?」
「平気だ。それに言っただろう。奈宜が可愛く啼いてる姿を見ると、その方が疲れも取れるってな。だから心配しなくても大丈夫だ」
 慌ただしく身体を弄ってくる彼にそう言われて、啼き声を上げながら何とか頷いて応えた。
 一週間の仕事で疲れてるだろうし、普段は先にやって貰ってるから……と思って言ってみるけど、いつも先に組み敷かれて、沢山啼かされてしまっている。
 彼の気が済んだ後は、俺が愛撫してあげる事もあるけど、何故だかそれは後回しで、毎回、俺が先にされてしまう。
 それは全然嫌じゃないし、とっても気持ち好くて大好きだけど、俺も彼に同じ事をしてあげたい。
 一緒にお風呂に入る様になったら、俺が先にしてあげられるかな……と期待しながら、新しい家で始まる生活の事を、甘い愛撫に喘ぎつつアレコレと考えていた。






*****






「ただいま。母さん、カレイが安かったから買ってきた。ムニエルって難しいの?」
 玄関に買ってきた食材を置きながら聞いてみると、リビングの方から母より先に、姉が顔を覗かせてきた。
「ムニエルは簡単よ。中学の家庭科の授業で作る位だから。向こうのキッチンでも全部一人で出来るんじゃないかしら?」
「あ、そうなんだ! 良かった。じゃあ、ムニエルは作り方を覚えるだけにして、もう一品をコッチで作って帰ろうかな」
 お店の人に薦められて買ってきたものの、難しかったらどうしよう……とドキドキしてたから、簡単だと聞いて安心した。
 料理も色々あるよなって改めて思いながら、スーパーの袋を持ってくれた姉と並んで、キッチンの方に向かって行った。




 森崎が休日になる土日は食事も外で食べる事が多いから、コッチには戻って来ずに、彼のマンションで過ごしている。
 月曜日になって彼が仕事に出かけた後、家の中を片付けてから、自分の家にへと戻ってきた。
 途中で母に電話を入れると「適当に晩御飯の材料を……」って頼まれたから、スーパーに寄って帰る事にした。


 一人でメニューを考えるのは初めてだし、色んな食材があり過ぎてちょっと悩んでしまって、お店の人に相談して、お勧めを教えて貰った。
 だからきっと、俺でも作れそうなのを選んでくれたんだなと納得しながら、買ってきた材料を冷蔵庫にへと仕舞っていった。




「奈宜、魚が好きだったの? 前は『どっちかって言えば、肉料理の方が好き』って言って気がするけど」
 ソファに座りながら不思議そうに問いかけてきた姉の言葉に、思わず頬が緩んでしまった。
「あ、今でもそうかも。でも、森崎さんもソッチの方が好きだから。時々は意識して魚料理にしないと、バランス悪くなるかもってさ」
「そうだった。森崎君、昔から肉料理ばっかりだったわ。あの頃はファーストフードだったけど、今でもあんまり変わってなさそう……」
「うん。俺からしたら高めのお店だけど、普通に行ってるかも。俺に合わせてくれてるのかな? って思ってたんだけど。森崎さんも好きなのか」
「学生の頃からハンバーガーとか好きだったわよ。あの頃から身体が大きかったし、お菓子類を食べる感覚で、アッチ系を食べてるのかもね」
 ちょっと呆れ顔で話す姉と、森崎の話で盛り上がる。


 姉が結婚する相手の、俺にとってはお兄さんになる人は、俺よりちょっと大きい位で極普通の中肉中背って感じの人で、そんなに沢山食べる方でもないし、以前一緒に食事に行った時にも「魚料理の方が好きだ」と言っていた。
 姉も魚料理が好きだから、そういう部分でも色々と気が合うのかもしれない。
 きっと森崎さんと色々と比べてるんだろうなぁ……と思いながら、彼の話で盛り上がっていると、飲み物を持ってきてくれた母が、俺の前に座った。


「奈宜。生姜焼きは森崎さんも沢山食べてくれた?」
「ん、大丈夫。美味しいって言ってくれた。母さんに教えて貰ってるって話したから、色々と安心してくれたみたい。俺が無理して作ってるんじゃないか? とか、ちょっと心配してたみたい」
「それなら良かった。口に合う様だったら、これからも色々と差し入れ出来そうね」
「今までの御飯は全部すごく気に入ったみたいだし、大丈夫だと思うな。あのさ、森崎さんが、俺が大学生になったら一緒に暮そうって! 今の家よりコッチに近い所で、キッチンも大きな所にしようって言ってくれたんだ。御飯が美味しくなかったらキッチンの事も言わないだろうし、だから本当に美味しいと思ってるんじゃないかな」
 ちょっと声が弾み過ぎなのが自分でも分かるけど、やっぱり落ち着いては話せない。
 美味しそうにお茶を飲んでる母に、まだちょっと早めの話を報告していると、隣で聞いていた姉の方が、ちょっと驚いた表情を浮かべた。


「奈宜と一緒にねぇ……森崎君が言い出したの?」
「うん、俺もちょっとビックリしたんだけど。今は姉さんの結婚でバタバタしてるから、落ち着いてから『父さんと母さんにも話に来る』って言ってた」
「へぇ、森崎君が奈宜と同棲の挨拶に……ちょっと面白そうかも。こっそり覗きに来なきゃ。それにしても、よっぽど奈宜を気に入ったのね。まぁ昔から、私より奈宜と遊ぶのが目的でウチに来てたし、何となく分かるけど」
 俺は彼に遊んで貰えるだけで嬉しかったから、森崎が周りにどんな態度を取っていたのか覚えてないけど、姉は「昔から奈宜が目当てでウチに来てた」とずっと前から言い張っている。
 ホントにそうだったら嬉しいなと思いつつ、姉の愚痴を聞いていると、母が楽しそうに微笑んだ。


「此処の近くなら安心だけど……森崎さんの仕事的には大丈夫なのかしら?」
「俺もそれが気になって聞いてみたんだけど『大丈夫だ』って。駅が一つか二つ位変わるだけだし、そんなに不便じゃないみたい」
「駅に近い所を選べば大丈夫そうね。奈宜も大学の勉強があるし、色々と手伝ってあげられる距離が良いかも」
「うん、俺もその方が良いな。休みの日も今は外食が多いけど、今度からコッチに来て食べても良いと思うんだ。姉さんもお嫁に行くし、コッチも広くなるからさ」


 母とそう話していると、隣で聞いている姉が楽しそうに笑い出した。
「あぁ、なるほど! それで今は、奈宜が森崎君のマンションに通ってるのね」
「そんな感じ。前からウチに遊びに来て……とか言ってるんだけど『姉さんがお嫁に出てから』って遠慮してるみたい。やっぱり、昔は姉さんと付き合ってし、色々と気にしてるんじゃないかなぁ?」
「まだ学生の頃だし、もう10年前なんだから。そんなに気を使わなくても良いのに。まぁ、その辺りも森崎君らしいけど。昔から変な所で気を使うタイプだもんね」
 一人で納得してしまった姉の姿を眺めながら、思わず一緒に笑ってしまった。


 ずっと昔に彼の恋人だった姉に、今の彼の様子を話してあげると、ちょっと驚かれたり納得されたりで面白い。
 逆に俺の方も、昔の彼の話を聞けるのが楽しくて、仕事を休んで花嫁修業中の姉をつかまえて、色んな話を聞いている。
 当時の俺は小学生だったから、もう覚えてない事も多いし、やっぱり大人の目線とは違うから、今聞いた方が色んな発見があると思う。
 小さい頃と同じ様に色んな事を優しく教えてくれる母と姉と三人で、夕食の支度までのゆっくりとした時間を使って、俺の知らない彼の話を和やかに談笑していった。






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