同棲事情 07

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 日曜の午後はのんびりしてて、何となく時間もゆったりとしている気がする。
 ちょっと前に見た時はリビングのソファで横になったままDVDを見てたのに、いつの間にか居眠りを始めてしまった彼の身体に、そっとブランケットをかけてあげた。


 彼と付き合い始めて間もない頃は、毎週の様に何処か遊びに出かけていた気がする。
 でも俺が大学生になり、二人一緒に暮らす様になってからは、特に用事が無い時などは家でのんびりと過ごす日が増えてきた。
 以前、彼が一人で住んでいた所は普通のワンルームで狭かったから、くっ付いていられるのは嬉しいけど、二人で一日中、部屋の中だけで過ごすには少々辛いかなって感じがあった。
 此処に引っ越してからはリビングも広くて快適だし、色んな物も全部揃ってるから、外で遊んでるよりもリラックスして過ごせる様になった。


 引っ越してしばらくの間は、細々とした片付けをしてたり、彼の会社の人達が遊びに来たりして忙しかったけど、最近になってようやく落ち着いてきた。
 近所のレンタル屋でDVDを借りてきたり、何も決めずにテレビを見ながらお話してたり……その時々で決まってないけど、毎週とっても楽しく時間を過ごしている。
 土曜日だった昨日は二人一緒に遊びに行って、あちこちのお店で買い物をしてきた。
 だから日曜日は何処にも出かけず、家で二人きりでのんびりと過ごそうと、昨日のうちから決めていた。
 最近の彼はちょっと仕事が忙しい時期に入ったみたいで、普段より帰宅が遅めの日が続いているから、休日のどちらかは身体を休めた方が良いと思う。
 俺としては彼と一緒に過ごせれば不満は無いから、遠くに行くのは一日だけにして、残りの一日はずっと家で寛ぐ事にした。
 こんな風に気持ち良さそうに眠っている彼を見ながら、目覚めた後で食べるお菓子を作るのもすごく楽しいし、一緒に畳の部屋でお昼寝をしたりする時もある。
 そんな休日も本当に楽しくて、毎週末をすごく待ち遠しく思いながら平日を過ごしていた。


 普段の晩御飯は俺の実家で食べる事が多いから、休日は出来る限りコッチの家で、二人で食べる様にしている。
 同棲を始めた頃は、俺一人で晩御飯の支度をするのにも手間取っていたけど、時間に余裕のあるこういう日に考えつつ作っている間に、気が付いたら普通に出来る様になっていた。
 今ではもう、すっかり当たり前になってきた二人だけの休日を、今日ものんびりと過ごしていた。






 食後のデザートで食べようかなと思いつつ、フルーツゼリーを作っていると、リビングに置きっぱなしにしている携帯からメールの着信音が鳴り始めた。
 休日のこんな時間に誰だろう……? と不思議に思いながらも、とりあえず作ったゼリーを冷蔵庫で冷やす所までやってから、リビングにへと足を向けた。




「……あ。将貴さん、ごめんなさい。音を消すの忘れてたから……起きちゃった?」
 ローテーブルに置いていた携帯に手を伸ばした途端、その前のソファで眠っていた彼が身を起こした。
 やっぱり煩かったんだな……と反省しつつ声をかけると、ソファに座ったまま大きく伸びをしていた彼が、此方に視線を向けていた。
「いや、大丈夫だ。眠るつもりは無かったし、そろそろ起きた方が良いだろう。奈宜も退屈してたんじゃないか?」
「ううん、そうでもない。晩御飯のデザートで食べようと思ってフルーツゼリーを作ってたんだ。今、冷蔵庫に入れたトコだから、おやつの時間にはちょっと無理かなぁ。もう少し早く作っておけば良かったな」
 そう彼に答えながら、携帯に届いているメールを確認していく。
 学校の友人達は、将貴さんが休日の時は俺と遊べないと知っているから、すごく急用がある時以外、メールもあんまり送ってこない。
 よっぽど急ぎの用事でもあるのかなぁ? と考えながら差出人を確認して、余計に首を傾げてしまった。


「……あれ、三浦さんからだ。どうしたんだろう?」
 予想外の人から届いているメールに、思わず口に出して呟いてしまった。
「三浦って……アイツの事か? 何でアイツが奈宜のメアドを知ってるんだ」
「ずっと前、三浦さんが遊びに来た時に『教えてくれ』って言われたんだ。確かに、将貴さんの仕事が忙しくてメールの返事が出来ない時があるかもしれないしさ。色々と便利かもって思ったから教えといた」


 彼と同じ会社の人で、俺達が部屋探し中に偶然出会った三浦さんは、彼女が此処の近くに住んでいるとかで、そのついでに頻繁に遊びに来る。
 一番最初に出会った同僚の人になるから印象深いし、俺達が引越の時には手伝いにも来てくれた。
 その後も何かにつけて顔を出しに来てくれるから、今ではすっかり仲良しになってしまった。
 将貴さんとも同僚の中では一番仲が良いそうで、会社での彼の様子なども事細かに教えてくれる。
 だから「携帯のメアド教えて」って言われた時も、何も疑問に思わず普通に教えていたけど、今それを知った彼は盛大に顔をしかめてしまった。


「――――あの野郎、いつの間に……奈宜、聞かれたのはメアドだけか?」
「うん、メアドだけかな。携帯の番号も教えといた方が良いかなって思ったけど、その時は聞かれなかったから。まだ教えてないかな」
「あぁ、それで良い。俺に何の断りも無く勝手に奈宜と連絡を交わすとか、本当にとんでもない。まったく油断のならない奴だ」
 さっきまで眠そうにしていた彼も、すっかり目が覚めてしまったらしい。
 ソファに座り直してブツブツと文句を言っている彼の隣に、携帯を持ったまま腰を下ろした。




 将貴さんと三浦さんは普通の友達みたいに仲良くしてるけど、お互いに罵り合いは多い気がする。
 俺と一緒にいる時、彼はいつもすごく優しくて怒られた事もないけど、他の人と話している時は結構怒りっぽい方かもしれない。
 彼の弟になる達兄ちゃんと話しているときも「馬鹿か、てめぇは」とかしょっちゅう言ってるし、姉さんとも相変わらず口喧嘩ばかりしている。
 お兄さんもそれを見てるけど「ああいう口喧嘩は大丈夫」とか「喧嘩するほど仲が良いんだから平気」とか言って、特に止める様子も無く、横から見て笑っている。
 俺が大学で知ってる友達の中にも、将貴さん達みたいに、本当に仲良しだけどいつも喧嘩している子達もいるから、何となくは理解出来るけど、やっぱりちょっと分からない部分もあったりする。
 俺にはあんなに優しくしてくれてるのに、何で他の人と話をする時には喧嘩口調になるのかなぁ? と、心底不思議に思いながら、送られてきたメールに目を通した。




「三浦さんの彼女、今日は友達との約束があって出かけちゃうから、晩御飯が別々になるみたい。もうすぐ別行動になるから、ウチに遊びに行っても良いかな? って」
 とりあえず届いているメールの内容を教えてあげると、彼はますます顔を顰めた。
「何だ、それは……結局、奈宜に『俺の分も晩飯を作ってくれ』って事じゃねぇか」
「そうかも。何か『お土産も持っていくから』って書いてある。一人でご飯は寂しいから、俺達と一緒に食べたいのかも。まだ準備してないし、一人増える位は大丈夫だと思うな」
「……まぁ、奈宜が大丈夫なら良いが……無理なら断っても良いんだぞ」
「ううん、平気。母さんと分担してだけど、いつも4人分作ってるし。そんなに大変じゃないと思うな。三浦さんには『コッチは大丈夫だ』って返事しとくね」
 実際に来たら結構話が弾むのに、毎回渋々と承諾する彼にそう言って、返事のメールを打ち始めた。


 どっちにしても俺が晩御飯を作っている間は、彼もちょっと暇だろうし、話し相手がいた方が楽しいよなと思う。
 以前、三浦さんが遊びに来た時は何を作ったかなぁ……と考えながら、お昼寝から目覚めた彼の為に、飲み物を作りにキッチンに向かった。






*****





 あれから将貴さんとのんびり過ごして、そろそろ夕飯の支度を始めようかなって思い始めた頃、三浦さんがやってきた。
 時間的にもちょっと良い頃にやって来た彼は、メールに書いてあった通り「デザートで食べよう」と、マドレーヌをお土産に持ってきてくれた。
 オレンジピールが入った小さなマドレーヌだから、俺が作っておいたフルーツゼリーと、偶然だけどちょうど良さそうな組み合わせになっている。
 夕飯は少し軽めにして、これも皆で食べなきゃとメニューを再考しつつ、キッチンに向かった。
 俺が夕食の支度中は、いつも本を読んだりパソコンをつけてネットを見たりしている将貴さんも、今日は三浦さんがいるから話をしている。
 これなら二人とも退屈しなくて良かったなと安心しつつ、キッチンで料理をしながら二人の会話にこっそりと耳を傾けた。




「……で。結局の所、一緒に晩飯にしようと思っていた彼女に置いていかれて暇だから、ウチに遊びに来たって訳か」
「そんな感じ。付き合いも長くなってくるとホント素っ気ないよな。昔は俺に仕事が入って遊べないだけでも寂しそうにしてたのにさ。今じゃ俺より自分の友達優先だもんな。森崎は奈宜ちゃんから大事にされてて良いな。もうさ、マジで羨ましいわ」
「まぁ、ウチは新婚みたいなモンだからな。それは良いが、何で俺の携帯に連絡してこないで、奈宜の携帯の方にメールするんだ?」
「だって森崎、絶対に出てくれないだろ。かけるだけ無駄じゃねぇかよ」
「当然だ。奈宜との穏やかな休日を過ごしている最中に、何でてめぇの声を聞く必要がある? 耳障りな声は聞きたくねぇな」
 それが当然って表情を浮かべ、あっさりと言い切った彼の声を聞きつつ、キッチンで思わずフフッと笑ってしまった。


 「何で連絡してこないんだ」って聞いておきながら、自分から「当然、電話に出るはずが無い」と言い切ってるとか、答えは分かってるし矛盾してて意味が無いんじゃないかなーと俺でも分かる。
 もっとも、言われた方の三浦さんも慣れているのか、特にソレを突っ込む素振りもなく、普通にカップを手に取り知らん顔して珈琲を飲んでいる。
 入社当時から仲良しだと聞いているから俺と将貴さんよりも付き合いが長い筈だし、会社のお昼休みとかにも、こんな会話をしているのかもしれない。
 将貴さんと三浦さんの会話って、やっぱり凄く面白いなぁと、改めて思ってしまった。


「だろ? 森崎に電話しても軽く無視されるだろうなぁと思って、奈宜ちゃんにメールしたんだよ。奈宜ちゃんは誰かと違って優しいから、どっちの答えにしても絶対に返事してくれるしさ」
「奈宜が優しいのは幼い頃からだ。大人しくて本当に可愛い子供だったからな。まぁ、今は俺の恋人だし、奈宜の愛情は俺が全て独占しているがな。てめぇは俺の友人だから『おすそ分け』って所だ。ハッキリと言っておくが、奈宜がお前に優しくしてやるのは、俺の友人だからだ。てめぇに気がある訳じゃねぇ。誤解するなよ」
「はいはい、分かってるって。そう怒るなよ。別にお前等の邪魔しに来た訳じゃないし。一人寂しく休日の晩御飯を食べるのは嫌だなーと思って、ちょっと構って貰いに来ただけだからさ」


 何だかちょっと変な自慢だなぁと思うけど、将貴さんはやけに真剣な面持ちで三浦さんに説明している。
 俺が一番大好きなのは将貴さんで、それに絶対間違いないし、言ってる事も大体合ってるとは思うけど、あんなにハッキリと言われてしまうと、ちょっと恥ずかしいな……と照れてしまう。
 でも、俺が将貴さんの事を話している時も、周りの皆から「惚気過ぎだ」と呆れられる事が多いから、自分で気が付いてないだけで、似た様な事を言ってるのかもしれない。
 俺は初恋の人が彼だったし、そのまま恋人になれて今は本当に幸せだから、惚気てしまうのも仕方ないかなと思っている。
 将貴さんは俺よりすごく大人で恋愛経験も豊富だけど、俺をお嫁さんにしてくれて一緒に暮らしているから、やっぱり俺と同じ位、好きだと思ってくれているのかなぁと、何だかちょっとドキドキしてきた。
 何故だか妙に楽しそうな三浦さんを相手に「奈宜は料理も上手だし、家庭的で羨ましいだろう」と自慢している彼の声を聞きつつ、先程までより少しだけ賑やかな家の中、晩御飯の支度を進めていった。






 ちょっとだけ騒々しく夕食を終えて、三人で話をしながらデザートを食べた。
 仕事中の将貴さんを見た事はないから、こうして遊びに来てくれた会社の人から色んな話を聞けるのは、やっぱりとても楽しくてしょうがない。
 最近の休日は二人で過ごす事が多かったから、久しぶりの会話を楽しんでから、ちょっとだけキッチンの方に向かって後片付けを始めた。


 普段は二人分の片付けだから使う必要がない食器洗浄機に、軽く洗った食器を入れてスイッチを押した。
 将貴さんの両親が買ってくれた時、二人だとあんまり使わないかもだし、何だか申し訳ないなぁと思ったけど、実際に暮らし始めたら来客時に大活躍で、意外と頻繁に使っている。
 誰かが遊びに来てくれた時は、やっぱり一緒に話もしたいし、そういう時間に食器だけでも洗い上がっていると本当に助かっている。
 今日も夕食で使った三人分の食器を入れてセットして、またリビングの方に戻った。




「そういや、お前は何時までココで遊んでるつもりだ。明日は普通に仕事だぞ」
 俺が戻ったのを見て思い出したみたいで、やたらとリラックスしている三浦さんに向かって、彼がマドレーヌに手を伸ばしつつ問いかけた。
「そうだなぁ、何時にしようかな。どうせ帰っても風呂入って寝るだけだから、あんまり早く戻っても暇なんだよな」
「だからって此処で時間を潰すんじゃねぇよ。俺と奈宜が遊べないだろうが」
「あ、別に遠慮せず遊んでくれよな。俺は気にしないし。何て言うかさ、一人で部屋にいるのが寂しいから帰りたくないなーって感じかなぁ」
 とても明るくて話好きな印象と同じで、彼はちょっぴり寂しがり屋さんなのかもしれない。
 今日は彼女と過ごすつもりでいただろうから、余計に寂しく感じるんだろうなと同情してると、隣で聞いていた将貴さんが深々と溜息を吐いた。


「馬鹿、気持ち悪い事を言うんじゃねぇよ。奈宜が『一人で寂しい』とか言うのは可愛くて似合ってるが、お前が言うと不気味なだけだ。30歳目前のオッサンが何言ってるんだ」
「ひどいなぁ。オッサンでも一人ぼっちは寂しいんだからな。んでさ、お前等って、こういう時間は何してるんだ? あんまり出かけなさそうだし、話してるだけ?」
 そう問いかけてきた彼の前で、思わず考え込んでしまった。


「何だろう……やっぱり、テレビとか見ながら話してる事が多いかな。でも先週は花火をしたんだ。外が気持ち良かったからさ」
「え? 花火した……って、見に行ったんじゃないよな。もしかして此処のベランダで?」
 ふと思い出して答えたから、ちょっと意味が伝わらなかったらしい。
 真剣に驚いた表情を浮かべて、ベランダの方に視線を向けた三浦さんの様子が面白くて、ついクスクスと笑ってしまった。
「まさか。マンションのベランダで花火なんかしたら怒られるって! 俺の実家がすぐ近くだから。大きなお家じゃないけど二階建ての一軒家だし、小さな庭と縁側があるんだ。ちょっとした花火くらいなら、皆が揃っても何とか出来るかなーって感じ」
「へぇ、そうなんだ。奈宜ちゃんは良いトコの子なんだなぁ。マンションならともかく、この辺りで一軒家って、そう簡単に買えるもんじゃないぜ」
「え、普通だと思うな。俺が小さい頃に建った家だから、もう古い所もあるし。そんなに贅沢はしてないから、その分、家に廻せたのかも。そういえば、先週遊んだのが少し残ってたと思うな。あんまり置いておくと湿気でダメになるから、花火しに行く? 一時間くらいは遊べるし、時間的にもちょうど良いかも」
 ふと思いついて提案してみると、彼は嬉しそうに頬を綻ばせた。


「え、お邪魔して良いかな!? そりゃあ、もちろん行きたいけど!」
「良かった。でも、父さんと母さんがいるから、三人だけじゃないと思うけど。それでも良い?」
「あぁ、もう全然大丈夫。奈宜ちゃんのご両親に挨拶もしとかなきゃだし、ちょうど良さそうだな。嬉しいなぁ、花火って何年振りだろ? もう覚えてない位、すっげぇ前な気がするなぁ」
 予想以上に喜んで貰えて、言い出した俺の方が驚いてしまった。
 やたらと楽しそうな彼を前に、隣に座っていた将貴さんが顔を顰めたまま立ち上がった。


「どうして奈宜のご両親に向かって、てめぇが挨拶する必要があるのか理解出来ないが……まぁ良いだろう。妙な事を言うんじゃねぇぞ」
「大丈夫、任しとけって。こう見えても立派な大人なんだからさ。手土産が無いのが残念だけど、急に決まったからしょうがないな。マドレーヌの残りを持っていくか?」
「あぁ、そうだな。花火をしながら摘めるし、残りは全部持っていこう」
 そう言いながら手荷物をまとめ始めた二人に並んで、珈琲を飲み終わって立ち上がった。




 今週末は土日の両方とも帰ってないから、将貴さんのお友達も加わって遊びに行けば、きっと父さん達も喜んでくれると思う。
 賑やかに準備をしている二人の後に続きながら、久しぶりに賑やかな日曜日の夜を充分に満喫していった。






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