同棲事情 06

Text size 




 いつも通りに駅に着き、奈宜にメールをしようと携帯を取り出してみると、既に奈宜からメールがきていた。
 昼休憩辺りに奈宜から毎日メールが届くものの、俺は返信が出来ないと分かっている仕事中の時間帯に、奈宜の方から連絡してくるのは珍しい。
 何か急用でもあったのかなと思いつつ、届いたメールを読んでみると、珍しくお詫びの言葉が届いていた。


 コレ位の事で怒る筈がないし、別に気にする程の事ではないけど、奈宜にとっては初めての出来事だから少々戸惑っているらしい。
 ちょっと困った表情を浮かべつつメールを打っている奈宜の姿が浮かんできて、無意識に頬を緩めてしまった。
 今まで奈宜が毎日手抜きをせずに家事を頑張ってくれていただけで、月に何度かはこういう機会があって普通だと思う。
 俺の方は何も問題はないし、夕食は後から外に食べに行こうと、電車の中から返事を書いて送信した。




 今日の講義は午後早めの時間で終わりだから、大学の友達数人がそのまま家に遊びにくる約束になっていると、奈宜が朝から話をしていた。
 皆は夕方過ぎから遊びに行く予定があるみたいで、それまでの時間潰しに来るらしい。
 他の友達が夕方近くに迎えに来て、それで皆は帰ってしまうから、夕飯は普段通りに実家の方になると思う……と、聞いていた予定が大幅に狂ってしまって「皆と一緒に、まだマンションにいるんだけど……」と、ちょっぴり困った様子な文章が届いていた。


 まず最初の、お昼過ぎには遊びに来る筈だった予定の時点で、何だかんだと皆の雑用を済ませている間に少々遅れていたらしい。
 皆が帰ってから直ぐに夕飯の準備に向かえば、何とかギリギリ間に合うかなと考えていたのに、今度は迎えに来る友達の方も、約束の時間間際になって「まだ全然着きそうにない」と、ようやく連絡が入ってきたそうだ。
 友達の方も出発が遅れた上に、車は渋滞に巻き込まれている様で、確かに会社の営業に出ている奴等も「今日は変な所が渋滞してて時間が読めない」とボヤいていた。
 俺が会社を出る時点でも、まだ戻ってきていない奴がいたから、今でもあちこちで渋滞が残っているのかもしれない。
 その友達が迎えに来るのも、もしかしたら俺の帰宅より遅くなるかな……と、電車の窓越しに渋滞中の幹線道路をぼんやりと眺めた。


 奈宜の方も、さすがに皆をマンションに放置したまま夕食を作りに実家に戻る訳にもいかず、日々の家事に情熱を燃やしている彼は、ちょっと悩んでしまったらしい。
 とりあえず母に電話して「どうしよう?」と相談したら、あっさりと「たまには二人きりで、外でお食事でも良いんじゃない?」とアドバイスをしてくれた。
 何となく、平日は家で晩御飯にしなきゃダメだと真面目に思い込んでた奈宜も、母からそう言われてみると、それでも大丈夫かなと納得した様だ。
 俺が返したメールでようやく安心した様で、無邪気にお店の提案をしてくる奈宜に返事を出しつつ、通勤電車に揺られながら通い慣れた家路を戻っていった。






 インターホンを鳴らしてみると、迎えに来てくれた奈宜がドアを開けた玄関の中に、俺達の物じゃない靴が見えた。
「ただいま。やっぱり、まだ迎えには来てないか。営業の連中も時間調整に追われていた。偶然、渋滞が重なったんだろうな」
「おかえりなさい。少し前にやっと解消したみたい。そろそろ到着だって。将貴さんの着替えが終わって、少し話してたら時間になるかな」
 皆の方も目処がついた所らしく、奈宜が和やかに説明してくれた。


 こんな時間からでも、やっぱり予定通りに遊びに行くんだなぁと変な所で感心してしまったけど、自分が大学生だった頃を思い返すと、時間帯などまったく構わず、遊びたい時に遊びに行っていた気がする。
 そう考えてみると、毎日文句も言わずに家事に励む奈宜は本当に偉いなと、改めて実感した。
 奈宜は真面目な子だから手抜きをしようとは考えないだろうし、俺の方から、時々は休める様に気を使うべきなのかもしれない。
 一度それも言っておくかと考えながら、脱いだスーツの手入れをしている楽しそうな奈宜の後姿を、着替えを進めつつ眺めていた。




 リビングに向かうと、初めて見る男の子が二人並んでソファでのんびりと寛いでいた。
 遊びに出た途中などで偶然出会い、軽く挨拶を交わした奈宜の友達は何人かいるけど、まともに会話をした事があるのは智也くらいだと思う。
 奈宜が一番仲良しな智也とは、少しタイプが違う気がする二人の横手にあるソファに座ると、軽く会釈をしてくれた。
 彼等も夕方前には帰るつもりだったし、まさか俺と話す事になるとは思ってなかったんだろう。
 何となく戸惑っている雰囲気が伝わってくる彼等の近くに、奈宜と並んで腰を下ろした。


「森崎さん、こんばんは。遅くまで居座っててすいません」
 一人がそう挨拶してきた隣で、もう一人も、やけに緊張した面持ちでまた頭を下げてきた。
 俺とこうして話すのを嫌がっている風ではないけど、どういう態度で接すれば良いのか悩んでいるんだろうなってのは、俺の方にも伝わってくる。
 高校時代は部活に励んでいて、バイトなどの経験がなかったんだろうと予想しつつ、彼等の方に視線を向けた。
「別に気にしなくてもいい。この時間帯だと店も混んでいるし、食事以外では入り難いからな。今から遊びに行くのか?」
「はい。高校ん時の同級生で、ちょっと遠いトコの大学に入った奴がいるんです。久しぶりだし、たまには遊びに行こうかなーって感じで」
 高校生に入りたての頃からバイトを始めているし、年の離れた大人とは何かと話し慣れている……と自分でも言ってる智也と違って、やっぱり少々緊張しているらしい。
 わざわざソファに座り直して姿勢を正した彼の様子に、思わず笑いそうになってしまった。
「おい、そう緊張するな。俺は学校の先生じゃないんだから、普通にしてくれればいい」
「そうなんですけど、やっぱりそれなりに緊張するな。奈宜の恋人だってのもだけど、森崎さんは高校の先輩でもあるし。えっと……OBって事になるのかなぁ」
「あ、そうなのか? じゃあ、奈宜とは高校からの同級生なんだな」
「はい、そんな感じで。高校からの友達だと、俺達3人が同じ大学になったんですよ」
 話し始めると少し慣れてくれた様で、和やかに微笑んだ彼が楽しそうに教えてくれた。


 二人共、いかにも体育会系って感じの体格のヤツで、智也くんとは随分と雰囲気が違うなと思っていたけど、そう聞けば納得出来る。
 俺が高校時代からそうだったけど、校風ってのは10年程度じゃ意外と変わらないものらしい。
 今になって思い返せば、間違いなくこういう雰囲気のヤツが多かったなと納得してると、黙っていた方の男が、奈宜の方に視線を向けた。


「俺は一年と三年の時、奈宜と同じクラスだったんですよ。で、最初に奈宜をクラスで見つけた時『コイツ、ウチの学校でホントに大丈夫かな?』って心配になったもんな。一瞬、女の子と間違えた位に可愛くて細っこいし、性格も大人しいしさ」
「あー、確かに。でも、違う意味で女に人気があったよな。俺は隣のクラスだったけど、ウチの女子まで『奈宜くんって、すっごく可愛い。友達になりたい』とか、ぎゃあぎゃあ騒いでた」
 奈宜が物凄く可愛らしいのは、彼が小学生に入りたての幼い頃からだと、一緒に過ごしていた俺は知っている。
 けれど少々残念な事に、奈宜の高校時代は離れていたから写真でしか見た事がない。
 もちろん、アルバムの中で微笑む高校生になりたての奈宜は、今と同じく本当に華奢で可愛らしくて、俺も当然気に入っている。
 だけどコイツ等は写真なんかじゃなく、その当時の奈宜を間近で見てたんだな……と考えると、本気で羨ましくなってきた。


「え? 皆、そんな事を言ってたんだ。ちょっと恥ずかしいな。でも入学して直ぐの頃は、先生達にも『運動が得意でもないのに、ウチの学校で大丈夫だったのか?』って心配されてた。『将貴さんが通ってた高校だから入ったんです』とか言えないし、俺も返事に困っちゃったけど」
 その頃を思い出した奈宜が恥ずかしそうに答えると、彼等は楽しそうに微笑んだ。
「今になってソレを聞いたら納得だけど、最初は分からないからさ。皆で『奈宜が男っぽくなる様に色々と教えなきゃ』って、四苦八苦してたよな」
「ホント、皆で頑張ったよなぁ。何とか男らしくさせなきゃとか思ってたけど、結局、森崎さんの恋人になったし、奈宜のままで正解だった。やっぱり奈宜はこういう方が似合ってるよな」
「自分では分からないけど、俺もコッチの方が自然かな。皆みたいに身体が大きくて男っぽかったら、もうちょっと違ってたかもだけど。将貴さんが男っぽいから、俺は細くても大丈夫かな」
 楽しそうに話し続ける三人の会話を聞きつつ、何だか微妙な気持ちになってきた。


 もっとも、奈宜は俺に分かる様に話してくれるし、友人二人も俺を無視してる訳じゃなく、その場にいなかった俺にも理解出来る様に、話題の前後になるネタも多々挟んでくれている。
 皆で俺に気を使って説明してくれてるんだなってのは、もう重々承知しているけど、俺の知らない奈宜の話を聞かされているだけで、何となく自慢されている様に聞こえてしまってしょうがない。
 智也からは奈宜の中学時代の話を聞かされていたし、それを聞いてもこんな気分にならなかった。
 やっぱり二人は俺の後輩にもなるし、どちらかと言えば俺に似たタイプだから、微妙な気持ちを感じてしまうんだと思う。
 彼等にそんな気が無いのは分かっているものの、「俺が奈宜の恋人で、彼の事を一番知っている筈なのに……」と、やっぱり少々面白くない。
 今までの休日は俺の同僚達が押しかけてきていたけど、奴等の話を聞いてるだけの奈宜もこんな気持ちになってたのかな……と、今更ながらに反省した。


 高校時代だけじゃなく、今現在通っている大学生活においても、奈宜は相変わらず可愛らしくて優しい性格をしているから、皆の人気者になっているらしい。
 その様子を事細かに説明してくれる友人達の話を、隣で少々照れている奈宜の姿と共に、何とも言い表せない気持ちのまま、ほとんど無言で聞き入っていた。






*****





 物凄く長い時間を話していた様に感じたけど、実際は、ほんの数十分程度だったと、彼等と別れてから気付いた。
 迎えに来た友人の車に乗り込み、遊びに行く彼等をマンションの下で見送った後、奈宜と二人で駅前の繁華街に向かって歩き出した。




「将貴さん、晩御飯が遅くなっちゃってごめんなさい。お腹空いたでしょ?」
 友人達の前では言わなかったものの、やっぱりそれが気になっていたらしい。
 歩き始めた途端、ちょっと申し訳なさそうに問いかけてきた奈宜に、頬を緩めて首を振って見せた。
「大丈夫だ。今が普段と同じ位の時間だからな。いつも通りって感じだ」
「ホントに? 良かった、将貴さん、あんまり話してなかったし。すごくお腹空いてるんじゃないかな? って気になってたんだ」
「あぁ、それか。皆の話を聞く方に廻ってただけだ。気にしなくて良い。それより、引越して暫くの間、休日は俺の同僚達が押しかけていたが。奈宜は話が分からなくて面白くなかったんじゃないか?」
 さり気なく聞いてみると、問われた奈宜はきょとんとした表情を浮かべ、不思議そうに首を傾げた。


「ううん、全然。俺が知らない将貴さんの話を沢山聞けるし、すごく楽しいけど……そういえば、最近は誰も来なくなっちゃったな。皆、俺と話しても面白くないとか言ってた?」
「いや、俺が断って呼んでいないだけだ。随分と騒々しかったし、奈宜とゆっくり休みたいと思ったからな。皆は奈宜に会いたがっている」
「あ、そうなんだ! 俺も将貴さんと二人の休日が良いけど、皆から話も聞きたいな。時々遊びに来る感じなら、俺の方は大丈夫かな」
「そうか。じゃあ、時々は皆を招待してやるか……奈宜は大人だなぁ……」
 子供っぽい独占欲に駆られて、日々の様子を教えてくれる同級生達に嫉妬していた俺と違って、奈宜は随分と前向きに考えている。
 思わず口に出してしまった溜息混じりの呟きが聞こえたのか、隣を歩く奈宜が、また不思議そうに首を傾げた。


「え? 将貴さん何の事? 俺、大人っぽい事を言ったかな?」
「まぁな。奈宜は初対面の人達とも楽しく話して、きちんとおもてなしも出来ている。俺が大学生の時は、もっと子供みたいに遊んでばかりだったからな。奈宜は偉いなぁと感心していた」
「そうかな? でも、俺も楽しんでるし。褒められると恥ずかしいな」
 そう答えてきた奈宜が、そっと手を繋いできた。
 不意に暖かくなった掌を感じつつ視線を向けると、とっても嬉しそうな笑顔の彼と目が合った。




「ねぇ、将貴さん。俺、パスタが食べたいな。大人になって再会した時、初めて二人で食べに行ったパスタ屋さん、覚えてる?」
「あぁ、勿論だ。そういえば、最近は行ってない気がするな」
「一緒に暮らすようになってから、まだ一度も食べに行ってないかも。一番最初に行ったトコだし、あのお店が良いな」
「そうするか。あの店は美味しいし、閉店時間まで結構ある。ゆっくり食べられそうだな」
 奈宜と二人だけの思い出は沢山作ってきたけど、俺の方が驚く位に、奈宜は色んな事を覚えている。
 久しぶりに再会した時の奈宜の姿と共に、俺もあの日に感じた気持ちが、鮮明に頭の中に蘇ってきた。


「今日来ていた友達みたいに、奈宜も皆と遊びに行ったりしたいんじゃないか? 時々はこんな感じで外食でも良いし、友達との約束があるんなら、俺の方は大丈夫だぞ」
「ううん、特に無いから平気。皆とはお昼の間に沢山遊んでるから。将貴さんと一緒にいられるのは、平日の夜とお休みの日だけしかないからさ。俺は将貴さんと一緒が一番楽しいかな」
「そうか……じゃあ月に一度は、こうして二人で外食の日にしよう。奈宜の料理は美味しいから満足だけど、奈宜がゆっくり休めないからな。これだと奈宜も美味しく食べるだけで良いし、二人で楽しめるだろう」
「あ、それは良いかも。月に一度くらいならデートみたいで楽しそう。俺も美味しいお店を探しとかなきゃ」


 しっかりと手を握ったまま、嬉しそうに声を弾ませる奈宜と二人きりで、のんびりと夜の散歩を楽しんでいく。
 毎日ずっと一緒にいられる訳じゃないから、お互いに知らない時間は沢山あるのは、どうしても仕方の無い事だと分かっている。
 だからその分、二人一緒にいる時は楽しく過ごしていこうと改めて思いながら、ちょっぴり懐かしい思い出のあるお店に、ゆっくりと向かって行った。






BACK | TOP | NEXT


2010/09/20  yuuki yasuhara  All rights reserved.