同棲事情 05

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 ほとんど毎日来ているお店だけど、今日は少しだけキョロキョロと迷ってしまう。
 ちょっとだけ進んで足を止めて、また商品を眺めて悩んでいると、肩をトントンと叩かれた。
「あ、おばさん。こんにちは! 夕食のお買い物?」
「こんにちは。午前中にも出てたんだけど、ちょっと買い忘れがあったのよね。奈宜ちゃんはお使いに来てるの?」
「今日は違う。母さんは友達と出かけてるし、父さんも帰りが遅いから家の晩御飯は無しなんだって。だから将貴さんと俺の分だけを作ろうと思ってるんだけど、何にするか迷っちゃって……」
 和やかに話しかけてきたお隣の浜田さんは、もう夕飯の献立が決まっているらしい。
 どこの家でもお母さんは凄いんだなぁと感嘆しながら、今の状況を説明してみた。


 一人で料理をする事そのものは、もう随分と慣れてきたし、特に不安に思っていない。
 だから平気だろうと軽く考えながら買い物に来たのに、いざ売り場の中に立ってみると、色んな物があり過ぎて思わず途方にくれてしまった。
 二人分を作るだけだし、そんなに沢山の量を買っても仕方ない。
 家にあった材料も使って献立を考えて、それに足りない分を買えば良いかなと思ってきたのに、何だかよく分からなくなってきた。
 冷蔵庫にある物などもしっかりと見てきた筈なのに、何故だか何も思い浮かんでこない。
 ちゃんとメモを取ってくるか、逆に家にある食材を見ながら先にメニューを考えてくれば良かったんだな……と反省しつつ、大きな食料品売り場の片隅で頭を悩ませていた。




「あら、そうなの。じゃあ、今日は奈宜ちゃんが一人でお料理するのね。献立に悩んでるの?」
「そんな感じ。冷蔵庫の中も見てきたのに、こっちにきたら全部忘れちゃってて。何を作るかも全然思い浮かばないし……」
「最初は皆、そんな感じよ。材料を見ててもメニューが出てこないのよね」
「ホント、その通りかな。思い付くのはあるんだけど『ちょっと前に食べたなぁ』とか、そんなのばっかりで。いつも母さんと一緒に考えてるし、俺一人でも平気だと思ったのにな」
 普段は母さんと二人で食事の支度をしているけど、単なるお手伝いだとは思ってなくて、俺も同じ立場で一緒にやっていると思っている。
 献立を考えるのだって全部を母さんに任せてるんじゃなくて、二人でこんな感じで買い物をしつつ、話し合って考えていた。
 だから普段通りの筈なのに、一人で考えた始めた途端、何も献立が思い浮かんでこないのが、自分でも不思議でしょうがない。
 思わずおばさんに愚痴をこぼすと、楽しそうに笑われてしまった。


「余っても大丈夫そうな物か、逆に使い切る分だけを買う料理が良いかしら。ハンバーグなら二人分だけ作るのも簡単だし、分量も決めやすくて良いんじゃない?」
「ハンバーグも良いな。でも、先週も作った気がする。どうしようかな……」
「同じハンバーグでも、味付けとか変えれば大丈夫。普通に作るのと煮込みじゃ見た目も全然違うし、和風も美味しいと思うけど」
「あ、和風は良いな! 大根が少し残ってたから、大根おろしにポン酢で和風ハンバーグにしようかな。先週は煮込みハンバーグにしたんだ。全然違う味付けだから、それなら大丈夫」
 何気なく答え始めた途端、いつも通りに色々と献立が思い浮かぶ様になってきた。
 母さんと買い物に来た時は、こんな感じで話をしながら考えている。
 それに慣れてしまっているから、もしかしたら一人で黙って悩んでいても、何も思い浮かんでこなかったのかもしれない。
 おばさんは特に急ぐ必要はないみたいで、歩き始めた俺に合わせて話をしながら一緒に売り場を廻ってくれる事になった。


 母さんと二人で話している時とは全然違っているけど、色んな食材を眺めておしゃべりしながら考えた方が、頭も廻ってくれる様な気がする。
 それを何気なく話してみると、おばさんも新婚時代は同じだったそうで、独り言をブツブツと呟きながら毎日の献立を考えてたと教えてくれた。
 そう言われてみると、母さんが新婚時代に初めて一人で食事の支度をする様になった時、どうやって献立を考えていたか……とか、そういう話を聞いた事はない。
 母さんはとても料理が上手だし、今でも父さんと仲が良いから、きっと新婚時代は将貴さんと俺みたいに、いつも一緒に過ごしていたんだろうなって、そんな気がする。
 何かの参考になるかもしれないし、明日にでも聞いてみようと考えながら、メニューを考えるのを手伝ってくれるおばさんと二人で、食料品売り場を隅々まで歩いて廻った。






 マンションに戻って買ってきた物を仕舞いながら、足りない物を少々急いでチェックした。
 今日は金曜日で彼も早く帰ってくる日だし、大学の講義を午後まで受けてきたから、あんまりのんびりと作っていると時間が足りなくなってしまう。
 彼が戻ってきても先にスーツを着替えたりするから、直ぐに食べ始める訳じゃないけど、やっぱり玄関までお迎えに出たいし、料理の手を抜いたりもしたくない。
 だからちょっと急ぎつつ外に出て、マンションにある材料で足りない分を、今日は誰もいない実家の方に貰いに行った。


 玉ねぎを一つとシソを何枚か……と考えつつ台所でゴソゴソしてたら、玄関のチャイムが鳴った。
 誰だろう? と首を傾げつつ玄関に向かうと、浜田さんが惣菜のおすそ分けを持って立っていた。
 俺がコッチに戻ってきたのを見て、きっと副菜が足りなかったんだなと思って、少し作り過ぎてた分を持って来てくれたらしい。
 内心「時間も少し遅くなったし、付け合せを一つ減らそうかなぁ」と考えていた所だったから、ビックリすると同時に本当に助かった。
 ちょっと寂しいかなって気がしていた食卓も、これでいつもと同じ位には並べられる。
 今度は俺が作って持っていくから! と、おばさんに約束しながら喜んで受け取り、足りなかった食材と一緒に持って、またマンションにへと帰ってきた。


 初めて一人で料理を作った時は、色々と分からない事も多くて時間がかかってしまったけど、もう何度かやっているし要領も覚えてきた。
 広い部屋の中、一人無言でやってると静かで寂しくはあるけど、意外と楽しく思っている。
 料理をするのは嫌いじゃないし、大好きな彼の事を考えながら、今日も「美味しい」って喜んで貰おうと頑張って作ってると、すぐに時間も過ぎてしまう。
 学校の勉強の合間に家事をやっているから、皆は遊ぶ時間が少なくなって大変だなとか言うけど、そんなに大変だとは思っていない。
 遅くまで仕事をしている将貴さんの方が絶対に大変だろうし、彼が毎日「とても美味しい」って喜んで食べてくれるから、それで充分に満足している。
 何より、大好きな人と一緒に過ごして彼のお世話をしているのに、大変だなんて思う訳がない。
 彼の喜んでくれる姿を思い浮かべながら、普段より少しだけ多い料理の手順を、一つずつ丁寧に進めていった。






*****





「奈宜、コッチは誰が作ったんだ? これも美味しいけど、奈宜やお母さんの味付けとは少し違う気がするな」
 付け合わせのおひたしを口に運びつつ、不思議そうに問いかけてきた彼の姿に、ちょっとだけ笑いそうになってしまった。
「コレは浜田さんちのおばさんから、おすそ分けで貰ったんだ。やっぱり少しだけ味付けが違うかな」
「あぁ、浜田さんか。それなら納得だな。随分と昔に味わった様な、何となく懐かしい感じがした。浜田さんはお母さんよりも年上だし、そういう年代の人が好む味付けなんだろう。俺のおばあちゃんの料理に似てるのかな」
「それは分かる気がする。よく分からないけど、素朴な味ってこういう感じなんだろうな」
 いつも俺が作った分をピタリと言い当ててくる彼に驚いていたけど、さすがにここまで違うと、俺でも直ぐに分かってしまう。
 家庭の味は家それぞれで違うと聞いていたけど、最近になって、それが何となく分かるようになってきた。


 週末や休みの日に遊びに行って、時々一緒に食事をするようになった森崎のお母さんも、いつも美味しいご馳走を作ってくれる。
 いつも遊びに行った時に、俺もお手伝いをするからって言ってるのに、「奈宜ちゃんは毎日料理してて大変なんだから、此処ではお客さんで座ってなさい」とか話を逸らされてしまって、まだお母さんのお手伝いをした事がない。
 でも、将貴さんが小さい頃から馴染んでいた味だし、俺も食べてて「美味しいな」と思うから、向こうのお家の料理も覚えておきたい。
 もう少し料理を作るのにも慣れてきたら、森崎のお母さんにも料理を習いに行かなきゃだなぁと、以前から時々考えている事をふと思い出した。




「浜田のおばさんは、そんなに沢山作ったのか? 奈宜の家にもおすそ分けを……って考えると、かなりの分量になると思うが。材料を沢山頂いたとかで余ってたのかな」
 心配そうに呟いた彼の言葉を聞いてから、そう言えばまだ説明してなかった事を思い出した。
「あ、違う。うちの分だけ頂いたんだ。今日は父さん達は外食だから、俺一人で買い物に行った時に、スーパーでおばさんに会ってさ」
「そうなのか? じゃあ、他は奈宜一人で作ったのか」
「うん、そうなるかな。ちょっと時間が無くなってきたから、お総菜減らさなきゃと思ってたんだけど、一品貰えたから助かった」
「そうか……今日は頑張ったんだな。どれも美味しいし、とても上手に作れてる。もう一人でも大丈夫だな」
 満足気に微笑んで褒めてくれる彼の前で、ちょっぴり照れつつ頷いた。


 今日の料理は自分でも美味しく作れたと思うし、彼が帰ってくる前に支度も終わって、時間的にも合格点だと思っている。
 一番初めに一人で作った時と比べたら、何かと余裕も出てきたし色んな事が上手になってきた。
 毎日こうやって過ごしていると、一緒に暮らしているんだなぁと実感出来て、すごく嬉しくなってくる。
 彼の部屋に泊まりに行っていた頃と違って、此処は二人の家だと思っているから、やっぱりすごく居心地が良い。
 本当に彼と一緒に暮らしてるんだな……と改めて感じながら、二人きりの食事の時間を楽しく過ごしていった。






 今日は一人で後片付けだから、将貴さんもキッチンに入ってきて手伝ってくれた。
 一緒に仲良くそれを終わらせてから、今度はお風呂に入る時間まで、リビングでのんびりする事にした。


 洋間の方にソファがあって普段はそちらに座る事が多いけれど、のんびりと時間を過ごす時は、和室を使う方が多い。
 このマンションに引越してきたのが冬だったから、両親が準備してくれた物の中にコタツがあって、ソッチからテレビを見やすい様に置いてしまって、今でもそのままにしている。
 だから、長時間テレビを見たりしつつゆっくりと過ごす時は、もうコタツは仕舞っているけど、何となく和室の方で寛いでいた。
 飲み物を淹れて和室に向かうと、膝をのばした将貴さんは珍しくテレビドラマを見ている。
 今日は本当にのんびりした一日だなぁと嬉しく思いながら、寛いでいる彼の隣に腰を下ろした。




 最初は二人で賑やかに話をしつつ、ぼんやりとテレビを眺めていたけど、段々とちょっと眠くなってきた。
 今日は大学の講義も長かったし、ちょっと疲れたのかな? とか考えつつ眠い目を擦っていると、隣に座る将貴さんがククッと軽い笑い声を溢した。
「どうした、奈宜。眠くなってきたのか?」
「うん、ちょっとだけ……大学の授業も沢山あったし、考え事が多かったからかな……」
「それもあるし、今日は一人で夕飯の準備もしたからな。少し疲れたんだろう。コレが終わる頃に起こしてやるから、少し眠ってろ」
 そう言いながら腕を引っ張ってきた彼に身を任せて、素直に畳に横になった。
 膝枕をしてくれる彼から、ゆっくりと髪も優しく撫でられ、何だか本当に少しだけ眠くなってきた。


「ちょっと頑張り過ぎたから、眠くなってきたのかな……将貴さんも早く帰って来てるし、いっぱいおしゃべりしたかったのに……」
「話は明日でも出来るだろう。休みだから時間もたっぷりあるからな。それに、眠い時に無理して話をしても、あんまり覚えてなくて面白くないと思うぞ」
「そうかも……じゃあ、ちょっとだけ寝ようかな……」
 話をしている間も、彼が優しく髪や背中を撫でてくれて、とっても暖かくて気持ち良い。
 将貴さんは昔と全然変わらないなぁと、それが何だかすごく嬉しく思えてきた。


 俺も小さい頃と比べたら身体も大きくなったし、少しは大人になってきたなと思っているけど、やっぱり彼は昔と変わらず、俺よりとても大きくて優しく包み込んでくれる。
 だから時々は昔みたいに、ちょっとだけ甘えたくなってしまう。
 今日は頑張って一人でご飯を作ったりしたから、少し位はご褒美を貰っても良いかなと言い訳しつつ、彼の膝枕に甘えながら、うとうとと微睡んでいた。







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2010/09/07  yuuki yasuhara  All rights reserved.