同棲事情 02

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 改札にへと向かいつつ、いつもの様に奈宜から届いている携帯メールを読んだ瞬間、思わず考え込んでしまった。
「……増えるかも……って、誰が来るんだ?」
 無意識に呟いて、知ってる顔を思い浮かべようとしたものの、今日の顔触れの中には誰が来ても、どうもいまいちピンとこない。
 携帯を鞄に戻しつつ改札を抜けて、あれこれと思い浮かべながら歩き慣れた道を辿り始めた。




 夕食は俺達のマンションで鍋パーティだと聞いていたけど、帰宅する時間の目安になるだろうから……と、普段通りに会社の最寄り駅から、奈宜の携帯にメールを出しておいた。
 半同棲生活を始めた最初の頃は、奈宜の声も聞きたいと思って電話をかけていたものの、電車に乗り込む前に通話を切ろうと慌しく話す羽目になってしまって、案外、時間の制約が多かったりする。
 むしろメールの方が時間を気にしなくても良い分、細かい連絡も可能だと気付いてからは、帰宅の連絡はメールが主に変わってきた。


 奈宜はメールの文章でも本当に可愛いから、直接話をしなくても充分に満足しているし、駅に到着してからのお楽しみみたいな感じで、今では意外と気に入っている。
 普段と同じ時間帯で駅に着き、早速、奈宜からの返信を確認したら、普段通りの労いの言葉と共に「少し人数が増えるかも!」と、随分と嬉しそうに書いてあった。
 奈宜が俺に相談せずに「増えるかも」の一言で終わらせる位だから、多分、俺もよく知っている人なんだろうとは思う。
 ただ、今日の場合はメンバー的に考えてみると、どうも当てはまる人物が簡単には浮かんでこない。
 俺と奈宜だけならともかく、奈宜の母と、姉と結婚して半年程の兄を含めてだから、共通の知り合いなんていたかな……? と、少々不思議になってくる。
 やっぱりお隣の浜田さんかなぁとか、他に思い浮かばない人選を考えている間に、いつの間にか奈宜の実家も通り過ぎて、マンション前にへと戻ってきた。




 考え事をするには短い距離だし、そう深刻に悩む問題でもない。
 一体、誰が来てるんだろうなと思いながら、いつも通りにインターホンを鳴らして待っていると、直ぐに奈宜がドアを開けてくれた。
「ただいま、奈宜。俺が最後みたいだな。皆を待たせてしまったかな」
「おかえりなさい! 準備もあったし、そんなに待ってない。そろそろかなと思って、今、お鍋を温め始めた所なんだ。ちょうど良かった」
 今日も玄関までお出迎えに来てくれた奈宜に、「ただいま」のキスを落としつつ問いかけると、上機嫌で答えてくれた。


 玄関先に並んだ靴を眺めてみると、何となく見覚えがある気がするものの、靴だけで誰だか判別がつく程、真剣に他人の足元を観察する趣味はない。
 とりあえず、男女一人ずつの計二名が増えたらしい事だけは察しながら、それに並べて靴を脱ぎ、鞄を抱えて待ってくれている奈宜の方に視線を向けた。
「奈宜。『増えるかも』ってのは、誰が来たんだ? 二人ほど増えてる様だが」
「あ、そうだった。色々やってたから『ちゃんと決まった』のメールするの忘れてたな。将貴さんちの、お父さんとお母さんが来てくれたんだ」
「なんだ、ウチの親だったのか。お母さんが呼んでくれたのか?」
 そう言われてみれば、確かに両親が履きそうな靴だと思うし、少し意外ではあるけど、皆とも面識があるから納得出来る。
 二人と会うのも久しぶりだなぁと考えながら問いかけると、頬を緩めて教えてくれた奈宜が、楽しそうに首を振った。


「ううん、違う。お兄さんが帰りの電車の中で、偶然、お父さんに会ったんだって」
「え、お兄さんが? それじゃあ、お兄さんが呼んだのか?」
「そんな感じ。俺も詳しい話は聞いてないんだけど、電車の中で決まったみたい。途中で電車を降りて、向こうのお家に寄ってから、お鍋の準備も揃えて三人でコッチにきてくれた」
「……そうか。人数が多い方が楽しいからな。賑やかで良いんじゃないか」
 奈宜本人も詳細は聞いてないらしく、話を聞いても何だかよく分からない。
 それでも特に不思議には思っていない様で、ニコニコとご機嫌な奈宜と一緒に、とりあえずスーツを着替えにベッドルームにへと向かっていった。






*****






 奈宜が出してくれた普段着に着替えてリビングに向かうと、和室の炬燵の上に置かれた二つの鍋は、既に火にかけられている。
 キッチンで何やら準備中な二人の母親と奈宜を横目に、炬燵で寛いでいる父と兄に並んで腰を下ろした。


「お兄さん、電車の中でウチの親父に会ったんですか?」
 鍋パーティ開始まで少々時間もかかりそうだし、時間潰しも兼ねてとりあえず気になる事を聞いてみると、隣に座る兄が、和やかに頷いてくれた。
「そうなんだよ、出先から帰宅途中にね。普段は乗らない電車だから面白くて、何となく周囲を眺めてたらさ。何処かで見た事ある人だなーって」
「あぁ……確かに『直帰だから』って奈宜も言ってたな。で、親父の方は、お兄さんに気付いてたのか?」
 ハッキリとは覚えてないけど、こんな感じで、偶然、双方が遊びに来た時、チラリと顔を合わせた程度だった筈で、俺と奈宜の両親みたいに日々頻繁に交流がある訳でもない。
 お互いによく覚えていたなぁと驚きつつ問いかけると、父も徐に頷いた。
「いや、最初は思い出せなかった。でも、何処かで見た事ある気がするなぁとか考えていたら、孝彦くんの方が先に思い出して、声をかけてくれてね」
「やっぱり、そんな感じなのか。親父は忘れっぽいからな。その時に鍋パーティの話が?」
「そうだな。世間話の最中に『晩御飯はコッチで鍋パーティだ』って話を聞いた時に、母さんが今朝『夕食は鍋にするかも』とか言ってたのを思い出したんだ。母さんに電話をかけて確認したら、まだ準備している途中だけど、やっぱり鍋にしたって言うから」
「あぁ、なるほど。元から同じメニューだったのか。じゃあ、その材料を持って此方に移動して来たって事か。丁度良かったみたいだな」
 確かに、見覚えのある鍋が並んでいるテーブルを見詰めながら、大いに納得して頷いた。


 夫婦二人だけで静かに鍋を突くより、そりゃあ大人数の方が楽しいに決まっている。
 ましてや、実の息子達以上に可愛がっている奈宜も一緒に……となれば、食べている最中の鍋を抱えてでも、大急ぎで飛んでくるに違いない。
 特に引越後の数ヶ月ほどは、俺の仕事関係の奴等が毎週の様に訪ねてきた事情もあって、おもてなしの準備で忙しい奈宜と週末に会う機会が無くて、ブツブツと文句を言われていた。
 そんな奈宜と一緒にお食事会となれば、他に約束事があったとしても、即座に断ってやって来るだろうなと、その時の会話を聞かなくても容易に想像出来てしまった。
 荷物持ちに巻き込まれてしまった兄には申し訳なく思うけど、わりと大らかな性格の人だし、あまり気にしてないだろう。
 奈宜は本当に人気者だなぁと今更ながらに感心しながら、二つの鍋を囲んで、当初の予定より増えた6人で鍋パーティを開始した。






 チゲ鍋風のピリ辛味にしていた北岡家の鍋とは正反対に、森崎家の鍋は、薄味の水炊き風で材料を揃えていた。
 どっちかに合わせるか母親二人で悩んだものの、色々食べられる方が面白いかもと、結局、そのまま二種類の鍋にしたらしい。
 実際にやってみたら、確かに正反対な味の違いがある方が飽きがこなくて、意外と箸が進んでしまう。
 場の賑やかさも相まって、奈宜と二人だけの夕飯時より随分と早いペースで、楽しい一時を過ごしていった。




「将貴さん、向こうのも出来たみたい。入れようか」
「そうだな……鳥が良いな。ついでに白菜も入れといてくれ」
「ん、分かった。丁度良さそうなのがあるし。コレにしようかな。俺も同じのを食べようっと!」
 俺と兄の間に座っていて、二つの鍋に座ったまま手が届く奈宜が、今日もあれこれと世話を焼いてくれる。
 奈宜が取り分けてくれた物を美味しく頂きつつ、彼が余所見をしている隙に、こっそりとチゲ鍋の肉を奈宜の皿に入れたりしながら、二人並んで鍋パーティを楽しんでいく。


 普段の夕食時みたいに、個々の皿におかずが盛られている場合はともかく、こういう鍋や焼き肉など皆で食べるの場合、俺の隣に座る奈宜が、いつもこうして小皿に取り分けてくれる。
 家族全員で初めて焼き肉を食べにいった時も、俺がビールを飲みつつ父と話をしている間に焼け上がった肉を、やたらと張り切って待ち構えている奈宜が、小皿に次々と入れてくれた。
 奈宜が食べる暇が無くなってしまうし、時々で大丈夫だと言ってみても、奈宜は「俺も食べてるから平気」と言うばかりで、また俺の食べる分までせっせと網に乗せて、二人分の肉を焼くのに一生懸命になっている。
 頑張り屋さんな奈宜だから、何かと無理しているんじゃないかなと気になっていたけど、どうやら少し違う様だ。
 本人に確かめた訳じゃないけれど、普段の様子から考えてみる限り、奈宜はどうやら、俺の世話を焼くのが楽しくてしょうがないらしいと気付いた。
 とっても楽しそうにしているし、奈宜も好きでやっているんだから、あまり気にしなくて大丈夫だなと思い始めてからは、少し気が楽になってきた。


 可愛らしくて甘えたがりな性格だとは分かっていたけど、こんなに細かに気を配って尽くしてくれる、しっかりした一面もあるとは、勿論とても嬉しいけれど予想外で驚いている。
 専業主婦で家庭をきちんと守っている母の姿を見て、家事を色々と教わっているから、彼女の真似をして、奈宜も俺の世話を焼きたいのかもしれない。
 今日もせっせとお世話をしてくれる、奈宜の隣で食べる方に精を出しつつ、楽しい一時を過ごしていった。






 それにしても、よく考えてみると、本当は奈宜と二人だけの静かな家庭の筈なのに、いつもこんな感じで賑やかにしている。
 平日は両親が傍にいる奈宜の実家で夕食にする事がほとんどだし、休日も色んな奴等が訪ねてくる場合が多い。
 そもそも、互いの両親が揃えてくれた家具類からして、とても二人暮らし用とは思えない物ばかり揃っているなと、最近になって気が付いた。
 この炬燵にしても絶対に、最初から大人数で使うのを念頭に選んだに決まっている。
 幾らなんでも二人用にしてはデカ過ぎるだろうと改めて呆れながら、大人6人が余裕で座って鍋を楽しんでいる、デカい炬燵の中で足を延ばした。


 おかげで、奈宜と二人だけで過ごす時も、向かい合わせじゃなくて横並びに座っていちゃいちゃ出来るから、そういう意味では日々大いに重宝しているし、特に文句を言うつもりはない。
 それに、こうして大人数でいても奈宜は必ず隣にいてくれるから、確かに来客は多いものの、話をするのには困らない。
 今日は特に、普段、あまり顔を合わせていない者同士で集まった事もあって、いつも以上に盛り上がっている気がする。
 皆も其々に楽しんでいるなと、改めて感心しつつ、賑やかな周囲に視線を向けた。


 まったりとしたペースながらも、鍋を突きながら延々と話し続けている母親二人はともかく、何故だかウチの親父とお兄さんも、意外な位に楽しそうに話が弾んでいる。
 つい数時間ほど前は、電車の中でお互いに……誰だったかな? と、暫し考え込んだと聞いた筈なのに、とてもそうとは思えない。
 やたらと楽しげに「お父さん」「孝彦くん」と呼び合い、普通に酒を酌み交わしている二人を眺めつつ、心底「何でだ?」と不思議になってきた。


「……ねぇ、将貴さん。お兄さん達、すごく仲良くなったみたいだね。将貴さんとお父さんで話してるより、話が盛り上がってるかも」
「あぁ、そうだな。詳しく話をしてみたら、意外と趣味が似ていた、って感じなんだろうが……」
 隣に座る奈宜も様子に気付いたらしく、鍋に伸ばしていた手を止めて、やっぱり不思議そうに眺めている。
 世間一般で考えれば、嫁の弟の恋人の父親なんて、もはや他人同然で顔すら知らなくてもおかしくないのに、いつの間にこんなに仲良くなってしまったのか、まったく意味がわからない。
 奈宜と話をしている間に見逃してしまったなぁと思いながら、来週は一緒に釣りに行く約束まで交わしている二人の姿を、奈宜と並んで呆然と眺めていた。






*****






 先に帰る三人の為に、森崎家が用意した片方の鍋だけ、一足先に雑炊を作った。
 少し残った分は、上司のお供で接待パーティでの義理の酌に付き合った挙句、ほろ酔い加減で帰宅してくる姉の為に、兄が持ち帰ってくれた。
 此方も、送別会で不参加だった父同様、やたらと悔しがっていたそうだから、ほんの少しでも鍋パーティの余韻を感じてくれればなぁ……とは思うけれど、どちらかというと逆効果になりそうな気もする。
 森崎家の父と兄は、金曜の深夜から夜釣りに行くみたいだし、来週末は姉と父を呼んで、もう一度、鍋パーティになるかもなぁと話し合っていると、父から電話がかかってきた。


 ちゃんと少しだけ残して待っている事を伝えると、ようやく一安心してくれたらしい。
 大急ぎで帰ってきた父を迎え、少しだけ残しておいた材料も加えて、また皆で軽くお鍋を楽しんでから、最後に奈宜が雑炊を作ってくれた。
 先程までとは大違いの、ゆったりとした雰囲気で美味しい雑炊を頂きながら、何故だか物凄く幸せな気分になってきた。




 自分の親だから悪い人達じゃないのも分かっているし、俗に言う「友達家族」みたいなヤツで、堅苦しい間柄じゃなく、適度な距離を置いて仲の良い家族だと思っている。
 それに対して何の不満も無いものの、何かとテンションが高過ぎて少々疲れる時が、息子の俺が言うのもなんだけど確かにある。
 やたらと元気の良い両親は、多分、まだ若い筈の息子である俺達より賑やかだと思う。
 奈宜の両親は正反対で、いつも物静かで落ち着いている方だから、こんな家族の交流も新鮮で居心地が良い。
 今日も美味しい奈宜の手作りの料理を味わいながら、落ち着いた空気の中、思わずホッと溜息を吐いた。


「雑炊、すごく美味しいな……」
「ホント? 良かった。もう少し食べる?」
「そうだな、あと少し食べたいな。半分くらい貰おうか」
「ん、分かった。父さんの分も、おかわり出来る様に残しとくから」
 俺が手渡した碗に雑炊を注ぎつつ、そう話しかけた奈宜に向かって、父も嬉しそうに頷いた。




 こういう穏やかな雰囲気なら、これから毎日続いたとしても、家族仲も絶対に上手くいくと思えてくる。
 まだまだ奈宜と二人だけの時間を過ごしたいとは思うけど、この雰囲気も捨てがたい。
 北岡家の父が定年退職後に同居する予定しているけど、もう少し早くても大丈夫かもしれないな……と考えながら、奈宜が作ってくれた美味しい料理を、家族皆でゆっくりと味わっていった。






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