Eros act-5 09

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 どれ位まで傷が治ったら完治した事になるのかは分からないけど、ジェイの場合、見た目的には元気になりつつあるものの、まだ完治とは言えないと思う。
 もう抜糸は終わってるけど切られた時の傷がくっついただけで、まだ傷跡は当然生々しく残っている。


 出血が酷かった事もあって、今でも正常値より少しだけ貧血気味らしく、ジェイ本人も「まだ体力が完全には戻ってない」とちょっぴり悔しそうにボヤいている時が多い。
 元気な時よりも少々疲れやすいみたいで、誰かが来て打ち合わせなどの話をしたり、一日に何度か病院の中庭に出て散歩をする以外は、ベッドに半分横たわったまま本を読んでいたり、俺の勉強を見てくれたりと、元気な時の彼では考えられない位に静かで動きの無い生活を送っていた。
 お風呂に入るのだって、シャワーは何とか許可が降りたけれど、熱いお湯に浸かって長湯をするのは体力的な面なども考慮に入れて、院長先生から「まだやめておいた方が良い」と言われている。
 確かに傷もようやく塞がった程度で体力も完全には戻ってないから、あまり暖まってしまうのは良くないだろうなとは思う。
 だから俺が先に入って、自分の身体を洗い終わった後で呼び掛けると、ジェイがシャワーを浴びに入ってくる……ってのが、最近の日課になっていた。


 ジェイは「日本に来て一番最初に気に入ったのがお風呂だ」って位に、お風呂でお湯に浸かってのんびりするのが大好きだから、毎日シャワーだけで物足りなく感じているらしい。
 そのシャワーだって、普段は朝と仕事から帰宅後の二回、就寝前に入るお風呂とは別に浴びている。
 だからジェイは綺麗好きなんだなと思ってたけど、スラム街で遊んでた頃はどんなに汚れてても平気だったそうで、またそういう環境に置かれてしまえば、それはそれで全然気にならないらしい。
 ティコが「ジェイは適応能力が高いんだな」と感心してたけど、そういうレベルじゃない気がする。
 俺は些細な事でもすぐに不安になったり怖がってしまう方だから、何があっても平然としてるジェイの傍にいるだけで、俺の方まで気分が落ち着いてくる。
 ジェイは何処に行っても強くて優しいジェイのままなんだろうなと、一緒に暮らし始めて何年も過ぎた今でも心強く感じていた。




 俺が怪我して入院した時は、ギプスで固めている腕は別として、傷口も普通にお湯で洗っても大丈夫だと先生に言われてた。
 だからジェイが院長先生の回診時に、バスタブには入らない様にと言われているのを聞いて少しだけ不思議に思ったけど、やっぱり傷の種類によって違うんだろうなぁと何となく納得も出来る。
 いくら傷は浅かったと言っても、刃物でお腹を切りつけられて何針も縫う大怪我をしたんだから、外傷はかすり傷程度で済んだ俺とは比較にならない。
 入院前より少しだけ細くなった気がするジェイの身体と、本人はあまり気にしていないお腹の傷を、バスタブの中からぼんやりと眺めた。




「どうした、一稀。やけに深刻そうな顔をしてるが。何か悩みでもあるのか?」
 ぼんやりと眺めていた俺の視線に気付いたのか、髪を洗い終わって顔を上げたジェイが随分と楽しそうに問いかけてきた。
「うーん、悩み事って言うか。ボーッとしてるのが半分で、残りは色々と考え事してた感じかなぁ」
「一稀は意外と心配性だからな。一人で考えるのも大切だろうが煮詰まってしまう場合も多い。それで、何を考えてたんだ?」
 ジェイがこういう口調で聞いてくる時は、俺が何を考えているのか大体の見当を付けている場合が多い。
 今度は身体を洗う準備をしながら、やけに嬉しそうに話しかけてくるジェイの姿を、バスタブの縁に腕をかけつつ溜息混じりで見詰めた。
「……だってさ、俺はいくら考えても全然納得出来ないんだよな。ジェイ、どうして捜査を打ち切る様にって言ったの? 犯人は捕まらなくても良いって事?」
 もう昨日の出来事になるけど、見舞いに来た父にそう頼んでいたジェイの気持ちが、どれだけ考えてみても分からない。
 だから正直に聞いてみると、やっぱりジェイが軽く笑った。
「やっぱりその事か。コレ位なら大した怪我ではないし、俺に怪我を負わせたヤツが主犯じゃない。単純に頼まれただけだろう。実際、俺を刺した瞬間、本人も驚いた表情を浮かべていた。多分あいつ等にとっても、俺の怪我は不慮の事故だったんだろう」
「だからって……ジェイがホントに怪我した事には間違いないしさ。その気がなかったとしても怪我させたのは悪い事なんだから、捕まった方が良いと思うんだけどな……」
「馬鹿、いつまでもガキみてぇな理屈を言ってんじゃねぇよ。正論がいつも正しい事だとは限らない。俺は今回の件に関しては、この方が良いと思っただけだ……そうだな、お前が麻紀を許したのと同じ気持ちだと思えばいい。あの件だって一稀は怪我をして入院したのに、今では麻紀と普通に仲良くしているし、アイツを嫌ったりはしていない。それと同じだ。穏便に収めておいた方が後々の為になる場合もある」
 俺から視線を外して丁寧に身体を洗っているジェイが、普段より少しだけゆっくりとした口調で説明してくれた。


 ジェイは俺が子供みたいな我儘を言っても怒ったりせず、いつもこんな感じで分かりやすく話してくれる。
 だからジェイと話をするのは大好きで、彼には何も隠し事はしないで伝えてるし、ジェイの方も俺には少し難しすぎる内容の話でも、一応は全部話してくれていた。
 横で話を聞いているだけの時は全然納得出来なかったけど、こうやって説明されて麻紀の時と同じだと言われれば、何となく分かる気もする。
 そう考えてみれば、やっぱりお見舞いに来てくれた皆が話していた事は本当なのかなぁと、何とも言えない微妙な気持ちになってきた。




「――――……ジェイ。犯人が誰だか分かってるの? 皆が言ってるみたいに、やっぱり深水って人だと思う?」
「だろうな。本名だとピンとこないが、俺や一稀が顔を見たら分かる人物だろう。もしかしたら何度か話をしている可能性もある。慶の話だと、俺や麻紀の店に出入りしてたらしいからな。そうなってくると、俺達にとっては客の一人だ。真意が判明してからならともかく、今の段階では事を荒立てない方が良い」
「そうだよな……麻紀の時みたいに、本当は違う目的があるのかもしれないし。まだ分かんないよなぁ。深水が誰だか分かったらホントにビックリする可能性もあるしさ。俺は表にはあまり出てないのに、それでも何となく見覚えがある顔だったもんな」
 俺はお手伝い程度でしかお店と関わっていないけど、もし常連の誰かだったとしたら対応を考えないといけないんだろうなぁと、それ位の事は想像が付く。
 それ以前に、あの街にいる誰かが関わって、その目的が俺達の事情に関する事だとすれば、今回の事件を解決する為の手段を部外者に任せる訳にはいかなかった。


「うちの常連かどうかはともかく、あの辺りに頻繁に顔を出している奴の可能性は大きいだろう。一稀もそうだが、見物していた皆も『襲ってきた奴等以外に不審な人物は見ていない』と話している。逆に言えば、あの場で皆に紛れて騒ぎを眺めていても違和感のない奴……皆もよく知っている男って事だ。そう考えて間違いない」
「じゃあ、どうして深水が俺を襲おうとしたのか、その理由も分かってる? まだ本当に俺が狙われてたのか、その辺はハッキリしてないけどさ」
「あぁ、そうだな。何となく分かった気がする。ソイツが事を企てたのだとしたら全ての辻褄が合う。むしろ深水が犯人だと考えた方が違和感もないし、ほぼ間違いないだろう」
 バスタブから腕を伸ばし、ジェイの背中を洗ってあげながら聞いてみると、やっぱりそんな答が返ってきた。
 俺には全然分からないけど、麻紀や慶も似た様な事を言っていたし、ジェイもそう考えているらしい。
 でも皆の中でもハッキリと言い切れない部分が多いのか、誰に聞いてもこういう曖昧な話し方をするだけで、詳細については、まだ教えてくれそうになかった。


「――――でもさ、まだ『そうかもしれない』ってだけでハッキリと分かった訳じゃないし……もしかしたら次に襲ってくる手段を考えてるかもだろ? やっぱりハッキリするまでは捜査して貰った方が良いんじゃないかなぁ?」
 どうしても拭い切れない不安を訴えると、背中を向けているジェイが少しだけ頬を緩めたのが見えた。
「大丈夫だろう。その気があるのなら、既に行動を起こしているはずだ。それに、捜査が終了しても犯人を見つけ出す事は可能だ。実行犯の方は麻紀が祐弥経由で台湾コミュニティ内を探しているし、深水の方は中川が探っている。捜査終了の前に一旦マル暴に移して、兄貴と一緒に警備会社に行く予定で進めているそうだ。入り口の防犯カメラに深水の映像と来店時に確認した情報が残っていると思われるが、俺達が個人的に問い合わせても公開しない契約にしているからな。兄貴と一緒に捜査目的でないと確認出来ない。まぁ、ウチの常連なら顔を見ただけで分かる筈だ」
「へぇ、そうなんだ……中川さんが行くのなら大丈夫かな。その時に写真とか貰えるのかな?」
「どうだろうな。状況にもよると思うが持ち出しは厳しいだろう。ただ、一稀が唯一の目撃者だからな。はっきりと判断しにくい状況になった場合は、一稀の記憶に頼るしかない」
「そうだよな。ティコも誰だか分かんなかったし、何となく顔を覚えてるのって俺だけなんだけど……今見ても分かるかな」
 あれから数週間が過ぎているし、その瞬間も俺自身がかなりの混乱状態になっていたから、はっきりと順序だてて覚えている訳じゃない。
 ジェイが目覚めてくれるまで、ずっとそんな状態が続いていたし、その後は病院からほとんど出ずに過ごしていたから徐々に記憶も曖昧になりつつある。
 ちょっと自信無く呟いてみると、シャワーで泡を流しているジェイが手を伸ばしてきて、優しく濡れた髪をかきあげてくれた。


「まぁ、此処で考え込んでも仕方ない。しばらく様子を見てみよう。俺はいずれにしても院長がOKを出してくれない事には、病室で考え事程度しか無理だからな」
「ジェイは怪我が治りきってないし、その方が良いと思うな。でも俺は元気で怪我もしてないしさ。少しは犯人探しを手伝いたいんだけど……」
「そうだな。皆を手伝いたい一稀の気持ちは理解出来る。だが、一稀が狙われていたのは確実だ。もう手を出してくる可能性はほとんど無いと思うが、まだ断言は出来ない」
「言えてる。はっきりするまでは一人で出歩かない様にするけどさ、でも何かないかなぁ」
「何かねぇ……そうだ、ボーイ達が客から貰った名刺や、一緒に撮った写真を保管しているファイルが店にあるだろう。あれを慶に見せるのも良いんじゃねぇか。慶の店に行く程度なら誰かの付き添いがあれば大丈夫だろう。三上にでも迎えに来て貰えば良い」
 シャワーを止めつつ、ふと思い出した様子で提案してくれたジェイの言葉に、思わずバスタブから立ち上がりかけていた身体を止めた。
「あ、ホントだ! 俺は全然必要ない物だから、アレの存在をすっかり忘れてたな。何かの手掛かりになるかも」
「深水が名刺を残していたり、率先して写真を残している可能性は少ないとは思うが。でも何かの拍子に写っているかもな。隣の席で飲んでいたりで、本人も知らないうちに偶然写り込んでいても不思議じゃない」
「確かにそうかも。でも何処に仕舞ってるか忘れたなぁ。近いうちにティコが暇な時にでも用意して貰って、そのまま慶に見せに行ってこようかな」
 接客するボーイの皆はとても重宝しているお役立ちファイルも、基本的に表で接客をしない俺には全然必要ない物だから、そもそも、普段はどの辺りに置いているのかすらも分かっていない。
 ティコが売れっ子のボーイだった頃は、彼がお客さんから貰ってきた分をファイルするのを手伝ってたなぁと懐かしく思い出しながら、先を歩くジェイを追ってバスルームを後にした。






*****





 付き添い用の簡易ベッドを引き摺ってきて、ジェイが寝ているベッドの隣にぴったりとくっ付けて並べた。
 俺が入院していた時はジェイがこっちで寝てたんだよな……と、そう考えたら何だか不思議な気分になってきた。
 ジェイが「もう平気だ」とか言って歩き回る度にハラハラするけど、俺が入院してた時にはジェイから「少しはジッとしてろ」と怒られていた。
 自分的には元気な時と変わりないつもりだったから、ジェイはちょっと大袈裟だなぁと思っていたけど、こうして逆の立場になってみればジェイが心配していた気持ちも分かる。
 あまりあって欲しくない出来事だけど、もし次に入院する様な事があれば、ジェイが言う通りに大人しくしよう……と今ごろになって反省しつつ、ベッドの中に潜り込んだ。




 ゴソゴソと彼の近くに寄っていくと手を伸ばしてきたジェイに腕を取られ、そのままジェイが寝ているベッドの方にへと引き寄せられた。
 腕枕で抱きしめられると、やっぱり彼の身体は暖かくて本当に心地好い。
 もっとしっかりと抱き合いたいけど、まだ完全には治りきってない傷口を見た後には、やっぱり少し躊躇ってしまう。
 怪我の部分には出来る限り触れない様に注意しながら、服を剥ぎ取り始めたジェイの動きに合わせて身体をずらし、何度も深くキスを交わした。
 まだ体力的にも回復してないんだし、もう少しは大人しくしてた方が良いんじゃないかなぁとは思うものの、彼から求められて拒絶なんて出来る訳がない。
 素肌に荒々しく施される愛撫に息を乱しながら掌を伸ばして、触る前から充分に昂っていた彼のモノを握り込み、激しく抜き上げていく。
 ジェイの傍にいるだけで本当に満足しているけど、やっぱり抱き合ってると気持ち良いし、すごく幸せだなって改めて思う。
 それと同時にジェイが刺された瞬間の光景が不意に頭を過って、無意識にブルッと身体が震えた。


「どうした、急に震えて。痛かったか?」
 繋がる部分を解してくれていた指先を止め、頬にキスしながら問いかけてきたジェイの腕に抱かれたまま、ちょっとだけ首を振った。
「ううん、何でもない。ちょっと気持ち好過ぎてブルってきた。痛いとかじゃないから全然平気」
「それなら良い。つい慌て過ぎてしまって乱暴になってる自覚はある」
「分かるかも。俺も怪我して治りかけてる最中、ちょっと変な気分になったしさ。弱ってたのから元気になってくるから、余計にそう感じるのかも」
 そう応えながら彼の腰に跨ると、硬く勃ちあがったジェイの昂りを繋がる部分にへと押し当てて、ゆっくりと身体の深部にへと沈めていく。
 ジェイは「これ位なら大丈夫だ」とか言い張ってるけど、やっぱり激しい動きをされると少しだけ不安に思う。
 だから、もう少し傷の具合が良くなるまでは、俺が率先して動く事にしていた。




 ジェイと繋がるのはすごく気持ち好くて、彼以外の他の誰かと過ごしていくだなんて、そんなの考えたくもない。
 だからどんな事情があったとしても、俺が見ている目の前で一番大切なジェイを傷つけた奴等を、どうしても許す気にはなれなかった。
 ジェイは様子を見るつもりみたいだけど、俺はやっぱり納得出来ない。
 あの瞬間からずっと胸の奥底で燻り続けている何かを感じながら、身体の深部を突き上げてくるジェイの淫らな動きに、甘い啼き声を上げ続けていった。






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