Eros act-5 16

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 腕の中へと収まった身体は予想以上に華奢なのに柔らかく、何故かやけに抱き心地が良い気がする。
 男にしては随分と小柄な方だし、まだ子供っぽい可愛らしさが残る顔をしているから、余計に違和感が無いのかもしれない。
 少年から青年へと変わりつつある微妙な年代ではあるけど、現時点でこういう容姿を保っているのなら、慶と同じく色気があって、可愛らしい雰囲気の男になっていくんだろうと予想出来た。


 今ではもうすっかり老舗になってしまった、かつては慶も勤めていたあの店を視察に行く度に、当時の彼と同じく女の格好で闊歩している男達の姿は見慣れている。
 本物の女性と見比べても遜色の無い、かなり上質なホステスを揃えていると自負しているそんな連中と比較しても、一見は普通の少年にしか見えない彼の方が、実際の行為では確実にこういう類いの色気を持っている……と、少々驚きつつ考えた。
 慶みたいな男は特別だと考えていたのに、どうやらそうでもなさそうだと感じてしまう。
 こういう些細な部分も含めての「何も分かっていない」なんだろうか……と、慶を始めとした連中に言われ続けている言葉が、ふと頭を過った。




 居心地が悪かったのか、胸元でゴソゴソと絶え間なく見動いていた腕の中に収まっている少年の掌が、不意に下腹部へと伸びてきた。
 そうなると分かっていたのに、男から実際に触れられてしまうと一瞬身構えてしまう。
 今までに体験した事の無い、何となく不思議にも思える光景へと無意識に視線を走らせていた。


 彼の容姿がそう思わせるのか、同じ男に股間を弄られているのに、意外な程に嫌悪感は感じない。
 むしろ、絶妙な加減で伝わってくる掌の動きに対して、正直に抑えきれない快感を覚えていた。
 まだ幼さが色濃く残っている容姿とは裏腹に、彼は妙に男心を惹き付ける色気を持っていると、その気が無いのに思ってしまう。
 同性に身体を売る男というのは、誰しもこういう雰囲気を持っているものなんだろうかと、純粋に興味が出てしまった。
 俺が同性愛者ではないと分かっているからか、それとも普段の彼等では当然なのかは判断は付きかねるけど、少なくとも相手の恋人気分を盛り上げて……などという安っぽい演出は無いらしい。
 それが却って現実的で違和感も無く、純粋な好奇心を駆り立てられた。
 男同士の恋人達がどんな感じで接しているのかは想像つかないものの、これでもし変に甘ったるい仕草で擦り寄られて来たとしたら、気分的には逆に冷めてしまって彼の愛撫に反応すら出来なかったと思う。
 そんな部分は飛び越してしまって、単純に性的な快感のみを与えてくる彼の姿に、自分でも驚くほど自然に、その欲望を感じていた。




「……それで? 俺はどうすれば良いんだ」
「別に何も。どうせ分かんないだろうし、そのまま寝てて良いけど」
 いつの間にやら服の隙間から手を差し込み、愛撫を与えていた俺のモノが充分に昂っているのを確認した少年が、徐に起き上がると服を脱ぎ始めた。
 このまま風呂にでも入るかの様に、色気の欠片もなくサッサと脱ぎ捨ててベッドの片隅に放り投げている姿に苦笑しつつ、寝転んだまま問いかけると、そうあっさりと告げられた。
 もっとも、それで場が冷える訳でもなく、無愛想な言動さえも可愛らしく感じながら、その様子を見守った。
 何もせずに寝てろと告げてきた言葉通りに、自分の服を脱ぎ終わった少年が今度は俺の服にへと手を伸ばしてくる。
 抗う気もなく彼の動きに身を任せつつ、目の前を行き来する裸身に視線を走らせた。


 もしかしたら女より華奢かもな……と考えていた少年の肢体は予想通りに細くて、強く抱き締めたら折れそうにも感じてしまう。
 目の前を行き来する裸体を眺めていると、ふと、彼の腰に入れられている小さなタトゥが目に止まった。
「タトゥか……若い奴の間で流行っているそうだな」
「あ、コレ? 友達が入れるって言うから、俺も一緒に入れてきただけ」
「随分と簡単に決断するもんだな。痛くはないのか?」
「ちょっとだけ。普通に我慢出来る位かな。そんなに大きなのじゃないから、一時間くらいで終わったしさ」
「そうか。まぁ、お前には似合ってる。良いんじゃないか」
 俺の服を剥ぎ取りつつ素っ気なく返事をしてくる少年に答えてやると、やけに驚いた表情を浮かべて動きを止めた。
「……ありがと。一緒に入れに行った皆も、大きいのよりコレ位の方が似合うって言うから……そうしてみた」
「お前は身体も細い方だから、確かにワンポイント的な方が似合うだろうな。それより、随分と驚いていた様だが?」
「だって、そんなの言われるとか思わなかったから……ちょっとビックリした」
 プイッと視線を逸らしてボソボソと答えてくれた少年が、また服に手を伸ばしてくる。
 肉付きの薄い腰に入れられている、鮮やかな色合いのタトゥを見詰めたまま、妙に劣情をそそられるのを感じていた。


 まさか俺に誉められるなどと予想だにしていなかった彼は、どうやら少々驚いてしまったらしい。
 少々困っている様にも見える、この年頃の少年特有の無愛想で意気がった態度が、何故だか妙に可愛らしく思えてきた。
 此処へと連れて来る道すがら、若い頃の慶がやっていたのと同じく、コイツも女装して店に出ればトップを狙える嬢になるだろう……と考えつつ話をしていたけど、案外このままの方が良さそうにも思えてくる。
 彼自身が同性愛者でもあり、男を惹き付ける魅力を持っている部分がかなり大きいんだろうとは思う。
 それでもほんの少しだけ、何となく彼等の気持ちが分かった気がしてきた。


 結局あれ以上の情報は入手出来なかった、ジェイの恋人らしい「一稀」という名の男も、確かこの少年と同じ20歳前後だと話していた覚えがある。
 ジェイの恋人もこんな雰囲気の奴なんだろうか……と考えながら、作り物の人形みたいに整った彼の口元に咥えられる昂りを、無言でジッと見詰めていた。




 その姿に欲情するかどうかは別として、自分でも本気で驚いてしまう程に、男から施される愛撫をすんなりと受け止めている。
 自分と同年代の中年親父が相手だったら、さすがにそれなりの戸惑いを感じただろう。
 まだ中性的なあどけなさが残る、妙に男心をそそってくる彼が相手だから、全く気分が萎える事もなかった。
 男同士で要領が分かっているからか、それとも彼が男相手に身体を売っていた時に覚えたテクニックなのかは判断がつきかねるものの、猛ったモノに絡み付いてくる淫らな愛撫に、無意識に吐息が乱れてしまう。
 単純に性欲の開放が目的ならば、このまま口の中にへと放ってしまうだけでも充分に満足出来るに違いない――――
 そんな事を考えてしまうほど、男から受ける初めての強烈な快感に没頭していた。




 勃ち上がったモノに舌を絡めていた少年が、ゆっくりと身を起こしていく。
 徐に俺の腰を跨いで、硬く猛った昂りに指を沿わせたまま腰を下ろしていく少年の姿を目にしても、もう何の戸惑いも感じなかった。
 恋愛感情を持つかどうかは別として、こういう若い少年を性欲解消の相手とする男がいても、さほど不思議ではない気がしてくる。
 彼が「ノンケの男でも大丈夫だった」とか自信満々で言い切ったのも、今では充分に納得していた。


 俺が一方的に奉仕されているだけだから当然だけど、彼の身体が昂っている様子は無い。
 視線の先にある萎えたままの少年の股間と、細い内腿に入れられている小さなタトゥをぼんやりと眺めているうち、コイツには今、恋人がいるんだろうな……と不意に頭に浮かんできた。
 他の仕事を始めたからという理由も分からなくはないものの、今の彼と同年代で身体を売っている奴なんて男女を問わず風俗界には大勢いるし、その方が実入りも良い。
 だからきっと、好きな男が出来たから身体を売るのを止めてしまったんだろう……
 何故かそんな取り留めのない事を考えながら、慣れた手付きで猛ったモノを挿入していく姿をジッと無言で見詰めていた。






 充分に昂ったモノが少年の深部にへと飲み込まれた瞬間、半ば怒鳴り声にも近い複数の大声と共に、ドアノブを激しく引っ張る音がガタガタと聞こえてきた。
 唐突に激しく響いてきたドアを叩く複数の音にベッドに横たわったまま視線を向ける。
 俺がこの部屋に居ると部下達には伝えていないし、仮にそれに気付いていたとしても、こんな騒動になる訳がない。
 一体何が?……と、半ば無意識に身を起こそうとした瞬間、左肩の下部辺りに感じた衝撃で起き上がろうとしたベッドにへと叩きつけられた。


 上半身を覆う重みと、半拍遅れて左腕に襲ってきた痛みとで、無意識に呻き声を溢してしまう。
 倒れこんだ俺の上半身へと覆い被さり、左肩辺りに腕を伸ばしている少年に切りつけられたんだ……と、一瞬の間をおいてようやく気付いた。
 一体、何処にこんな物を隠していたのか分からない。それでも、コイツが襲い掛かってきたのだけは間違いない。
 俺の腕を掠めていき、ベッドに根本まで突き刺さっているナイフを引き抜こうとしている少年を退かそうにも、下半身は彼の深部に挿入されたままガッシリと固定されていて、身を捩る事さえままならなかった。


 ――――彼は最初からコレを狙って、俺を誘惑してきた……?
 そう気付いた瞬間、背筋がゾクリと粟立ってくる。
 ドアの向こう側から響いてくる騒動を横目に、身体を深く繋げたまま全体重で俺を押え付け、ナイフに手をかけたままの少年を引き剥がそうと、痛みを堪えて腕を伸ばす。
 圧し掛かっているだけなら簡単に振り落とせそうな細い身体も、下半身をきつく固定されたままではそうもいかない。
 とにかく身体を引き剥がそうともがいた瞬間、急に上半身が軽くなった。


 先程までとは打って変わり激しい憤怒の表情を浮かべた少年が、ベッドに刺さっていたナイフを引き抜き、身を起こして振り被ってくる。
 それを何とか食い止めようと、血が滴り激しく痛んでいる左腕を上げた瞬間、ドアの方から銃声にも似た大きな破裂音が鳴り響いた。
 反射的にビクリと身を強張らせ動きを止めた少年の手を掴み、ナイフを取り上げ、横手にへと放り投げる。
 カランと軽い音を立てて床を滑っていくナイフを呆然と見送っていた少年が、今度は素手で襲い掛かってきた。


 一度では鍵を壊せなかったらしく、ドアの向こう側の怒号に混じって大きな破壊音が幾度となく断続的に響いている。
 その騒動も気にしつつ、何とか少年を身体から引き剥がしたと同時に、大きな音を立ててドアが開いた。




「――――……一稀! おい止めろ、落ち着くんだ!!」
「うるさい! ばか、放せってば!」
「あぁ、分かった。一稀、もういいから落ち着けって。もう終わっただろう!?」
 ドアが開くと同時に飛び込んできた三人の男が、少年を取り囲んでベッドから引き下ろす。
 その背後に続いて走ってきた部下達に腕の手当てを任せながら、まだ収まらない荒い呼吸を整えつつ呆然と眺めた。


 随分と可愛らしくて色っぽい刺客は、ジェイの恋人である「一稀」だった――――そう気付いてしまえば、この騒動の何もかもを瞬時に理解出来てしまった。


 最愛の恋人が生死に関わる傷を負わされ、平然としていられる筈がない。
 やり場のない気持ちで苛立つ一稀を間近で見詰め続けていた慶は、彼を俺に直接引き合わせて、その気持ちをぶつける様に手助けをした。
 俺がジェイを襲うように企てた訳じゃない。それは慶も分かってくれていると思う。
 それでも、そんな表面的な理屈じゃ一稀の気が治まらない事くらい、この俺にでも理解出来た。
 何とか一命を取り留めた恋人の敵を討とうと一稀が虎視眈々と狙っている間、俺は状況すら把握出来ず、手を出しあぐねていた。


 周囲が皆、各々に考えて進んで行く中、俺だけが本当に何一つ分からず、流れから取り残されていたらしい。
 興奮状態の一稀を宥めようと、取り囲んだ三人の男達が彼の身体を押え付け、必死になって声をかけ続けている。
 その姿を見詰めながら全裸でベッドに座り込み、呆然と傷の手当を受けているだけの自分の姿が、どうしようもなく滑稽で、本当に情けなく思えてきた。




 一稀を抑えている彼等の姿は、まだ直接は言葉を交わした事は無いものの、顔だけは其々に見覚えはある。
 慶の恋人は「三上という俳優をやっている男」だと聞いて、その後、何度かテレビなどで顔を見て覚えているし、警視庁に勤めている中川の長男も会合の場を打ち合わせている最中で、間を取り持ってくれている寺尾警視監から「アイツだ」と遠目にチラリと姿だけは教えて貰っていた。
 その彼に似た雰囲気を持つもう一人の男が、多分、ジェイの店で店長をやっている中川の末っ子だと思われる。
 一稀を送り出した慶が、彼の性格や考えを予測して、万が一の場合に備えて三人を引き止めに向かわせたんだ……と、混乱する思考の中でようやく状況が掴めてきた。






 混沌とした騒ぎが続いている部屋の中、少し離れた場所でジッと動きを止めている人影が目の端に留まった。
 いつもなら真っ先に俺の元へと駆けつけて先陣を切って指示を出す男が、顔色を無くして立ち竦んでいる。
 ――――もっと早く聞いておくべきだった。今更そう後悔しても始まらない。
 最悪のタイミングで問わなければならない状況に陥ってしまった事実に、軽く目を閉じて溜息を一つ吐いた。


「……深水。聞きたい事がある」
 視線を逸らせたまま呼びかけると、彼はゆっくりとベッドサイドまで近付いてきた。
「――――……はい、……」
「理由は後で聞く……深水、お前なのか?」
「……はい。私です、ボス」
 はっきりと答えた深水の頬を、そのまま平手で張り飛ばす。
 全く避ける様子も無く真正面からそれを受け止めた彼は、二、三歩よろめいて膝を付いた。


 無言で見守っている周囲の中、半分だけ服を着せられつつも未だ三上の腕の中で駄々を捏ねていた一稀だけが、ビクリと身体を震わせた。
 今回は恋人の敵を討とうと頑張ったものの、やはり普段は穏やかな日常を送り、ジェイと二人で楽しい時間を過ごしているに違いない。
 平然と事の成り行きを見守っている男達の中、怯えた表情を浮かべて三上に縋り付いている姿に口元を緩めながら、肩にかけられたバスローブに片手を通した。




「深水、隣で待っていろ。戻ってきてから話を聞く」
 ベッドから降りつつ声をかけると、床に跪いたままの深水が無言で頷き、頭を垂れた。
 その前を通り過ぎドアの方にへと向かいながら、動きを止めて見守っている一稀達の方に視線を向けた。


「慶に『明日、俺の方から連絡を入れる』と伝えてくれ。いずれにしても、その時点で今回の結末は迎えている筈だ」
「あぁ、分かった。伝えておく……傷は大丈夫なのか?」
 興奮状態が治まった一稀は、現在の状況を理解した途端、今度は怖くなってしまったらしい。
 すっかり身を強張らせている一稀を抱き締めたまま、そう心配そうに問いかけてきた三上に、軽く笑いながら頷き返した。
「ほんの掠り傷程度だ。コレ位、大した怪我ではない。今回の騒ぎの責任は私にある。ジェイは勿論だが、お前達にも迷惑をかけてしまった」
「俺は見てただけだし、何も迷惑だとは思ってないが……まぁ、ジェイと一稀はな」
「そうだな。ジェイとは退院後に話をしたい。その方が良いだろう」
 ジェイの名を口に出した途端、一稀がムッと怒った表情に変わった。
 大きな身体の影から睨んでくる視線に苦笑しつつ、幾人かの部下を引き連れ、部屋を後に歩き出した。




 ようやく終わりを迎えた騒動は、最悪の結果を迎えてしまった。
 それは心静かに受け入れたものの、それに至ってしまった理由が未だに理解出来ずにいた。
 一番聞きたくなかった深水の答えを知った後も、どうしても納得しかねている。
 胸の奥に残ったままの重苦しい疑惑に思いを馳せながら、傷の具合を問いかけてくる部下に返事をしつつエレベータにへと向かって行った。






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