Eros act-4 03

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「そっか……少し分かる気がする。俺もノンケの店長を好きになった時、すっげぇ色々考えたし。悩んでも仕方ないって分かってるけど、やっぱり考えるよな……」
 もう随分と前になるけど、中川相手に片思い真っ最中だった頃の気持ちを、ふと思い出してしまったのかもしれない。
 真顔で考え込んでしまったティコを見詰めながら、慶が微かに口元を緩めた。


「ティコが悩んでたのと同じだと思うな。店長なんか、全然そんな気配無かったから、ティコも沢山悩んだでしょ?」
「うん、ホントに。一稀にも相談したし、色々協力して貰ったから。マジで一稀がいなかったら、俺は今でも片思いしてたんじゃないかな」
「僕の友達も、皆そんな感じみたいだよ。僕は『自分は同性愛者なんだ』って自覚してるというか、それはもう受け入れたけど、それをどうしても認めたくない子もいるんだ。自分は本当は女の子で、だから男の身体に産まれてきたのが違うんだってさ。だから、好きになるのもノンケばかり。でも、本当は女の子じゃないから。そういう葛藤は多いよね」
「それは凄く理解出来るな。やっぱり、ゲイじゃない人を好きになると、本当にどうしたら良いのか分からないから。好きとか言ったら、気持ち悪がられて嫌われるんじゃないか……とかさ」
「寂しいけど、どうしてもソレが先に来るよね。そういうのを考えると、今のままの姿で愛してくれる人に出逢えたし、僕は本当に恵まれてると思う。麻紀から『働くのをコッチにして、向こうに遊びに行く様にした方が絶対に良い』って薦められて、コッチにお店を出したんだけど。正解だったよね」
 いつもと同じ笑顔で話す慶に向かって頷く姿を見詰めながら、数年前、大好きな人の事で真剣に悩んでいたティコの様子を思い出した。




 他の事に関しては本当に凄くしっかりしてるし、俺とは比べ物にならない位に色んな意味で大人でしっかりした考えを持ってるティコだけど、自分の恋愛に関してだけはやけに奥手で、いつも相談に乗ってあげていた。
 確かに当時の中川は「俺はノンケだ」って言い張ってたし、実際に男には興味なさそうにしていたけど、ティコとは楽しそうに話をしていた。
 だから、もし恋人になれなくても絶対に嫌われる事なんてないから大丈夫だ……って何度励ましてみても、ティコはオドオドするばかりで全然話が進まない。
 結局、今になって考えると少し強引だったかな? とは思うけど、俺やジェイが色々と協力してあげて、ようやく彼等は恋人同士になれた。


 あの当時の雰囲気を考えると、確かに俺達が手伝ってなかったらティコは今でも片思いのまま、あれこれと悩み続けていたのかもしれない。
 店長と副店長として同じ所で仕事をしていて、今では俺とジェイよりも一緒にいる時間が長くなった彼等は、小さな口喧嘩さえもする事なく、本当に静かに過ごしている。


 皆は俺に向かって「ジェイといちゃいちゃし過ぎ!」とか言ってくるけど、仲の良さだけで考えると、ティコ達とそんなに変わらないと思う。
 外にいる時は一応周りを気にして、あんまりジェイにベタベタくっ付かない様に注意しているのに、何で俺ばっかり色々言われるんだろう? と考え込んでいると、隣に座っている麻紀が急に手を伸ばしてきて、クシャクシャと頭を撫でてきた。




「慶やティコに比べたら、俺達は色んな意味で楽だよな。ジェイや翔は俺達と同じだって分かってるし、ドッチも安心して付き合えるって言うかさ。好みもハッキリしてるし、そういう部分では悩まなくて良いよな」
「ん、そうだよな。でも、麻紀は大丈夫だけど……俺はちょっとだけ悩みあるかも」
 手元のカクテルを飲みつつ、何気なく普段思っている事を答えてみると、急に周りがシンとなった。
 何だろう? と思って顔を上げてみると、俺より不思議そうな顔をした三人と目が合って、逆にちょっと驚いた。


「え? どうしたの、皆……」
「それは俺の方が聞きたいんだけど。悩みがあるとか、そんなの一度も聞いてないし。大体、一稀がそんな事を言い出すのが珍しいだろ。今朝、ジェイと喧嘩でもした?」
 物凄く心配そうに問いかけてきたティコと、思わず真顔で見詰め合った。
 何て答えれば良いのか分からなくて黙っていると、ティコがますます真面目な表情でジッと見詰めてくる。
 それがちょっと面白くて、つい我慢出来ずに笑い出してしまった。


「あ、何だよ。酷いな、本気で心配してるのに。冗談とか?」
「ごめん。冗談じゃないんだけど……だって、ティコがすっげぇ真剣な顔してるし。どっちかって言うと、ティコの方が悩んでる人みたいだなって思ったらさ」
「だって、一稀がいきなり悩み事があるとか言うから。それで、ジェイと喧嘩したとかじゃないんだ?」
「うん、大丈夫。全然喧嘩とかしてないし、仲良くしてる。そうじゃなくて、もっと俺の事って言うか……皆は色々頑張ってるのに、俺だけ『何にも出来てない』ってのが悩みかなぁ」
 本気で心配そうに問いかけてくるティコに、何とか笑いを堪えながら、上手く言えないけど、そう気持ちを説明した。
 確かに、あのタイミングであんな事を言ったら、ジェイと喧嘩したのかな? とか思われるよな……と反省してると、隣で話を聞いていた麻紀が大きな溜息を吐いた。


「何だ、ソッチ系の悩みか。もしかして、聞いちゃいけない事を聞いてしまったのか? って、凄く焦っただろ。驚かせるなよな」
「あ、麻紀もゴメン。今、俺もソレ反省してた。あれじゃあ、ジェイと何かあって悩んでるみたいに聞こえるよな」
「本当に。それで結局、一稀は何に悩んでるんだ?」
「うーん、ちょっと説明が難しいんだけど……皆はしっかりと自分の立場があって、それを頑張っているのに、俺だけ何も出来てないな……って。でも、何をすれば良いのか分からないし」
 どうやらティコだけじゃなく、最初に問いかけてきた麻紀まで心配してくれたらしい。
 何にも考えないで思ったままの事を言ってしまう所も、以前から皆に時々言われてるけど、未だに直ってない気がする。
 きっと、こういう所もまだまだなんだろうな……って考えていると、麻紀が背中を撫でてくれた。


「まぁ、ジェイと上手くいってるんなら、とりあえずは安心だけど。一稀が『何も出来てない』って、どういう意味で?」
「だって、麻紀や慶はオーナーだし、ティコも副店長で頑張ってるだろ? 皆は恋人と同じ立場で頑張ってるけど、でも俺はジェイに追い付かなきゃ……とか、そんな程度で、本当に何にもしてないからさ」
「そうかな? そんな事はないだろう。ティコや店の手伝いをやってるし、合間に高校の勉強もしてる。俺は、一稀も頑張ってるなーって考えてた。そんなに悩む事じゃないと思うけどな」
「ありがと、麻紀。でもさ、麻紀は翔と仲良くしてるし、慶やティコも同じだけど、何か俺とは違う気がするんだよな……俺が何にも出来なくて子供っぽいから、ジェイと仲良くしてても、甘えていちゃいちゃしてる様に見えるのかなぁ?」
 優しく慰めてくれる麻紀に向かって、そう自分の気持ちを話していく。




 ジェイの事を好きになって、彼と一緒にいる時間が長くなればなる程、大き過ぎるジェイと俺との違いに気付いて、考えてしまう事が増えてきた。
 最近、普通の仕事の方が忙しくなってきたジェイは、きっと最終的は、お父さんと同じ仕事になるんだと思う。
 それはずっと前から分かってるけど、やっぱりそういう世界を知らない俺は、漠然と不安に思う。
 だから他の誰かを参考にしたい思っても、俺の周囲にいるのは同じこの街で暮らす恋人同士ばかりだから、片方がジェイみたいな仕事をしている人がいなかった。


 唯一、拓実と橋本がこの街を離れて違う仕事を始めてるけど、彼等は同じ年同士だし、どっちかっていうと友達関係に近い部分もあるから、俺達とは少し違う。
 それに、皆より子供っぽい自分自身も変えていかなきゃいけないと焦っている。
 今、色々と考えても仕方ない事なのかもしれないけど、ふとそれを思い出す度に、ちょっとだけ悩み続けていた。


 ジェイはずっとこの街に閉じ篭っているタイプじゃないし、そのうちこの街から離れてしまうんだと、何となく分かっている。
 その時、俺はジェイとどんな関係になれば良いのか――――
 いくら考えても答えが出なくて、しかも、これはジェイにも相談出来ない気持ちだから、自分でも戸惑っていた。


 普段は何かと忙しいし、こういう気持ちもすっかり忘れている事が多いけど、いつまでも放っておく訳にもいかないと思う。
 麻紀を相手に最近の悩みを溢していると、カウンターの中で聞いていた慶が、ゴソゴソと料理をしながら微笑んだ。




「そんなに考え込まなくても大丈夫だよ、一稀。まだ20歳になったばかりだし、色々と出来ない事があっても、それが普通じゃないかな? それに、ジェイは誰かの手助けが必要なタイプじゃないから。一稀に何かして貰おうとか、そんな事は望んでないと思うな」
「うーん……俺もそうだと思うし、実際にジェイの手伝いとか出来ないかもだけど。でも、本当にそれで良いのかなぁ」
「僕はそれで良いと思うな。相手が博人みたいなタイプなら、コッチがしっかりしなきゃだけどね。毎日、一稀が楽しく過ごしてるだけで、ジェイは喜ぶんじゃない?」


 そう答えながら皿を差し出してくれた慶から、作りたてのつまみを受け取って、真ん中に座っている自分の前のカウンターに置いた。
 どうやら仕事帰りでお腹が空いていたみたいで、嬉しそうに早速手を伸ばすティコを横目に、今、慶に言われたばかりの事を考えてみた。


「それはジェイからも、いつも言われてる。でも、もうちょっとは頑張った方が良い気がするんだ。麻紀にも言ったけど、俺、皆より何にも出来てないのは事実だしさ」
「まだ平気だよ。麻紀も言ってたけど、今は学校にも行ってるんだし。そんなに色々頑張るのは、ちょっと無理だと思うよ。今はソッチに専念した方が良いんじゃないかな」
「あ、そうだな……俺、ティコみたいに同時に色々出来ないから。やっぱり、一つ一つ覚えた方が確実かも」
「うん、あんまり急がなくても大丈夫だと思う。それに、僕が20歳の頃よりも、今の一稀の方がしっかりしてるから。今の僕達と比べてみても、あんまり意味無いんじゃないかな」
 店内は結構賑わってるけど三上以外の皆が揃っているから、割と余裕があるっぽい。
 普段はあちこち忙しく動き回ってるのに、今日はのんびりとした雰囲気で相手をしてくれる慶を見詰めながら、少しだけ気持ちが落ち着いてくるのを実感した。




 普通の人達で賑わう向こう側と、男の同性愛者ばかりのコッチ側を行き来しているから、慶は両方の人達に顔が広くて、あちこちに顔見知りや友達が沢山いる。
 ジェイや麻紀とは少し違った感じだけど、慶の事は誰でも知ってるし、皆から本当に慕われている。
 逆に、ちょっと個性的で性格が強過ぎる二人よりも、慶の方が穏やかで優しいから、色んな意味で人気者なのかもしれない。
 お店も毎日賑わってるし、雰囲気の優しい慶と話しているだけで安心出来るもんな……と考えていると、隣でおつまみを堪能している麻紀が、また手を伸ばしながら声をかけてきた。




「確かに、慶の言う通りだと思うな。俺が20歳の頃って、まだ普通にボーイで働いてたし、それは慶やティコも同じだ。今の俺達と比べるのは変だろう」
「ん、そうだな。あんまり考え込まない様にする。今はとりあえず、ちゃんと高校を卒業するのが第一だよな」
「それが一番、ジェイも喜ぶ事だと思う。俺も高校は中退で卒業してないから、一稀は本当に偉いなって。通信制でも何でもだけど、自分から行こうと考えるのがさ。俺は全然、そんなの考えもしなかった」
「え、でも麻紀だって途中までは通ってるし。俺と同じだと思うな。それにまだ、俺も卒業はしてないし。通わなくて良いから楽だろうって考えてたけど、意外とそうでもないかも」
 予想していた以上に、慌ただしくて忙しくなってしまった日常を、ちょっとだけ麻紀に愚痴ってみる。
 それを楽しそうに聞いてくれて、色々とアドバイスまでくれる麻紀と話しながら、もうすっかり気分が落ち着いているのを感じていた。




 皆も其々に忙しいから、こうして全員一緒に集まるのは初めてだけど、想像以上に楽しくて本当に嬉しくなってくる。
 またこうやってのんびりと飲むのは難しいかもしれないけど、出来たら月一位は色んな報告を兼ねて、ちょっとの時間でも集まるのは可能かもしれない。
 ジェイとは違う意味で、皆と過ごす時間も楽しくて好きだし、こうやって悩みが解決しなくても、話を聞いて貰うだけでも気が楽になってきた。


 麻紀やティコみたいに、先頭に立ってテキパキと動いたりするのは無理そうだから、俺はどっちかっていうと、性格的には慶の方に近いタイプだと自分で思う。
 慶もしっかりしている人だけど、性格が穏やかな分、ゆったりとした雰囲気があるから、やっぱり俺に近い気がする。
 よく考えたら三上とジェイは仲良しだし、だから、彼等の恋人になった俺と慶も性格が似ていて、直ぐに仲良くなれたのかもしれない。
 次に一人で遊びに来た時は、慶が俺と同じ位の年だった頃の話を聞いてみようかなぁ……と考えながら、和やかな笑顔で話している慶とティコの会話に、麻紀と二人で入っていった。






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