Eros act-4 02

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 其々に通い慣れている店だけど、今日は偶然にも少々珍しい組み合わせになった。
 俺とティコの二人で慶の店に来て遊ぶ事は多いし、麻紀と遊びに行った帰りも、最後は此処に寄って飲みながら、ジェイが迎えついでに遊びに来るのを待ったりしている。
 いつの間にか仲良くなっていて、気付いた時にはちょっと驚いてしまったティコと麻紀も、二人で此処に飲みに来る事もあるらしい。
 でも、ジェイが家にいる時は、俺はあんまり遊びに行かないから、三人一緒なのは、多分初めてなんじゃないかなと思う。
 慶も真っ先に気付くだろうなぁと笑いながら、先頭にいた麻紀が店のドアを開けて、皆で中にへと入っていった。




「え、どうしたの? ちょっと珍しい組み合わせだね。個別には来てるけど、この三人が揃ってるなんて初めて見る気がする。何か話し合いでもするのかな?」
 カウンターの中にいる慶が視線を向けてきた瞬間、きっとこう言われると思ってたけど、本当にそのままの反応が返ってきた。
 ちょっと不思議そうな表情を浮かべているのも予想通りで、妙に嬉しくなってくる。
 いつも落ち着いてる慶を驚かせるのって、意外と面白いかも……と思いながら、さっさとカウンターに腰を下ろした麻紀に続いて、ティコを隣に三人並んで、和やかに微笑んでいる慶の前に座った。


「別に話し合う予定はない。単に偶然って感じかな。一稀を誘ったら『ティコと遊びに行く所だ』って言うからさ。それなら三人で……って事になったんだ」
「へぇ、そうなんだ。全員揃うなんて滅多にない機会だろうし、ゆっくりしていくと良いよ。皆、いつも忙しそうだから」
「そうなんだよな。この中じゃ、ティコが一番忙しいだろう。ホント、全然連絡せずに訪ねて行っても、いつも店にいるからさ。中川もそうだけど、二人は少し働き過ぎなんじゃないかな」
 慶とは皆、個人的にも仲良しだから、こうやってお店に遊びに行っても注文を聞かれた事はない。
 慣れた手付きで飲み物を用意し始めた慶に、麻紀がそう言って説明してあげていると、俺を挟んで反対側に座っているティコが、楽しそうに口元を緩めた。


「そう言われると聞こえが良いけど、俺的には楽しんでるから。働き過ぎとか言われると、ちょっと心苦しいかかも。どっちにしても、店長と一緒にいる事には変わりないからさ。そんなに仕事優先って訳じゃないし」
「それは分かる気がするな。翔も似た様な事を言ってるし、俺もそう思っている」
「あ、麻紀さんもそうなんだ? やっぱり、恋人と同じ所で仕事してると、絶対にそうなってくるんだろうな。家に帰っても無意識に『店長』って呼んでしまうし、俺も『ティコ』だしさ。気付いたら普通に仕事の話になるんだよなぁ。逆に事務所で二人だけの時は、晩御飯の話や、次の休日の予定を決めたりしてるかも」
「だよな。ホント、区別が無くなってくる。別に悪い事じゃないし、嫌でもないんだけどさ。家と仕事場での会話が同じになってくるし、それが良いのかどうか……って感じかな」
 両脇で話し合う二人の会話を聞きながら、慶が出してくれた最近お気に入りの、綺麗なオレンジ色のカクテルを一口飲んだ。




 俺はジェイと複雑な仕事の話は出来ないから、皆みたいに、そこまで仕事と日常は一緒になってないと思う。
 もう一つの仕事が忙しくて、以前より店に顔を出す機会が減ってしまったジェイに、色々と皆の様子を話して教えてあげる事も多いけど、その辺りは昔からそうだから、特に不思議だとは考えてなかった。


「もしかしたら、俺もそうなのかな? 副店長になってた時はジェイに褒めて貰えると嬉しいから、俺の出来る範囲でだけど、色々とすっげぇ頑張ってた。それと似てる?」
 麻紀とティコの会話を聞いてるうちに、もう結構前の話になってしまった、副店長とか任せられてた時の気持ちを思い出した。
 両脇を交互に眺めながら問いかけてみると、麻紀が楽しそうに頷いてくれた。
「同じだな。一稀とジェイの場合だと、そういう事になると思うな。ジェイに褒めて貰えたんだ?」
「うん、そうだなぁ……ティコと比べたら全然ダメだと思うけど、ジェイは『頑張ってる』って言ってくれた。俺が何にもしないで威張ってたら、ジェイが悪く言われるかな? と思ってさ」
「一稀を見て悪く感じるヤツなんていないだろうし、それは心配しなくても良いと思うけど。でも、ジェイに褒められるのは嬉しいだろうから、頑張るのは悪くないよな……それもだけど、慶、三上は?」




 出会った頃は、見ているだけの無関係な俺の方が心配になる位に、恋人を放り出して遊び歩いていた三上も、数年前からは真面目に、慶の仕事を手伝う様になっている。
 もうこの店にいるのが当たり前になっている、その三上の姿が無い事に、麻紀が慶に問いかけたのを聞いて気付いた。
 外ではジェイと同じ位に偉そうにしている三上も、此処で慶を手伝っている時は大人しくしてるし、今日は賑やかだから気にしてなかった。
 そういえば……と思いながら、麻紀と一緒に周囲を見回していると、慶がクスクスと笑いながら、ティコに飲み物を渡した。


「今日は別の仕事って感じかな。お母さんに呼ばれて行ったんだ。マネージャーさんの風邪が酷くてお休みになったから、付き人代わりにね」
「なるほど。風邪が流行る季節だし、時間が不規則な仕事だから余計にだろうな。でも、マネージャーが風邪で休みって、お母さんは大丈夫なのかな?」
「全然平気みたいだね。お母さん位の女優さんになると、普段から人一倍気を使ってるみたい。代わりに誰かが……ってのも無理な立場だから、そういう気が張ってる部分もあるんだろうな」
「確かに。今は連ドラにも出てるよな。この前、チラッと見た気がする。そういう仕事が入ってるから、余計に気を使うだろうな。まぁ、三上もたまには親孝行で良いんじゃないか」
「僕もそう思う。それと、先日まで海外ロケに行ってたそうなんだけど、僕にもお土産を買ってきてくれたんだって。気に入ってるフレグランスがあるんだけど、ちょうど見つけたみたいでさ。それを受け取ってくるついでに、一日だけお手伝いって感じかな」
 麻紀を相手にゆっくりとした口調で答えている慶の話を、隣に座っているティコと二人で、ちょっと興味深く聞き入っていく。




 同性を好きになってしまうだけで、他の色んな部分は普通の男と同じである俺と違って、慶は気持ち的に女の子なタイプの同性愛者で、性格も穏やかだし、優しい雰囲気で接してくれる。
 髪もサラサラで長く伸ばしてるし、いつもすごく綺麗にしてるけど、他のそういう人達とは違って、何故だか化粧はしていない。
 きっと似合うと思うのに何でだろう? と、それがちょっと不思議で聞いてみたら、三上は男しかダメだから、あんまり女性らしくならないように気を使ってる……って、いつもの微笑を浮かべた慶が教えてくれた。


 ずっと昔、麻紀にこの店を教えて貰って遊びに来る様になった頃には、三上と慶はもう付き合っていたから見た事無いけど、彼の恋人になる前は毎日メイクとかもして、もっと女性っぽい格好をしていたらしい。
 絶対に似合ってただろうから、それもちょっと見てみたかったなぁと思いながら、楽しそうに話している二人の会話に聞き入った。


 店に来るノンケの人達と話してて知った事だけど、やっぱり普通に異性を好きになる人達から見れば、俺達は同じ「同性愛者」って括りになっている。
 区別が付かないのは仕方ない事だろうし、俺も普通の異性愛者の気持ちは分からないから、それと同じだろうなと思う。
 どうやら異性愛者の人達は、俺達ゲイは、どれでも皆同じだと思っているらしいけど、でも実際、慶みたいな同性愛者と俺達とは、普段の生活からして全然違う。
 だから意外と交流が無いし、クラブJにも慶みたいなタイプはいないから、やっぱり少し居心地が悪いのかもしれない。
 俺は慶みたいなタイプが大好きだし、そういう子も入店してくれば良いのにな……と思っているけど、今の所、入店しそうな気配すらないから、少しだけ残念に思っている。
 キャラを売りにしてお店に出ている、陽気なオカマの皆は別にして、自分の知り合いの中では唯一『同性愛者だけど、同性愛者ではない』慶と過ごす時間を、今日もゆっくりと楽しんでいた。




「それにしても、三上もようやく落ち着いてくれた様だし、本当に良かったな。アイツが慶と付き合い始めた時は、色んな意味で心配してたんだ。きっと慶は苦労するよな……ってさ」
 何をやっても怒らない慶を置き去りにして、見ているコッチが呆れる程に、好き勝手に遊びまわっていた以前の三上からは想像出来ない位、ある日突然、彼はパッタリと男遊びをしなくなった。
 基本的に大人しく慶の手伝いをしているし、それが無い時でもフラフラと飲みに来る位で、ここ何年間かは、彼が浮気してる現場も見たことが無い。
 内心ちょっと驚いているけど、それは俺だけじゃなかったらしい。
 しみじみと呟く麻紀を眺めながら、慶は楽しそうにクスクスと小声で笑った。


「ありがと、麻紀。他の皆にも言われるけど、でも、僕から見たらあまり変わってないんだけどな。他の男の子と遊んでる事も多かったけど、僕には昔からすごく優しかったよ」
「まぁ、それは分かるけど。そういう意味じゃなくて、以前は仕事もほとんどしてなかったし。何て言うか……道楽息子の見本みたいなヤツだっただろ? 慶を好きなヤツも多いし選び放題なんだから、確かに見た目は良いけど、わざわざ三上を選ばなくても……ってさ」
「その辺りについては、僕も否定しようがないかもね。あの頃は博人もまだ若かったし、きっと遊びたい盛りだったんじゃないかな。でも僕は、付き合い始めて直ぐにご両親に会わせて貰ったし、その時に色々聞いてたから。まぁ、遊び飽きたら落ち着いてくれるんじゃないかな? って感じで。あまり心配してなかったんだけどさ」
 皆、三上の事は苗字で呼ぶから、彼を名前で呼ぶのは恋人の慶だけだと思う。
 楽しそうに彼との思い出話を続ける慶の言葉に、麻紀が少々驚いた表情を浮かべた。
「え、そうなんだ? その話は始めて聞くかも。何か言われたんだ」
「全然悪い事じゃないよ。彼は昔から恋人が沢山いたけど、ご両親に紹介したのは僕だけらしいんだ。遊びに行ったら凄く喜んで貰えたし、『きっと本気で付き合うつもりなんだろう』って言われたから。だから全然平気だったよ」
「慶はホントに三上の両親と仲が良いよな。嫌われる筈もないから当然だけど。それは三上も分かってるから、安心して紹介したんだろうな」
「本当にそう思ってくれたんなら嬉しいな。お父さんやお母さんにも優しくして貰って、博人も落ち着いてきたし。平和過ぎて、逆に落ち着かない位かもね」
 ちょっと照れてるのか、口ではそう言ってるけど、慶が本当に喜んでるのはハッキリと分かってしまう。
 自分の両親とはあまり上手くいってないと聞いていたから、ホントに良かったなと、俺まで嬉しくなってきた。




 本当は自分達も同性愛者であるらしい三上の両親からすれば、慶は本当に理想的な『息子の恋人』になるのかもしれない。
 ゲイの父からすれば、優しくて気が利く慶は本当に可愛く思えるだろうし、レズの母から見ても、美人で女の子の気持ちが分かる所が、男だけれど娘みたいなモンだろうなって気がする。
 そういうのも分かっているから、三上も両親に恋人として紹介したり、遊び歩いてはいたものの、ずっと「恋人は慶だけだ」って公言して別れなかったんだろう。


 もっとも、一番凄いなって感心するのは、あの三上の日常を見ても怒らずに待ち続けた、慶の忍耐力だと思う。
 あれと同じ事をジェイがやったら、俺なら速攻で怒るだろうし、絶対に周囲を巻き込んで物凄い大喧嘩になるに違いない。
 慶は女の子みたいな気持ちの人だから、三上みたいなヤツに尽くして、笑って見守っていられるのかなぁ? とか考えていると、隣で興味深そうに話を聞いていたティコが、交互に二人を見て話しかけた。




「麻紀さんと慶さんって、ホントに仲が良いな。俺が一稀に教えて貰って、ココに遊びに来る様になった頃には、もう三上さんと付き合ってたから……それより、ずっと前からの友達とか?」
 そう問いかけたティコの話を聞きながら、そういえば、それは俺も聞いてないかも……と思い当たった。
 ティコと同じく興味を持ちつつ、麻紀と慶に視線を向けると、麻紀が楽しそうに頬を緩めたまま、ちょっとだけ考え込んだ。


「えーっと、何年前になるんだろう? もう10年近く前になるのかな。慶がまだアッチのクラブで、女装して働いてた頃だよな」
「そうそう。確か20歳になったばかりの頃だよね。僕達が今の一稀と同じ位だったと思う。僕は向こうで働いて、コッチに遊びに来てた頃だから。麻紀もボーイやってたしさ」
 懐かしそうに話す二人を眺めつつ、ティコが不思議そうに首を傾げた。
「へぇ……かなり前からの友達だ、ってのは分かったけど。アッチとかコッチって?」
「慶は元々、通りを挟んで向こう側の、異性愛者が出入りする街にある女装クラブにいたんだ。ソッチで働いてて、遊びに来る時はコッチ側。今でも時々、向こうに行くよな? 昔の友達が残ってるのかな」
 自分達が過ごしている区画に程近い繁華街の事を、あまりよく知らないティコに向かって説明しながら、麻紀が慶に問いかけた。
 その問いに頷きながら、慶がティコにおかわりのカクテルを差し出してあげた。


「俗に言う『観光バー』ってのになるのかな。女性一人でも入れる、女装した男がやってるクラブがあって、そういう所で働いてたんだ。女の子と話したりするのは好きだし、それはそれで楽しかったんだけど……やっぱりどうしても『見世物』って雰囲気があるから、精神的にちょっとキツくて。それで、コッチに遊びに来たりしてるうちに、麻紀と仲良くなった」
「へぇ、そうなんだ。俺は向こう側には、全然行った事ないな。今でも、その当時の知り合いがいるとか?」
「何人かは残ってる。それで時々、顔を出したりとかね。でも、僕はコッチに来て良かったなって思ってる。博人とも出逢えたし、僕はやっぱりコッチで働いてる方が、自然体でいられる気がするな」
「え、何で? やっぱり、コッチは同性愛者が多いから?」
「多分、そういう事になるのかな。今の自分のままで良いから、気分的に安定してるんだと思うな。向こうで知り合った友達で、何人かは性転換して女性になった子もいるんだけど……やっぱり、本当に女性になる訳じゃないから。色んな部分で無理があって、それを思う度にすごく悲しくなるんだって」


 身体と心が正反対な彼等は、何をやっても解決出来ない悩みがあるんだ……って、ずっと前に慶が話していたのを思い出した。
 あの時と同じ様に、ちょっとだけ寂しそうに話す慶を見詰めて、ティコも少しだけ考え込んでしまった。






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