Eros act-4 01

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「一稀。20歳の誕生日って、今日で何回目だっけ?」
 久しぶりに会った拓実と話を弾ませている最中、隣に座っている満面の笑みを浮かべたティコに肩を叩かれ、一稀は彼の方に視線を向けた。
 ティコと向き合ってはみたものの、どうやら問われた意味が理解出来ていないらしい。
 一瞬、キョトンとした表情を浮かべて考え込んでいた一稀は、ようやくその質問の意味に気付き、楽しげに口元を緩めた。


「そうだなぁ……ハッキリとは覚えてないけど、多分、4回目か5回目じゃないかな?」
「マジかよ! 随分と長い20歳だったよな。俺、一稀より年下だったのに追いついちゃって、今は追い越したからさ。一稀を置いてきぼりにしちゃって悪いなーって思ってたんだ」
「うーん、ちょっとのんびりし過ぎたかも。でも、もう大丈夫。来年はちゃんと21歳になるからさ!」
 何年も前から周囲には「20歳過ぎてる」と言い張っていた一稀は、それからいつまで経っても一向に年を取らないから、皆にどんどん追い抜かれていた。
 ようやく今年から一年に一歳、普通に年を取れる様になり、随分と楽しそうにソレを突っ込んできたティコに向って、自信満々で答えている一稀の姿を眺めながら、向かいで聞いていた拓実が楽しそうに笑い出した。


「確かに! 一稀、最初は俺とタメだったんだよな。俺だけサッサと年取って、もう引退まで終わったからさ。また4歳離れたのか」
「あ、そうだった。小学校の頃と同じ歳の差になっちゃったな。拓実もずっと20歳にしとけば良かったのに」
「ずっと20歳かぁ……そしたら今からまだ3年間は、クラブJで働けるって事になるよな。そう考えると凄いよな。なぁ、ジェイ。こんな事を言い出すヤツばっかり入店してきたらどうする?」
 悪びれる様子もなく、平然とそんな風に答える一稀の様子に、拓実が今度はこちらに話を振ってきた。


 楽しそうな笑顔で話しかけてくる拓実は、雰囲気が少々柔らかくなった程度で、引退前とさほど変わっていない気がする。
 まぁ、まだ数ヶ月程しか経ってないからなぁと思い返しながら、斜め向かいから問いかけてくる拓実に、口元を緩めて笑い返した。


「本人がそう言い張ってるからな。まぁ、仕方ねぇだろうよ。もっとも、仕事的に可能かどうかは別問題だ。拓実も送別会で『もう体力的に限界だ!』とか、何やら騒いでたじゃねぇか」
「そうそう。ホント、マジでそうなんだよな。歳を誤魔化すのは簡単だけど、体力的にどうかが問題かも。売りの仕事って結局、肉体労働と同じだからさ。それに年取ってきたら、やっぱり指名も減るだろうし。ほとんどクラブ専用要員になるか、一日置きの出勤になるだろうな」
 同じ歳だけど少しだけ誕生日が早くて、先に引退した橋本に生活を合わせて、拓実は引退前の一ヶ月間程、彼の実家の仕事も手伝っていた。
 引退前だし、こちらの店への出勤自体は抑え目にしていたものの、やっぱり掛け持ちだと精神的な面や体力的にも、少々堪えてしまったらしい。
 あれから数ヶ月経ったけど、まだこんな事を言い出す位に、よっぽと印象深い最後の一ヶ月間だったんだろう。
 最後の送別会の席で、まだ若い店の連中を捕まえて懇々と話続けていたのと同じ口調で、今日もまたあれこれと話し始めた拓実の声を肴に、楽しそうに輪の中心にいる一稀の隣で、賑やかな誕生日パーティを堪能していった。




 二人きりで静かに祝った一稀の19歳の誕生日とは違って、本当に20歳になる今年は「皆でお祝いしてあげたいから……」と、ティコが早々にパーティ代わりの飲み会を開催したいと申し出てきた。
 一稀より2歳ほど年上で仲の良いティコは、一稀が実際に20歳を迎えるのを、実は結構楽しみに待っていたらしい。
 副店長になってから、ますます面倒見の良い兄気質に磨きのかかったティコにとって、いつも一緒にいて、お互いに何でも隠さずに語り合う一稀は、弟みたいな存在なのかもしれない。
 他の事ならともかく、そういう場を反対する理由もないし、きっと一稀も喜ぶと思う。
 二人だけのお祝いは翌日に廻す事にして、誕生日の当日はティコの主催で店近くの居酒屋の一室を借りて、ささやかなパーティが行われる事が決まった。


 さすがに店を閉めてじゃないから、全員が参加出来る訳ではないけど、それでも、最終的に10人程度は集まってくれた。
 他にも、休憩中に少しだけ顔を出して店に戻ったり、帰りに立ち寄る連中も多くて、主催者のティコがその度に忙しそうに仕切っている。
 どうしても今日は都合がつかなかった橋本に麻紀や翔、他の参加出来なかった数人の連中も、参加可能な皆を通してプレゼントを寄越してきたり、別の日に会う約束をしたりと、其々に一稀の誕生日を祝ってくれている。
 静かでゆったりとした時間を過ごした去年とは正反対の、本当に賑やかな一時を、何故だか俺の方まで嬉しく感じていた。




「ジェイ、コレ頼もうかなーって思うんだけど。ジェイも食べる?」
 メニューを広げて指差しながら、そう話しかけてきた一稀の声に、隣に座る彼の手元を覗き込んだ。
「あぁ、そうだな。こっちも一緒に頼んでくれ」
「ん、分かった。皆も食べるだろうし、3人前ずつ頼んどくかなぁ」
 上機嫌な様子でそう答えた一稀が、反対側の隣に座るティコにも同じ事を問いかけ始めた。


 ティコから「誕生日のお祝いパーティをやるからさ!」と告げられ、随分と嬉しそうにしていた一稀も、その期待通りに楽しく時を過ごしている。
 20歳の誕生日は他の年齢とは少し違う、やっぱりそれなりに特別な日だと思う。
 それを皆に祝って貰えて、本当に良かったなと思いながら、集まってくれた皆の顔を何気なく見渡した。




 もう一つの仕事に出かけている時に我侭を言ったりはしないものの、以前の一稀は、俺が自由になる時間全てを、二人だけで過ごす事を強請っていた。
 そんな態度も可愛くて、一稀が望むがまま、いつも二人だけで過ごしていたけど、一緒に暮らし始めて二年近く過ぎた最近では、ようやく彼も少し落ち着いてきた。
 二人きりのお祝いを翌日に廻して、皆からの祝いの席を優先する事を躊躇いなく納得した一稀の気持ちや、俺自身の彼に対する感情が冷えてきたとは思わない。
 むしろ、20歳のこんな風に誕生日を祝って貰える位、今でも皆に可愛がられている事を嬉しく感じる。
 一稀の方も、10代を卒業する歳になり精神的に大人になってきたのと、俺と二人だけの時間に慣れてきて、色んな意味で気持ちが安定してきたんだと思う。
 予想外に賑やかな日になってしまったけど、一稀が楽しんでくれればそれで良い。
 また少し大人っぽくなった一稀の横顔を眺めながら、二人だけで過ごす明日は何をしようか……と、頭の隅で考えていった。






*****






 ベッドに潜り込むなり、胸元に擦り寄ってきた一稀の身体を、いつも通りに抱き締める。
 昨日までと変わりない可愛らしい仕草に、無意識に頬を緩めながら、甘えてくる彼の背中に掌を滑らせた。


「今日は話し疲れたんじゃねぇのか? 思ってたより沢山集まってくれたな。久しぶりのヤツも多かった」
「ホント。あんなに集まってくれるとか、ちょっとビックリした。俺の誕生日ってだけなのにさ」
「ばか、お前の誕生日だから、皆も都合をつけて集まってくれたんだろう。ティコも喜んでいたし、良かったんじゃねぇか」
「あ、そうみたいだよな。ティコの方が張り切ってたかも。俺、ティコが20歳になった時、プレゼントあげただけで終わったからなぁ……あんな風に飲み会してあげれば良かったな」
 ティコから話を聞いた時、一稀は本当に驚いていたから、あんな風に誕生日を祝うなんて、きっと彼の想像外の事だったのかもしれない。
 今日の誕生日パーティが楽しかったから、余計にそれを提案してくれたティコも同じ気持ちにさせてあげたいんだろう。
 少々残念そうに呟く一稀の髪を撫でて、頬に軽くキスを落とした。


「別に20歳に拘る必要はない。ティコに『楽しかったから』とでも説明して、お前が主催でやってあげれば良いんじゃねぇか?」
「そうだな……今年はもう過ぎたから、来年の誕生日にやってあげようかな。中川さんにも相談してみる。ジェイも20歳の誕生日の時、ああいうパーティとかやった?」
 なかなかこの話題から離れられない一稀は、よっぽど今日の出来事が嬉しかったんだと思う。
 興味津々な表情で問いかけてくる一稀を抱き締めたまま、数年程前になる自分の誕生日を、記憶の中から手繰り寄せた。


「……いや。多分、何もしなかったと思う。親父と食事に行ったのは覚えているが、特に何かをした記憶は無いからな。祖母と暮していた頃は、あんな感じで色々とやって貰っていたが。此方に来てからは全然だな」
 半分だけ血の繋がりがある姉達は、良家の令嬢らしく色々とやっていた様に思うけど、少なくとも自分がやって貰った記憶はないし、そもそも、中川の家にいる事の方が多くて、あまり家には戻ってなかった。
 俺の様子を見に行くから……と理由をつけては、同じ様に頻繁に顔を出していた父が食事に引っぱり出してくれた程度で、20歳に限らず、誕生日のパーティなどをやった事は無い。
 そう考えると、随分と豪華な20歳を迎えたもんだと感心しつつ、一稀の質問に答えてやると、腕の中の一稀が楽しそうに頬を綻ばせた。


「あ、やっぱり! お父さん、俺にも『食事に行こう』って誘ってくれたぜ。いつものトコじゃなくて、おいしいお酒があるお店に連れて行ってくれるみたい。『一稀が成人したら、正々堂々と一緒にそういう店に行ける』って、すごく喜んでた」
「俺が20歳になった時も、似た様な事を言っていた。親父は飲みに行くのがストレス解消らしいぞ。今でも中川の親父と二人で、こっそりと飲み歩いている。居酒屋でも平気で入るらしい。取り巻きの連中が目撃したら、卒倒しそうな光景だろうな」
「そうなんだ? でも、何となく分かる気がする。ジェイのお父さんって、全然堅苦しくないから。俺と御飯食べに行く時も、普通のパスタ屋さんとかに入るんだよな。すごく偉い人なのに話し易いし、そういう所はジェイとそっくりかも」
「まぁな。血の繋がってる親子だし、似ている所は多いだろう。あの家で唯一、お互いに気を許し合っている位だからな」
 そう答えながら腕の中に在る身体を抱き寄せ、彼が返事をしてくる前に唇を塞いだ。




 このまま放っておいたら、いつまでも誕生日の話を続けそうな一稀をキスで封じ込み、柔らかな下半身に掌を滑らせると、重ねた唇の奥からくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「もう……ちょっといきなり過ぎるってば。まだ話してたのに」
「それが終わるのを待っていたら、いつまで経っても無理だろうが。続きは明日、ゆっくりと聞いてやる。今はコッチだ」
「え、明日は二人だけだし、違う話が良いな。ジェイも今週は忙しかったし、話してない事が沢山あるからさ……」


 キスの合間に甘い声色で呟く一稀の服を、いつも通りに剥ぎ取っていく。
 一稀とは毎日顔を合わせているから、普段は全く気にしていないけど、ふとした瞬間の仕草や表情で「大人になったな」と感じる事が多くなってきた。
 それでも、可愛らしいのに生意気そうな少々粋がって見える印象は残っているし、それとは真逆の素直な性格も変わっていない。
 取り立ててそういう話を一稀に伝えた覚えは無いのに、彼は俺の好み通りの大人へと、少しずつ近付きつつある。
 日を追う毎に愛しさが増していく一稀と、素肌を重ねて抱き締め合った。




 一稀と出逢う瞬間まで、特定の恋人が欲しいなんて、考えた事すらなかった。
 それは今でも同じ気持ちで、一稀以外の誰かと共に暮していくなんて、絶対にありえない事だと言い切れる。
 何故、ここまで一稀に執着しているのか――――その理由は自分でも分からない。
 一つだけ分かっているのは、彼を一目見た瞬間から今でも、一稀が欲しくて堪らないという事実だけだった。


「……あっ、ジェイ……」
 膝に掌をかけて大きく押し広げた瞬間、甘く啼いて身を捩らせた一稀の内腿のタトゥに、軽くキスを落としてやる。
 途端にまた啼き声を上げた姿に満足しながら、愛撫を待ち侘びて震えている猛ったモノに、唇を滑らせキスを重ねていった。




 19歳の誕生日が過ぎた頃に腰に入れた小さなタトゥは、20歳の誕生日を迎える前に内腿にも一つ増えた。
 アメリカに住む母親と親族に会わせる為に連れて行った国で、派手なタトゥを気軽に入れている奴等を沢山目撃して、もう少し増やしてみたくなった……と、その理由を話していた。
 皆から言われて覚悟していたものの、内腿にタトゥを彫るのは一稀の予想以上に痛かったらしい。
 結局「もうこれでタトゥは止めにする」と音を上げてしまったけれど、彼の最後のタトゥとなった向こうで見かける雰囲気のバラの絵柄は、ティコが「カッコ良いな!」と褒めてた位に、派手な絵柄が一稀によく似合っている。
 あまり沢山入れても雰囲気を損ねるし、小柄で華奢な一稀には、この程度で留めておくのが色っぽくて丁度良い位だろうと、その姿を見る度に満足していた。




 切なげな吐息を吐きながら下半身に密着する髪に指を差し入れ、貪欲に愛撫を強請る姿の望むがまま、彼の肢体を貪っていく。
 少し肉付きが良くなったか? という程度で、出逢った頃とほとんど変わらない裸身だけど、色っぽさは格段に増している。
 そんな彼を俺だけが独占しているって事に、例え様のない位の満足感を覚えていた。


 他の何かを手放す事があったとしても、一稀さえ傍にいてくれれば、もうそれで充分だと感じている。
 一稀もそう思ってくれている事を願いながら、彼の身体をうつ伏せに入れ替えると、艶っぽく揺れる腰を両掌で支え、快感で甘く蠢く深部にへと、硬く勃ち上がった昂りを埋めていった。






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