Eros act-3 09

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「あ、そうだ。ジェイってさ、明日は朝から仕事に行く?」
 いつもより少々甘えた声が頭の上から聞こえてきて、埋めていた彼の首筋から顔を上げた。
「そうだな……多分、9時過ぎには出かけると思う。お前は学校か?」
「うん、そうだぜ。時間的にもちょうど良さそうだし、俺も一緒に出ようかな」
「少し早めでも良いんなら、駅まで送ってやろう。まぁ、一稀が寝過ごさなけりゃ……の話だが」
 顔を上げたついでに、頬にキスを落としつつ答えてやると、一稀は不満気に顔を顰めた。
「あ、酷いな。俺がいっつも寝坊してるみたいじゃん。明日はちゃんと起きるし、朝御飯も作るつもりだぜ。ジェイより早く起きてやるからな!」
 言葉ではそう怒りながらも、目は楽しそうに笑っている一稀が、腕を廻している背中にスルリと掌を滑らせてくる。
 身体で愛撫の続きを強請ってくる彼の誘いに応え、また細い首筋に唇を寄せつつ、随分と色っぽくなったな……と、ふとそんな事が頭を過ぎった。




 無事に高校に入学し、ようやくソレにも慣れてきた頃、あと半月もしないうちに一稀の19回目の誕生日がやってくる。
 初めて一稀と出逢った時、彼はようやく18歳になったばかりだったから、あれからもう一年が過ぎようとしているのに気付き、何だか少し不思議な気持ちになってきた。
 彼の意思を問う事もせず、半ば強引に手に入れた一稀だけど、俺が予想してた以上に、彼もこの生活を楽しんでくれている。
 以前より素直に気持ちを言ってくれるし、甘えてくる様になった一稀だけど、その仕草とは裏腹の大人っぽさを感じる様になってきた。
 何処かが変わった訳じゃない。華奢な体躯も相変らずだし、普段交わしている話の内容だって、以前と変わらずガキっぽくて可愛らしいモンだと思っている。
 それでも、こうして腕の中で喘いでいる一稀の姿に、妙な焦りを覚えていた。


「明日は、誰か知ってるヤツも来るのか?」
「何人かは登校してくるんじゃないかなぁ。詳しく聞いてないから分からないけど」
「そうか……あまり仲良くなれそうにねぇのか?」
「普通に話す位なら、何人かは仲良い子も出来たけどさ。でも、皆は女の子も入れて話したがるだろ? ソレが嫌なんだよな……」
 昂りに感じる愛撫に頬を火照らせ、乱れた吐息混じりに答えてくれる一稀の柔らかな内腿に、唇を寄せてゆっくりと舌を這わせていく。
 ティコや店の連中とも仲良くやっているんだから、同年代の若いヤツと友達になれば良いのにと思うけど、「ノンケは女の子を仲間に誘ってくるから嫌だ」って事で、今の所は出来るだけ距離を置く様にしているらしい。
 確かに、色々と聞かれると面倒だからな……と、その気持ちを察しながらも、それに何処か安心している、自分の気持ちにも気付いていた。


「ジェイ……もしかしてさ、ちょっと焦ってる?」
 下肢に触れている髪に指先を絡ませつつ、やけに楽しそうな声で問いかけてきた一稀の言葉に、顔を上げてジッと見詰めた。
「――――そう見えるか?」
「ん、何となく。違ったかなぁ」
「……いや。多分、そうなんだろうな。俺も言われるまで、ハッキリと気付いてなかったが。お前、意外と勘が良いじゃねぇか」
 一瞬、適当に誤魔化そうか……と頭を過ぎったものの、今さら一稀相手に見栄を張ってもしょうがない。
 彼の下肢から身を起こしつつあっさりとそれを認め、猛ったモノに与えていた愛撫を止めて、また一稀の身体に覆い被さる。


 一稀を一方的に喘がせて甘く啼かせていくのも良いけど、本当は腕の中に抱き締めている時を、一番心地好く感じているかもしれない。
 彼がどう思っているかは分からないけど、俺はコレが一番落ち着く。
 抱き締めた一稀の髪に頬を埋め、ぼんやりと彼の言葉について考え込んでいると、腕の中の一稀が少々困った表情を浮かべてモゾモゾと身体を身動がせ、ジッと顔を覗き込んできた。
「……ジェイ、俺が変な事を聞いたから怒った……?」
「いや、別に怒ってねぇよ。気にするな」
「それなら良いけど。でも、何となくそんな感じがしただけで、俺も良く分からないんだけどさ。何で焦ってんの?」
「俺もソレを考えていた……まぁ、要は『一稀が大人になっていくのが不安だ』って事なんだろうな」
 彼を不安にさせてはいけないからと、咄嗟に頭に浮かんだ事を言ってみたけど、案外、これが一番近い気持ちだろうと、口に出した瞬間に自分で気付いた。
 未だに漠然としている麻紀の思惑が読めない限り、傷が癒えたばかりの一稀がまた襲われるのでは……と、それを危惧している部分も確かにある。
 でもそれ以上に、この街じゃない『外の世界』に目を向け始めた彼の意識に、言いようのない焦りを感じていた。




「俺が学校に行くの……ホントは嫌とか思ってる?」
 ようやく聞き取れる位の小さな声が聞こえてきて、腕の中に視線を向けた。
 ちょっと泣き出しそうに顔を歪め、ジッと不安気に見上げてくる彼の様子に、頬を緩めながら髪を軽く撫でてやった。
「ばか、そんなんじゃねぇよ。嫌なら最初に反対している。学校がダメだと言うより、お前が『俺の知らない所に行く』ってのが不安なんだろうな。店の中や近辺だったら、お前が何をしているのかは俺の耳にも入ってくるけど、学校だと範囲外だからな。俺よりもっと良い男を見つけて、一稀はソッチに行くんじゃねぇか? って、それを少し心配している」
 自分でも少々驚いてしまう位、素直にそう告げてみると、きょとんとした表情を浮かべて話を聞いていた一稀が、ケラケラと楽しそうに笑い出した。
「え、何でそうなるんだよ! 俺、勉強しに学校に行ってるんだぜ」
「あぁ、分かっている。俺が勝手に焦っているだけだ。てめぇが気にする事じゃねぇよ」
「ホントに大丈夫だから。でも、ちょっと分かるかも。ジェイは俺の知らないトコで仕事してるからさ。もしかしたら、俺より頭が良くて可愛い子がいるんじゃないかな……って心配になる時があるんだ。だから俺も少し勉強して色々覚えて、ジェイの手伝いが出来る様になった方が良いかな、って。そう思ったから、学校に行こうって決めたんだ」
 胸元に頬を寄せて甘えたまま、そんな事を言い始めた一稀の顔を、少々驚きながらジッと見詰める。
 一稀がこういう素振りは見せた様子なんて今まで一度もなかったし、そんな心配をしているなどと、考えた事すらなかった。
 何を馬鹿な事を……と思った瞬間、それとまったく同じ事を、俺も気にしているんだとようやく気付く。
 それに思い当たった途端、何だか笑いが込み上げてきて、腕の中の一稀をしっかりと抱き締めたまま、柔らかな髪に顔を埋め、ククッと笑い出してしまった。


「なるほど。お前は『外で仕事をしている俺』に不安を感じて学校に行き始め、俺はそれを見て『俺の知らない学校に通う一稀』に心配してた……って事か」
「そうみたい。何か、同じ事考えてたんだな。でも、ジェイは俺が何してても平気だろうなって思ってたから。ちょっとビックリした」
「平気な訳ねぇだろうが。いつも不安に思っている。そう出来るんなら、お前を一生、この部屋の中に閉じ込めておきたい位だ」
 あながち冗談とは言い切れない本音をチラリと溢しながら、彼の肢体に掌を滑らせていく。
 ようやく再開した愛撫に嬉しそうに頬を緩め、甘い吐息を溢した一稀の唇を貪りつつ、急に軽くなってきた自分の気持ちが、本当に可笑しくてしょうがなかった。


 一稀と過ごす時間が長くなればなるほど、彼に対する想いが落ち着いてくるどころか、逆に大きく募っている。それと比例して増していく独占欲に、自分でも少々驚いていた。
 一稀と付き合い始めた当初、彼が他の男に抱かれる事に、さほど抵抗感なんて感じてなかった。
 それがいつから変わってしまったのか。もう自分でも分からないけど、今となっては相手が誰であれ、一稀に指一本でも触れさせたくないと真剣に思っている。
 本当に一稀を閉じ込めておけたら、少しは気が楽になるのかもしれない。でも、そんな不自由な彼の姿を望んでいる訳じゃないし、一稀にソレは似合わない事も分かっていた。
 自分の気持ちにどう折り合いを付ければ良いのか、今はまだ分かっていない。
 膨らんでいく一方の独占欲に自分自身で戸惑いながら、腕の中で淫らに欲を誘ってくる一稀の身体を、無我夢中で攻め立てていった。




「……んっ……ジェイ……」
 快感に乱れる吐息の合間、擦れ声で名前を囁き、その先を強請る一稀の蕩けた深部に、猛ったモノをゆっくりと沈めていく。
 シーツをぎゅっと握り締めながらも、満足気に腰を揺らす一稀の身体を抱き上げ、膝の上にへと抱え込んだ。
「気持ち好いか? 一稀」
「ん、すっげぇ気持ちいい……もっとして」
 肩口に顔を埋めて甘える一稀が、熱っぽい眸でそう答える。
 自分の欲望を隠そうとする素振りもなく、そうしてもらうのが当然と言わんばかりの一稀の態度に、思わずククッと笑みを溢しながら、繋げた身体の深部を勢い良く突き上げた。


 俺達は本当に欲張りだと、今更ながらにそう思う。
 手当たり次第に何もかもを欲しがる訳じゃないけど、例えば、互いを取り巻く『全ての物』を手に入れたいと、真剣にそう願っている。
 二人だけの空間なんかじゃ物足りない。互いを欲する欲望は当然だから、次は自分の知らない互いの『何か』も手に入れようと、きっとそうやって足掻き続ける。
 それが満ち足りて、二人揃って満足する日がやってくるのか、それはまだ分からずにいた。


「一稀、怖いんなら店に出る必要はない。麻紀の件が落ち着くまでは、大人しく家で勉強してても良いんじゃねぇか?」
 仰け反って喘ぐ一稀の胸に唇を這わせながらそう問いかけると、腰を跨いで快感を貪っている彼は、ちょっとだけ顔を顰めて動きを止めた。
「それは嫌だな。何か逃げてるみたいだしさ」
「だろうな。お前なら、そう言うだろうと思った……一稀、俺がいなくなったらどうする?」
「え、ジェイって出張とか行くの? ジェイがいない時に一人は寂しいから、ティコと一緒が良いけど。でも、中川さんが嫌がりそうだし、やっぱり拓実のトコかなぁ」
 「いなくなったら」と言う言葉を、何故だか「出張に行く」事だと勘違いしたらしい一稀が、突き上げる動きに身体を委ねたまま、首を傾げて意外と真剣に考え始めた。
 何でそうなるんだ……と脱力してしまいそうになるけど、そう思ってしまう彼の無邪気な素直さを、今はやけに心強く感じてしまった。
 また襲われるかもしれない可能性を知りつつ、外に出るのを止めようとしない一稀と、それを止めようとしない俺は、きっと同じ事を考えている。
 こういう一稀だから、俺は本気で惚れ込んでしまったんだろうと、今ではそう自覚していた。




「もう……ジェイ、今日はちょっと変だぜ。何か、意味わかんない事ばっかり言ってるし。仕事で嫌な事でもあった?」
 そう呟きつつ、子供を宥めるような仕草で頬に軽くキスしてきた一稀の姿に、無意識に動きを止めた。
 よしよしと頭を撫でてくれる一稀を呆気に取られて見上げながら、何だか急に肩の力が抜けてくるのを感じて、思わず笑い出してしまった。
「――確かにな。俺の方が、少し落ち着いた方が良さそうだ」
「そう思うな。ちょっと疲れてるんじゃね? 明日は俺も早起きするから、ジェイはぐっすり寝た方が良いと思うな」
「そうしよう。たまにはお前に任せてみるか……」
 自信満々で言い切った一稀をベッドに押し倒して、細い太腿を大きく広げて持ち上げる。
 それに満足そうに頬を緩める一稀の昂りを握り込むと、いつもの愛撫を待ち侘びていたらしい彼の身体が、またビクリと微かに震えた。


 自分に自信がない訳じゃないし、一稀が他の男に目を向ける筈もない。そう分かっているのに不安になる。
 色んな意味で一稀を失う事ばかりに怯え、考えても答えの出ない思いをいつまでもダラダラと考え込んでしまうのは、彼を失ってしまうかもしれない恐怖を、あの瞬間に知ってしまったからなんだろう。
 混乱なんてモノをあっさりと通り越した、あの気持ちを忘れる事なんて、もう二度と出来る筈がなかった。
 こんな事をズルズルと考え込んでしまうのは、まだその原因との決着が付いていないからなのかもしれない。
 それを気にする様子もなく、自然で強気な態度を崩さない一稀の姿に、今は逆に気持ちを支えられていた。
 きっと現状はそうなんだろうけど、いつまでもこんな不甲斐無い気持ちを抱えていくつもりはない。
 こちらから動いてみるのも、案外良い手段かもな……と、そんな事を考えながら、俺なんかより平然と構えている一稀の身体を、乞われるままに貪っていった。






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