Eros act-3 08

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「へぇ……ソイツって、麻紀さんの彼氏とか?」
「俺もそう思ったんだけど、全然違うってさ。あの社長が買いに来る時も、麻紀さんとは全然違うタイプのヤツを買っていくし。他にも俺と同じ事情のヤツが何人かいるから、纏めて偽装してやってるらしいぜ。それで遊ぶ時の料金を安くして貰ってる。向こうにとっても良い話なんじゃね?」
「そうなんだ。まぁ、そういう事をやってくれるのも、何か麻紀さんらしい話だな」
 内心ホッとしてしまう気分を感じつつ、素知らぬ振りをしてそう答えた。
 勤めている店のオーナーだし、今すぐに何かを……とまでは考えてないけど、やっぱりそれなりに麻紀の事が気になってしまう。
 何でこんなに興味を持ってるんだろな? と自分でも頭の隅で不思議に思いつつ、とりあえず手元の勝負の事を考えていると、右手側の隣に座っている祐弥が、小気味のよい音を立てて牌を捨てた。


「麻紀さんは口が堅いし、そういう意味では信用出来る人だよな。怒らせると怖そうだけどさ。ジェイとは違った意味で、オーナーに向いてると思うぜ」
「そうだな。お前、ジェイを知ってんの?」
「ドッチに勤めるか悩んでさ、様子を見に何回か飲みに行った事がある。それ以前に、この辺りで遊んでてジェイを知らないヤツはいねぇだろ。その時に翔が働いてるのもチラッと見てたし、だからお前の事も覚えてた」
 楽しそうにそう呟いた祐弥の方に、また顔を上げて視線を向けた。
「へぇ、そうなんだ……此処も良い店だと思うけど、ジェイの所も居心地良いぜ」
「それは何となく分かった。でも、俺は売り歴が長いからさ。もう顔を知ってる客も多いし、クラブJだとちょっと馴染めないかな? って気がして、麻紀さんに拾って貰った。あの店は賑やかだからなぁ……」
「20歳位のヤツが多いからな。ジェイも同年代だから話に首を突っ込んでくるし、皆で大騒ぎって感じだよな」
「え、ジェイって幾つだよ? まだ若そうだけど、もう25は越えてんだろ」
「俺とタメ。だから23歳になったばかりだぜ。俺と誕生日も近くてさ。あの店を出した頃って、ジェイはまだ大学に通ってたんだよな」
 そう教えてやると、祐弥は真剣に驚いた様子で腕を止めた。
「マジかよ……やっぱ、アイツは化け物だな。何でこんな所で、売り専経営なんかやってんだよ……」
「俺も初めて聞いた時は驚いた。ジェイはアレが楽しいらしいぜ。『飲んで買える店が欲しかったけど、無いから自分で作った』ってさ。だから店にも頻繁に顔を出すし、俺等と遊ぶ事も多いんだよな」


 大人びた雰囲気のジェイだけど、歳相応な遊び心もちゃんとあって、皆と話をするのを好んでいた。
 別室にせず、わざわざ広くとった事務所の一角を皆の休憩場に決めたジェイは、当然の様にソコに座り、彼の店では従業員になる俺達と極普通に会話をして、少なくとも「雇ってやっている」といった言動を見せた事は無い。
 敬語を使われるのを嫌がり、皆と同じ様にして接する事を強く求めていた彼は、多分『気の合う仲間』が欲しかったんだろうと思っている。
 そういえば、大学の卒業前にはジェイに色々と教えて貰ったな……と懐かしい出来事を思い出していると、祐弥は呆れた表情を浮かべて、深々と溜息を吐いた。


「何ていうかさ、ココまでレベルが違うと嫉妬する気にもならねぇな。俺より年下で顔も良い上に、大学生の頃から店のオーナーって、別世界のヤツとしか思えないな」
「だよな。俺もオーナーと言うより友達だと思ってるし、仲も良いけど、やっぱり全然違う所にいるヤツって感じだな。俺が卒論書く時もジェイに教えて貰ったしさ。ジェイには頭上がんねぇや」
「そうなんだ。もしかして、同じ大学だったとか?」
「まさか。学部は同じ『経済』だったけど、ジェイは俺が落ちたトコに普通に通ってたからなぁ。『ゲーム理論と解析学が面白い』って言ってたから、数学系が得意なんだろうな。俺の卒論でソッチ系が必要だったから、ジェイに色々聞いて見直しして貰った。提出したのを読んだ教授がベタ褒めしてたし、やっぱアイツは頭の造りが違うぜ」
「全然話が分かんね。ってか、翔も頭良いんだな。そりゃあ、麻雀も強い訳だ」
 あっさりと付いてしまった勝負に溜息を吐きながら、祐弥がまたジャラジャラと牌を混ぜ始めた。


 単純に暇潰し程度だから、彼にとって勝った負けたは重要じゃなく、そのついでに話をするのが目的で、こうして皆を誘っているのかもしれない。
 彼とは仲良くなれそうだなと感じながら、牌山を積んでいった。


「経済を専攻してるヤツって、意外とこういうのが好きなヤツが多いんだよな。それこそ、ジェイの好きなゲーム理論だからさ。『これも勉強の一環だ』とか理屈捏ねて、よく皆で遊んでた」
「マジ? 何か意外だな……経済とか好きなヤツって、机に噛り付いて本読んでるヤツばかりなのかと思ってた。麻雀とかするんだ」
「理数系から経済に進んだヤツは、多分、想像してるより砕けたヤツが多いと思う。文系から進んだヤツは、実際に話すと理屈っぽかったな。でも、経済や経営学って実社会では数字だからさ。文系学部だと思われてるけど、実際はジェイみたいに数字に強いヤツの方が向いてると思うな」
「へぇ、そうやって聞くと面白そうだな。翔も店をやれば良いのに。そういう大学出てるのに売り専とか、何か勿体ねぇな」
 茶化してる様子はなく真顔でそう呟いた祐弥の言葉に、少しだけ口元を緩めた。


「そのつもりだぜ。だから一般企業に就職しなかったしさ。元から自分で店を出したいと思ってたから、ジェイにも色々と相談してるんだよな」
「あ、そうなんだ。やっぱり売り専の店とか?」
「クラブ系のな。ジェイの店に近い感じで、もう少し違った感じが良いかなって考えてる。Jとサテンドールの中間位かな」
「それは面白そうだな……ついでに、飲みスペース専門で俺も雇ってくれよ。そろそろ売りやってる歳じゃねぇよなとは、自分でも思ってるんだけど。今更、普通の会社に勤めるのも無理だろ? でも、自分で店出す様な器じゃねぇから。翔はしっかりしてるから、お前の店なら安心して働けそうだ。俺も真面目に働くぜ」
「おう。良いけど、まだ何年も先になると思うぜ。麻紀さんに『最低1年は勤める』って約束したし。その後になるからさ」
 やけに嬉しそうに話しかけてくる祐弥に答えながら、無意識に、隣の部屋とを隔てている壁を見詰めた。




 この部屋から続くドアの無い、外からしか入れない隣の部屋に篭っている麻紀は、用事がない限りは此方に顔を出す事はなかった。
 当然の様に従業員達の輪に入ってくるジェイと違って、彼は頑なに一線を課し、いくら話を重ねてみてもその態度が緩む気配は見当たらない。
 オーナーとしてはそれが当然の態度で、きっとジェイが特殊なんだろうけど、何処となく寂しく感じた。


 時折、人が出入りしている様子はあるものの、どれも親しげな雰囲気はないから、何か仕事的な絡みのあるヤツだと思う。
 それに何故だか安心してしまうのと同時に、麻紀はいつも一人でいるんだろうか? と気になっていた。
 この店の奴等みたいに、麻紀を慕ってる者は多いのかもしれない。でも、彼の態度は変わらないんだろうな……と、そんな気がする。
 賑やかに皆と騒ぎ、そういうのを好むジェイとは正反対な麻紀は、一人でいるのが好きなのかもしれない。
 何か困った事でも起きた時、アイツは相談する相手とかいるのかなぁ……と、今も隣の部屋にいる麻紀の気配を感じながら、そんな事を考えていた。






*****






「ジェイ、三上が顔を出してる。少し話をしたいそうだ」
 そろそろ帰るか……と、一稀と二人で事務所のソファから立ち上がった瞬間、店の方にいた中川が戻って来た。
「そうか。コッチに連れてくれば良いのに」
「慶の手伝いを抜けてきたらしい。直ぐに戻るし、一杯飲むついでに話したい様だな」
「なんだ、飲み相手が欲しいだけじゃねぇか……まぁ、付き合ってやるか」
 そうボヤきながら一稀に視線を向けると、彼はクスクスと笑っていた。
「俺は大丈夫。三上さん、一人で飲むの大嫌いだもんな。ちょっとだけだし、話して行こうぜ」
「そうだな。アイツも最近、真面目に働いてるらしいからな。少しは息抜きしたいんだろうよ」
 一稀が退院する少し前、急に従業員が減った慶の店を手伝っていた三上は、新しい者が入った今でも、真面目に手伝いを続けているらしい。
 内心、慶も喜んでいるだろうなと、寛大な彼の恋人の姿を思い出しつつ、楽しそうに笑っている一稀を連れて、店の方にへと向かって行った。




「どうした? 何か急用か」
 そう声をかけつつ、いつもの席で既に飲んでる三上の前に二人で座ると、普段と変わらない様子の三上が通り掛かった拓実を呼び止め、勝手にコッチの分まで注文を始めた。
 コイツは本当に直ぐ戻るつもりなのか……? と呆れていると、ようやく視線を戻してくれた三上が楽しそうに頬を緩めた。


「まぁ、長居はしないから。昨日、翔が俺のトコに来たんだよな」
「翔が? コッチに遊びに来れば良いのに」
「最初はコッチに来たらしいぜ。ジェイがいなかったから、俺んトコに来て話して行った。向こうで仲の良いヤツが出来たみたいで、二人で来てたな」
「二人で……か。サテンドールの話か?」
「その話もあった。何か楽しくやってるらしいぜ。ココと違って、向こうはクラブの手伝いがねぇだろ。仕事の半分が遊びだ、って言ってたな。翔は動き回るタイプだからな、少々暇を持て余してるらしい」
 そう三上が話した所で、飲物を持ってきた拓実がチラリと視線を向けてきた。
「あぁ、翔なら昨日来てた。ジェイと飲もうと思って来たんだけど、昨日は顔を出さなかっただろ? 今度は、先に連絡入れてから遊びに来るってさ」
「そうか。コッチにも二人で来てたのか」
「おう。サテンドールでボーイやってる奴と一緒に来てたな。確か、ウチにも何度か遊びに来た事あるヤツだと思う。見覚えがあるぜ。また連れてくるってさ」
 和やかにそう話した拓実が、また他のテーブルの接客にへと戻っていく。その後姿を眺めながら、三上に向って問いかけた。


「それで、話ってのは麻紀の事か?」
「だな。翔が入店してから、麻紀が『ジェイの店と比べて、何か劣ってる点や不便だと思う事があれば言ってくれ』と話しているそうだ。実際、翔が『ジェイの所ではこうやってて便利だった』みたいな事を告げると、直ぐに対処が入るらしいな」
「そうか……翔を引き抜いたのは、それが目的かもしれねぇな」
「多分、な。話してる途中で思い出したのか、翔が連れて来ていた祐弥ってヤツも、クラブJに遊びに行った、と麻紀に話したら、その時の様子を色々と聞かれたらしい。少なくとも、この店自体をかなり意識してるのは間違いなさそうだ」
 そう話す三上の言葉を聞きながら、一稀の方にチラリと視線を向けた。




 今聞いた翔の話や、普段目にしている颯太の様子を考えてみると、今現在の麻紀の目的は『クラブJの内情を探る』事になっているのは、間違いない様に思える。
 そう考えると翔を引き抜いたり、颯太を内部に送り込んできた辻褄が合う。
 でも、それが正解だったとすれば。一稀が襲われた理由がハッキリと掴めなくなってしまう。
 店の内情を探りたいのであれば、好きなだけ探れば良い。
 それでこの店の全てが分かる筈などないし、その程度で揺らぐ様な、基礎の無い柔な店を作り上げたつもりはない。
 只、一稀が再度巻き込まれるんじゃないかと、それだけが不安だった。


 あの後も探りをかけ続けて、タカの現在の居場所は分かっている。
 此処から遠く離れた所に潜んでいるタカは、今の所、そこから戻ってきそうな様子はない。
 翔や颯太に聞き込みを入れているらしい、現在の麻紀の目的と、一稀を襲わせた時点での行動とは、繋がっている様で別件なのかもしれない――――
 不意に頭に浮かんできたその考えを消せないまま、遊びに来た翔の話を続ける三上と、無邪気に翔の様子を尋ねる一稀の言葉に、静かに耳を傾けていた。






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2009/5/31  yuuki yasuhara  All rights reserved.