Eros act-3 21

Text size 




 本当に長い間、胸の奥に引っかかり続けていた揉め事も、ようやくスッキリと片付いた。
 もう一つの仕事も忙しくて、最近は家でのんびり過ごす時間も無かったから、週末の今日は早めに帰って一稀と二人でゆっくりと過ごそうと考えていたのに、早速話を聞きつけたらしい三上に呼び出されてしまった。
 頼みの麻紀に放り出された奴等は、他の誰かを頼って右往左往してるだろうし、麻紀も今回は、タカに金を持ち逃げされた店長に恩を売っておく事にした様だから、まぁ数日中には話が広まるだろう……とは思っていたけど、予想外に早過ぎる。
 その辺りの事情も聞いておきたいし、たまには付き合ってやるかと考えつつ、随分と興味津々な様子で目を輝かせている一稀を連れて、三上の元にへと向かっていった。




 麻紀に連絡を貰った元店長があの場所にへと急行した時、逃げた連中はまだ戻ってなくて、タカは俺が放置したままの姿で、何とか尻に差し込まれている小ビンを抜こうと、床に転がってジタバタと一人でもがいてる真っ最中だったらしい。
 今日こそは逃すものかと勢い込んでドアを開けたものの、何と言えば良いのか言葉に悩む姿をしたタカを発見した元店長は、開けたドアから中を覗き込んだまま、やっぱり言葉を失ってしまって、とりあえず無言で眺めた。
 タカの方にしても、この街で一番会いたくない奴に、死ぬほど誰にも見られたくない姿を目撃されてしまって、あの格好で転がった床から見上げたまま、一瞬、動きが止まったそうだ。
 何でよりによって、元店長が第一発見者になったんだろうとは思うけど、見詰め合う二人の様子を思い浮かべるだけで、他人事ながらかなり面白くて笑えてくる。
 まるでその現場にいて一部始終を目撃していたかの様に、臨場感たっぷりな口調で状況を話してくれる、一流役者の息子である三上の無駄に優れた演技力に、隣で息も絶え絶えになっている一稀と二人で、久しぶりに腹の底から笑い転げてしまった。


 「タカを発見したらヤキを入れて街中晒して廻った後、海の底に沈めてやる」と、何処まで本気なのか分からない、映画に出てくる極道みたいな物騒な事を息巻いていた元店長も、さすがに尻からビンを生やして転がっている哀れな姿を見たら、一気に怒りも収まって、逆に拍子抜けしたらしい。
 「何でもするし持ち逃げした金も返すから、それだけは勘弁してくれ!」と懇願するタカの言葉を無視して、パシャパシャと何枚かの証拠画像を自分の携帯電話に保管した後は、自らタカの尻に挿さっているビンを抜いてやったそうだから、元店長もすっかり毒気を抜かれたんだろう。
 色々とショック過ぎる事が続いて、半ば放心状態のタカの身を整えてあげた上に、カウンターに叩き付けられた顔の手当てまでしてやりながら、一応、元店長もそれなりの小言は言ったらしい。
 それでも、その後に「金が無くなってきたから、ジェイを脅して巻き上げようと思った」とボソボソと事情を話すタカに少々の金を恵んでやったそうだから、それは俺の意図した事ではなかったものの、ついでに元店長も溜飲を下げる気になったのかもしれない。
 確かに、あんな格好で悶えているコミカルな姿を眺めつつ、真面目に怒る気にもなれないだろう。
 結局、彼を激しく咎める事無く、逆に幾らかの金まで持たせてやった元店長は、考えていたのとは少し違う形で、タカにお仕置きを加える事にしたらしい。
 とりあえず、尻の穴を小ビンに犯されて床に転がっていたタカの姿を撮影した画像を、思いつく限りの知人に手当たり次第にバラ撒いた元店長は、そのままあちこちの店に出かけて、実際に目撃したタカの姿を面白おかしく言いふらして廻りだした。


 一稀の事件も密かに解決させてしまったし、この街も最近、大きな事件は起こってないから、それは格好の話のネタになったんだろう。
 その最中に出くわして話を聞いて、俺からも直接話を聞こうとやってきた三上と同じく、元店長から事のあらましを聞いた皆の仕業で、ちょっと笑える格好のタカの姿の画像と彼の噂話が、方々で瞬く間に広がっている。
 何かとおイタが過ぎるタカに手を焼いていた者も多いから、皆も余計に面白がっているんだろうと思える。
 話を聞きつけた他の連中も顔を覗かせてきて、随分と賑やかになってしまった店の片隅で、皆で三上の携帯電話のモニターを覗き込んで、今度は画像交換会が始まった。
 俺の予想以上に大騒ぎになってしまった喧騒に巻き込まれて、結局、閉店まで店に閉じ込められてしまった。


 ようやくそれから解放された深夜、閉店後の事務所をチラリと覗くと、中川とティコ、颯太が和やかに談笑している。
 あの様子だと一稀が望んでいた様に、多分、颯太は「この店に残る」と話しているんだと思う。
 自分の件もカタが付いたし、すっかり安心した様子で笑い疲れている一稀と二人で、昨日までとは随分と違う軽い気持ちを感じながら、一足先に自宅にへと戻ってきた。






*****






「もう、すっげぇ面白かったな。ジェイ、何でタカにあんな事してやろうって思いついたの?」
 タカの尻にビンを挿してやったのが、どうやらかなりツボに入ってしまったらしい。
 ベッドに潜り込んでからも、まだケラケラと笑いながら問いかけてくる一稀の身体を、いつも通りに腕の中にへと抱え込んだ。


「別に最初から狙ってた訳じゃねぇよ。アイツ等が飲み干して放置していたビンが、偶々目に留まっただけだ」
「まぁ、そうなんだろうけどさ。でも、咄嗟に『コレを突き刺してやろう』とか思い浮かばないと思うけど。最初に三上さんの伝言を聞いた時もさ、俺、ビンを振り上げて追い掛け回してきたのかな? って考えた位だし」
「あぁ、なるほど。その手もあるな。その方が良かったか?」
「ううん。コッチの方が面白いし、ジェイの考えた事の方が楽しくて良いかも。でも、タカは全然楽しくないだろうけどさ」
 クスクスと笑いながら答えた一稀と一緒に、思わず口元を緩めてしまった。
「確かにな。あんな格好を元店長に見られ、助けて貰っただけでも屈辱だろうに、その上、皆に写真をバラ撒かれているからな。俺や一稀の件以上に、当分この街には顔を出せないだろう」
「だよな。俺やジェイが怒ってるだけなら、俺達が行かない様な店でコソコソ遊べたかもしれないけど。今は皆も知ってて笑ってるしさ。俺が言うのも何だけど、ちょっと可哀相かも」
「まぁな。だが、アイツ等も今まで好き勝手にやってきている。迷惑を被ってるヤツも多かったし、一稀も被害者の一人じゃねぇか。それを考えれば、一稀が気の毒に思う必要はない。アイツの自業自得だ」


 麻紀との話も無事に解決したし、こういう状況になってしまったタカ達が、またこの街に本格的に戻って来るとは思えないものの、怪我を負った直後に見せていた一稀の怯えた様子を思い出すと、つい口調も苛立ってしまう。
 無意識に顔を顰めてしまったのか、腕の中に大人しく収まってくれている一稀が、少々困った表情を浮かべたままゴソゴソと身動ぎ、手を上の方に差し伸べてきた。


「――――ジェイ。もうホントに平気だぜ。全然怖いとか思ってないし、何ともないから。そんなに怒らなくても大丈夫」
 いつも俺が一稀にしてやってるのと似た手付きで、宥める様に髪を撫でてくれる仕草に、思わず軽く口元を緩めてしまう。
 そういえば昨夜もこうやって、乱れる気持ちを一稀に宥められたな……と思い出しながら、腕の中からジッと見上げている彼の頬に、軽くキスを一つ落した。


「そうだな。過ぎた事を考えても仕方ない。お前相手に機嫌悪くしてるのも無意味な事だな」
「ん、俺もそう思う。二人だけで話してるんだし、もっと楽しい方が良いな……そう言えばさ、翔と麻紀は上手く言ったかなぁ? 最後の方になったら普通に話してたけど、途中までは翔も怒ってたし……」
 そう呟きながら、心底不安気な表情を浮かべている一稀の姿に、つられて真剣に考えてしまった。
「まぁ、大丈夫じゃねぇか。翔も麻紀を口説こうと思ってた様だし、これを機に、少しはお互いに話しやすくなっただろう。麻紀のドコがそんなに良いのか、俺にはまったく理解出来ないがな」
「うーん……でも、翔が麻紀の事を好きなの、ちょっと分かる気がする。翔は懐かない猫が好きだし、麻紀と気が合うんじゃないかなぁ?」
 唐突にそう呟いた一稀の言葉に、思わず髪を撫でてやっていた掌を止めて考え込んだ。


「……懐かない猫?」
「そう。お店の周りに野良猫が沢山いるだろ? 他の皆は、近くまで寄ってきて懐いてくれる猫を『可愛い!』って言うけど、翔は『懐かない猫の方が可愛い』ってさ。野良猫でも、ツンツンしてて媚びない猫が好きなんだってさ。だから翔だけは、エサをあげても近付いて来ないヤツに向って、いっつもお菓子投げて呼びかけてたぜ」
 そう教えてくれる一稀の話を聞きながら、時折、店の周囲で見かける皆の様子を思い出した。




 繁華街のド真ん中にある店の周囲には野良猫が何匹か住みついているらしく、厨房の連中や猫好きの何人かがエサをあげたり、定期的に病院に連れて行ってやったりして、半ば飼い猫状態にしている。
 猫の方も店の人間だと認識しているのか、俺や一稀の所にも寄ってくる事もあって、気が向いたら皆と一緒にエサをやったり、遊んでやったりしてあげていた。
 言われてみれば、その場に翔がいる事も多かったけど、一人で建物の隙間を覗き込んでいたりと、皆と違う行動を取っている事が多い。
 何をしてるのかと思えば、アイツはそんな事を考えていたのか……と半ば呆れながらも思い出した。




「……そうなのか? ソレの何処が可愛いんだ?」
「俺にもよく分からないんだけどさ。でも、そういう猫が自分にだけ懐いてくれると、すっげぇ可愛いってさ。俺達の所には寄って来ない猫を撫でてやりながら、『羨ましいだろ!』とか、物凄く自慢してたぜ」
「あぁ、なるほど……皆に愛想が良いんじゃなくて、自分にだけ可愛い所を見せてくれる猫が好きなのか」
「そうみたい。麻紀もそんな雰囲気だしさ。すごく優しいけど、あんまり皆とベタベタするタイプじゃないだろ? だから、翔が『好きなタイプだ』って言うの、ちょっと納得出来るかも。麻紀みたいな人を口説くのが好きなんだろうな」
 少し酔っ払っているから眠くなってきたのか、目を擦りながら話し続ける一稀の姿を、軽く胸元にへと抱き寄せた。


「確かにな。そう考えれば、案外、あの二人は良い関係になるんじゃねぇか? 麻紀の好きなタイプは知らねぇが、少なくとも、翔に対しては好感を持っている様に思えたな」
「だよな……麻紀はジェイを気に入ってたみたいだし、ちょっと身体も大きめで、色んな事が一人で出来るタイプが好きなんだろうな。でも、ジェイは俺のだから、麻紀には絶対にあげないしさ。麻紀は翔を恋人にすれば良いと思うな」
 ピッタリと胸元に頬を寄せて甘えながら、そんな可愛い事をさらりと呟く一稀の様子に、思わず口元を緩めてしまった。
「そうだな。アイツ等で勝手に上手くやってればいい。俺も愛想の悪い猫より、皆に可愛がられているけど、俺に一番懐いてくれる仔猫が好きだからな」
「――あ、酷いな! その『仔猫』って俺のコトだろ」
「お前が言い出したんじゃねぇか。麻紀を懐かない猫呼ばわりしたのは一稀だろう」
「あ、そっかぁ……でも、何でも良いけどさ。俺はジェイと一緒にいれるんなら、飼い猫でも良いかな……」
 欠伸混じりで答えた一稀が、本当に仔猫みたいな仕草で擦り寄ってくる。
 もうすっかり抱き慣れた身体を、いつも通りに腕の中で暖めながら、半分微睡み始めている姿に視線を向けた。


「一稀、もうすぐ誕生日だろう。プレゼントは何にするか、そろそろ決めたか?」
「あ、うん。色々考えたんだけどさ。当日はジェイと二人で、どっかにご飯食べに行くだけで良いかな。プレゼントは、俺の学校とジェイの仕事が冬休みになってからが良いな」
「休みに入ってからか……旅行にでも行きたいのか?」
「そんな感じ。ジェイ、そろそろお母さんの所に逢いに行くんだろ? 俺もジェイと一緒に、お母さん達に逢いに行きたいな……ってさ」
 そろそろ一年が過ぎようとしている、一稀との暮らしの中で、彼の色んな癖も少しだけ分かってきた。
 本当に欲しい物を強請る時と同じ仕草で、ちょっと恥ずかしそうに眼を伏せて、甘えた口調で自分の希望を話す一稀の身体を、軽く抱き締め直してキスを落とした。
「ばか、それはプレゼントにならねぇだろうが。お前を連れて行くのは当然だからな。親父に聞いたのか?」
「ん、そんな感じ。お母さんにも色んな事を伝えてるし、俺がジェイの恋人になった……ってのも教えてるから大丈夫だって。一緒にアメリカに行って、ジェイの小さい頃の写真とか見せて貰えば良いだろうってさ」
「そうだな。お前の事なら、もう他の皆にも教えている。次に戻る時は連れて行くからと、数日前に連絡したばかりだ。確かにクリスマスもあるし、丁度良い時期だな。その辺りは向こうで過ごそう。お前、パスポートは持ってるのか?」
「ううん、持ってない。だから、お父さんが『作っておくから』って言ってくれた。もう写真も撮って渡してあるし、そろそろ出来上がってくるんじゃないかな。来週の火曜日に、お父さんと一緒にご飯食べに行く約束してるから、その時に聞いてみる」


 入院してた病院で顔を合わせた一稀を、父は随分と気に入ってしまったらしい。
 最初のうちは俺を通して連絡を寄越していたものの、いつの間にか、お互いに携帯の番号なども教えあった様で、今では二人だけで待ち合わせ、昼食に行ったりしている。
 実の父との記憶が全く無い一稀も、親父との交流って物に、秘かに憧れていたのかもしれない。
 本当の息子である俺を差し置き、今ではむしろ、素直で無邪気な一稀を可愛がる事に熱中している父の様子を思い返しながら、半分眠りの世界に入っている一稀の背中を、軽く何度か擦ってやった。


「親父が言ってるんなら、クリスマスには間に合う様に手配してくれているだろう。向こうの家族にも、その時期に戻ると伝えておこう。きっと大きなパーティを開いてくれるだろうよ」
「ホント? すっげぇ嬉しいかも! クリスマスパーティとか久しぶりだな。俺、言葉が分からないけど大丈夫かな?」
「あぁ、心配ねぇよ。話が出来なくても充分に楽しいだろうし、俺が日本で暮らす様になってからは、皆も興味を持ってくれて、色々と勉強してくれている。簡単な単語程度なら意外と理解しているぞ」
「そうなんだ? 良かった。俺も学校で英語の授業があるから、ちょっと位なら英単語も覚えたしさ。やっぱり高校に行く事にして正解だったな……」
 一稀も、色んな問題が本当の意味で解決したから、ホッとして少し気が抜けてしまったのかもしれない。
 こうしてベッドの中で話しながらも、言葉が消えかかっていく可愛い身体に、そっとシーツを掛け直してやった。




 まだ色んな話をしたがってる様子はあるけど、きっと本当に眠くなっているんだと思う。
 もっと遊びたいのに、でもその途中で寝入ってしまった子供みたいな一稀の姿が、本当に愛おしくてしょうがなかった。
 彼と同じく、もっと色んな話をしたいと思っているのに、何だか俺の方まで一稀の姿につられてしまって、ウトウトと眠くなってきてしまった。


 身体を交えなくても、抱き合って眠るだけで心地好くて、これが当たり前になったのは一体いつからだったかな……と、ふと、そんな事が頭に浮かぶ。
 それがいつなのか思い出せない位に、もう一稀と二人だけの生活が、俺たちにとって自然な事になってきていた。


 出逢った頃のピリピリとした駆け引きの面白さは無くなったけど、こんな日が永遠に続いていくのなら、それも案外悪くない。
 本当に色んな事があった一日だったな……と、夕暮れからの数時間を思い返しながら、久しぶりに心の底からスッキリとした気持ちで、週末の夜に微睡んでいった。






BACK | TOP | NEXT


2009/10/31  yuuki yasuhara  All rights reserved.