Eros act-3 20

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「やっぱり、デカい風呂って良いよな……」
 ワンルームの狭いユニットバスとは違って、ゆったりと寛げる広さが充分にある、大きなバスタブの中で温まりながら、思わず口に出して呟いてしまった。


 部屋内の様子にも驚いたけど、玄関から部屋までの廊下もあるし、風呂とトイレも当然の様に別々になっていて脱衣場まである。
 壁面収納まで完備されている、どう見ても20畳以上ある馬鹿デカい一つの部屋以外は、色んな意味でファミリー向けの造りだし、やっぱり一般庶民が思い浮かべるワンルームとは、かなり程遠い物だと思う。
 麻紀を口説くのも重要だけど、晴れて恋人っぽい関係になれたら、こういう部分の意識改革も必要だなぁ……と、これをあっさりと「広めのワンルーム」と呼んでしまう麻紀との価値観の相違に、思わず頭をかかえたくなってしまった。
 もっとも、一稀だって最初は「コレって、すっげぇ贅沢なんじゃない?」とか、金銭感覚も豪快なジェイがやってくれる色んな事に戸惑っていたけど、今ではお互いの気持ちを理解しながら少しずつ譲歩し合って、本当に仲良く一緒に暮らしている。
 だから俺や彼もそのうち慣れるだろうと、自分を自分で励ましながら、今でもきっとパソコンの画面に見入っているだろう麻紀の姿を、浸かっているお湯と同じ位、暖かな気持ちで思い浮かべた。




 色んな事を話しながら、ゆっくりと食事を楽しんだ後、片付けをする麻紀と一緒にキッチンスペースに入り込んで、ジェイに「店で出せる位に美味いな」と褒められた事もある、俺自慢のカフェオレを淹れてやった。
 隣で洗い物をしている麻紀に「翔は身体がデカいから邪魔だ」とかブツブツ文句を言われたけど、出してあげたカフェオレは、素っ気ない言葉とは裏腹に、すごく嬉しそうに飲んでくれた。
 何となく、少しだけ麻紀の性格が掴めてきた気がするなぁと考えながら、お風呂の準備が整うまでの時間に、また色んな話をした。


 基本的に物静かなヤツだし、賑やかに大勢で遊びまわるタイプじゃないのは気付いていたものの、その予想以上に、麻紀は一人で静かな生活を続けていたらしい。
 用事がある時と、気が向いた時に新しいボーイのスカウトを兼ねて飲みに行く以外は、一日の大半を自宅か、店にある自分の部屋で過ごしている……と、「誰かと遊びに行ったりしないのか?」という問いに対し、普通に答えを返されてしまった。
 でも、自分は出歩かない方だという自覚は持っているそうで、その辺りは、そろそろ少し改めようと考えているらしい。
 大きなカップを両手で持ったまま、「ジェイも案外忙しそうだし、一稀を誘って遊びに行こうかな」と穏やかな表情で呟く麻紀に向って、素直に頷き同意してあげた。


 「一緒に風呂に入ろう」という提案は「落ち着かないから」と、あっさりと拒絶されてしまったけど、この広さがあれば充分に可能だと思う。
 まぁ、いきなりは無理だよな……と今日の所は潔く引き下がる事にして、俺は後から入る事に決めて、麻紀が風呂に入ってる間の暇潰しにパソコンを借りた。
 普通の興味の無いヤツが見ても、全然面白くも何ともないサイトだろうけど、麻紀は案外、喜んでくれるかもしれない。
 大学を出てから、しばらく遠ざかっていた記憶を思い返しつつ、俺は『単なる知識』として覚えた事柄を、日々の仕事として営んでいる彼の為に、幾つかの役立ちそうなサイトを拾い上げていった。
 風呂上りの麻紀に探し出しておいたサイトを見せてやると、やっぱり興味を持ってくれた様で、直ぐに真剣な表情を浮かべてパソコンに向ってしまった。


 本当に長い間、彼は一人であんな表情を浮かべながら色んな事を覚えて、この街で生きてきたんだろう。
 麻紀がそれを声高に主張する事は絶対に無いだろうけど、逆に、生き馬の目を抜く世知辛いこの街で、何食わぬ顔をして今の位置にいる彼のしたたかさに、自分でも気が付かないうちに心惹かれていたのかもしれない。
 そんな彼の強さを大好きだと思っているけど、麻紀が自分でも言っていた通り、そろそろちょっとだけ休んでも良い時期に来ていると思う。
 店も軌道に乗ってきて、もう今までみたいに時間を費やす必要も無いし、俺も少しは彼の役に立ちそうな事を知ってたりする。
 だから少しだけ足を止めて、ホントは案外仲が良いらしい一稀と、気侭に遊びに行ける様になれば良いな……と願いながら、暖かなお湯に浸かって、ゆったりと身体を伸ばしていた。






*****






 薄暗く部屋全体を包み込んでいる間接照明の中、先に大きなベッドに横たわっていた麻紀の隣に潜り込んでみても、彼が怒りそうな気配はない。
 極自然に目を閉じてベッドで微睡んでいる麻紀の姿に頬を緩めながら、彼の方を向いて横たわり、掌を伸ばして髪を撫でた。


「このベッドってさ、俺達が店で使ってるのと同じだよな?」
「そうだな。最初に揃える時、ついでに此処にも運んで貰った。寝心地が気に入って選んだから、自分の部屋にも欲しくなった」
「あー、それは分かるな。でも、麻紀一人で使うには大き過ぎるんじゃねぇの?」
「確かにその通りだ。だから此処に来る途中で、翔にも言っただろう。『一人じゃ広過ぎるベッド』だって」
 眸を閉じたまま、クスクスと笑ってそう答えてきた麻紀の髪を撫でながら、つられて一緒に笑い出した。
「なるほど。じゃあ、アレは麻紀の実体験だった……って事か」
「そんな感じだ。毎日、ベッドに入る度に実感している」
「だろうな……それが嫌だから、誰かと一緒に寝ようとか、それは考えなかったんだ?」
「当然。仕事で寝る場合は、相手がどんなヤツだとか、自分の好みなんて気にしないけど。プライベートで嫌なヤツと一緒に寝るくらいなら、ベッドが広過ぎて寂しくても、俺一人で寝ている方が良い」
 キッパリと言い切った麻紀の細い肩口に手をかけて、腕の中にへと抱き寄せる。
 抗う事無く、すんなりと腕の中に収まってくれた麻紀が、ようやく目を開けてジッと無言で見詰めてきた。


 俺に対してどんな気持ちを持っているのか、彼は何も言ってくれない。でも、こうして抱き締めても逃げようとしない、彼の素直な行動だけで、もう充分に満足していた。
 頬に掌を当てて包み込むと、麻紀が軽く笑ってくれた。
 邪気のない優しい目をして笑う彼は、本当はすごく気持ちの穏やかな人なんだと思う。
 やっぱりすごく可愛いよな……って改めて感じながら、背中に腕を廻してくれた華奢な身体に覆い被さり、初めてのキスを交わした。




「……んっ……翔、……」
 服を剥ぎ取っていた指先が胸の突起に触れた瞬間、貪っているキスの合間に、麻紀が軽く身を捩じらせ、甘い啼き声を上げた。
 きっと彼が言っていた通りに、売りの現役を退いてからは恋人も作らず、広過ぎるベッドを華奢な身体だけで温めながら、黙々と経営者としての仕事に励んでいたんだと思う。
 そんな彼の意地っ張りな強さが、哀しいくらいに愛おしくてしょうがない。
 素直に愛撫を強請ってくる麻紀の誘いに応えて、胸の突起に舌を這わせて転がせながら、久しぶりの行為に熱く火照ってきた彼の身体を、丹念に辿っていった。


 普段の性的な色気は感じられない麻紀とは全く違う、淫靡な雰囲気を漂わせる彼の裸体を、夢中になって貪っていく。
 ティコや一稀と同じくらいの人気がある売り専ボーイだった……と聞いても、今の麻紀からは、あまりそういうイメージがつかずに半信半疑だったけど、いざ、こうして実際に抱き合ってみたら充分に納得出来る。
 普段の彼が人並以上にストイックな雰囲気を漂わせているから、尚更、眸を潤ませて快感に喘ぐ姿に、胸が高鳴る程の欲情を感じてしまう。
 ましてや、ずっと秘かに想いを寄せて『彼を抱きたい』と思っていたから、もう気持ちを抑える事が出来る筈なんてない。
 仕事で使っているのと同じ、大きなベッドに麻紀の裸身を組み敷きながら、甘い蜜を溢す昂りを咥え込んで、ゆっくりと愛撫を重ねた。




「――――……あっ……ダメ……」
 ギュッとシーツを握り締めて身を捩じらせ、小声で啼いた麻紀の姿に、猛っているモノから唇を放した。
 少しだけ身体を離して、荒い吐息を続けている柔らかな頬にキスを落とすと、華奢な裸身をうつ伏せにして、その背後から覆い被さった。


「麻紀。我慢しなくて大丈夫だから、一回イッといた方が良いと思うぜ。俺、仕事してきたからさ。ちょっと長くなるかも」
「……ばか、俺だけ先にとか……」
「そういう意味じゃなくてさ。気持ち好過ぎるのも辛いだろ? 麻紀も久しぶりみたいだから、あんまり無理させたくないんだよな」
 覆い被さった背後から耳元に囁きつつ、もう弾けそうに昂っている、麻紀の小振りなモノを握り込む。
 途端に可愛い喘ぎ声を洩らして、またギュッとシーツを握り締めた彼の姿に微笑みながら、少し長めの柔らかな髪をかき上げ、細い項に唇を這わせた。
 達する瞬間の可愛い顔も見たいけど、やっぱり彼も恥ずかしいだろうから、それは後にしておく事に決めた。
 久しぶりの快感だから、彼も自分で抑えが効かないのかもしれない。とにかく今は、もう感じ過ぎて辛そうな彼の火照った身体を、一度鎮めてあげた方が良さそうに思えてきた。


 首筋への愛撫を続けながら、掌で握り込んだ麻紀の猛ったモノを、勢い良く抜き上げていく。
「――――やっ……翔……」
 甘く啼いて強張る麻紀の身体を、片腕でしっかり抱き締めたまま、ビクリと震えた昂りから熱い飛沫が迸るのを、握り込んだ掌でしっかりと感じていた。






 啼いてる時の姿も可愛いけど、やっぱり、こういう蕩けた表情の方が、何倍も可愛いと思う。
 ようやく胸の鼓動も落ち着いてきた、腕の中に収まっている麻紀の唇に軽いキスを落としてやると、素直にそれを受け止めてくれた彼が、クスクスと笑い出した。


「やっぱり翔って、すごくアレが上手いんだな。ジェイの店からの常連が、今でも追いかけて通ってくる理由が分かった」
「そうかな? でも、それは麻紀も同じだと思うな。すっげぇ抱き心地が好いしさ。麻紀がボーイやってた頃に知り合ってたら、俺はマジで有り金はたいて通ってただろうな」
 そう答えながら、腕の中にある身体をピッタリと抱き寄せ、繋がる部分に指先を添わせる。
 軽く息を吐き、身体の力を抜いてきた麻紀の頬に何度もキスを落としながら、まだ硬く閉ざされているその部分に、ゆっくりと指先を押し入れていった。


 さすがに彼も慣れているから、怯えた様子はまったく無い。
 それでも、明らかに長い間、誰のモノも受け入れてなかったのが伝わってくる身体を解していくのに、沢山の時間をかける。
 大好きな麻紀と早く繋がりたいのは当然だけど、それで彼に苦痛を与えてしまったら、何の意味も無くなってしまう。
 その瞬間を待ち侘び、腹に付きそうな程に勃起している自分のモノを時折擦って宥めながら、麻紀の深部が甘く蕩け始めるまで、ひたすらに愛撫を与えていく。


「――――……んっ、翔……もう、して……」
 後穴への愛撫だけで、また昂りから蜜を溢し始めた麻紀が、大きく足を広げたまま腰を揺らして、その先を強請ってきた。
 いつになく淫らな彼の姿にゴクリと喉を鳴らしながら、熱く蕩けて誘ってくる深部に向って、その姿を見てますます猛ってしまった硬いモノを、ゆっくりと押し込んでいった。




 甘く啼いて迎えてくれた麻紀の姿が、本当に愛おしくてしょうがない。
 全てを埋めて彼の深部が落ち着くのを待った後、細い身体を抱き上げて、向かい合わせに腰を跨いで座らせてあげた。
「麻紀、気持ち好い?」
「ん、凄く好いな……久しぶりだから、少し緊張したけど。全然大丈夫だった」
「そっか。俺もすっげぇ気持ち好い。ずっと麻紀とやりたかったから、今、本当に嬉しいしさ」
 そう答えてやると、麻紀が一瞬、不思議そうな表情を浮かべた。


「……翔……?」
「最初に麻紀が俺に声をかけてきた時、俺、普通に口説こうと思ってた。麻紀は俺の好きなタイプだし、こんな可愛い恋人が出来たら良いな……って思ったんだ。でも、麻紀は売り専をやってて、俺はボーイとして働く事になったから、今までずっと我慢してた。やっぱり、オーナーを口説くのはダメだろうな、って考えたからさ」
 ちょっと驚いた表情を浮かべている彼に、初めて自分の気持ちを伝えていく。
 これを言って良いのかどうか……寸前まで迷ったけど、やっぱり大好きで尊敬する彼に、自分の偽らざる本心を知って欲しかった。
 そんな素振りすら見せた事は無かったから、麻紀はきっと本気で驚いていると思う。
 綺麗な眸で真っ直ぐに見詰めてくる、彼の髪に掌を伸ばして、軽く何度も撫でてあげた。


「麻紀は俺より色んな事が出来るし、俺なんかが傍に居てやらなくても、一人で生きていけるのは分かってる。でも、広過ぎるベッドを温めたり、こうやって気持ち好いコトをするのは、麻紀一人じゃ出来ないだろ? そういう時には俺も少しだけ、麻紀の役に立てると思うんだ。だからこれからもずっと、麻紀の傍にいたいと思ってる」
 膝の上に座らせてあげて、いつもと逆で、少しだけ俺より高い位置にいる麻紀の顔を見上げながら、そう自分の気持ちを告げていった。


 麻紀が欲しがっていたジェイには、遠く及ばない所にいる俺だけど、自分なりに頑張っていけばそれで良い。
 同じ歳の彼だけど、自分には手の届かない遠い所にいるヤツだと、もう嫌って位に分かっている。
 余裕綽々なジェイは、一稀みたいに全てを委ねて甘えてくるヤツが好きなんだろうけど、彼みたいな余裕を持てない、ちっぽけな俺は、麻紀みたいにしっかりと自分を持っている人に色んな意味で憧れ、心の底から惚れ抜いていた。


 いつかは彼等に追い付きたいと思っているけど、死ぬまで頑張り続けたとしても、絶対に追い越す事が出来ないのは、もう自分でも気付いている。
 それでも追いつく足を止めた瞬間、ジェイと麻紀に見放されるのも分かっているから、ずっと彼等の近くに居て、その姿を追いかけていこうと、もう随分前から決めていた。
 こんな事を考えた事もないだろう、強くて逞しい麻紀を、一番近くから見守っていけたら……と願っている。
 華奢な身体がほんの束の間の休息を取る瞬間、傍で暖かく抱き締めてあげられたら、もうそれで俺の役目は充分だった。




 目を瞠って俺の話を聞いていた麻紀が、楽しそうに頬を緩めた。
「……やっぱり翔は、本当に強引で生意気だよな」
「そうだな。でも、嫌いじゃないだろ?」
「あぁ、嫌いとは言ってない。強引で生意気なヤツは『大好きだな』って思ってる」
 少し高い所から見下ろしてきて、クスクスと笑っている麻紀と、軽いキスを何度も交わしていく。
 それに素直に応えてくれて、最後にそっと頬を寄せてきた彼の裸身を、しっかりと腕の中に抱き締めてやった。


 彼がどれほど強いヤツだったとしても、自分の身体を優しく抱き締めて暖めたり、身体の深部に快感を与えたり、広いベッドの中で柔らかく抱き合って疲れを癒す事は出来やしない。
 今日はこうして抱き合いながら、一緒に眠れると良いな……と、そんな事を考えながら、潤んだ眸で甘く喘いでいる麻紀の身体を抱き締め、また二人で広いベッドの海に潜っていった。






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