Eros act-3 18

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 未だに、麻紀については知らない事の方が多いけど、とりあえず『絶対に団体行動は苦手だろうな』ってのは、充分に思い知らされた。
 一緒に行動しているコッチの都合を気にする事なく、あくまでも自分のペースで動く麻紀と並んで歩きながら、チラリと彼の様子を伺った。


「なぁ麻紀。また店に戻って仕事すんの?」
「いや、家に帰る。翔はどうするんだ?」
「そうだな……あと1時間で予定してた時間だし、今日はこのまま終わろうかな。麻紀と話の続きもあるし」
 さり気なく答えたつもりだったのに、やっぱり気付いてしまったらしく、ちょっと顔を顰めた麻紀が並んで歩きつつ見上げてきた。
「ジェイとの話で色々と分かったと思うけど。まだ他にも何か、聞きたい事があるのか?」
「当然。俺の聞きたかった話とは少し違うし、どっちかってーと、一稀との話ばかりになってたからさ。麻紀が俺の事をどう思ってるのかも、この際、ハッキリと聞いておきたいんだよな」
「……まぁ、今回の件では、翔にも何かと迷惑をかけたからな。確かに、俺もその辺りを謝っておきたい。どの店が良い?」
「え、店は嫌だな。ゆっくり話せないしさ。麻紀んちが良いな」
 ちょっと強引かなぁ? とは自分でも思うけど、こんな理由でもなければ、絶対に彼の家には入れて貰えないと思う。
 出来るだけ自然な口調を装いながら言ってみると、一瞬答えに詰まった麻紀は、しばらく無言で考え込んだ。


「――――何で俺の家なんだ? 人をもてなす様な物はないし、来ても居心地が悪いと思うけど。それなら逆に、翔の家でも良いんじゃないか」
「あ、俺んちでも全然良いけど。でも、この辺りじゃないぜ。電車に結構乗るけど大丈夫かな」
「……翔、そんな遠くに住んでるのか。金が無い訳じゃないし、近くに越してくれば良いだろう。普段の仕事上でも不便だと思うけど」
「そのつもりだけど、意外と引越しも面倒でさ。それより、今からどうするか……だろ? 俺んちまで来るのか、麻紀んちにするのか。どっちにするのか、サッサと決めようぜ」


 すんなりとOKしてくれるとは思ってなかったし、ちょっと強気で行かなきゃ、このまま上手く話題を逸らされて、話自体が終わってしまう気がしてきた。
 無理矢理に話を戻して問い詰めてみると、麻紀が深々と溜息を吐いた。




「……分かった、俺の家に行こう。ただ、本当に居心地は良くないと思うから、その辺りで文句を言われても困る」
「大丈夫、そういうのは全然気にしないから。ジェイのトコで働いてた時も、週の半分位は別荘に転がり込んで、皆で雑魚寝してたからさ」
「……別荘? 何だ、それは?」
「サテンドールは持ち部屋制だから、何かあれば自分の部屋に泊まれば良いけど、クラブJはそういう設備じゃないからさ。帰るのが遅くなって面倒な時に泊まれる様に、ジェイが借りてたワンルームを俺達用に解放してくれたんだ。結構皆も気に入ってて、いつも4、5人は泊まってるかな。だから今まで引越しする必要がなくてさ。合宿みたいで楽しかったぜ」
「なるほど。そういう機会もあるから、あの店は従業員同士で仲が良いんだな。そういえば、颯太が『仕事帰りに近くに住んでる誰かの部屋みたいなトコに集まって、皆で泊り込んで飲んだりする事がある』とか言ってたけど。その事かな……」
 送り込んでいた颯太から聞いた情報の中に、少々思い当たる事があったらしい。
 先程店で見たばかりなヤツの顔を思い出しつつ、納得顔で呟く麻紀に向って、隣を歩きながら頷いてやった。
「多分当たり。あの部屋が俺達用になったいきさつを知らないと、確かに『誰かの部屋』だと思うだろうな。元々は一稀が使ってたんだけど、アイツがジェイと一緒に暮らす事になって、俺達用に廻ってきた。だから、家具とかも全部揃ってるし、マジで普通に住める状態になってるからさ」
「あぁ、そういう事情なのか。それなら話も分かるな。ウチの連中も、そうやって皆で遊んだら良いと思うけど。一部屋解放してみるかな」
「大丈夫だろ。あの店みたいに大人数で動く事はないけど、ウチの皆も、時間が合えば何人かで遊びに行ったりはしてるぜ。俺も祐弥とは、結構頻繁に遊んで帰ったりしてるけどな」
「それは祐弥から聞いている。翔も仲の良いヤツが出来て良かった……それは良いけど、翔は意外と強引で我侭だよな。俺の家に上がり込むのは、本気で翔が初めてなんじゃないかな」


 家に向かう道筋に来て、またその事を思い出してしまったらしく、麻紀がちょっと不満気な声を出した。
 サテンドールに向うのとは、反対方向になる角を曲がっていく麻紀に付いて歩きながら、そんな彼の呟きに、思わずコッチも顔を顰めてしまった。


「……それは、麻紀にだけは言われたくないな。俺は麻紀に我侭言った覚えはないし」
「ソレを言うなら、俺だってそうだけど。今回は迷惑かけてしまった自覚はあるけど、他の事で翔に我侭を言った記憶は無い」
 別にムキになって言い返した風でもなく、麻紀は本気でそう思っているらしい。
 並んで歩きつつ、至って真面目な顔でジッと見上げてくる麻紀の姿を、思わず無言で眺めてしまった。
「――――麻紀。それはマジで言ってんの?」
「あぁ、本気だけど。普段はオーナーとしての責任もあるから、皆の意見を優先的に考えてるつもりだ。働いてる皆には出来る限り不愉快な思いをさせたくないし、長く勤めて貰いたいと思ってるからな。その辺りで、何か不満な点でもあるのか?」
「いや、それは全然無い。ジェイの所に負けず劣らず、毎日楽しく麻紀の店で仕事してるぜ」
「それなら良い。店からの処遇に不満があると、どうしても接客態度も悪くなりがちだからな。それだけは、いつも気にかける様にしている。あまり我侭な事ばかり言われても困るけど、皆の気持ちには応えてやりたい。何かあれば、今まで通りに遠慮なく言ってくれ」
 安心した様子で話し続ける麻紀の姿を、ちょっとだけほろ苦い気分で見詰めた。


 私生活ではマイペースを貫く麻紀が、彼の店で働く皆の事を本当に大切にしているのは、もう充分に理解している。
 だからジェイの店に負けず劣らず居心地が良くて、従業員の定着率も良いんだと思っている。
 それに異論は全然無いけど、こんな時に当然の様に、そんな話を持ち出してくる彼の態度を、ほんの少し寂しく感じた。
 少々強引な事を言ってるのは分かってるし、今回の事で少々引け目を感じている麻紀の気持ちに付け込んでいるのも分かっている。
 でも、彼の家に入らせて貰える位には、俺の事を気に入ってるんだろうと思いたい。
 そう自分に自信を持とうと考えているのに、当然の様にオーナーとしての態度を崩さない彼の姿に、苛立ちに似た気持ちさえ感じてしまった。




「――麻紀ってさ、一人暮らしだよな?」
「当然。だから色んな物が1人分しかないから、居心地は悪いかもしれない。今は思いつかないけど、もしかしたら翔の分は無いのがあるかもな」
「あ、そういう意味なのか。別に良いぜ、ちょっと位なら我慢するし。でも、下着は絶対にサイズ合わないよな。コンビニ寄って帰ろうぜ」
 さり気なくを装って言ってみたけど、やっぱり麻紀はちょっとだけ顔を顰めた。
「……翔。もしかして、このまま俺の家に泊まるつもりなのか?」
「もちろん。今から話してたら遅くなるし、当然、終電も無理だからさ」
「遅くなったら『自分の部屋』に泊まれば良いだろう。一人じゃ広過ぎるベッドまである」
「あ、それはちょっとダメだな。客が帰って、そのまま掃除してないからさ。夜中にベッド掃除して……とか、そんなのやりたくないぜ。だから麻紀の家に泊まって、麻紀と一緒にベッドで寝る」


 それなりの下心を持っているのは、まだ隠しておいた方が良いのかなぁ……と考えていたけど、やっぱりハッキリと伝えないと、麻紀に真意が伝わらない気がする。
 もう遠慮無しでキッパリと言いきってみたら、ちょっと驚いた表情を浮かべて聞いていた彼は、直ぐに苦笑いに変わってしまった。


「……やっぱり、翔は強引で生意気だよな」
「そうかも。自覚してなかったけど、麻紀に言われて気付いた。でも悪くないだろ?」
「あぁ、悪いとは言ってない。それに、そういうヤツが嫌いだとも言ってない」
「だよな。ジェイと手を組みたいとか考える位だもんな。俺が言うのも何だけど、ジェイは俺の数倍は我侭だし、何かと強引だしさ。俺の我侭なんか、ホントに可愛いモンだと思うけどな」
 苦笑いを浮かべたままの麻紀にそう話して、ちょっとだけ楽になった気分で、初めて通る道筋を眺めた。




 何があっても動じる事のない、堂々としたオーナーとしての麻紀を尊敬しているのも本当だけど、やっぱり心の奥底では、こんな風に感情を顕わにした、彼の姿を見たいと思っていたのかもしれない。
 麻紀は俺の事を、本当はどんな気持ちで見てるんだろう……と考えながら、相変らずマイペースで歩く彼の隣を、心地良く付いて行った。






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