Eros act-3 14

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「そうなんだ……ジェイみたいに、いきなり売り専のオーナーって方が珍しいんだろうけどさ。麻紀さんもそうなんだろうって思い込んでた。ジェイが『店を出す前に全部の売り専を廻った』とか言ってたし、きっとその時に知り合ったんだろうな。麻紀さんって俺と同じ位かと思ってたんだけど、もしかして結構年上?」
「今年で27歳じゃないかな。ボーイだった頃に俺が聞いた時『23歳だ』と言ってたし。だから、ジェイの店で働くには、あの時点で年齢的にも超えてたんだろう。外見的には、今でも充分に現役でOKだろうけどな」
「――マジ? 俺より4つも年上なのか。下手すりゃ、麻紀さんの方が下かもなぁとか思ってたのに……5歳は余裕で若く見えるぜ」


 確かに、そう言われてみれば歳相応に落ち着いているんだろうけど、小柄な体躯で、顔も可愛らしい雰囲気だから、勝手に「まだ若いんだろう」と思い込んでいた。
 性格は全然違うけど、何となく顔や外見が似てるし、一稀も年取ったらあんな感じになるのかなぁ? などと思考を逸らせて考えていると、ベッドの上で飲んでいる男がククッと笑った。


「言われてみればそうだな。確か、俺の一つ下になるんだけど、アイツは真剣に若く見えるよな。やっぱり驚いたか」
「ホントにもう、色々と。ちょっとビックリし過ぎて訳分かんねぇや……そういえばさ、『ジェイ個人も気に入ってた』とか言ってたけど。麻紀さんがジェイに惚れてた、って事?」
 話を聞いてから少々気になっている事を問いかけると、彼は意外と真剣な面持ちで考え込んでしまった。
「さぁ、どうだろう。言い寄ってたのは確かだけど、麻紀の場合は色々と下心がありそうだからなぁ。少なくとも、今のジェイと一稀みたいな関係とは、若干違う意味っぽいよな」
「だろ? 俺もソレがちょっと不思議でさ。今だってプライベートで付き合ってる男はいない様だし、麻紀さんの場合、あんまりそういうのが想像出来ないんだけど。恋人に甘えたりしなさそうだよな……」
 俺の方は一方的に、麻紀に対して秘かにそういう感情も持っていたりするけど、彼自身は誰に対しても媚びた態度を取る事がないし、甘い雰囲気を感じさせない。
 一稀みたいにペタペタとジェイにくっ付いて、恋人同士の甘ったるい仕草を見せている麻紀を、無理矢理想像しようとして失敗した瞬間、同じ事を考えてしまったのか、隣に寝転んでいる男が楽しそうに声を上げて笑い出した。


「全然ダメだ。麻紀の場合、そういう意味での色気は全く無いよな。ボーイの頃から愛想は無かったし、基本的に、何につけても自分が上位に立たなきゃ気がすまない奴だ。アイツがジェイをどういう意味で気に入っていたのかは分からないけど、ジェイの好むタイプが一稀なら、まぁ、どっちにしても無理だっただろうな」
「だよな。ジェイは『自分より年下で、ガキっぽくて可愛い子』が好きだからさ。外見的には麻紀さんはタイプだと思うけど、性格的に合わないんじゃねぇかな。ジェイも基本的には優しいヤツなんだけど、人に合わせる性格じゃないからさ」
「同じ意味で気が強いし、あの二人は恋人同士にはなれないだろう。麻紀の場合、翔みたいな性格のヤツが良さそうだけどな。翔もココを引退したら、アイツと付き合ってみれば良いんじゃねぇか? 麻紀だって、引退後の翔に声をかけて、わざわざ自分の店に呼ぶ位だし。少なくとも外見的には、きっと麻紀の好みのタイプなんだと思うぞ。お前は年上に可愛がられるタイプだし、俺は似合いだと思うけどな」
 コッチの気も知らず、呑気にそんな事を言い始めた男に苦笑しつつ、ビールを飲み干して寝転んだ彼の身体に、一応置いてあるだけの筈なのに、俺の『部屋』ではやたらと重宝している薄手の布団を軽くかけてやった。


 意外な事が多過ぎてまだ少し混乱しているのも確かだけど、それ以上に、麻紀がジェイを気に入っていたという事実が、どうしても頭の隅に引っかかったまま、離れてくれそうになかった。
 他の全然知らないヤツなら、きっと何とも思わない。それが自分のよく知っているヤツで、しかもジェイだ……って事に、何とも言えない気分を感じてしまった。
 ジェイは自分の中でも特別なヤツだし、全然敵わない俺からの一方的な気持ちではあるけど、勝手に『ライバル』だと思っている。
 だからこそ、自分が秘かに気に入っている麻紀に言い寄られても、あっさりと突き放したらしいジェイの態度を喜んで良いのか、それとも怒った方が良いのか……何だか微妙な気持ちになってきた。
 ジェイにそんな態度を取られた麻紀が、一体どう考えたのかも、やけに気になってしょうがない。
 初めて感じる自分の気持ちに戸惑いながら、添い寝を強要してくる男の隣に横になったまま、漠然とそんな事ばかりを考えていた。






*****






 結局、あれこれと話をしながら少し寝入ってしまった客は、2時間延長して帰る事になった。
 色んな意味でスッキリして、やたらと上機嫌な彼をマンションの外まで見送った後、何気なく、目の前にある自動販売機で缶コーヒーを二つ買った。
 ずっと自分の持ち部屋で客の相手をしていたから分からないけど、そろそろ仕事帰りの客で賑わってくる時間帯だし、いつもならオーナー専用の控え室にいたと思う。
 確か、今日はずっと店にいる……とか言ってたよなと考えつつ、麻紀の部屋の前に来た所で、唐突に中から勢い良くドアが開いた。


「うわっ! ……っと、麻紀さん。今からお出掛け?」
「翔か。少しだけ出てくるけど。俺に何か用?」
 ドアにぶつかりそうになってビビッてる此方を気に留める様子もなく、チラリと視線を向けただけで素っ気なく答えてくれる麻紀の姿に、思わず苦笑いを浮かべてしまった。
「そんな感じ。今帰った俺の常連から、麻紀さんがボーイだった頃の話を聞いたんだ。その頃からジェイと知り合いだったみたいだけど、俺は初めて聞いたからさ。ちょっとその辺りの話も聞きたいなーとか思って。大した用事じゃねぇし、暇な時にするか」
 ドアに鍵をかけている華奢な背中を見下ろしつつ、とりあえず正直に答えてみると、ガチャガチャと動いていた麻紀の手が止まった。


「あ、その話か。それならちょうど良い。翔も一緒に来るか? 今、ジェイに呼ばれた所だ」
「――――え? 出かけるってジェイの所なのか」
「そうだ。今からが稼ぎ時だし、強制じゃないけど。どうする?」
 ジッと顔を見上げて問いかけてくる麻紀に、持っていた缶コーヒーを一本手渡した。
「あ、俺も行く。えっと、部屋閉めてこなきゃだよな」
「そうだな。それと、ついでにバーテンにも『少し出てくる』と連絡しといてくれ。翔も抜ける連絡はしといた方が良いだろう」
 缶を開けながらそう言い残して、待つ素振りも無くサッサと歩き出した麻紀の様子に苦笑しつつ、慌てて自分の持ち部屋にへと向っていく。
 これが一稀だったらこういう場合も、ジェイが来るまで当然の様に外でジッと待っているんだろうなぁ……とか考えると、その態度の違いが面白過ぎて妙に笑いが込み上げてきた。


 ジェイは多分こんな態度を嫌うだろうけど、色んな意味で人を追いかけるのが好きな俺にとっては、そう嫌な気分じゃない。
 ……俺、意外と年上好きだったのかなぁ? と、今頃になって自分の好みを考えながら、あたふたと準備を整えると、缶コーヒーを飲みながらスタスタと歩いている麻紀に向って少し早足で駆け寄っていった。






*****






 ティコがずっと背中を撫でてくれているから、ちょっと気分も落ち着いてきたけど、誰も『仕事に戻れ』とは言ってくれない。
 やっぱり、俺も一緒に話を聞いてろって事なんだろうなと悩みつつ、また皆の様子をそっと横目で伺った。


 もうすぐ麻紀が来るからなのか、来客用のソファに並んで座っているジェイと一稀の前に、店長は座ろうとしなかった。
 でも、普段の椅子には今でも俺が座っているし、その隣には予備の椅子を手繰り寄せたティコがいるから、結局、半分机に腰を降ろした状態でジェイと楽しそうに話している。
 場所を替わった方が良いと思って立ち上がろうとするけど、その度に「気にしなくても大丈夫だって!」と、ティコが引き止めてくるから、今でも俺が椅子に座って、店長が机に座っている。
 ホントに大丈夫なのかな……と、少しだけ冷えてきた頭の中でもう一度考えてみた瞬間、ガチャリと開くドアの音に、ビクリと身体が震えてしまった。




「久しぶりだな、麻紀……って、翔も連れて来たのか?」
 ソファに座ったまま、姿を見せた麻紀に声をかけたジェイが、続いて入ってきた男を見て、少々驚いた表情を浮かべた。
「まぁな。ちょうど客が帰った所だったらしいから、ついでに聞かせておいた方が良いだろうと思って。颯太もいるって事は、ソッチもバレたんだな」
「全部纏めてカタを付けた方が良いだろう。翔は事情を聞いてるのか?」
「いや、全然。だから連れて来た。同じ事を何度も話すのは、俺にとっても手間だからな」
 そう話しながらソファに座る麻紀の隣に、不思議そうな表情を浮かべた男が、並んで腰を降ろしてきた。
「……なんだよ、ジェイ。俺に事情を……とか、バレたって何の事だよ?」
「ばか、そう焦るんじゃねぇよ。まぁ、長い話になる。今から覚悟しておくんだな」
「だから何だ? っつーの。全然意味が分かんねぇし。ってか、そっちも勢揃いだな。一稀に店長とティコまでいるしさ。店は放っておいて大丈夫なのかよ」
 煙草に火をつけながらジェイに向ってそう話し、平然と麻紀の隣に座っている男の姿を、ちょっと驚きながらジッと見詰めた。


 ジェイに負けない位に長身でカッコ良いし、皆とも仲良くしているっぽい雰囲気だけど、これから話し合おうとしている事については、まだ何も知らないらしい。
「……ティコ、あの『翔』って人は誰? 皆とも仲良さそうだけど」
 考えても分からないから聞いてみると、隣で赤くなっていた頬の具合を確かめてくれたティコが、ちょっと苦笑いを浮かべてしまった。
「ちょっと前まで、ウチに勤めてたんだ。引退前、麻紀さんに声をかけられて、今はサテンドールに勤めてる。翔が引退して募集をかけた所に、颯太が入ってきたんだよな」
「あ、そうなんだ。でも、あの人は『今はサテンドールに』って事は……」
「多分、颯太と逆のパターンっぽいんだ。だから、ジェイや店長も何か裏があるんじゃないか? って気付いたみたい。ただ、翔は颯太と違って、本当に何にも聞かされてないらしいんだよな。翔って責任感も強いし、義理堅いヤツだからさ。本当の事を色々聞かされたら、きっとすごく怒るだろうなぁ……」
 どうやらそれを心配しているらしく、本当に不安気な表情を浮かべるティコと一緒に、賑やかなソファの方に視線を向けた。


 麻紀が此処にやって来たら、もっと緊迫して殺伐とした話し合いになると思っていたのに、どちらかといえば真逆の和やかな雰囲気で話している皆の様子を、ほんの少し意外に思う。
 もしかしたら、まだ何も聞かされていないらしい、翔に気を使っているのかもしれないけど、それにしても、普通に話をしているジェイと麻紀の様子には、本当に驚いてしまった。
 そんな中から、やっぱりちょっと居心地が悪そうに、チラチラとコッチに視線を向けてくる一稀の姿が、なんだか見慣れた彼の姿で、逆にホッとしてしまう。
 一稀もコッチに来ておけば良かったのに……と今頃になって思いながら、当事者として落ち着かない気持ちを抱えたまま、微妙な雰囲気で進んでいる皆の雑談に無言で耳を傾けていた。






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