Eros act-2 09

Text size 




 ノンケの中川を誘惑に行った時、結構上手くいって安心したのとジェイの帰宅に気を取られて、帰る間際に恋人候補であるティコの名前を言うのを忘れてたけど、どうやら彼も分かってくれたらしい。
 お店の休憩時間に携帯に電話をかけてきて「店長に『食事に連れて行ってやる』って言われた」と、嬉しそうに報告してくれたティコと話をしながら、ホントに良かったなって安心した。


 そういうのは早いうちが良いだろうから、早速ジェイにもそれを教えて、次の日、2人で食事に行ける様に色々と協力してあげた。
 その後も、「夕食を食べに行った」とか「一緒に買い物に行った」とか、楽しそうに教えてくれるティコの話を聞きながら、本当に嬉しく思っている。
 ……そう思っているけど、それからいつまで経っても全然先に進まないから、何かちょっと苛々してきた。




 2人が付き合い始めたのは、まだ夜になると肌寒く感じる頃だった。今は半袖で歩いても大丈夫な季節になっているから、もう数ヶ月は経っている。
 それなのに、未だに食事や遊びに行ったりするだけで、2人はまだそういう関係になってない。
 いきなり3Pで始まったジェイと俺の出逢いは、ちょっと特殊だろうな…って自覚はあるけど、それにしても、中川とティコの進展は、いくら何でも遅過ぎると思う。


 お店でも、2人で仲良く話してるのを何度も見かけた事があるのに、ティコはまだ、彼の部屋に行った事すらないらしい。
 コッチが襲った時に出来たんだから、やっぱり男は抱けないって事はないと思うし、ティコもお店じゃ人気がある方で、皆から「可愛い」って言われている。性格もすごく優しくて良い恋人になるのになぁ…って、いつまで経ってもティコに手を出そうとしない中川の事を、本当に不思議に思う。
 ティコは今の状態で満足してるみたいだけど、見ているコッチからすれば、サッサと抱き合ってホントの恋人同士になれば良いのに…と、じれったくてしょうがない。
 ジェイにそれを言ったら「放っておけ」って言われたから我慢してるけど、何にも言わなかったら、ずっとこのままなんじゃないか?って、少し心配になってくる。
 何か言ってあげた方が良いのかなぁ、と悩みながら、2人の様子を見守っていた。






*****






「あ。この店のラーメン、すっげぇ美味そうじゃね?明日、店長と行ってみようかな」
 コンビニで並んで立ち読みしている最中、ティコがツンツンと腕を突きながら話しかけてきた。
 随分と楽しそうな彼の持ってる雑誌を、横からチラリと覗き込みつつ、またちょっと考えてしまった。


「ホント、美味そうだな。……それよかさ、いつまで『店長』って呼んでんだよ。そろそろ名前で呼べば?」
「店長は店長だろ? それに、まだ恋人じゃねぇし」
「だから、そこだってば!ティコ、いつまでお友達してんだよ。もうそろそろ良いんじゃね? 名前で呼ぶのが恥ずかしいんなら、俺みたいに『中川さん』でも良いしさ。やっぱ『店長』ってのが、ダメなんじゃないかなぁ?」
「別に恥ずかしい訳じゃねぇけど。まだ今の状態でも良いかなって感じ。一緒に遊びに行くだけでも、俺、充分に嬉しいからさ」
 相変らず同じ事を答えて満足そうなティコの様子に、またちょっと不満に思いながらも、自分の読んでいた雑誌に視線を戻した。


 お店に少し仕事が残っているらしく、ジェイから「先に帰ってろ」と言われた。ジェイと別々に帰るのは久しぶりだな…と思いながら、ちょうど終了時間だったティコを捕まえて、2人で一緒に帰る事にした。
 このままティコは、彼の部屋に行けば良いのにと思って、途中でティコにあれこれ言ってみたけど、やっぱり、今はそういう事をしたくないらしい。
 何で好きな人の家の近くまで来てるのに、そのまま帰ろう…って気になるんだろうな? と、真剣に不思議に思いながらも、渋々とティコの意見に従い、今日の所は諦めてやる事にした。




「一稀、マンションまで送ろうか?」
 其々に買い物をして店の外に向かいながら、上機嫌のティコにそう聞かれた。
「え、いいよ。だって、中川さんの部屋には行かないんだろ? コッチ来たらティコが遠回りになるじゃん」
「でも、角を1つ行くだけだろ。そんなに大した距離じゃないから」
「んー、大丈夫。ティコも買い物してるし。別荘に行くんだろ?皆も待ってるしさ」
「そっか。じゃあ、気をつけてな。店長とラーメン食べに行ったら、感想をメールすっから」
 そう話すティコとコンビニの前で別れて、1人でマンションの方に向かって歩きながら、買ったばかりのアイスの袋を開けた。


 店の方から歩いてきて、マンションを角1つ分だけ通り越した所にコンビニがある。歩いて2分もかからない距離だから、家まで我慢しようかな…って思ったけど、やっぱり買ったらすぐに食べたくなった。
 最近は暑い日が続いているから、外で食べる方が美味しく感じる。
 部屋に戻るまでに食べ終わるかなぁ?と考えながら歩いていると、向かいから歩いてきた3人の男達に道を塞がれ、足を止めた。




「一稀、久しぶりじゃね?元気そうだな」
 ニヤニヤと口元を緩めて問いかけてきた男の顔を見詰めながら、記憶を探る。そして、コイツの事を思い出した瞬間、思わず顔を顰めてしまった。
「……お前、逃げたんじゃねぇのかよ? 何でココにいるんだ」
「人聞きの悪い事言うなよ。ちょっと旅行に行ってたんだよな。そろそろ稼がなきゃなーって事で、また戻ってきた。お前、随分と金持ちになったらしいな。ジェイに囲われてるんだってな?」
 相変らずなダラダラとした口調で話す、皆から『タカ』と呼ばれている男の顔を、アイスを食べ続けながら睨み返した。


 この街にも慣れてきて、その辺で声をかけてくる男相手に売りを始めた頃、コイツはすごく評判の悪い店で売り専をやってた。その頃からコイツは態度が悪くて、何回か絡まれた事がある。
 でも、それは自分ばかりじゃなくて、コイツは他のヤツにも絡んでいたし、店と同様、本当に悪い噂ばかりが絶えなかった。


 それが単なる噂じゃなくなったのは、コイツが店の売り上げを盗んで、いきなり姿を消したからだった。
 ウチの店はしっかりと色んな事を管理してるし、それ以前にこういう奴を雇ってないけど、小さなお店は営業自体がずさんで、売り上げも簡易金庫に放り込んで終わりって所も多いらしい。コイツが勤めていた店もそうだったらしく、簡単に鍵を壊され、数日分の売り上げを持ち逃げされてしまった。
 姿を消したコイツは、この辺りを完全に離れてしまったらしく、違う地方のゲイ街で見かけた…って聞いていた。
 それが、いつの間に戻ってきてたんだろう?…と思いながら、だらしなく口元を緩めるタカの顔をジッと見詰めた。




「……囲われてるんじゃねぇよ。俺はジェイと付き合ってるんだ」
「あっそ。別にどうでもいいけど。それより、すっげぇ久しぶりだしさ。ちょっと話したい事があるんだよな」
 そう話してきたタカの言葉に、いつの間にか、自分が取り囲まれている事に気付いた。


 後に廻ってきている2人の男達も、何となく見覚えがある。確か、コイツと同時期に同じ店で働いてた奴等だったな…と、今はもう、潰れて無くなってしまった売り専クラブにいた連中の顔を、必死になって思い返す。
 こちらの返事を聞く素振りすら見せず、すぐ脇の小道に入っていくタカの姿に胸の中で毒突きながら、背後から背付いてくる2人の男も一緒に、薄暗い小道にへと足を向けた。






 タカの背中を見詰め、そろそろ無くなりつつあるアイスを食べながら、コイツ等の目的を考える。可能性が高いのは金を奪う事で、その次が強姦だと思う。
 だとすると、以前コイツ等がやっていたらしい事をするんだろうと想像がついた。


 コイツ等はハッテンバで弱そうなヤツを輪姦して、最後に金を奪って逃げたりと、そんな事もやっていたらしい。
 以前に絡まれた時はコッチが客を引いてる時だったから、単純に難癖をつけられただけで、こんな風に囲まれた事はなかった。


 元から大金を持ち歩く方じゃないし、落としたら怖いなと思って、キャッシュカードも必要な時しか持ち出さない。財布の中身は1万円も入ってないから、ちょっとマズイなって気がしてくる。
 でも、そんな事を考えた所で、3人の男相手に囲まれているのに逃げ切れるほど、自分に腕力が無い事は分かっている。
 あと少しだけ、コンビニでティコと話をしてれば良かったな…と後悔しながら、とうとうアイスを食べ終わってしまった。




 タカに続いてゆっくりと歩きながら、食べ終わってしまったアイスの棒を弄ぶ。裏路地に面した店は、もう全部閉店してしまったらしく、周囲に全く人の気配は無い。
 ふと目に留まったスナックの裏口に置かれたゴミ箱に向かって、アイスの棒を投げ入れた。
 そして、またタカの背中に視線を戻そうとした瞬間、左頬に衝撃が走った。


 バニラアイスの甘い味ですごく幸せだった口の中が、一気に血の味に変わった。
 いきなり殴りつけられ、よろめいて壁にぶつかり道路に倒れ込んだ瞬間、今度は腹の辺りを強かに蹴飛ばされ、思わず呻き声を上げた。
 考えていたのと全く違う予想外の相手の出方に、道路に倒れ込んだ全身を蹴り付けられながらも、頭が全然働いてくれない。
 無意識に顔を庇おうと上げていた左手に激痛が走って、声にならない悲鳴を上げた。


「おい、手加減しろよ。死んじまったら面倒だからな」
「分かってるって! ちょっと上手い事当たっただけだ、って」
 ヘラヘラと笑いながらそう話す男達の声に心底ムカつきながらも、それを避ける事さえ出来ない。
 何の気構えも持ってなかった所を、いきなり3人の男に囲まれ袋叩きにされて、そんなの、抵抗のしようがなかった。


 本当に腹が立ってしょうがないのに、一発殴り返す事さえ出来そうにない。
 その言葉通り明らかに本気ではない、中途半端な蹴りを入れてくる男達の暴行を罵りながら、馬鹿みたいに無抵抗のまま、それを延々と受け続けた。
 手加減されているのは分かってるけど、こんなにずっとやられてたら、結構なダメージを喰らってしまう。
 何とかして避けなきゃ…って、そんな事は分かってるのに、もうどうする事も出来なかった。






BACK | TOP | NEXT


2009/1/8  yuuki yasuhara  All rights reserved.