Eros act-2 03

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 学校を挟んで反対方向だったから家は全然近所じゃないけど、拓実は自分と同じ小学校に通っていた。
 彼の方が4歳年上だから中学は同じ時期には通ってないし、特に会話を交わした事もない。でも、時々道で行き合ったりする事があって、顔だけは何となく覚えていた。


 皆が当然の様に高校進学を考える頃、自分はもう、学校には行かない事を決めた。事情を知ってる中学の先生達が「母さんに連絡を取ってやるし、他にも方法はあるから…」って言ってくれたけど、それは断って何とか中学校だけは卒業した。
 自分は少し年上の、大人の男しか好きになれない…って事には、もうその頃には気付いていた。母さんの事や、自分のそんな部分の事。色々と問題が沢山あって、自分でも少し混乱していた。
 普通に身近な女の子を好きになれて、家族に囲まれて生活の心配なんかしなくて良い周囲の皆とは、色々と頑張って話をしたりしたけど、どうしても仲良くなれなかった。
 中学でも1人でいる事が多かったし、きっとそれは、このまま高校に行っても続くと思う。
 身の周りの皆とは仲良くなれなかったけど、もしかしたら、自分と同じ所が少しある人達となら…。そう思って噂だけは知っている、この街に来る事を決めた。


 周りは大人ばかりだし、何がどうなってるのか全く分からない。内心、ちょっと怖く思ったけど、平気な顔を装って歩いてたりするうちに、色んな事を覚えてしまった。
 売りをして小遣いを稼ぐ様になり、この街にもすっかり慣れてしまった頃、クラブに勤め始めた拓実とバッタリ出会った。
 拓実の方もコッチを覚えてたらしく、バカみたいに驚いた顔のまま2人でジッと見詰め合った後、何故だか2人でゲラゲラと笑ってしまった。この場所で会った…って事は、もうお互いに言わなくても、色んな思いが全部分かってしまった。
 「こんな身近にゲイがいたとはなぁ」と、何だかちょっと嬉しそうな拓実に連れられ、彼が働いている、このお店に初めて足を踏み入れた。


 自分も売りをやってるし、彼等の邪魔をしてる様なモンだから…と、それまで売り専クラブは避けていたから、初めて目にする華やかな店内の様子に驚いてしまう。「飲み食いだけでもOKだから遊んでいけば?」と教えてくれた拓実の言葉に甘えて、頻繁に顔を出して遊びに来ているうちに、他の皆とも自然と仲良くなっていった。
 売りで稼いでる…と、皆に正直に話した時も「小遣い程度だろ?」って、あまり気にしてない様子だった。ココの皆は余裕あるんだなと、度々言いがかりをつけられてトラブルになっていた他の売り専の奴等と比べて、皆の姿に好感を持った。
 実際、売りで稼いだお金のほとんどは、この店で遊ぶお金に使っている。ずっと長い間、歳の近い友達なんていなかったから、ココで皆と話をしてると、それが出来たみたいで本当に嬉しかった。


 昔から顔見知りの拓実と遊ぶ事が多かったけど、他の皆とも、街に買い物に行ったりする普通の友達になってきた。
 そんな日々を続けていた頃、ジェイの恋人になって、この店で友達になった皆と一緒に働く様になった。




 自分が此処に遊びに来る様になり、その少し後に入店したティコは、最初は「ヒカル」って名前だった。それが途中から、突然「ティコ」に変わった。
 不思議に思って聞いてみると、「皆が『ティコ』としか呼んでくれないから変えた」と、ムスッとした表情を浮かべて答えてくれた。
 その時は「そうなんだ?」としか思ってなかったけど、その『ティコ』って呼び始めた張本人はジェイだ…って事を、今、初めて知った。


 せっかく自分で『ヒカル』って名前を考えたのに、ジェイは彼を『ティコ』って呼んでたらしい。それが何故だか皆にバカウケしてしまって、皆もティコって呼ぶ様になった。
 店長の中川もティコと呼び始めて、そのうち常連のお客さん達まで「ティコ!」と呼んでくる様になったから、もう面倒になって変えてしまった…と、以前は聞いてなかった詳細を教えてくれるティコの話を聞きながら、思いっきり顔を顰めた。






「ジェイ!ティコって誰だよ!?」
 事務所のドアを開けた瞬間、いきなり一稀に怒鳴られ、ジェイは呆気に取られて入口に立ち尽くしたまま、激怒している一稀の姿をぼんやりと眺めた。


「……誰だ?って…。てめぇの隣に座ってるじゃねぇか」
「このティコじゃねぇよ!何で、勝手に名前変えるんだよ?友達じゃなくて、ホントは恋人だろ!」
「おい、何の話だ?俺の恋人はお前だろうが。何で、そこにティコが出てくる?」
「だから、このティコじゃねぇってば!俺は昔のティコの事を言ってんだよ」
 どうやらかなり怒ってるみたいだけど、一稀が何に対して怒ってんだか、全く意味が分からない。
 途方に暮れてティコの方に視線を向けると、苦笑いを浮かべた彼は、お手上げ…といった様子で両手を上げた。
「俺の名前、ジェイが『ティコ』って呼び出したから途中で変えただろ?それで一稀に『ジェイの友達の名前らしいぜ』って教えたんだけどさ、一稀が『絶対に昔の恋人の名前だ』って言い張って聞かないんだよな…」
「なるほど。そういう事か…」


 いくら宥めてみても一稀は聞く耳持たなかったらしく、うんざりした表情を浮かべて教えてくれたティコの話でようやく意味が分かってきた。
 激怒してる一稀の姿に少々面食らってしまったけど、理由が分かれば、何とも言えず可愛らしい。
 コイツは、こういう事も考えるんだな…と、内心嬉しく思いながら、ティコの隣に座ってムスッと顔を顰めて腕を組んでる一稀の傍に歩み寄って、頭を軽く撫でてやった。




「一稀、想像が飛躍し過ぎだろうが。本当にガキの頃、近所に住んでいたヤツの名前だ」
「どうだろ?そんな昔の知り合いの名前なんか覚えてないだろうし。全然関係ないヤツを掴まえてまで、その名前で呼んだりしないと思う」
「俺が日本に来たのは10代前半だ。それ以前のガキに恋人がいる訳ねぇだろう。コイツと何となく似た雰囲気のヤツだから、ふと思い出して呼んだだけだ」
「……そんなの分かんね。ジェイはエロいから、ガキでも恋人がいたかも…」
「おい、いつまで不貞腐れてるんだ。寝たヤツの数なんざ覚えてねぇが、恋人と呼べるのはお前だけだ。それだけは言い切れる。妙な心配するんじゃねぇよ」
 まだ顔を顰めている一稀の髪を撫でながら、そうハッキリと言い切ってやると、彼の頬がほんのりと紅く染まった。


「…俺は別に、そんな事は言ってねぇし…」
「まぁな。だが、それが本当の事だからな。ちゃんと覚えとけ」
「ん、分かった…。覚えとく」
 不機嫌そうな表情に染まった頬のまま、急に大人しくなって素直に頷く一稀の姿に、隣で様子を見物していたティコは、大きな溜息を吐いてやった。


「お前、あんだけ大騒ぎしといて…。あっさり納得すんなよ」
「だって、ジェイが『違う』って言うから」
「はいはい。…ってかさ、ジェイにもビックリだな。一稀相手なら、あんなセリフを平気で言うんだ?」
 事務机の方に座り、書類を確認し始めたジェイに向かって問いかけると、彼は軽く口元を緩めた。
「頻繁には言ってねぇぞ。良い機会だから、ついでに教えておこうと思ったまでだ」
「それは分かるけどさ。んでも、すっげぇ驚くぜ。俺等がウダウダ騒いでたら、引っ叩いて終わりじゃねぇかよ」
「当然だろう。一稀は俺の恋人だ。てめぇ等と一緒にするんじゃねぇよ」
 ジェイがあっさりと言い切った瞬間、思わず隣に座る一稀の頭をペシッと一叩きしてしまった。


「いってぇ!何で俺を叩くんだよ!?」
「いいじゃん、一稀はジェイに『よしよし』ってして貰えるんだからさ。ジェイに頭撫でて貰ってこい」
「だからって叩く事はねぇだろ?俺だって、一緒に悩んでやってるのにさ」
 ブツブツと文句を言い出した一稀の言葉に、ようやく話が逸れまくる前、最初に2人でしていた話の内容を思い出した。
「あ。ゴメン、一稀。俺が悪かった。ちょっとした八つ当たりだから。ジェイと一稀が仲良いからさ、羨ましくなったんだよな。ゴメンな」
「ホントに?もう叩かね?」
「ん、叩かないからさ。だから一緒に考えてくれってば。俺も恋人が出来れば、少しは落ち着くと思うしさ」
「そんなら考える。でも、俺が誘って上手くいくかなぁ…?」




 つい数秒前まで騒いでいたのに、唐突に真顔で考え始めた一稀とティコの様子に、ジェイは何気なく視線を向けた。






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