Eros act-2 02

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 なかなか良い所がなくて困っていた新居は、結局、今までジェイと中川が暮らしていたのと同じマンションで別の階に決まった。
 どうやら中川は別のマンションを探していたらしいけど、店にも近いし、何かと好都合ではあるから…とジェイに押し切られて、渋々ながらも納得していた。


 見せられた部屋はすごく気に入ったし、広さ的にも丁度良い。今まで住んでたワンルームマンションは、店から家が遠い奴等の為に、簡易の寮代わりで貸すように決めた。
 自分とジェイが使ってたトコだし皆は嫌がるんじゃ…と思ったけど、それはあまり気にしてない様で、皆は「別荘が出来た!」と、変な喜び方をしていた。
 どうしても帰宅が遅くなりがちな店の仕事の後、やっぱり自分の家まで帰るのが面倒な時もあるらしく、そういう場合に泊まる場所が欲しかったらしい。引越し前に覗きに来て「何とか4人は泊まれるな」と楽しそうに話してる皆の様子が、何となく面白かった。
 皆が直ぐに利用出来る様にほとんどの家具を残して、トランクの狭いジェイの車でも一回で運びきれる自分の荷物だけを乗せて、簡単な引越しが終わった。




 ジェイの荷物は同じマンションだから、必要な物を少しずつ運ぶ事にしたらしい。ワンルームの時は、ジェイは着替える服程度しか持って来なかったから、自分みたいに身軽な性質なんだろうな…と勝手に思い込んでいた。
 そんなに増えないだろうと思っていたのに、少しずつ運び込まれる彼の私物を何気なく覗いて、ほんの少し驚いてしまった。


 部屋が2つあるから、1つはクローゼットに自分の服を仕舞ってベッドルームにして、もう片方をジェイが1人で使う部屋に決めておいた。
 ソコに大きな本棚を運び込んだジェイは、服などの必需品を持ってきた後、ひたすら本ばかりを運んで来る。ジェイって本が好きなんだ…と意外に思いながらそれをパラパラと捲って、ちょっと固まってしまった。




「何やってんだ、てめぇは…」
「……何か、全然分かんねぇ。難しい本だ、って事だけは分かった」
 また本を片手に戻ってきて呆れ顔で問いかけてきたジェイに答えると、近寄ってきて中を覗きこんだ彼に、優しく頭を撫でられた。
「いきなり読んでも意味は分からないだろう。興味があるのか?」
「うーん…。何の本だろう?って思ってさ。見たけど、全然わかんね」
「そうか。強いて説明すれば、会社を経営するのに必要な事が書かれてる本、だろうな。日常に必要な知識じゃねぇよ。お前が読んでも面白い話じゃないだろうな」
 持ってきた本を本棚に入れ、背中を押してくる彼に促されてリビングに戻った。


 珈琲を淹れながらチラリと視線を向けると、ジェイは抜き出してきた本を読んでいる。…ホントにあんなの読むんだ…と驚きながら、飲物を手に彼の隣にへと座った。


「ジェイは、その本が面白いんだ…。だからクラブをやってんの?」
 そう問いかけながら飲物を差し出すと、本をパタンと閉じたジェイは、少しの間、考え込んだ。
「クラブの方は、どちらかというと『中川が』だな。アイツは性格的に、全てを自分自身で管理しないと気がすまないタイプだ。風俗系かどうかはさておき、ああいう形態の経営が面白いと思ってるらしいな。俺は店をデカくするまでは面白く感じていたが、軌道に乗ってくるとそうでもねぇな」
「へぇ、そうなんだ。だからジェイがオーナーって事になってんの?」
「そんな感じだ。俺の方でほとんどの資金を提供したから、そういう形にしてある。俺はもう少し違う形態の方が面白いと思うから、俺の仕事的にはそちらがメインだ」
 そう語るジェイの顔を、カップを持ち上げてた手を止め、ジッと見詰めた。


「……ジェイ、他にも仕事してんの?」
「そうだ。気付いてなかったのか?」
「昼間にゴソゴソしてたり、何処かに出かけるのって…。仕事してたんだ」
「それだ。てめぇ、俺が昼間っから1人で遊びに行ってるとでも思ってたのか?」
「何してるんだろう?とは思ってたけど。他にも仕事してるとか、全然思い浮かばなかったからさ…」
 かなり驚きながら正直に答えてみると、ジェイは何だか楽しそうにくつくつと笑い出した。
「なるほど。確かに説明はしてなかったな。昼間に出かけるのは仕事だ。決まった時間に顔を出す必要はないから、用事がある時にしか出かける事はねぇがな」
「そうなんだ…。じゃあ、それは普通の仕事?お店じゃないんだ」
「店じゃねぇな、会社だろう。親父に無理矢理押し付けられた様なモンだが、俺はああいう物の規模を拡大させていくのが面白いと思っている。ゲームと同じ感覚だな」
 そう語るジェイの隣で、一稀は何とも言えない表情を浮かべて珈琲を一口飲んだ。


「…面白いかなぁ?ゲームみたいだって、俺にはよく分かんないけど」
「だろうな。お前は中川に頼まれた事をやってればいい。一稀はアレを雑用だと思ってるのかもしれないが、立派な仕事だ。普通の会社でも『事務員』というヤツがいる。それと同じだ」
「そうなんだ?事務員さんって、あんな仕事なんだ?」
「仕事なんざ、雑用の固まりみたいなモンだ。お前はよくやってると思う」
 そう言いながら頭を撫でてくれるジェイの仕草が、何だか少し照れくさくて、視線を逸らして珈琲を飲むと、ジェイはまた楽しそうに笑い出した。




 普通のバイトすらやった事がないから分からないけど、自分のやってる事なんか、本当に雑用だと思っていた。
 それを『立派な仕事』だと言われて、しかも、よくやってるって褒められてしまうと、少しくすぐったいけど嬉しく感じた。


 ジェイが他にも仕事をしてるのは意外だったけど、何となく分かる気もする。
 きっとこの事は自分と中川さんしか知らないんだろうな…と、少しだけ分かった彼の素性を嬉しく思いながら、今日は出かける予定は入っていないらしいジェイと2人で、広くなった部屋の中でのんびりと過ごしていった。






*****






 そう言われて気付いたけど、確かに、ジェイが出かけるのは平日だけだった。
 お店は定休日が無いから気にしてないし、今までも曜日を気にする生活じゃなかったから、あまり深くその辺りを考えた事はなかった。
 ジェイが家で過ごすのは不定期だと思ってたから、時々纏めていた書類が途中のまま、ジェイに合わせてお店に行かずに、続きを中川がやってくれてた事もある。ジェイの生活は少し掴めてきたから、今度からそういう事も少なくなるな…と思うと、少しだけホッとした気持ちになった。


 昼間のジェイは、パソコンに向かっていたり、電話をしている事が多い。特に隠すつもりはないらしく、リビングでゴソゴソしてる事が多いから隣で眺めてるけど、やっぱり何の事だか分からなかった。


 「会議がある」と言って、スーツに着替えて出かけるジェイを目にした時は、ちょっと胸がドキッとした。
 普段はラフな格好の多いジェイがスーツを着てると、何となくすごい大人に見えて、本当に普通の仕事してるんだな…と、妙な所で驚いてしまった。




 出かけた彼を見送った後、お昼過ぎに中川の部屋に行って一緒にお店まで行く事にした。
 2人並んで店までの道程を歩きながら、中川にその話をしてみると、かなりウケてしまったらしくゲラゲラと笑われてしまった。


「そんなに笑うトコかなぁ?普通に驚くだろ」
「まぁな。逆に、そういうジェイしか知らないヤツは、店でのアイツの姿を見たらかなり驚くだろうな」
「そう思う。何か別人みたいだった。ジェイってホント、よく分かんないんだよな…」
 溜息混じりで呟いてみると、楽しそうに口元を緩めたままの中川が、チラリと視線を向けてきた。
「そうか?面白いヤツだろう。堅物で真面目なヤツより、一緒にいて何倍も面白いと思う」
「そうだろうけど。ジェイは昼間の仕事の方が面白いって。中川さんは普通の仕事より、店の仕事の方が面白い?」
「俺はそう思う。他人から任された仕事を単純にこなしていくのを嫌うという面では、俺もジェイと似通っているんだろうが、俺はアイツ程、野心を持っていない」
「……ジェイって野心家なんだ?」
「会社の経営を『面白い』などと評する奴は、皆、野心家だろう。しかもアイツは、その規模を拡大する方向に目を向けている。ジェイの親父がアイツに執着する気持ちも分かるな」
 そう話す中川の言葉に、ジェイが話していた事をふと思い出した。


「そういえば、昼間の仕事は『無理矢理、親父に押し付けられた』って言ってた…。ジェイのお父さんも、そういう会社を経営してる人なんだ?」
「そうだな。性格的にはジェイに似たタイプの人だ。ジェイは品行方正な奴じゃないし、叩けば幾らでも埃が出る。今だにそういう生活を続けているし、真っ当な会社を任せるには危険が多過ぎると思う。それでもアイツを引っ張り込んだ。アイツの一面を買ってる…って事だろうな」
「お店の方は?ジェイが始めるって言い出したんだろ」
「まぁな。自分でも一からやってみたくなったんだろう。俺も面白そうだと思ったから、ジェイと一緒にやってみる事にした。アイツと一緒に経営についての事を覚えてたし、それなりに興味を持っていたからな」
 ちょっと意外な事を話し始めた中川の言葉に、思わず彼の方に視線を向けた。
「そうなんだ?ジェイって、そういう勉強してたんだ」
「それもジェイの親父絡みだ。その当時、ジェイは読めない漢字も多かったから、俺も一緒に覗き込んで教えているうちに、俺まで自然に覚えてしまった」
「へぇ…。ホントにジェイと仲が良いんだな」
「確かに仲は良いだろうな。一稀、SP…って仕事は分かるか?」
「何となく。偉い人の警備やってる人達だろ」
「俺の親父が、ジェイの親父のソレをやってる。俺の家族はその仕事に就いてるヤツが多いんだ。俺もその仕事に就こうかと思ってたが、ジェイから誘われたからな。風俗店だから少し迷ったけど、これはこれで面白いもんだな」
 並んで歩きながらそう話す中川の顔を見上げて、また少し不思議に思う。


 SPってドラマの中でしか見た事ないけど、何となく特別な仕事って感じがする。そっちの方が面白そうだと思うのに、どうやらジェイと中川は違う風に考えているらしい。
 そんなに経営って面白いのかなぁ…?と考え込んでいると、中川がチラリと視線を向けてきた。




「外で喧嘩をして、ジェイに怒られたんだってな?」
「うん。そんな事で怪我すんな、って言われた。でもやっぱりムカつくからさ、誰かと一緒に出歩く事にした」
「その方が良い。まだ拓実とつるんでるのか?」
「最近はティコかな?拓実はノンケに気を取られてるからさ」
「あぁ、そうみたいだな。あの2人は見てて飽きないな。変なお笑いより面白い」
 ククッ…と思い出し笑いをしながら答える中川の様子に、あの2人の様子を思い出して噴出してしまった。


「他の皆には内緒だけどさ、俺、橋本から色々聞かれたんだよな。すっげぇ面白かった」
「アイツが一稀に?何を聞かれたんだ」
「拓実はバリタチだからさ、自分がやられる方になる…って思ったらしいんだよな。そこからどう考えて行ったのかは分かんないけど『掃除や洗濯は、受ける方がやるべきなのか?』ってさ!」
 耐え切れずにゲラゲラ笑いながら教えてやると、それを聞いた中川も声を上げて笑い出した。
「何だ、アイツは。拓実の所に嫁入りでもするつもりなのか?」
「だよな。話が飛躍し過ぎてて、もう訳わかんなくってさ。とりあえず『何でそうなるのか分かんないけど、そんなの好きな方がやればいい』って答えたんだけど」
「そうとしか答えようがないだろうな。まぁ、アイツなりに考えた結果なんだろうが…」
 店に着いてもまだ笑ってる中川と一緒に、もうすっかり慣れてきた裏口から入り込んで、事務所にへと辿り着いた。




 ジェイと中川が感じてる面白さとは違うんだろうけど、自分もお店の仕事は面白いと思うし、勤めてる皆と色々と話をするのは、本当に楽しいと思っている。
 今は皆と話をしてる方が面白いけど、そのうち、ジェイみたいに普通の仕事が面白いと思う様になるのかな…って考えると、ちょっと不思議な気がしてきた。


 本当に別人みたいな表情を浮かべ、スーツを着て出て行ったジェイの姿を思い出して、また胸が高鳴ってくる。
 ジェイってスーツも似合うんだな…とそんな事を思いながら、皆が来る前に掃除を済ませておこうと考え、ホウキを手にして更衣室の方に向かって行った。






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