Eros act-2 01

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 自分からジェイの恋人になったと、そう誰かに話をした事はないけど、やっぱりいつの間にか店の奴等以外の人達にも、その事は伝わっていた。


 確かにあちこちに顔を出して客を引く事を止めてしまったし、ジェイと連れ立って出歩く事が多くなってきたから知られて当然だと思う。
 思ってたより好意的に受け止めた人が多かったのは意外だけど、でも、以前ジェイや拓実から言われた通り、自分と彼との関係を不満に思う人達もいる…って事が、最近になって段々と分かってきた。




 「外に出る時は誰かと一緒に…」と言われても、皆、ちょっと大袈裟なんだよなと軽く考えていた。
 1人でふらりと外を歩いていた時、以前声をかけてきていた売り専クラブの店長に捉まり、裏路地にへと引き摺り込まれた。揉み合いになっている所を、偶々通りかかった三上に助けて貰えたから何の被害も無かったけど、その時に投げ付けられた言葉で、皆が何を心配しているのか…それが少し分かった気がした。
 ジェイと付き合う様になったのは、お金が目的なんかじゃない。それは絶対に言い切れる。でも、そう思わない人達もいるんだ…って実際に体験してみて、ようやくその事に気が付いた。


 それに見合う仕事をしているとは思ってないけど、自分なりに副店長の仕事を頑張っているつもりだった。
 雑用程度しか出来ないけど、頑張ってれば分かってもらえる…そう考えていたのに、それは他所からは全く見えない所でやってる事でしかなかった。
 店の皆や知り合いなんかは、自分が裏で色々とやってる事を知っている。
 だからそんな事を言う人はいなかったのに、何にも事情を知らない他人から見れば、俺は「ジェイに囲われた」って、そう思われてるんだと、ようやく気付いた。




 あの男は、まだ客を引いてお金を稼いでいた頃、「自分の店に入らないか?」と、そう誘ってきたヤツだった。
 その時は本当は17歳だったし、ずっと売りをやっていく気なんて全然無かったから軽く断ったけど、アイツは「提示した金額が安かったからだ」と、そう理解していたらしい。
 胸倉を掴まれ「ジェイに幾らで買って貰ってんだ?ウチのチンケな店で働くより、その方が稼げるもんな」と半笑いで言われた時は、一瞬、コイツが何を言ってるのか理解出来なかった。
 自分はジェイに金で囲われ、一回幾らで身体を買って貰ってる……コイツはそう思ってるんだと気付いた瞬間、カッと頭に血が上った。


 怒鳴り声を聞きつけた三上が止めに入ってくれなかったら、そのうち殴り合いにでもなってたかもしれない。
 まだ治まらない苛立ちをブツブツと愚痴りながら、やけに楽しそうな表情を浮かべて宥めてくる変な三上と一緒に、店の方にへと戻っていった。






「一稀、怒鳴りあいの喧嘩をしていたらしいな。お前は案外、顔に似合わず喧嘩っ早いヤツなんだな」
 事務所の掃除をしてる所に入ってきて、ククッ…と笑いながら問いかけてきたジェイを、思いっきり睨みつけた。


「だって、すっげぇムカつく事を言われたから。怒るのは当然だろ?」
「それは聞いた。俺に金で囲われてるんじゃねぇか…そう言われたそうだな」
 まだ面白そうに抑えた笑い声を上げつつ、事も無げにそう答えたジェイの様子に、思わず眉間に皺を寄せた。
「聞いてんなら笑うトコじゃねぇだろ?俺だけじゃなくて、ジェイだって酷い事言われてるのと同じだぜ」
「そうか?そんなモン、放っておけばいい。好きに言わせておけ」
「でもムカつくだろ?俺達の事、何にも知らないクセにさ。ちょこっと顔見知りで何度か話した事がある…って、それだけのヤツだぜ。そんなヤツにバカにされて…」
「だから放っておけと言っている。バカな挑発に乗るんじゃねぇよ」
 あっさりと言い切ったジェイの顔を見詰めた後、相変らず平然とした表情を浮かべている彼の前で「はぁ…」と大きな溜息を吐いた。


「…そだな。バカの挑発に乗って喧嘩したら、俺もバカだって事だもんな。コイツはバカだから仕方ねぇや…って、そう思えば良いんだよな」
 本心ではまだ納得いかない部分があるのか、やたらと『バカ』を連発してブツブツと呟く一稀の様子に、ジェイは必死で笑いを堪えながら彼を抱き寄せ、宥める様に背中を軽く叩いてやった。


「別に、大人しく良い子にしてろ…って言ってるんじゃねぇよ。どうせ喧嘩をするなら相手を選べって事だ」
「…分かってる。ああいう風に思ってるヤツが、他にも沢山いるんだろ?」
「そうだ。いちいち相手をする必要はない。そんなくだらねぇ事で喧嘩をして、お前が傷付く所なんか見たくはない」
 誰もいない2人っきりの事務所の中、抱き締められた耳元で囁かれた瞬間、胸がドクリと音を立てた。


 俺が怪我をするのが嫌だ…なんて、相変らず素っ気無くて口の悪いジェイが、そんな風に考えてるなんて思ってなかった。
 自分の事だけじゃなくて、ジェイまで一緒に馬鹿にされてる気がして、本当に腹が立った。その気持ちのまま向かってしまったけど、それで怪我をした姿を見て、ジェイがどう思うか…まで、考えが廻らなかった。
 喧嘩なんて珍しい事じゃないし、2、3発殴られる位、全然どうって事ない。でも、もしそれが反対の立場になり、ジェイが誰かに殴られたとしたら…そう考えながら、彼の背中に廻した腕に力を込めた。
 それが酷い怪我じゃなくても、やっぱり心配になると思う。俺が嫌だって思うんだから、ジェイも同じ様に思うだろうなって、そう納得した。




「……分かった。もう喧嘩しない」
「良い子だ。だが、俺は『何を言われても我慢しろ』とは言っていない。本当に腹が立つ時は怒れば良い」
「ん、そうする。…でも、ジェイはもっと怒るヤツだと思ってた。すっげぇ短気だしさ…」
「否定はしねぇよ。無意味な事に腹を立てない。それだけだ」
「そっか…。俺も頑張ってみるけど。でも、やっぱムカつくかも。無意味だな…とは思ってても、バカにされたら怒ると思う」
 胸元に顔を埋めたまま、不貞腐れた声色で呟く一稀の様子に、ジェイはくぐもった笑い声を洩らした。


「なるほどな。それなら尚更、誰かと一緒に行動した方が良いだろうな。自分が護って貰っていると思うから、何となく嫌な気分になるんじゃねぇのか?自分がムカついた時、冷静に抑えてくれるヤツだと思えば、不快感はないだろう」
「…そうする。それなら嫌じゃねぇし」
「あぁ、そうしてくれ。また何処かで喧嘩でもしてくるんじゃねぇか?…と、悪ガキの親みたいな気持ちで、お前と暮らしたくないからな」
 穏やかな声で答えるジェイの胸に顔を埋めたまま、コクリと素直に頷いた。




 彼に心配をかける位なら、誰かと一緒に行動しようと思う。もう何も問題は起こらないとしても、彼が安心してくれるまでは、そうした方が良いと思う。
 きっと今は他に面白い話が無いから、からかい半分で噂されてるだけだと思う。それが収まるまでの少しの間、それを我慢するだけで良いんだから…と自分に言い聞かせながら、珍しく誰も戻って来ない事務所の片隅で、ジェイの腕に抱かれていた。






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2008/11/30  yuuki yasuhara  All rights reserved.