Eros act-2 16

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 握っている手は暖かいけど、何となくいつもと違う雰囲気を感じる。
 寝起きでぼんやりとしたまま目を開けると、上から覗き込んでいる拓実の顔が見えた。
「あ、起きた? もう少し寝てるかと思ったのに。痛いトコはねぇか?」
「うん、大丈夫……ジェイは?」
「三上さんと喫茶室に行ってる。ココじゃ煙草が吸えないから、俺が『行って来い』って行ったんだ。もうすぐ戻ってくると思うぜ」
「あ、そっか。ジェイ、ずっとココにいたから……朝から全然、煙草吸ってなかったもんな……」
 ジェイと似た手付きで頭を撫でてくれる拓実の言葉に納得して、ちょっとだけ反省した。




 口の中を切っているし、あちこち痛くてそんな事を考える余裕もなかったけど、そういえばジェイはずっと朝から病室に篭りっぱなしで、外に出て行く用事もなかった。
 自分は煙草を吸いたくもないから忘れてたけど、元気なジェイはそうじゃないと思う。
 もしかして、俺が「ずっとココにいて」って言ったからジェイは我慢してたのかな……? と考え込んでいると、ククッと楽しそうに笑った拓実が、また頭を撫でてくれた。


「そんなに気にすんな。ジェイが言い出したんじゃねぇし、別に気にしてないと思うぜ。一稀が怪我してんだから、ジェイだって、そんな余裕は無かっただろうしさ」
「それなら良いけど。でも、何か悪かったな……って」
「まぁ、気になるんなら後で聞いてみれば? ジェイは『そんな事、忘れてた』って言うと思うけど。一稀だって、一人にされたら寂しいだろ?」
 ジェイがそうしてくれた様に、ずっと手を握ったまま問いかけてくる拓実の顔を見詰めながら、ちょっと答えに困ってしまった。
「……別に、寂しくはないけど……」
「そっか。でも、怖かったんじゃね?」
「……その時は怖くなかった。でも、思い出したら、怖くなった……」


 他の誰かに聞かれたら、きっと「怖くねぇよ」って答えると思う。でも、拓実は小さい頃からの知り合いだし、あの街で出逢ってからは、お兄さんみたいに優しくしてくれた。
 ジェイとは違う意味で、拓実の事も大好きで何でも話してたから、素直にそう答えて頷いた。


「だろうな。ああいうのって、後から思い出してビビるんだよな。一稀は怪我したし、余計に……だろうな。腕、折れてるんだって?」
「ん、コレが一番酷いかな……それもだけど、顔も痛い。殴られた方の内側、歯で切ったみてぇ」
「まじ? んじゃ、メシも食べれない、って感じ?」
「今は無理かも。でも、食べないと点滴が長くなるからさ。ちょっと頑張ってスープ飲んだ。右側は大丈夫だから、晩御飯はお粥にしてくれるってさ」
「ちょっと位なら我慢して、無理にでも食べた方が良いもんな。他の怪我も治さなきゃいけないしさ。食べたい物とかがあったら、誰かにメールするか言ってくれれば良いから。交代で見舞いに来るから、その時に買ってくるぜ。ジェイにも今のうちに甘えとけよ。どうせ普段は意地張ってんだからさ、こういう時くらい、素直にしといた方がいいぜ」
 和やかに話してくれる拓実の言葉に口元を緩めながら、しっかりと頷いた。


 怪我をして弱ってるからかもしれないけど、あの時の事を思い出すと、急に胸がギュッとして身体が微かに震えてくる。
 こんな気持ちになった事がないし、今は本当に怖くてしょうがないけど、きっと怪我が治ってくれば、こんな気持ちも治まってくると思う。
 だからそれまで、少しの間だけは、ジェイにずっと傍にいて貰って甘えていよう……って考えながら、色々と怪我の具合を気遣ってくれる拓実に答えていると、キョロキョロと病室を見廻した拓実が、ちょっと小声で話しかけてきた。


「……なぁ、この病室ってすげぇよな。一稀、この中くらいは見た?」
「見た。ジェイは『寝てろ』って言うんだけどさ、俺も気になったから。風呂もあるんだよな……」
「だろ? 病室以外も凄いぜ。見舞いに来たのに受付で『身分証明書を出せ』ってさ。普通の病院は、そんなのねぇよな。一稀、救急車でココに運ばれたのか?」
「違うみたい。ジェイのお父さんが利用してる病院だ、って聞いた。ちょっと特殊な病院……って聞いたけど」
「だよな。俺、小さい頃に祖父ちゃんが入院して、お見舞いに行った事があるんだけどさ。その時も個室だったけどもっと狭かったし、こんなモン、置いてなかったぜ……?」
 そう不思議そうに呟きながら、部屋の端にある応接セットを眺める拓実の姿に、逆にちょっと驚いた。
「え、そうなんだ? 俺、入院のお見舞いとかした事ないからさ。個室は普通に置いてあるのかな? って思ってた」
「いや、普通は無いと思うぜ。身体悪くて入院してんのに、何でこんなの使うんだよ? 冷蔵庫やテレビは分かるけど、電子レンジまであるしさ……ちょっと変な病院だな」
 そう言いながら病室内を見廻している拓実の姿に、おもわず同じ様に周囲を見廻してしまった。


 何かちょっと普通の病院じゃないよな……とは思っていたけど、やっぱり、どうも色々と違うらしい。
 こんな病院、初めて見たな……とか、何故か小声でボソボソと話し合っていると、ジェイと三上が喫茶室から戻ってきた。


 拓実に手を握って貰ってたから寂しくはなかったけど、やっぱりジェイの顔を見るとホッと気が和らいでくる。「甘え過ぎだ」と呆れる三上に文句を言いながらも、またジェイに手を握って貰って、今度は4人で話をした。
 2人共、気を使ってくれているのか、襲われた時の状況を聞いてくる事なく、怪我の具合やお店の様子ばかりを話してくれる。
 1時間くらい色々と話をした後、「また来るから」と言い残して、三上と拓実が帰っていった。






「長話になったな。疲れたんじゃねぇのか?」
「全然。それより、ちょっと起きたいかも……」
 ゴソゴソと身体を動かしながら答えると、ジェイが呆れた様子で溜息を吐いた。
「……一稀、少しは大人しくしてろ、って言ってるだろう。また疲れるぞ」
「そうなんだけどさ。でも、背中とかも蹴られたから、ずっと寝てるとソコが痛くなるんだよな。だから、ちょっとだけ動きたいな……って感じ?」
「なるほど。それなら、コッチに座った方が良いんじゃねぇのか?景色も変わるし、テレビも見やすいだろう」


 そう答えるジェイに手を引かれて、並べている簡易ベッドの方にゴソゴソと移動した。
 治療用のベッドより少し低くて、ちょっと違う材質のベッドに座ると、ジェイが後から軽く抱きかかえてくれた。
「少しは楽になったか? 一稀」
「うん、全然違う。こうしてたら痛くない」
 ちょっと後を振り返って答えると、ジェイが軽く頬にキスしてくれた。
 背中の方も蹴られたから、やっぱり少し痛めてしまったらしく、ずっと寝てると体重で押され、ちょっとだけ痛んでくる。
 でもジェイに背中の方から抱かれていると、ほんのりと暖かくて気持ち良くて、痛みが急に和らいできた。


「……そういえばさ、この病院って、普通とちょっと違うみたいだけど。ホントは何の病院?」
 ふと思い出して問いかけると、ジェイが後から頭を撫でてくれた。
「どうした、急に。何かあったのか?」
「拓実が受付で、身分証明書を見せてきた、って言ってたから。それに、お祖父ちゃんが入院してた個室と全然違うって。だから何の病院なんだろ? って思ってさ」
「あぁ、なるほど……それでアイツは、あちこち覗いてたのか。病院の種類で言えば、総合病院って感じだろう。病気の種別に係わらず、その時に必要な医師を呼び寄せるからな」
「へぇ……じゃあ、毎日いるお医者さんはいないんだ?」
「院長は毎日いるぞ。お前も診て貰っただろう。アレが院長だ。彼が判断して、必要であれば他の医師を呼ぶんだろうな。この病院は、医療設備を提供してると考えれば良いだろう。だから少し特殊な病院なんだ」


 そう答えてくれるジェイの言葉に色々と考えてみるけど、やっぱり少し分かり難くて、無言で考え込んでしまった。


「……患者は此処に入院して、お医者さんが通ってくるのかな?」
「そんな感じだ。拓実が言っていた通り、此処は通常の病院より、セキュリティがかなり厳しい。つまり、入院している事を知られたくない場合や、病状を知られてはいけない場合に使う病院だと思えばいい」
「あ、だから一般外来は無い……って」
「そうだ。普通の病院だと、通院や見舞い客を装って病室を探りに来る事も可能だからな。此処は入院している者が申請した奴しか中に入れない。拓実が身分証明書を見せたのも、その為だ。だから、お前も安心して寝てればいい。此処にいる限り、妙なヤツが襲ってくる事はないからな」
「そっかあ……何か、すっげぇ安心した。ジェイもいるし、もう全然怖くないかも」
 穏やかな声で教えてくれたジェイに頷いてみせて、また彼に抱かれたまま、テレビの方に視線を戻した。




 ジェイのお父さんがこんな病院に入院してるって事にも驚いたし、普通に怪我しただけの俺がココにいるのは、ちょっと大袈裟かも……とは思うけど、今は色々と気が弱くなってるから、聞かされた言葉に本当に安心した。
 まだ動けないから病室の外は見に行けないけど、拓実が驚いてる位だから、きっと本当に厳しくチェックしてるんだろう。
 それなら本当に安心だな……って、随分と軽くなった気持ちを感じながら、背中を柔らかく支えてくれるジェイに抱かれたまま、2人でのんびりとテレビを眺めていた。






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