Eros act-2 14

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 こんな怪我をして一人で入院してたら、きっと暇だし心細くてしょうがなかったんだろうけど、ジェイがいるから全然平気で、まだあちこち痛いけどあんまり気にせず、彼と色んな話をした。
 何故だか付き添い用の簡易ベッドを気に入ったらしいジェイは、また部屋の隅から引っ張ってきて並べて、ソレに座り込んだまま、随分と楽しそうに話し相手をしてくれている。
 ジェイとずっと一緒にいて、気持ちもかなり落ち着いてきたし、そうなってくると寝てばっかりなのも飽きてきた。


 「まだジッとしてろ」と呆れ顔のジェイに我侭を言って、痛くてぎゃあぎゃあと騒ぎながら彼の手を借りてトイレに行ったり、2人でテレビを見たりしているうちに、大きな荷物を抱えた中川がお見舞いに来てくれた。
 ジェイの手荷物や着替えなんかを持ってきてくれたらしく、バッグには見慣れた彼のパソコンも入っている。
 開店を拓実に頼んで来ているし「あまり時間がないから、また後でゆっくりと話そう」と言いながらも、ジェイの昼間の仕事について色々と言付かってきたらしく、何やら2人で真面目な話を始めてしまった。


 その様子を眺めているうちに、ふと思い出して、サイドテーブルに置いてある自分の携帯を手繰り寄せる。……中川さんが切ってくれたのかな? と考えながら、片手で悪戦苦闘しつつ電源を落としたままになっていた携帯を起動させた瞬間、ちょっと驚いて画面をジッと見詰めてしまった。




「すげ……こんなにメール来てんの、始めてかも」
 普段は皆と一緒にいるし、店で起こった面白いネタを休みのヤツに連絡する位だから、あまり頻繁にメールのやり取りなんかした事がない。物凄い数で入っている未読メールに驚きつつ、それをザッと読み進めながら、何だかちょっぴり嬉しくなってきた。
 心配かけて申し訳ないな……って本気で思っているけど、それ以上に、色々と気にかけてくれている皆の気持ちを嬉しく思う。
 断片的に色んな状況が入っている、皆のメールを繋ぎ合わせて読んでるうちに、何となく、色んな事が分かってきた。


 どうやら俺を襲った後のタカ達の会話を、ティコが聞いてしまったらしく、皆に捜索を頼んだらしい。
 深夜から続いていた皆の心配してくれているメールも、途中からコッチの状況が伝わったらしく、徐々にお見舞いメールに変わっていた。
 朝になったら全員に伝わったみたいで、普段通りの半分ふざけた様子のお見舞いメールが面白くて、まだちょっと痛む頬を緩ませながら最後まで読んだ後、もう一度、ティコのメールだけを拾い上げて読んでいく。
 最初の混乱した感じの文から、入院を聞いた後で唐突に様子の変わっている文を繋ぎ合わせていくうちに、何だかちょっと泣きそうになってきた。
 ティコ、ちょっと無理してるよな……って、それが文章からも伝わって来て、最後まで読んで携帯をテーブルに戻すと、会話を続ける2人の声をぼんやりと聞きつつ、しばらくの間、考え込んだ。


 一番最後に入っているのが、いつもの彼と同じ様な、読んだだけで嬉しくなってくる弾んだ雰囲気の文だから大丈夫だとは思うけど、やっぱり、ちょっとだけ気になってしまう。
 人一倍優しく責任感の強いティコが、中川に「一稀は入院したから大丈夫」と聞かされただけで、あんなにあっさりと納得する筈がない。
 絶対に、内心は「自分がマンションまで送っていれば」って思ってるよな……と考え込んでいると、不意にジェイが顔を覗き込んできた。


「どうした、一稀。疲れたのか?」
「うん、ちょっと疲れたかも……」
「だから言っただろうが。まだ無理をするな。大人しく寝てないと、治るモンも治らねぇよ。少し昼寝でもしてろ」
 そう呟きながらベッドを元に戻してくれるジェイに頷き返しながら、また真っ直ぐに横たわった。
 言われてみれば、確かにちょっと動き過ぎたかもな……と反省しつつ、また天井を眺めて考えた後、帰る支度を始めた中川の方に視線を向けた。


「……中川さん、ティコはどうしてる?」
「ティコなら、今は店にいるな。一稀が入院したから、代わりに裏の仕事に廻って貰った」
「あ、それはメールで見たけど……そうじゃなくて、落ち込んだりしてない? もう元気にしてる?」
 ベッドに横になったまま問いかけると、中川がいつになく穏やかに微笑んでくれた。
「ティコが気にしてるんじゃないか……って事か?」
「そう。今朝のメールは普段と同じ感じだったけど、夜中に沢山来てたヤツがさ……ティコは全然悪くないし、俺は逆に、ティコが巻き込まれなくて良かったな、って思ってるから」


 そう中川に伝える言葉を聞いて、ジェイが微かに眉をひそめたのを目にした瞬間、そういえば彼に襲われた時の詳細を話してない事に気付いた。


「ティコの方は心配するな。そのうち見舞いに来るだろうし、暇な時にメールで伝えておけば充分だ」
 そう答えてくれた中川の言葉に、ちょっと安心して口元を緩めた。
「そっか……じゃあ、ちょっと昼寝してからメールしとく。皆にも『元気だ』って言っといて。ちょっとずつメールするから、って」
「分かった、伝えておこう。まぁ、今はあまり無理をするな。お前は少し具合が良くなると、直ぐに動き回るタイプだからな」
 軽く答えてドアに向かう中川を見送るジェイは、もう普段の雰囲気に戻っている。入口まで一緒に歩いていき、廊下に出た彼に声をかけるジェイの後姿は、そう怒っている様子もない。
 でも一瞬だけ見えた彼の表情が気になって、気持ちがそわそわと落ち着かなくなってきた。




 パタンと音を立ててドアを閉め、また簡易ベッドの上に座ったジェイを見詰めながら、少し重くなってきた口を開いた。
「……ジェイ、怒ってる……?」
「俺が? どうしてだ。別に怒る理由なんてねぇだろう」
「それなら良いけど……俺が怪我した理由、まだ話してなかったから。別に隠してるつもりはなかったんだけど、ジェイと話す前に、中川さんとその話をしたから……」
「それなら気にしていない。色々と聞きたい事はあるが、まだ、お前も話したくないんだろうと思ったし、もう少し落ち着いてからの方が良いと思って聞かずにいた。ティコと一緒にいたのか?」
「うん、直前まで……ティコとコンビニで立ち読みしてたんだよな。ティコが『マンションまで送る』って言ってくれたんだけど、その後、ティコは別荘に行くのを知ってたからさ。遠回りになるからいい、って断ったんだ」
 そう答えた瞬間、ジェイはまた少し視線を伏せて考え込んだ。


「なるほど……確かに、ティコは何も気にする必要はない。俺からも言っておく。それで、お前はあの路地裏に引きずり込まれたのか?」
「違う。アイツ等、マンションの方から歩いてきた。囲まれたから、もう付いて行くしかないな……って」
「……そうか。突然現れたのか? 待ち伏せされていた感じじゃねぇのか?」
 そう呟きながらチラリと視線を向けてきたジェイの顔を、思わずジッと見詰めてしまう。
 彼に問われるまで考えてもいなかったのに、そうジェイに問いかけられると、急に背筋がゾクリと粟立ってきた。


「そうかも……多分、待ち伏せされてたんだと思う。それを見てた訳じゃないけど、言われてみれば、何となくそんな感じがする」
「分かった。続きは後にしよう。お前も少し疲れただろう? 今は休養が一番だからな、少し眠った方がいい」
 無意識に強張ってしまった表情に気付いたのか、優しく答えてくれるジェイの顔を見詰めながら、素直に頷いて眸を閉じた。




 あの瞬間はムカついてしょうがなかったし、そんな事を考える余裕もなかったけど、言われてみればおかしいと思う。
 ティコとコンビニ前で別れてマンションの方を向いた時は、確かにアイツ等の姿は無かったし、偶然通り掛かったにしては、あまりにもタイミングが良過ぎると思う。
 奴等は一体、何処から出てきて、いつから俺がコンビニから出てくるのを待ってたんだろう……? と考え始めたら、手が微かに震えてきた。
 それを宥めるかの様に、指先を絡めてくれるジェイの手をギュッと握り締め、その姿を感じ取っていく。
 優しく髪を撫でてくれるジェイの気配に縋りながら、今頃になって、急に怖くなってきた。




「……ジェイ……」
「あぁ、何だ? 心配するな、此処にいる」
「うん……ありがと。今日はずっといてくれるよな?」
「当たり前だろう? お前の怪我が治るまで、俺はずっと此処にいてやる。だから安心して寝てろ」
 そう言いながら身体に触れてくれるジェイの温もりに、ようやく、少し気持ちが落ち着いてきた。


 ティコの話をした時に顔を顰めたジェイを見て、「どうして聞いてくれなかったんだろう?」と、一瞬不思議に思ったけど、もしかしたら、アレを思い返すとこんな気分になるって、ジェイは気付いていたのかもしれない。
 ……でも大丈夫、ジェイが傍にいるから……って自分に言い聞かせながら、彼の手をしっかりと握り締めたまま、少しずつ眠りに落ちていくのを感じていた。






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