Eros act-1 22

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 ぎゅっと背中に縋り付いて泣いてる俺の話を、無言で聞いていたジェイの車が、断トツの最下位でゴールした。
 静かに車を止めたジェイは、順位が表示されるのを見る事なく、パチンとテレビとゲーム機の電源を消した。
 ゲーム機を片隅に追いやったジェイが、ゆっくりと身体を動かして振り向いてくる。
 俯いていた身体ごと抱え込まれて、二人でそのまま抱き合って床に寝転んだ。


 ずっとこうしていて肌に馴染んできたジェイの身体に、思いっきり顔を埋める。
 ジェイの腕の中は、いつも通りに暖かくて、彼にこうしてもらえるだけでスッと気持ちが楽になってきた。




「親に捨てられたんじゃねぇだろう、一稀。お前が親を捨てて、俺を選んだ。そうだろう?」


 唐突に聞こえてきたジェイの言葉に、勢い良く顔を上げた。
 言葉が出なくて目を瞠って見詰めるだけの、俺の頭を優しく撫でてくれるジェイが、ほんの少し微笑んでくれた。
 ボロボロと涙を流して、きっと変な顔してると思うのに、ジェイは本当に優しい手付きで頬を伝う涙を拭ってくれる。
 無言でずっと頬に触れていたジェイが、最後にそっと、軽くキスを落としてくれた。
 また喉がヒクッとしてきて、ジェイの胸元に顔を埋める。
 何も言わずに軽く背中を撫でてくれる彼の掌が温かくて、嬉しくてしょうがないのに、また涙が溢れてきた。




 胸が痛くて苦しくなる位、ジェイの事が好きだと思う。
 いつもガキ扱いされてムカつくけど、彼の前でなら子供のままでも良いと思った。
 ずっと我慢してきたから、こんなに泣きじゃくって情けない所を誰かに見せるのは、ジェイが本当に初めてだと思う。
 どれだけ情けない姿を見せても、黙って受け止めてくれる彼の傍にいるだけで、自分も少しだけ強くなれる気がする。
 何にも言わず慰めの言葉もかけてはくれないけど、只、抱き締めてくれるジェイの腕の中は、優しくて心地好い。
 言葉なんか要らない……って、そう言ってたジェイの気持ちが、少しだけ分かった気がした。


 ゴソゴソと涙を拭って、腕の中から顔を上げた。
 本当に穏やかな視線で見詰めてくれるジェイに笑いかけると、擦り過ぎて痛くなった瞼に軽く唇を寄せてくれた。




「……俺は全部無くしてジェイの所にきた。もう帰るトコはないから、ずっと、ジェイと一緒にいる」
 ジッと彼の眸を見詰めながらそう告げると、ジェイは本当に嬉しそうに頬を緩めた。
「上等だ。俺もお前を手放すつもりはねぇよ。覚悟しておくんだな」
「それはジェイの方だからな。俺、寂しいのがすっげぇ嫌いだから、ずっとジェイに引っ付いてやる。ジェイが『どっか行け!』って言っても、絶対行かないから。覚えてろよ」
 そう宣言してやると、ジェイは微笑んだまま優しく頭を撫でてくれた。
 そんな何でもない彼の仕草が、たまらなく嬉しかった。
 何となく今までより穏やかに感じるジェイの胸元に、またゆっくりと顔を埋めて甘えてみる。
 ジェイの事を好きになって、本当に良かったな…って、今更だけどそう思う。
 いなくなってもずっと縋り付いてた母親の、優しかった頃の記憶より、今、こうしてジェイに抱かれている腕の中の方が、ずっと大きく暖かいし、本当に穏やかな気持ちになれた。


「この部屋だと、二人で暮らすには狭過ぎるな。新しい家を探そう」
 そう呟いたジェイの声に、腕の中に抱かれたまま少し考えてみた。
「そうかな? 狭い方がくっ付いていられるし、俺はココの部屋、嫌いじゃないけど。狭いのには慣れてるしさ」
「似た感じで良い。だが、もう少しだけ広い方が良いんじゃねぇか? お前と抱き合う度に物を退けるのなんか、邪魔でしょうがねぇだろうよ」
 そう答えるジェイが少し身体を動かすと、ガタンと音を立てて、彼の背中に当たったローテーブルが揺れた。
 途端に不機嫌そうに眉間に皺を寄せた、ジェイの様子が面白過ぎて、彼に抱き締められたままクスクスと笑い出した。


「確かにそうかも。ジェイは身体が大きいから、この部屋じゃ狭いかもな」
「元々、ココは一人で暮らすヤツが借りる所なんだろう? 部屋数は少なくても良いから、一部屋が大きい所にしよう」
「俺もその方が良いな。同じトコにいるのに、ジェイの姿が見えないのは嫌だから。いつもジェイと一緒が良い」
 そう答えて、ジェイの身体に廻した腕にぎゅっと力を入れてみると、また穏やかに背中を撫でてくれた。
 大きい家や贅沢な物なんか無くても、大好きな人と一緒に暮らせれば、それだけですごく幸せだって事は、母さんから教えて貰って知っている。
 幼い頃、母さんと暮らしていて楽しかったのと同じ様に、これからはジェイと二人で楽しく暮らして行ければ良いな……と、そう考えるだけで胸が弾んできた。




「一稀が他の男と寝たいんなら、そうしても構わない。それは身体だけの繋がりだろうから、俺も、とやかく言うつもりはねぇよ」
 ゆっくりと背中を撫でつつ、唐突にそう話し始めたジェイの声に、顔を上げてジッと見詰める。
 見詰め返してくれた彼は、いつになく穏やかな表情を浮かべていて、思わず彼の服をぎゅっと強く握り締めた。
 三上の所に行ったのを、怒ってるのかな……? と、一瞬思ったけど、何となくそうじゃない気がする。
 ……何を言われるんだろう? って考えながら、無言で彼の顔を見詰めていると、そんな気持ちを見透かした様にジェイがフッと口元を緩めた。
「俺が外にいる間は、お前の好きにしてればいい。何処で誰と遊んでようが、俺は何も不満はない。だが、夜だけは戻って来い。外泊は禁止だ……お前のいない夜は、俺には少し長過ぎるからな」
 絡み合う視線を逸らす事なく、そう静かな声色で言い切ったジェイの胸元に、また顔を埋めてしまった。
 抑えた笑い声を堪えながら何度も頭を撫でてくれるジェイの掌が暖かくて、またちょっと泣きそうになった。


 俺が帰ってきた時には何も言ってくれなかったけど、ジェイはこの部屋で一人、普段はやらないテレビゲームをやっていた。
 俺がいないから、普段、中川と暮らしている家に戻って一晩休んで、そしていつも通りに午前中は何処かに行ってるんだろう……と思ってたのに、彼は一晩中、たった一人でこの部屋で過ごしていたんだと、そう気付いた。
 誰もいない部屋の中、ジェイは一人きりで、ジッと俺が帰ってくるのを待ってたんだろうか……?
 そう考えるだけで、胸がズキズキと痛んでくる。
 いつ戻って来るのか分からない人を、たった一人で待ち侘びている気持ちなんて、自分自身が嫌と言うほど知っている。
 すごく寂しくて心細いし「本当に帰って来てくれるのかな…?」と、そればかりが頭の中をぐるぐると廻っていたんだろうって、俺自身がその事を一番よく分かっていた。


 ぎゅっと縋り付いた身体を、ジェイは優しく包んでくれる。
 向かい合って近くにいて、手を伸ばせば抱き合える所にいたのに、その切っ掛けが掴めないまま、二人共、躊躇っていたのかもしれない。
 色んな事で少し臆病になっていた俺は、彼に向かって手を伸ばすのが怖かった。
 自尊心が強くて目線を下げるのが苦手な彼は、強引に自分の方に引き寄せただけで、その後、どうすれば良いのか…きっと分からなくて戸惑っていた。


 抱き合った身体が心地良くて、もう絶対に離れたくないと思う。
 きっと彼もそれが分かっただろうから、これから先は、ずっと一緒にいられるだろうな……
 そう思うと嬉しくなった。




「……俺も、ジェイがいないとダメだと思った。ジェイといる時が一番幸せ」
「そうか。それなら何も問題はねぇな……もう何処にも行くんじゃねぇぞ」
 そう答えるジェイに顎を掴まれ、本当に二人だけになってから、初めてのキスをした。


 彼以外には何も持たなくなってしまったけど、それなのに、すごく嬉しいと思う。
 ずっとこのまま、ジェイだけを見詰めて過ごし、彼だけを見詰めながら、死んでいけたら。
 それは本当に幸せだな……と感じる。
 これから先、俺はジェイの為だけに生きて行けば良い。
 そう思うとすごく嬉し過ぎて、胸の奥が熱くなってきた。




 涙の跡が残る頬の、あちこちにキスをしてくるジェイの唇がくすぐったくて、肩を竦めてクスクスと笑った。
 そしたら彼も笑い返してくれて、何だか怖いくらいに幸せだな、って感じてきた。
 大好きな人に抱かれる心地好さに溺れながら、二人だけの新しい生活の事を、狭い部屋の中で抱き合ったまま、コソコソと楽しく話し続けていた。






      Eros act-1 《The end》






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