Eros act-1 18

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 久しぶりに戻ってきた自室の中、何となく落ち着かずに、服を着たままベッドの上に寝転んでみた。
 此処は確かに自分の部屋で、少し前までは、何も考えずに寛いでいた筈なのに、今は随分と違和感を感じる。
 自分の部屋ではなく、一稀に与えたあの狭い部屋の方が、本当に心地良く思える。
 随分と入れ込んでしまったもんだな……と苦笑いを浮かべながら、寝転んだまま天井を見詰めた。


 一稀が他の男に抱かれる事に対しては、そう深い嫌悪感は持っていない。
 所詮そういう男とは身体だけの関係だと思うし、自分自身や一稀が過去にやってきた事、それに現在の仕事を内容を考えると、充分に割り切って考えられる。
 ただ、今の一稀に対して…となると、何故だか妙に気分が落ち着かない。
 その理由を、まとまらない頭のままぼんやりと考えていると、ふと、別れ際に拓実と交わした言葉が蘇ってきた。


 拓実は、もし、お目当てのヤツと付き合うとなれば「今の仕事を続けられない」と言っていた。
 今まで店に勤めてた奴等も、恋人が出来ると店を辞めたり、ホール接客のみを希望してきたりしている。
 恋人が出来れば変わるモンだな……と、その気持ちは分かっているつもりでいたけど、本当は理解していなかったのかもしれない。
 拓実と話した「惚れたヤツが他の男と寝るのは良い気分がしない」というのが、多分その本心なんだろうと、今頃気付いた。
 一稀は『俺のモノ』だと、その所有欲にも似た嫉妬が、恋人と友人に対する気持ちの違いなのかもしれない。
 彼を恋人だと思っているのに、実際には距離がある今の状況が、胸の奥をざわつかせていた。
 天井を見詰めたまま溜息を一つ吐いて、おもむろに起き上がる。
 此処でウダウダと、一人で一晩中考え込んでいるのは、何となく性に合わなかった。




 簡単に手荷物を纏めると、それを持って部屋を出る。一稀が戻って来ない事は分かっているけど、此処で考え込んでいるよりはマシだと思った。
 あの部屋で一人きり、漠然と一稀が戻ってくるのをジッと待つのは、本当に辛い気持ちになるかもしれない。
 それでも、あっさりとそれを許したのは自分だからな……と、数時間前の至らない思いを抱えていた自分自身を、一稀の代わりに咎めてみた。


 玄関で靴を履きながら、家の中にチラリと視線を走らせる。
 隣の部屋にいる筈なのに顔を出そうともしない中川は、今頃、溜息混じりの呆れ顔で、家を出る物音を聞いているんだろう。
 アイツはきっとあの時から、こうなる事を予想していたんだろうな……と、あっさりと一稀を送り出した俺の様子を、渋い表情で横から眺めていた中川の姿を思い出した。
 俺を日本へと呼び寄せた父親から、半ば強制的に中川と友達にされられた頃、少し年上の彼から、しょっちゅう「よく考えて行動しろ」と説教を喰らっていた。
 あれから何年も経った今でも、中川は同じ様に呆れながら俺の事を眺めているんだろうなと思うと、少し可笑しくなってきた。
 家系的に受け継がれているのか、ガキの頃からやたらと冷静だった中川から見れば、随分と無駄な事をしているのかもしれない。
 まぁ、笑いたけりゃ笑うがいいさ……と投げ遣りに考えながら、バタンと音を立てて玄関のドアを閉め、ゆっくりと歩き出した。






*****






 身体を辿っていく愛撫に喘ぎ声を上げながらも、ほんの少し、もどかしさを感じる。
 直接的な快感はあるし、それに集中しようと思うのに、頭の中が何処かシンと静まり返っていて、行為に冷めきっている自分がいた。
 三上が手を抜いてるとは思えない。逆に、途中で彼が話していた通り、久しぶりに身体を合わせてかなり激しく貪られているのに、それに身体が思い通りに反応してくれない。
 何でこうなっているのかが分からないから、三上が気を悪くしないかな? って、少しだけ焦ってしまう。
 最近は、ジェイとしかやってないから分からないけど、彼と身体と重ねる時は本当に気持ち好くて、時々意識さえも飛びそうになる位、感じてしまう。
 どうしてこんなに気分が乗らないんだろう……? と考えつつ、中途半端に猛った部分を弄ってくる三上の掌の感触を、必死になって追い求めていた。






 何処となく気持ちが入っていない一稀の身体を味わいながら、何が違うんだろうな…? と考えてみる。
 今まで何度か抱き合っていたし、その間に一稀の好みは覚えているつもりだった。それと同じ事をしている筈なのに、どうにも反応の鈍い彼の姿に、少しだけ戸惑ってしまう。
 此処に連れ込むまでの間に一稀に伝えた通り、多分、彼と抱き合うのは、これで最後だろうなと思っている。
 だから楽しくやりたいんだけどな……と考えているうちに、ふと、一稀の恋人の姿を思い出した。
 アイツと恋人同士みたいな甘い雰囲気で身体を重ねた事はなかったけど、欲望の赴くまま互いの身体を貪った事は何度でもあった。
 ジェイはこういうの得意だよな……と思い出しつつ、組み敷いた身体に唇を這わせた途端、その身体がビクリと震えた。
「やだっ…、それ……やめろって……」
 鼻にかかった啼き声を上げ、半勃ちだったあの部分から、甘い蜜を零し始めた一稀の姿を、口元を緩めながら貪っていく。
 攻め立てるジェイが辿っていく順序と、同じ手順を追うだけで、容易に反応を示し始めた裸身を、彼と同じ様に攻め立ててみた。


 ほんの数ヶ月、身体を合わせなかっただけで、一稀はすっかり感度が変わっていた。
 以前とは全く違う趣を湛え、艶かしい姿で甘く啼き続ける裸身をゆっくりと撫でながら、今までだって何人もの男と寝てきた筈なのに、誰の好みにも変わらなかったのにな……と、その素直な反応が何となく可愛らしく思えた。
 たった一人の男の抱き癖に染まってしまう位、もう何もかもを捧げてしまっているのに、未だに素直になれない一稀は、一体、何に対して意地を張っているのだろう……? と考えてみる。
 「背中を押してやる」と、そうジェイに大口を叩いて一稀を連れ出してきたけど、もう、その必要は無かったのかもしれない。
 後は彼等で解決出来そうだよな…と、特に何をする事もなく、覆い被さって深部を突き上げていた身体を抱き上げ、そのまま向かい合わせに座らせた。




「一稀、気持ちいい?」
「……も、……そんなの聞くな、って……」
「それを聞かなきゃ、全然意味無いだろ。俺とヤルよか、やっぱりジェイに抱かれる方が気持ち好いよな?」
 しばらく見ない間に随分と色っぽくなった、快感に蕩ける一稀の頬に軽くキスをしながら問いかけてみると、彼は泣きそうな表情を浮かべて、ほんの少し頷いた。
 いつになく素直な態度を見せる一稀の姿を、向かい合わせにぎゅっと抱き締めてみる。
 すっぽりと腕の中に収まってしまう裸身の温もりを感じながら、彼の深部に猛ったモノを埋めたまま、ポンポンと軽く背中を叩いて宥めてやった。


「お前、ホントにジェイの事が好きなんだな。もっと距離があるのかと思ってたんだけどさ」
「……そうかも、しれない……でも、ジェイは『まだ足りない』って……」
「アイツは、すげぇ欲張りだからな。全部じゃないと納得しないかもな。でも、もう大丈夫だよな。自分でも分かっただろ?」
 そう問いかけてやると、一稀は素直に頷いた。
 彼がどれだけ抵抗してみた所で、もうジェイ以外の男に目を向ける事など、不可能な所まで行き着いてしまっているのを、充分に自覚出来ただろうなと思う。
 自分と恋人の関係とは全く違う、互いの姿に挑む様な……そんな激しい二人の関係に、ほんの少し驚いた。
 互いの存在に無意識のまま囚われあって、絡み合うのも有りだと思う。
 こんな愛され方も、案外好いもんだな…と、自分と恋人との妙に落ち着き過ぎた関係を思い出しながら、これが最後になる一稀の深部を、ゆったりと味わっていった。






*****






 まだ欠伸をして眠そうな三上の様子に、彼と並んで駐車場にへと向かいながら、思わずその顔を覗き込んだ。
「俺、電車で帰れるから。そんな無理して送ってくれなくても大丈夫だぜ?」
「あー、平気。ハンドル握ったら、目が覚める。心配すんな」
「そうじゃなくてさ。いつもはまだ寝てる時間だろ? わざわざ送ってくれなくても、俺、一人で帰れるし」
 足を止めてそう言い募ると、少し先まで歩いていた三上が足を止めて、何だか楽しそうな表情を浮かべて振り向いてきた。
「それがダメなんだよな。俺、ジェイと約束したからさ」
「……ジェイと?」
「おう。『昼にはマンションまで連れて来い』って言われてるから。約束破って、一稀を一人で帰らせたら、俺がジェイに怒られるんだよな」
 楽しそうにそう答える三上の言葉に、本当に驚いてしまって、思わず無言で見詰めてしまった。


「……ジェイが、そんな事言ってたの?」
「ホント。一稀は俺のモノだから、俺の所に返すのが当然だ……ってさ」
 ニヤニヤと頬を緩めながら、そう話す三上の言葉が何だか少々、くすぐったい。
 それに答えを返せないまま、また駐車場に向かって歩き出した。




 ジェイは、俺が何処で何をしてたって、まったく気にも留めてないんだろうと思っていた。
 俺はジェイの所に帰るのが当然だなんて、そんな風に考えてくれてたなんて、今まで感じた事もなかった。
 ずっと近くにいたから、俺がいない時に彼がどう思っているのか……それを知る機会がなかったのかもしれない。
 今すぐにでも彼の所に戻りたいけど、その前に後一つだけ、済ませて行かなければならない事が残っていた。
「……俺、マンションに戻る前に、ちょっと行きたい所があるんだ。だからソコまでで良いから」
「あ、そうなんだ? どうせ暇だし、待っててやっても良いけどな」
「ダメ。俺一人じゃないと意味無いから……俺んちの前まで。ソコまでで良い」
 随分とスッキリとした気分でそう頼むと、三上は納得した表情を浮かべて頷いてくれた。


 彼は、あんまり煩く問い質さないタイプで良かったな、と思いながら、三上の車の助手席にへと乗り込んだ。
 ずっと俺の気持ちを縛り付けている、あの家に戻って、最後の用事を済ませてしまえば――
 きっとジェイが望んでいる様な、そんな関係になれる気がする。
 どうしても最後の一歩が踏み出せなくて迷っていたけど、もう決心が付いてしまった。
 これで今までの自分は終わりなんだな…と、不思議な感慨を覚えながら、流れていく外の景色をぼんやりと眺めていた。






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