Eros act-1 17

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 久しぶりに来た三上の家は、以前とまったく変わってなかった。
 ホテルの一室みたいにシンプルな三上の部屋は、本当に生活感というモノに欠けていると思う。
相変らず物を置かない人だな…って感心しつつ、彼に促されてソファに座った。


 キッチンの方で、ごそごそと軽食を探している三上の姿を横目に、部屋の中をぐるりと一通り眺めてみる。
 やっぱりこの部屋には、あまり帰って来てないんだろうな……と思いながら、脇のマガジンラックに手を伸ばした。
 1DKのマンションで一人暮らしをしている三上は、いつも真夜中までふらふらと出歩いている。
 三上には恋人っぽい関係の人がいるのは知ってるから、色んなトコで彼の姿を見かける度に「大丈夫なのかな?」って、他人事ながら気になっていた。




 俺も時々遊びに行ってた、小さなクラブのオーナーが、一応、彼の恋人だって聞いている。
 女装とまではいかないけど綺麗な長髪の人で、最初に見た時は一瞬女の人かと思った。美人で優しい雰囲気の人で、本当に彼には勿体無い位だなと思う。
 三上も普段はそっちに泊まってるらしいけど、時々こんな感じで違う子と遊んでいる。
 何で恋人がいるのに、他の男と平気で寝るんだろう? って不思議に思った瞬間、今の自分の姿に気付き、雑誌を捲っていた手が止まった。
 自分だって、もうジェイの恋人になっている。
 ジェイの事が気になってしょうがないのに、ほんの少し気に食わない態度をされただけで、そのままムカついて飛び出してきてしまった。
 本当は帰りたくてしょうがないのに、どうしても変な所で意地を張って、今でもやっぱり帰れずにいる。
 恋人がいるのに、他の男と平気で寝る三上の事を「浮気者だな」と思ってたのに、傍から見れば同じ行動をしている今の自分の気持ちは、絶対に浮気なんかじゃないと思う。
 気持ちは全部ジェイの方に残っていて、それなのに、此処で雑誌を眺めている俺は、一体、何をしてるんだろう……? と考えてしまった。


 なかなか上手くいかない、自分の気持ちがもどかしくて、こっそりと溜息を吐く。
 ジェイは今日、自分の家に帰るのかなって、そんな事をふと考えた。
 明日、ジェイに会ったら何て言おう……と今頃になって、色んな言い訳が頭を過ぎっては消えていく。
 三上さんは、明日、恋人に何て言うんだろうな? と考えながら、手元の雑誌を何となくパラパラと捲っていった。





「三上さん、またモデルの仕事やってるんだ?」
 グラスを片手に戻ってきた三上に、手元の雑誌を眺めながら訊ねてみると、彼は何だか嫌そうに顔を顰めた。
「しょっちゅうはやってねぇよ。モデルが急病で倒れて困っている……って頼み込まれてさ。しかも、その雑誌の仕事が入ってきたの、午前十時だぜ。俺はまだ寝てるっつーの」
「それは、三上さんが夜遊びしてるからだろ? 普通の人は起きてる時間だし」
「皆、早起きだよな。俺はこのサイクルが至って普通だから。まぁ、親経由で来たから断る訳にもいかねぇし。これも親孝行だよなって、自分に言い聞かせて行ってきた」
 淡々と教えてくれる三上の言葉を聞きながら、真面目にモデルの仕事やれば良いのに……って、内心思った。


 俺はソッチの話に興味は無いから知らないけど、彼の両親はどちらも有名な芸能人であるらしい。小さい頃は子役で重宝されてドラマにも出てた……って、風の噂で聞いた事もある。
 今でも、顔やスタイルが良くて決まった仕事していない彼の所には、そういう突発的な芸能系の仕事が入ってくるみたいで、テレビや雑誌に彼が出ているのをよく目にしている。
 真面目にやればそれなりに売れそうだけど、本人はそれを仕事にする気はないらしい。
 恋人が経営している、小さなクラブを時々手伝いながら、自由気侭に暮らしている彼は、本当にいつも楽しそうに過ごしている。


「三上さんってさ、何で仕事しないの?」
 ふと思いついて聞いてみたら、お酒を飲んでいた彼は喉に詰まらせ、ゴホゴホと咳き込み始めた。
 そのまま咳を続けながら笑い転げる三上の姿を、首を傾げてジッと見詰めた。
 ……何か変な事を言ったかな? と不思議に思いながら眺めていると、ようやく笑いが収まった三上が、まだ緩んだ頬のまま顔を向けてきた。
「あー、もう笑い過ぎて腹が痛いっつーの。やっぱり、一稀って大物だな。いきなり何を言い出すかと思えばさ……」
「え、何が? 俺は別に、変な事は聞いてないと思うけど」
「仕事してねぇヤツに向かって『何で、仕事しないのか?』ってストレートに聞かねぇよ。普通はさ。お前、ド真ん中過ぎるだろう」
「そうかな? だって本当の事だろ。もう大人なんだから、ちゃんと仕事した方が良いと思うぜ」
 本当にそう思って言ってみると、その言葉を聞いた三上は、ちょっと驚いた様な表情を浮かべた。


「へぇー。一稀がそんな偉そうな事を言い出すとはね。自分がちょっと仕事始めたからって、すっげぇ生意気だぞ」
「確かにそうだけどさ……まだ、簡単な事しか出来ないけど、俺は真面目に仕事してる」
「らしいな。中川から聞いたぜ。一稀はあの店の仕事、気に入ったんだ?」
「うん。まだお手伝いだけどさ……でも、俺は頑張ってるつもりだし、楽しいと思う」
 本当にそう思っているから、ハッキリと答えてやると、三上は「ふーん…」と呟きながら、考え込んでしまった。
「まぁ、一稀が楽しいんなら良いんじゃね? ジェイが勝手に決めてるのを見た時は、お前は嫌がるんじゃねぇのかな? って思ってたんだけどさ」
「副店長……ってのは、嫌だけど。でも、仕事すんのは楽しい」
「そっか。まぁ頑張れよ。俺は仕事しないけど」
 素っ気無く言い放って、またのんびりと酒に口を付け始めた三上の姿に、思わずムッと顔を顰めた。
「だからさ、何で仕事しねぇの? 今だって、あの人に養って貰ってる様な感じだろ?」
「だな。この家のアレコレは、今も親が払ってくれてるし、俺は小遣い程度を稼げば充分だな」
「いつも、そんなんばっかだよな、三上さんって。あの人に見捨てられたら、どーすんだよ? あんな良い人なのにさ……」
 他人事ながらも不満に思い、ちょっと説教めいた口調で言い返す。


 いつも穏やかな笑顔を絶やさない彼の恋人は、本当に優しい人で、三上が遊び回っているのを知ってても何も言わない。
 文句一つ言わずに、遊びに行く彼を見送る姿を思い出して、何だか本当に申し訳なくなってきた。
 もし、ジェイが三上みたいな態度を取ったら、俺は本気で怒ると思う。
 仕事だと分かっていても、ジェイが他のヤツと寝るのは、今でも嫌でしょうがない。遊びで他の男と寝たと分かれば、本当にムカつくと思う。
 ――そう考えているのに、俺は今、三上の部屋に来て、二人だけで飲んでいる……
 ふと思い出してしまった事実に、また胸が、チクリと痛んだ。




「アイツの事なら、気にしなくて大丈夫。俺達はコレで上手くやってんだからさ」
 平然と言い切った三上の言葉に、俯いていた顔を上げた。
「……それは、あの人が我慢してるからじゃねぇの? 恋人が他のヤツと遊んでたら、やっぱ嫌だと思うけど」
「そうでもないぜ。アイツはこういうのが好きなんだよ。すげぇ面倒見の良いヤツだから。俺はアイツのヒモ扱いされるの嫌いじゃねぇし、これが俺達にとって一番良い関係なワケ」
 自信満々で言い張る三上の言葉を、何も言い返せずに無言で聞いた。


 普通の恋人同士とは違う気がするけど、でも実際に上手くやっているらしい彼等にとっては、これが一番自然なのかもしれない。
 そう考えてみると、俺とジェイの一番自然な関係ってどんな感じなのか、それはまだ分かっていない。
 二人共、少し無理をしている様な気がするし、まだお互いに遠慮している気がする。
 ジェイは、どう思ってるんだろうな……? と考えながら、普段通りの余裕な態度で、のんびりとテレビのチャンネルを切り替えている三上の姿を、ぼんやりと眺めていた。






 「先に入るぜ」と言いながら、バスルームに三上が消えたのを見計らって、携帯に手を伸ばす。もしかしたら……って、淡い期待を持っていたけど、やっぱり予想通りにジェイからのメールは入ってなくて、ちょっと溜息を吐いてしまった。
 やっぱり、ジェイと俺の気持ちには、少し温度差があるのかな? と考えてしまう。
 でも、『もっと溺れろ』とか言い出したのは、ジェイの方なのに……と、恨みがましく考えながら、届いていたメールを確認していると、拓実からのメールで手が止まった。
「まじ? ホントにあげたんだ……」
 そう呟きながらメールの続きを読んで、ほんの少し、気持ちが楽になってきた。
 自分が貰ったのと同じブレスレットを、拓実は、ジェイにも渡したらしい。
 そのまま腕に着けてくれた……って、一文を読んだだけで、バカみたいに胸が弾んできた。
 本当に些細な物だけど、彼と同じ物を身に着けているのは嬉しく思う。ジェイはそんなの嫌がりそうだけどな……って、そう思うから、余計に驚いてしまった。
 俺が思っている以上に、ジェイは俺の事を考えてくれているのかもしれない。
 そう思いながら最後までメールを読み、満足してパタンと音を立てて携帯を閉じた。


 最後に一言だけ「ジェイが少し落ち着かない様子だった」と、そう書いてあったのを思い出して、頬が少し緩んでくる。
 平気そうに見えていたけど、ジェイも本当はちょっと迷ってるのかな? と、そう考えると、気持ちが楽になってきた。
 いつも余裕の表情で人の事を子供扱いしてくるけど、彼も俺と同じ様に、まだ悩んでる途中なのかもしれない。
 明日は素直に話してみようかな…と、そう思いながら、ぼんやりと三上のシンプルな部屋の中を見詰めていた。






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2008/10/26  yuuki yasuhara  All rights reserved.