Eros act-1 14

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 目の前に並んで座っている、ジェイと一稀をぼんやりと眺めつつ、三上は何だか少しだけ、不思議な気分を感じていた。


 少し前までは、この席に座っているのはジェイと自分だけだった。
 此処に二人で座っている時に、ジェイが一稀を見つけて、彼がこの中にストンと入り込んできた。
 結局の所、似た者同士である自分とジェイが、恋人同士になる事はありえない。だから、いつかはこういう光景を、目にするんだろうと分かっていたけど、きっと違和感を覚えるだろうと思っていた。
 それなのに、一稀はあっさりとこの場に入り込んでしまって、もう何年も前から、三人でこうやっている様な気がしてくる。
 ……最初に3Pやったからかなぁ? と少々不謹慎な事を考えながら、目前の二人の姿を、興味津々で眺めてみた。


 一稀がこの中にいる事に違和感はないけど、彼等を『恋人同士』と呼べるのか? と考えると、また少し他人行儀な雰囲気を感じる。
 予想外に上手くいっている様に見えるけど、何となくもどかしく感じる二人の様子に、「結構、本気で考えてるんだなぁ……」と、短気なジェイが辛抱強く待ち続けている事に驚いた。
 そうは思うものの、何となくまどろっこしい二人の様子に、見ているだけで苛々していた。
 賑わってきた店内の様子を気にかけていると、やはり人手が足りなくなってきたらしく、中川が一稀に声をかけてきた。
 そのまま店の奥に姿を消した、二人の様子を眺めた後、ソファに座ったまま、店内を眺めているジェイに視線を戻した。


「……お前等って、上手くいってんの?」
 そう声をかけてみると、ジェイがチラリと視線を寄越した。
「俺と一稀の事か?」
「そう。まだ、ちょーっとだけ、他人行儀に見えるけどな。思ってたよりは、すんなりとハマった様だけど。最後の詰めがなぁ……って感じだな」
「まぁな。見ての通りだろう。まだ完璧とは言えねぇだろうな」
 ソファに腕をかけて店内を見詰めたまま、あっさりとそう認めたジェイの姿に、思わず溜息を吐いてしまった。
「……お前、案外気が長いんだな。見てるだけなのに、俺の方が苛々してくるぜ」
「無理矢理、アイツに聞き出しても意味がねぇ…って事だ。アイツ自身が納得して、俺の所に落ちてくるまで待つさ」
「でもさ、もう一押し、って気がするけどな。アイツ、此処まで来て、何を戸惑ってんだろうな…?」




 どうにも納得出来ないらしく、顔を顰めて考え込んだ三上の姿に、無意識に口元を緩めながら一稀の態度を振り返った。
 三上に言われるまでもなく、本当に目前まで来ているのに、一稀が、何かに躊躇っているのは理解している。
 只、それは自分達の関係だけじゃなく、他の様々な事柄に対する、彼自身の戸惑いの様にも思えた。
 一稀が何に戸惑っているのか、それは彼の近くに身を置いて観察し、幾ら考えてみても、分からなかった。
 手の届く所まで来ているのに、一稀は何故だか立ち止まり、此方に歩み寄って来ようとしない。
 ……一体、何に怯えているんだろう? と、普段の強気な態度からは窺い知れない、彼の奥深くに潜む胸の内に、ぼんやりと思いを馳せた。


「しょうがねぇ。俺が背中を押してやるか」
 賑やかな音楽に紛れ、ボソリと呟いた三上の言葉に、その姿をジッと見詰めた。
「そうか。止めはしねぇが……随分と、親切な事だな?」
「もう落ちてるも同然だろ? お前は待つつもりだろうけど、それに付き合わされるコッチが、ホントに苛々するんだよな……って事で、一晩、アイツを借りていくからな。良いだろ?」
「好きにしろ。だが、一晩だけだ。明日の昼にはマンションまで連れて来い」
 ジッと前を見詰めたまま、きっぱりとそう言い放ってやると、三上は少々驚いた表情を浮かべた。
「へぇ……ジェイが嫉妬する様になったのか。アイツ、何気にすげぇじゃん」
「アイツは俺のモノだ。俺の所に返すのが、当然だろうが」
「はいはい。横取りはしねぇから心配すんなって。久しぶりに自分んちに戻ってろよ。ずっと、あのマンションに入り浸ってんだろ?」
 煙草に火をつけながら、問いかけて来た三上の言葉に、思わず自嘲の笑みを浮かべた。
「確かにそうだな……まぁ、一晩くらい別々に過ごすのも良いかもな」
「だろ? そういう関係じゃねぇけど、一稀との付き合いは俺の方が長いからさ。アイツ、妙なトコで意地を張る癖があるんだよな。ジェイには言い難い事が、あるのかもしれない」
 いつになく、真面目な声色で呟く三上の声を聞きながら、只、無言で頷いた。


 恐らく何気なく言ったであろう彼に指摘されるまで、自分が思いのほか、一稀に入れ込んでしまっている事に気付いてなかった。
 追い詰めない様に余裕を見せて、気長に一稀が心を開いてくれるのを待つつもりだったのに、いつの間にか、彼にそれを強いていたのかもしれない。
 自分でも気付かぬうちに、アイツをがんじがらめにして追い詰めていた。
 この辺りで三上の言う通り、一晩離れて冷静に考えてみるのも良いかもしれない――――
 そう思いながら、ぼんやりと賑わう店内を眺めていた。






 少し店も落ち着いてきたらしく、中川と一緒に戻ってきた一稀の姿を見付けて、三上は口元に笑みを浮かべて立ち上がった。
 そのまま一稀にあれこれと誘いをかけたらしく、いつになく戸惑った視線の一稀が、ジッと此方を見詰めてきた。
 真正面から視線を合わせる事には、何となく気がひけてしまって、ちらりと視線を送っただけで、ひらひらと手を振って見せた。
 その途端、ムッと一稀が顔を顰めたのが目の端に映って、また一人で少しだけ口元を緩めた。
 怒った様な表情を浮かべて、三上と連れ立って店を後にする一稀の後姿を眺めながら、焦りなのか嫉妬であるのか……自分でも理解出来ない、不思議な気持ちを覚えていた。


「……良いのか? 三上が何をするのか、分かっているんだろう?」
 珍しく正面のソファに腰を降ろし、そう問いかけてきた中川の言葉に、ゆっくりと頷いた。
「あぁ。荒療治ってトコだろうな。アイツに言われるまで気付いてなかったが、少々煮詰まっている気がする。一稀の方にとっても色々と考え直す、良い機会になるんじゃねぇのか?」
 半ば自分に言い聞かせるようにしながら、そう答えてやると、向かいに座って酒を飲み始めていた中川は大きな溜息を吐いた。
「ジェイが納得してるんなら、俺が口を挟む事じゃないが……随分と荒療治だな」
「まぁな。だが、アイツが未だに何かに躊躇っているのは、俺との関係だけの問題じゃない気がする。てめぇは調べてるんだろう?」




 いきなりそう問いかけてきたジェイの言葉に、思わず腕を止め、彼の顔をジッと見詰めた。
「……気付いてたのか?」
「お前の性格は、もう充分に理解している。素性のハッキリしない人間を、俺の傍に平然と置く事を認めるヤツじゃねぇからな」
「なるほど。聞いて来ないから、気付いてないのかと思ってたんだが……一稀が色々と躊躇っているのは、多分、アイツの家庭環境にあると思う。若干違う部分もあるが、ジェイと似たり寄ったり…ってトコだな。お前はそれを捨てて行ったんだろうが、アイツはソコで立ち止まっているんだと思う。本人に聞いた訳じゃないから、あくまでも『俺の予想』ではあるけど」
 それだけを答えてグラスを傾けていると、ジェイはしばらくの間、考え込んだ。
「……俺と似た環境……か。そう言われれば、あの態度も理解出来る気がする。俺も、グラン・マが生きていれば、まだ、あの場に留まっていたかもしれない」
 ポツリと、独り言の様に呟いたジェイの様子に、口元を緩めながらその顔を見詰めた。
「そういえば、祖母に育てられた様なものだと、言っていたな?」
「母親がアレだからな。もっとも、彼女が亡くなったのは、俺が10歳になる少し前だ。もう、ありえない話だけどな」
「まぁ、そうなんだろうけど。それで、一稀の方はどうなんだろうな? 荒療治が通じると思うか?」
「さぁな。だが、色々と考えるきっかけにはなるだろうな。いつまで待ってみても、もう戻れないって事を認識した方が、アイツの為だ」
 そうキッパリと言い切ったジェイの姿に、何だか少し安心した。


「一稀は、『ジェイといるのは心地良い』と言っていた。やはり、自分と似た雰囲気を、お前に感じているのかもしれないな」
「へぇ、一稀がね……俺にはそんな事、一言も言ってくれねぇがな」
 素っ気なくそう答えながらも、嬉しそうに緩んだ頬が、ジェイの本心を物語っていた。


 こんなに穏やかな表情を浮かべている、ジェイを見るのは、本当に始めての事だと思う。
 多分、一稀が考えている以上に、ジェイは一稀の事を、彼なりのやり方だけど、真剣に深く愛しているんだろうなと、それに気付いた。
 ジェイが自分の事を聞かされた時、こんな顔をしているなんて知らないだろう。
 コレを見てれば、きっと喜ぶんだろうけどな……と、少々不貞腐れて出て行った、一稀の姿を思い浮かべながら、いつになく静かなジェイを前に、まだぼんやりとしている二人の今後について、静かに思いを馳せていった。






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