Eros act-1 11

Text size 




 ジェイが途中で連絡してくれていたらしく、お店に戻ると店長の中川が出迎えてくれて、正式に色んな事を教えられ、今日からそのまま、数時間だけ働いて帰る事になった。
 皆と少し色の違う制服に袖を通しながら、橋本は周囲の様子をチラリと観察した。




 同年代の男達ばっかりだから、そういう気安さがあるのかもしれないけど、何処となく、高校時代の部活の様子を思い出した。
 こういう仕事って、もっと暗くて陰気な雰囲気かと思っていたのに、逆に華やかさすら感じてしまって、何となく「ホントに自分がこの中に混じって良いのかな?」と、少しだけ不安に思う。
 やっぱ綺麗な子が多いからだろうな……と、無理矢理自分に言い聞かせて納得しながら、恐縮してしまう位に優しく接してくれる皆と一緒に、出勤前の準備を整えていく。
 自分の着ている制服が、『ホール接客のみ』の合図になっているらしく、他にも何人か同じ制服を着ているヤツがいる。
 特にホール専用に廻る順番が決まっている訳じゃなく、その時の気分や体調などで、何人かはソッチを選んでいたり、途中からホール接客のみに変わったりするらしい。
 確かに、そんな気分じゃない時もあるだろうと考えながら、リーダーっぽい役目をしている人から細々とした事を教えて貰った。


 自分達とは別に、完全に裏方で厨房業務をやってる人達もいて、そこにもちょっとだけ挨拶に連れて行かれた。
 もうお店の営業は始まってるから忙しそうで、あまり込み入った挨拶は出来なかったけど、本当に普通の飲食店の厨房と、ほとんど変わらない雰囲気に驚いてしまった。
 事務所に戻る途中で聞いてみると、ソッチの人達は別経路で雇われていて、皆、同性愛の風俗とはまったく無縁の、正式な料理人達だと教えられた。
 こういう形態のお店にしては、料理の品数も多くて本格的な物を用意しているらしく、ボーイを買っても行為をせずに、一緒に飲んだり食べたりするだけの客もいるらしい。
 だから余計に賑わってるんだな……と、まだ夜間とは言えない時間なのに、結構な賑わいを見せている店内を眺めながら、事務所にへと戻っていった。






 面接時に聞いていたけど、30人ほどが在籍しているこの店には、いわゆる明確な出勤時間は決まっていない。
 出退勤時間や休日は、全て自己申告制になっていて、その申告していたローテーションでの無断欠勤などに対して、厳しい罰則があるらしい。
 でも、こんなに皆で仲良くしてたら、あまりサボる気はしないだろうな……と、事務所の片隅に設けてある休憩スペースで、其々の出勤時間まで時間を潰している皆と話をしながら、そんな事を考えていた。


「お、ジェイが来たぜ!」
「ホントだ。こんな時間に珍しい……ってか、一稀を連れて来たのか」
「へぇ……じゃあ、自慢しに来たってトコ?」
「それもあるだろうけど。一応、ウチの『副店長』って事になったらしいぜ」
「まじ? アイツ、そんなの出来んのかよ!?」
 口々にそう言いつつ、姿を現した彼等の方に向かう数名の後姿を眺めながら、そのまま残って隣に座っている、皆から『拓実』と呼ばれてた人に、何となく問いかけてみた。


「えっと……一稀って?」
「ジェイの恋人。ホントにそうなったのかは、まだ分かんねぇけど」
「……え? 分かんないって?」
「ジェイが一方的に、アイツを気に入ったらしくてさ。突然、『俺のモノにする』とか言い出したんだよな。それも、つい最近の話。一稀自体も初耳だったんじゃねぇかな? まぁ、ココに連れてくる位だから、それなりに上手くいってるんだろうな」
 そう教えてくれる声を聞きながら、やっぱりあの時、きっと恋人の所に行くんだろうと思ったのは当たってたんだな……と納得しつつ、二人の方に視線を向けた。
 ジェイの背中に爪痕を残していた張本人は、まだ10代かな? って雰囲気の、本当に綺麗な男の子だった。
 何だか、テレビに出てるアイドルみたいな子だなぁと思いつつ、彼に視線を置いたまま、また隣に向かって問いかけてみた。
「皆、仲良さそうだな……この店で働いてた子?」
「違う。周囲には『20歳過ぎてる』って言い張ってるけど、アイツ、本当はちょっと前に、18になったばかりだから。店じゃ雇って貰えないから、それまでは自分で客引いてたんだよな」
「へぇ。女は聞いた事あるけど。男でもそういう事をやってるヤツがいるんだ……」
「たまーにな。でも、大概は直ぐに潰されるけど。まぁ、何にしたって男ばっかの街だからさ。そういう意味では荒っぽいよな」
「そうなんだ……えっと、ハッテンバってトコで相手を探して…?」
 教えて貰ったはかりの、覚えたての単語を使って聞いてみると、それが何故だか面白かったらしく、盛大に笑われてしまった。


「アイツはそういうトコには行かねぇよ。普通にその辺で遊んでたら、直ぐに声かけてもらえるしさ。一稀って、割と金に欲が無いんだ。小遣い稼ぎ程度にしか引いてなかったし、何と言うか……ギラギラしたトコがないからさ。その金でウチとかに来て遊んでたし、まぁ、皆も大目に見てたって感じかな? それに、すっげぇ可愛いだろ? 本人が聞いたら怒るだろうけど、皆のペット……ってトコだよな」
 ククッと笑いながらそう教えてくれた言葉に感心しながら、またその姿をジッと見詰めた。
 別に女っぽい訳じゃないけど、確かに『ペット』とか言われそうだな、って位に可愛らしい姿を、向こうが気付いてないのを良い事に、じっくりと観察してみる。
 ジェイって、ああいうタイプが好みなのか……と思いつつ、何だか少し不思議な気がした。
 昨日まで、同性愛の世界なんて全く知らなかったし、今でも初めて聞く事ばかりではあるけど、何だか結構面白い。
 世の中、色んな世界があるもんだぁ…と、しみじみと思いながら、賑やかな皆の方を眺めていた。






*****






 あれこれと問いかけてくる友達に答えながら、何で皆が色々知ってるんだろう? と、すごく真剣に不思議に思う。
 中川さんが説明してくれたのかな? と考えながら、こっちがビックリする位に、今の状況を理解している皆と、普段通りに会話を交わした。
「なぁ一稀、副店長になるんだって?」
「うん、そうみてぇだな。俺も今日、初めて聞いたんだけど……」
「まぁ良いんじゃねぇの。それよかさ、お前、副店長とか出来んのかよ?」
「……分かんない。副店長って、何する人なのか知らないし。とりあえず、中川さんには『電話番くらいはしてくれ』って、言われてるんだけどさ」
「まじ? それって雑用係なんじゃね? ……ってかさ、一稀は電話番すらも怪しそうだよな」
 ガシガシと頭を撫でられながらそう言われて、思わずムッと顔を顰めた。


「何でだよ! それ位なら、俺でも出来るって!」
「さぁ、どーかな? まず、そういう言葉遣いじゃあダメだぜ。ちゃんと丁寧な言葉を使わなきゃ」
「うるさいなぁ……それくらい分かってる」
「へぇ。ところで、一稀って普通のバイトとかはした事あんのかよ? コンビニのバイトとかさ」
「……ない。だから、とりあえず『電話番』から覚える」
 ムスッと顔を顰めたまま答えたら、また皆に笑われてしまった。
 ……すっげぇムカつく……とか思いながら、でも反論出来ないから黙ってたら、何となく視線を感じて、ソッチの方を振り向いた。
 事務所の中に入るのは初めてだから、よく分からないけど、皆の休憩スペースかな? ってトコに、二人並んで座っていて、何だか面白そうにコッチを見ている。
 その片方の人が、もしかして初めて見る顔かな? って、ふと気付いた。


「……なぁ。あの人だれ? 新人さん?」
「そう。今日、入ったばっかりのヤツ。しかもノンケだってさ。でも、何か面白いし、良いヤツだぜ。結構、真面目だしさ」
 そう教えてくれた言葉に、ムッと顔を顰めた。
 今日入ったばかりのノンケの男って言えば、絶対にさっきまで、ジェイが相手にしていた男に決まっている。アイツなんだ……と思ったら、何だかやたらと腹が立ってきた。
 大体、ノンケのクセに、ジェイを組み敷いて突っ込むなんて、すっげぇ贅沢なヤツだなって、不満に思う。
 視線が合った事に気付いた相手が、ちょっと照れ笑いを浮かべてきたけど、それにも何だかムカついてきて、プイッと横を向いてやった。






*****






「えぇぇー! 何で? 俺、何かした!?」
 コッチを向いた一稀と視線が合ったから、笑いかけてみたのに、何故だかやたらと怒った様子で横を向かれて、真剣に慌ててしまった。
「ジェイから聞いてんじゃね? お前、今日面接だったろ。一稀からすれば『ジェイと寝た男』って事だからさ」
「え? でも、面接の時は『全員そうしてるから』って聞いたけど」
「そうだけどさ。アイツがジェイの恋人になってからは、お前が初の相手だし」
「マジ? そうなんだ……俺、もしかしてすっげぇ嫌われた……?」
 別に好かれようと思ってた訳じゃないけど、何だか酷く落ち込んでしまう。
 ガックリと肩を落としていると、ずっと話相手をしてくれてた拓実に、やけに優しく肩を抱かれた。


「まぁ、そう落ち込むな、って。単に、一稀が嫉妬してるだけだろ?」
「そうだけどさ……でも、副店長なんだろ? そういう立場の人に嫌われたらさ…」
「アイツにそんな権限は無いって。それに、個人的な感情を持ち出してたら、店なんてやっていけないから。気にすんな」
「だよな。でも、嫌われるのは何かイヤだよな……別に好かれたいって訳じゃないけど」
「大丈夫だろ? 今だけだと思うし、他のヤツ等は皆、お前の事は気に入ったみてぇだから。何なら、俺がもっと慰めてやろーか?」
 やたらと優しい声色で囁かれたと同時に、頬にチュッとキスをされた。
 その瞬間、ココがどういう場所だったかをハッキリと思い出して、思わず椅子から転げ落ちそうな位に、身体がビクリと跳ね上がった。




「――――ちょっ、ちょっと待てっ! その慰めるって……!」
「え、俺が相手じゃ、不満? ちゃんと優しくしてやるしさ」
「や、そうじゃなくて! その、俺達って同僚みたいなモンだろ? それでそういうのは……」
「ウチは従業員同士の恋愛OKだぜ。それで円満に辞めていったヤツもいるし」
「うわー! ちょ、ちょっと落ち着けって!」
 もう心臓をバクバクさせながら、迫ってくる身体を押し返して叫んでやると、やけに楽しそうにゲラゲラと笑われてしまった。


「落ち着くのはお前だろ。そう、慌てるなって」
「え? 何、冗談……?」
「いや、結構本気。お前、可愛いのな。ノンケじゃなきゃ、速攻で頂くんだけど」
 そう耳元で囁きながら、シッカリと抱いた肩を外そうとはしない彼の姿に、もうパニック状態の頭で必死になって考えてみた。
 自分はこういうカッコつけた仕草は恥ずかしくて出来ないけど、合コンやなんかで狙った女の子を口説く時って、こういう感じでやってるよな……と、そういう場所でしょっちゅう目にしていた光景を思い出した。
「……もしかして、俺が突っ込まれる方?」
「だな。俺、バリタチだから」
「その……何と言うか、そっちは面接の時に、少し触りの部分だけ、されてみたんだけど。俺にはちょっと無理かなぁ? って……」
「何回かやってみなきゃ、本当に無理かどうかは分かんねぇし。まぁ、俺は全然焦ってねぇよ。その気になるまで待っとくから」
 そう話す彼に、また頬にキスをされて、ものすごく微妙な気持ちになってきた。


 考えてみれば当然なんだけど、今までお客として来る人達の事ばかりを気にしていて、同じスタッフの皆もそうなんだ……って、そこまで気が廻ってなかった。
 思い返せば、この人は着替えていた時からずっと近くをウロウロしてたし、ずっと隣に座っていて、あれこれと事細かく教えてくれていた。
 ……もしかして、俺って、最初から狙われていたのかな? と真顔になって考えながら、やたらと髪なんかを触れてくる拓実に肩を抱かれたまま、『男に口説かれる』という初体験を、身を硬くして過ごしていた。






BACK | TOP | NEXT


2008/9/16  yuuki yasuhara  All rights reserved.