LovelyBaby 03

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 授業が終わって昼休みに入るチャイムが鳴った瞬間、先生が教室を出るのも待たずに、ポケットから携帯を取り出した。


 昨夜は本当に嬉し過ぎて、ベッドに入ってからも全然寝付けずに困ってしまった。
 それから一晩過ぎても、その気持ちは治まらなくて、ずっと次の休みの事が気になってしょうがないし、授業も全然頭に入ってこない。
 本当に、他の事が何も考えられずにいるけど、あんなに逢いたくてしょうがなかった彼と、十年ぶりに話をしたんだから仕方ないと思う。
 しかも立ち話だけじゃなく、一緒にご飯を食べに行って、また会う約束までしてしまった。
 直ぐにでもメールをしたかったけど、社会人である彼の迷惑になったらいけないから、やっぱり送る時間を考えてしまう。
 朝一で送ろうかと思ったけど、一人暮らしだって言ってたから、きっと忙しくて読む暇もない気がする。
 いくら後で見れば良いって分かってても、仕事をしている彼の邪魔はしたくない。
 色々悩んだ挙句、お昼なら大丈夫かな……? と考え、午前中にある最後の授業が終わって、昼休みに入る直前にメールをする事にした。


 少しだけ、土曜から会いたいなって思ったけど、週末はきっと仕事で疲れてるだろう。
 父さんも週末は「疲れた」とか言って、家でのんびりと過ごしている事が多い。彼も多分そうだよな……って考えたら、あんまり我侭を言っちゃいけない気がする。
 だから土曜に会うのは我慢して、日曜だけの予定を決めた。
 朝からメールを送る準備は出来ていたけど、最後にもう一度だけ、確認してみる。
 周囲から聞こえてくる、賑やかな昼食時の話し声を聞きつつ、彼に送るメールを読み直していると、不意に顔を覗き込まれた。




「……奈宜、メシ食べねぇの? 今日は学食?」
「あ、持ってきてるぜ。コレ送ったら食べる」
 不思議そうな表情を浮かべたクラスメイトに、笑いながらそう答えて、読み終わったメールを送信した。


 鞄からゴソゴソと持ってきたお弁当を取り出していると、いつも通りに椅子を持ってきたクラスメイトが、自分の弁当を広げながら問いかけてきた。
「中学の友達……だっけ? 別の学校に行ってるヤツにメールしてんの?」
「あ、今のは違う。姉さんの知り合いで、俺が小さい頃、家によく遊びに来てた人。今度の日曜、一緒に遊びに行く予定で、時間を決めるメールしてるんだけど。もう仕事してる大人だから、メールする時間帯がよく分からないんだよな」
「それ分かるかも。俺も一人暮らししてる兄貴に、すっげぇ変な時間にメールしたんだ。夜中だし寝てるだろうけど……って感じで送ったら、目覚まし時計代わりに携帯使ってるらしくて着メロ鳴ったみたいでさ。『目が覚めたじゃねぇか!』って、ちょっと怒られた事あるな」
「だろ? 俺も色々考えてさ。お昼辺りが一番無難かなぁ? って。会社って、十二時からお昼だよな?」
「多分。ウチの親父の会社はそうだな。でも会社によって、少しずつ違うみたいだけど。何か、そういうのって想像出来ないよなぁ。やっぱ、バイトとは違うよな」
「違うんじゃね? 俺、バイトすらやった事ないから、マジで想像つかなくてさ。ちょっとだけ仕事の内容も教えて貰ったけど。何か『へぇ……』って感じで、全然分かんなかった」
 同じ歳のクラスメイトと向かい合い、のんびりと弁当を食べながら、そんな会話を続けていく。


 すごく大人に見えていた、当時は高校生だった森崎と同じ歳になって、少しだけ彼に近づけた気がしていた。
 あの頃の彼と比べたら、俺はかなり子供っぽいけど、でもそんなに違わないだろう……と思っていたのに、近付いた筈の森崎は、もっと大人になっていた。
 あの頃見てた姉さんと彼みたいに、自然に話せるだろうと想像していたのに、やっぱり彼はすごく大人で、全然追いついてない気がする。
 せめて夏休みの間とかだけでも、バイトしとけば良かったな……と思いながら、もう違う話題に移ってしまったクラスメイトと、いつも通りの昼休みを過ごしていった。






*****






 馴染みの定食屋で昼食を取っていると、ポケットに突っ込んでいた携帯が震えた。
 思わず緩みそうになる頬を我慢しながら、さり気なく取り出すと、待ち侘びていた奈宜からのメールに目を通していく。
 男の子ではあるけど今時の高校生だし、きっと絵文字なんかがやたらと入ってるんだろう……と思っていたのに、意外にあっさりとした文章に驚いてしまう。
 気を使ってくれたのか? と思いながら、簡素ではあるけど、彼らしい穏やかな雰囲気が漂う文面を、丁寧に目で追っていった。


 奈宜本人が「バイトとか何にもしてないから、休日はヒマだ」って言ってたのに、土曜の予定が入ってないのは、きっと此方に気兼ねしているんだと思う。
 今度会った時に「遠慮なんかするな」と言っておこうと考えながら、片手でメールの返事を打っていると、隣に座る同僚がチラリと様子を伺ってきた。




「へぇ……森崎ってメールするんだ。彼女でも出来たのかよ?」
「ばか、相手は男だ。しかも現役の高校生だぞ」
「何だソレ? お前、高校生の知り合いとかいるんだ?」
「知人の弟だ。最後に会ったのは十年程前で、当時は小学校に入ったばかりの子供だったんだが。昨日、駅で偶然再会した。やっぱり変わるもんだな。名前を言われるまで気付かなかったし、急にデカくなったから本当に驚いたな……」
 返事を送信しながら、ほとんど独り言の様に呟いてみると、同僚も食事を取りつつ深々と頷いた。


「それ、すっげぇ分かる。俺もこの前、久しぶりに実家に帰ったら、親戚んちのガキが来ててさ。確か中学生の筈だったのに『もう大学行ってるぜ』とか言われて驚いた。子供の成長って早いよな」
「あぁ、随分と変わるモンだ。丁度、アイツと出逢った頃の俺と、同じ位の歳だからな。久しぶりに一緒に遊ぶ約束をしたんだが、もう遊ぶ内容も変わってるんだろうな」
「そりゃあ、そうだろ。小学生と高校生じゃ全然違うしさ。でも、今の高校生って何して遊んでるんだろうな? 全然想像つかねぇや」
「それだ。俺が予定を立てても良かったんだが……何をすれば喜ぶのかが分からない。昨日、晩飯を一緒に取った時の会話は楽しかったから、まぁ、お互いに退屈する事はないと思うがな。とりあえず、アイツに行く所を決めて貰おう」
「それが良いと思うな。でも羨ましいな、高校生か……ちょっと『クラスメイトの女子高生を紹介しろ』って頼んでくれよ」
 焼き魚を突きながら、そう呑気に話す同僚の姿に、思わず鼻で笑ってしまった。


「何言ってんだ、男以上に難関だろう。今更、女子高生と何を話すんだ?」
「確かに……もうさ、『へぇ…』とか『はぁ、…』しか言えないだろうな。未知の生物みたいなモンだよな。十八の女子高生と二十八のオッサンじゃ、全然話も合わないだろうし。今時の女子高生は、昼飯に焼き魚なんか喰わねぇんだろうな」
「だろうな。高校生と話してみたいだけなら、そのうち奈宜に会わせてやろう。子供の頃と変わらず、素直で人懐っこいヤツだし、アイツならお前でも話し易いと思う」
「へぇ、奈宜って言うのか。男の子なのに可愛い名前だな」
「アイツには似合っているな。ガキの頃から小柄で可愛らしいヤツだったが、それがそのまま大きくなった感じだな。俺が高校生だった頃とは随分違う」
 そう答えつつ、昼食時で賑やかな定食屋の片隅で、少々慌ただしく食事を済ませていく。


 奈宜と最初に出会った頃の自分と、今はもう同じ歳になった……と分かっているのに、どうしてもまだ「可愛いな」とか、そんな感想が頭の中に浮かんでしまう。
 高校三年生の男に、それを言ったら失礼だとは思う。奈宜も自分の事を「子供っぽいから…」と気にしていたし、華奢な体躯にも少々劣等感を持っているらしい。
 そう思ってはいるけど、やっぱりどうしても、そこが奈宜の魅力だろうにと、そんな風に感じてしまう。
 小さくて本当に愛らしかった子供の頃を知っているから、余計にそう思うのかもしれない。
 このまま大人になって欲しい所だし、それとなく奈宜に伝えてみるか……と考えながら、残り時間の少ない昼休みを終え、同僚と一緒に定食屋を後にした。






*****






 初めての待ち合わせにドキドキしながら、待ち合わせていた森崎の家がある最寄り駅にへと向かって行く。
 出迎えてくれた彼は、スーツ姿の時よりも若く見えて、ちょっとだけ安心した。
 彼に合わせなきゃ……って色々考え、普段より少し大人っぽい服を着てきたから、周りから見ても、あまり違和感はないと思う。
 スーツと高校の制服で並んで歩くより、かなりマシだよなと安心しながら、事前に彼から貰ったメールで考えていた場所を廻り、少し買い物をしてから、最後に彼の家にへと向かった。




「……森崎さんって、もしかして、結構キレイ好き? すごい片付いてるけど……」
「ばか、お前が来るから片付けたんだ。普段はもっと雑然としている。昨日、必死になって掃除をした。土曜に約束しなくて正解だったな」
 キッチンで珈琲を入れつつ、ククッと笑って答えてくれた森崎の姿を眺めながら、何だかちょっと申し訳なくなってきた。
「まじ……? そんなの気にしなくて良いのに。俺の部屋も散らかってるから、全然気にならないぜ」
「いや、良かったんじゃねぇか? こういう機会が無い限り、いつまでも乱雑なままだからな。部屋も綺麗になったし」
「それなら良いけど……でも、毎回片付けなくても良いから。俺はホントに平気だし、今度から片付けも手伝う」
 彼の背中にそう答えて、また部屋の中を眺めてみた。


 「俺がやるから」って言ってるのに、「奈宜は客だろ?」と無理矢理座らせ、キッチンの方に向かった森崎の部屋は、本当にキレイに片付いている。
 だから「もしかして彼女とかいるのかな?」と思ったけど、彼は自分で片付けたって言ってるし、確かに部屋の中にも、そんな雰囲気は見当たらない。
 ワンルームのマンションだけど、部屋の中は、彼に聞いていたより広く感じる。
 少なくとも、俺の部屋よりは広いよな……と思いながら、カップを二つ持って戻ってきた森崎の方に視線を向けた。


「想像してたより広いな。ワンルームって、何処もこれ位の広さなのかな?」
「此処は少し広い方だと思う。フローリングだから分かり難いが、部屋として使っている部分で十畳程度はあるらしい。不要な物は実家に置いたままだし、一人での日常生活なら、この程度で充分だろう」
「うん、俺も大丈夫だと思う。二人でも、全然狭いとか思わないしさ。森崎さんって、ずっと一人暮らし?」
「そうだな……何だ、彼女がいるのか? って聞きたいのか」
 口調とは裏腹に、特に怒った様子もなくサラリと問いかけてきた彼の言葉に、ちょっと躊躇いながらも素直に頷いてみた。


「そんな感じ。日曜に押しかけて大丈夫だったかな……とかさ」
「最後に付き合ったヤツとは、一年程前に別れた。今は一人だな。奈宜はどうなんだ?」
「あ、俺も……って言うか、女の子と付き合った事もないし。やっぱ森崎さんが高校生だった頃と比べたら、俺はホントにガキだよな……」
 溜息混じりにボヤいてみると、彼は不思議そうな視線を向けてきた。
「そうなのか? 奈宜は見た目も可愛らしいし、モテそうな気がするんだが」
「女の子の友達なら沢山いる。学校の帰りに遊びに行ったり、買い物に付き合ったりとか、そういう感じかな? でも、俺は恋人の対象には、ならないみたいだぜ。逆に皆から、彼氏の事で相談されたりするんだよな。やっぱ森崎さんみたいに、男らしいヤツがモテるんじゃないかなぁ?」
「なるほど、それは分かるな。奈宜は身体も華奢で圧迫感が無いし、雰囲気が優しいから色々と相談しやすいんだろう。俺はそれで良いと思う。それが奈宜の長所だろうからな」
「んー、それなら良いけど。でも、もう少し位は、大人っぽくなりたいな」
「奈宜はそのままでいい。無理して背伸びしてもしょうがないだろう。それより、言った通りに一人だから、休日は俺も暇だ。いつ遊びに来ても大丈夫だ」
「ありがと。じゃあ、今度は土曜も予定に入れて考えようかな。皆、彼女と遊んだり、バイトやったりで忙しいみたいでさ。ちょっと寂しかったんだ」
 何となく安心しながらそう答えて、彼が淹れてくれた暖かいカフェオレを一口飲んだ。


 やっぱり高校に入った位から、皆も其々に忙しくなって、中学の頃みたいに大人数で遊ぶ事も無くなってきている。
 自分と同じ歳の時に、彼女である姉の所に遊びに来ていた森崎と比べたりもして、少々落ち込む事もあったけど、彼が「そのままでいい」と言ってくれた途端、あまり気にならなくなってきた。


 森崎が家に遊びにきていた子供の頃、下りのエスカレーターが本当に怖くて乗れなかった。その時も、彼が「大丈夫だ」って言いながら手を繋いでくれて、一緒に乗ったら全然怖くなかった。
 もうずっと昔の記憶だけど、そんな事を今でもハッキリと覚えている。
 昔から彼は、本当に大きく優しかった。彼が「大丈夫だ」と言ってくれたら、もう何も心配せず、素直にそれを受け入れていた。
 それは今でも同じだな……と、しみじみと感じながら、彼の部屋に二人っきりで、穏やかな時間を過ごしていった。






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