春風駘蕩 02

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 寝室に置かれているドレッサーに向かう慶を、先に入ったベッドの中からぼんやりと眺めるのが、いつの間にか習慣になってしまった。


 元々は慶一人で広々と暮していたこの家に、俺が手荷物だけで転がり込んできた時、既に寝室にはドレッサーがあって、慶は毎晩、こうして色んなお手入れに励んでいた。
 母の部屋にもあったからコレが何かは知っているものの、少なくとも俺は持ってなかったし、そもそも持とうとすら思わない。
 二人並んでソファに座りファッション雑誌を捲ってぎゃあぎゃあと大騒ぎしてみたり、しょっちゅう鏡を覗き込んでは髪型の乱れをチェックしている、おしゃれ好きなティコと一稀にそれとなく聞いてみても、さすがにドレッサーは持っていないらしい。
 だから多分、こういう所は慶の女性的な部分なんだろうなと思うけど、それは全然不快じゃなかった。


 俺が転がり込む前、一人で此処に住んでいた慶は、洋服も好きで沢山持っているから、収納場所に困らない様に「広くて部屋数の多い所を選んだ」と言っていた。
 そのスペースに甘える事無く整理整頓も完璧な彼は、その几帳面さそのままに、寝る前のスキンケアも毎日当然の様に続けていて、お肌の手入れに余念がない。
 俺はこうして先にベッドに潜り込んで、慶が来るのを待っている訳だけど、ゆっくりとした雰囲気が漂うこの時間を、毎日、結構楽しみにしている。
 鏡越しに時折交わす何気ない会話も、やたらとリラックス出来て心地良いし、何より、これで慶が綺麗になるんだから、邪魔をする気なんてさらさら無い。
 毎日こうして気を使ってるから、慶はいつも綺麗なんだろうなと思いながら、楽しそうに鏡に向かう慶がベッドにやってくるのを、ゆったりと寛ぎながら待っていた。






 するりとベッドに潜り込んできた慶を、腕の中に抱き寄せる。
 もうすっかり腕に馴染んだ身体を抱き締めながら、サラサラの髪に指を通し、軽く二、三度撫でてやった。


「いつもと少し香りが違うな。土産で貰った分か?」
「うん、そうだよ。お母さんが選んでくれた方。僕が買った事のない系統の香なんだけど、お母さんが『似合いそうだから、一度使ってみたら?』って」
「あぁ、俺も似合うんじゃないかと思う。暖かい時期なら慶がいつも使ってるヤツの方が良さそうだが、今だと少しさわやか過ぎるかもな。甘い香りの方が暖かみもあって似合ってる」
「ホント? 良かった。博人が気に入ってくれるんなら安心だな。これならあまりキツい香りじゃないし、お店に付けて行っても大丈夫そうだよね」
「平気だろう。慶に似合ってるし、皆もそう言ってくれるだろう。明日は……あ、定休日か。明後日のお楽しみだな」
 そう囁きながらキスを落とすと、慶はクスクスと笑いながら受け止めてくれた。
 甘える様に背中に廻ってきた、しなやかな腕の動きを感じながら、バスローブの胸元から手を差込み、本当に気に入っている肌触りの慶の裸身に、ゆっくりと掌を滑らせていく。




 慶を初めて目にした時、スタイルの良さや綺麗な顔の作りも気になったけど、それ以上に「肌が綺麗だな」と、それが深く印象に残った。
 穏やかな雰囲気も話していて心地好く感じたし、理由は自分でも分からないけど、彼の事が気になってしょうがない。
 戸惑う慶を口説き倒し、ようやく初めて慶と抱き合った時の驚きを、今でもハッキリと覚えている。
 きめ細かく柔らかで掌に吸い付く様な気持ちの好い肌触りは、あまり自慢出来る事じゃないけど、それなりに色んなヤツと寝てきた俺でも初めてで、かなり本気で驚いた。
 だから正直に、抱き締めている慶にその気持ちを伝えると、ちょっと戸惑った表情を浮かべた彼が、ようやく意を決した様に、自分の事を話し始めた。


 出逢って間もなかった頃、なかなかOKを出してくれない慶の態度を見て、単純に「俺は慶の好みのタイプじゃないんだろうな」程度にしか考えてなかったけど、それは少し違っていたらしい。
 最初に「女は全然ダメな、根っからの同性愛者だ」と言い切った俺の言葉を覚えていた慶は、身体は男なのに気持ちは女である自分の身を思い返して、色んな意味で戸惑っていた。
 今は気に入ってくれているみたいけど、本当の事を知られたら、きっと嫌われてしまうだろう――――慶は、そう考えて、ずっと一人で思い悩んでいた。


 抱き締めた腕の中で辛そうな表情を浮かべ、「僕の見た目は男性なのかもしれないけど、気持ち的には女の子な部分が沢山あるから……」とボソボソと呟く慶を、ぎゅっと強く抱き締めながら、彼に伝えるべき言葉を必死になって考えていく。
 そう言われて考えてみれば、最初に慶の店で出逢った時、彼は薄化粧をしていた気がする。
 でも、それよりも本当に綺麗な肌や、他の色んな良いと思う部分に気を取られて、そんな事は全く気にしてなかった。


 確かに俺は女性はダメで、慶の中には女性的な部分があるのかもしれないけど、今はそんな些細な事以上に、慶という人そのものに強く心惹かれている。
 本当に綺麗な身体をした男で、気持ちは優しく穏やかで、話しているだけでも安心してしまう雰囲気を持つ彼だからこそ、俺は本気で好きになったんだと思う。
 腕の中で身を強張らせている慶の背中を撫でてやりながら、耳元で自分の気持ちを全部話して「だから、何にも心配しなくていいから」と、そう何度も囁いていた。




「……ん、……あっ」
 抱き締めたままの愛撫を繰り返した後、一番敏感な部分を指先で辿ると、慶が甘い息を吐いた。
 ふるっと震える華奢な裸体を抱き締めて、軽くキスを交わしてから、身体を離して慶の細い太腿に手をかけた。
 素直にそれに従ってくれて、大きく足を開いてくれた間に身体を割り込ませ、柔らかな内腿にゆっくりと唇を這わせていく。
 乱れる吐息が強くなってきた、慶の官能的な喘ぎ声を聞きながら、硬く猛って愛撫を待っているモノに唇を寄せて、根元から舌を這わせた。


 恋人の欲目を抜きにしても、慶は本当に綺麗な身体をしていると思う。
 スラリと手足が長くて綺麗だし、俺よりかは低いけれど、仲の良い一稀達の中では一番の長身で、ティコがいつも「どんな洋服でも似合うからいいなぁ」と羨ましそうに呟いている。
 両親の仕事柄、物心ついた頃から、世間的に「美人だ」とか「カッコ良い」と評される類の人達を、男女を問わず数多く見てきたけど、慶はそんな人達の中に入っても、まったく引けを取らないとハッキリと断言出来た。


 皆も羨む程に完璧な慶なのに、俺と付き合う様になる前は、やっぱり自分の男性としての身体に違和感があって、他の奴等と同じ様にお金を貯めて手術を受け、そのうち女性の身体になろうと考えていたらしい。
 その気持ちも本当に理解出来るから、それを頭ごなしに否定しようとは思っていない。
 慶なら女性の身体でも似合うだろうし、それで気持ちが落ち着いたり、慶がどうしてもと言うのなら仕方ないとは思う。
 でも、こんなに綺麗な身体をしているのに本当に勿体無いな……と、それがどうしても頭に浮かんでしょうがなかった。


 俺自身がゲイだから、やっぱり男の身体をした慶が良いなってのも、理由の一つに確かにある。
 でもそれ以上に、今のままでも充分に綺麗な身体を、無理に変えなくても良いんじゃないか? と、気になってしょうがなった。
 一体、どういう手術をする事になるのかは全然知らないけど、絶対にどこも変えてない方が自然だと思うし、人工的なモノになってしまえば、抱き合っている時の快感の度合いも違うだろう。
 こんなに可愛らしく喘いでくれる、指の先まで敏感で色っぽい肢体に手を加えてしまうなんて、すんなりと認める訳にはいかない。
 女の子の肉体とは違う部分もあるから、慶は少し不満に思っているかもしれないけど、俺にとっては非の打ち所が無い、完璧な身体だと心の底から感じていた。
 男の身体を持っていて、母親みたいに優しくて綺麗で、暖かく接してくれる『今のままの慶』を、俺は本当に気に入っている。
 慶と素肌を重ねて抱き合う度に、それを毎回言っていたら、慶はいつしか、身体を女性にへと変えてしまうのを思い留まり、手入れをする方に専念する様になっていた。


 俺が毎回、慶の身体を隅々まで愛撫しながら囁いていたから、彼も男の肉体を持った自分自身を、少しは認める気になってくれたのかもしれない。
 モデルみたいに綺麗でスタイルが良く、それを維持する努力も続ける慶を、母も色んな意味で絶賛し、かなり本気で気に入っている。
 慶がなりたがっていた「本物の女性」が羨む程に綺麗な裸身に唇を這わせて、時折聞こえてくる甘い啼き声を心地好く聞き入っていた。




「……あ、博人……」
 うつ伏せになった身体に覆い被さり、背中から抱き締めて深部を突き上げている最中、慶が微かな声で俺の名前を呟いた。
 勃ち上がった慶のモノから溢れている蜜も、ひっきりなしに流れ落ちている。
 だから、もうそろそろだろうなと思っていたし、自分自身も限界が近い所にまできていた。
 ここ何年かは慶としか抱き合ってないけど、それでも充分に満足している。
 初めて抱き合った時から感じている身体の相性の良さも再確認しつつ、乱れた吐息の慶を抱き上げ、向かい合わせで膝の上に抱え込み、達する瞬間に彼が一番気に入っている体勢で貪るキスを何度も交わした。


「もう良いのか、慶。俺の方は、もう少し我慢出来るぞ」
「ん、もう良いかも……これ以上したら、本当に蕩けちゃいそうだし。今日はもう大丈夫」
 そう答えて背中に軽く腕を廻してきた慶を、しっかりと抱き止めてやる。
 それだけで嬉しそうに頬を綻ばせる彼の事を、本当に可愛いなぁと改めて感じた。
 いつまでも頭を撫でてあげたい様な、一稀みたいに、あどけない雰囲気の可愛らしさを好むジェイの気持ちも何となくは理解出来る。
 だからジェイは一稀と上手くいってるんだろうけど、俺は彼とは正反対で、落ち着いた大人の色気を感じる慶の可愛らしさの方が、やっぱり何倍も好きだなぁと痛感していた。




 するりと腰に廻ってきた長い足に引き寄せられ、慶の深部との繋がりが一層深くなった。
 仰け反って淫らに喘ぐ上半身を、欲望の赴くままに弄り、胸の突起に舌を這わせて愛撫を重ねていく。
 快感を追い求める腰の動きに合わせて、大きく揺れ動いている長い髪に指を絡め、また唇を激しく何度も貪る。
 素肌を重ねて丹念に愛撫を施し、快感を与える度に本当に綺麗になっていく慶の姿に、もうずっと魅了され続けていた。


「――――……あ、……いくっ……」
 甘ったるい小声で慶が喘いだ瞬間、慶の猛った昂りを挟んで触れ合っていた下腹部に、ドロリとした生暖かい液体の感触が伝わってくる。
 同時にぎゅっと締め付けてくる、熱い内壁の蠢きを感じながら、腕の中の可愛い姿に、軽くキスを落としてやった。
 火照った頬で受け止めてくれた慶のモノが、また微かにビクリと震え、もう一度白濁の蜜を吐き出していく。
 全身で快感を表してくれる最愛の人を抱き締めながら、まだ鼓動が治まらない熱い裸体の深部に、快感の証を思う存分、注ぎ込んでいった。






*****






 気怠そうな慶をバスルームまで抱きかかえていって、二人一緒に軽くシャワーを浴びていく。
 毎回こうしてあげているから、もうすっかり慣れた手順になってきた。
 楽しくはしゃぎながら身体を軽く流した後、また裸のままでベッドに潜り込んで、腕の中に擦り寄ってくる慶を、しっかりと抱き締めた。




 単純に眠るだけの日でも、二人とも裸になって抱き合い、素肌を合わせて眠っている。
 その方が気持ち的にも落ち着くし、それでなくても安心出来る人肌の温もりに加えて、抱き心地の良い慶が相手だから、文句なんてある訳が無い。
 もう随分と服を着て寝てないなぁ……と、ふとそんな事を思い返しながら、腕の中で微睡む姿を抱き締め、ゆっくりと艶やかな髪を撫でてあげた。


 もうずっと前、俺が色んなヤツと遊んでいた頃、見るに見かねた一稀が慶に向かって「いい加減遊ぶのは止めて、もっと真面目に仕事して欲しいって言えば良いのに」と提案した事があるらしい。
 その時、慶は一稀に「だって僕が忙しいのに、博人までちゃんとした仕事を始めてしまったら、一緒にいる時間が無くなってしまう。だから僕達はこれで良いよ」と、いつもの穏やかな笑みを浮かべて、そうきっぱりと答えたそうだ。
 慶は俺の存在理由として、いつも一緒に傍にいてあげて、安心させてやる事に意義を感じているらしい。
 何ともいえない表情を浮かべ、微妙な口調でそれを教えてくれた一稀の様子を思い返しながら、自然と口元が緩んできた。


 いつまで経ってもダラダラしてる俺を見て、周りの皆は「両親が立派過ぎるから」とか、割と好意的に解釈してくれている。
 それは事実だし、決して間違いじゃないけど、本当は俺が単に「ぐうたらで遊び好き」なだけで、俺の資質の問題だと分かっていた。
 立派な両親を持っているってだけなら、ジェイだってそうだし、むしろアイツの方がハイレベルな家系だと思う。
 それに何ら屈する事無く、平然と自分の道を歩き続けるジェイとの決定的な違いが、そこにあった。


 俺がいくら頑張ってみた所で、ジェイの真似なんて出来そうにないけど、諦めとは違う意味で、それでも良いと思っている。
 他人が呆れる位にお気楽な生活だけど、俺と慶が楽しく暮せていければ、二人ともそれで充分だと思っているし、この生活に満足していた。
 慶は気持ち的には女性だから、出来の悪い息子ほど可愛い的な意味合いで、俺の面倒を見ているのかもしれない。
 でも、それで慶が満足してくれるなら、俺は周囲に何を言われても構わないと、自分自身でそう望んで、慶と二人で暮している。


 以前と比べたら格段に回数は減ったものの、慶に用事があって別行動になる時は、一人で飲みに出かける事がある。
 フラフラと入った馴染みの店で、慶が戻ってくるまで少しだけ飲んでみても、最近は何故だか、奢って貰える事が増えてきた。
 代金を受け取らない代わりに、皆から「慶によろしく言っといて」と、いつも伝言を頼まれてしまう。
 それを少し不思議に思いつつも、俺の金は「慶の金」だと、皆も分かっているのかもしれないなぁと、妙に納得もしていた。
 こんな男の面倒を、毎日健気にみている慶を気の毒に思っているのかもしれないし、その分、慶の株が上がっているだろうから、俺としては満足している。
 むしろ、伝書鳩の餌みたいなモンかもしれないな……と考えながら、戻ってきた慶に向かって、ありのままの出来事を事細かに伝えていた。


 俺の時間は仕事をする為のものじゃなくて、全部、慶が気持ち良く暮していく為に使っている。
 他の奴等には理解出来ないかもしれないけど、俺が大切に思っているのは慶なんだから、二人で喧嘩する事もなく、彼の雰囲気に似た小春日和の穏やかで過ごしていけたら――――
 いつも夢見心地で生きてる俺は、それだけを唯一願い続けていた。




「慶、明日は何か予定があるのか?」
 腕の中で眸を閉じている姿に問いかけると、微かに瞼を震わせた慶が、ゆっくりと視線を向けて考え込んできた。
「うーん……僕は特に無かったと思うな。博人は何かあるの?」
「いや、俺の用事は何もねぇよ。それなら、明日は一緒に買い物に行こう。今日の日当を貰ったから、慶の新しい服を買おう」
 そう提案してみると、楽しそうに笑った慶が腕を伸ばして、髪を軽く撫でてくれた。


「ありがと。それは凄く嬉しいけど、博人が働いてきたんだから。博人の服を買いに行こうよ」
「俺の服なんて、いつも慶が買ってきてくれるからな。アレで充分だ。慶は仕事もしてるし、店のママがいつも同じ服を着てたらダメだからな。慶は何を着ても似合うから、服は沢山持ってた方がいい」
「もう、博人は僕の事ばっかりなんだから……じゃあ、一着ずつにしようよ。それなら、二人で選べるから楽しそうだしさ」
「そうだな……それなら俺も妥協しよう。でも、慶のを先に選ぶぞ。二着で迷ったら、俺のを買わずに慶の服を二つ買うからな」
「ん、分かった。でも、僕は一つで満足すると思うな。ねぇ、帰りにお食事も行こうか? 二人だけで外でのお食事は久しぶりだよね」
 声を弾ませて話す慶と裸でしっかりと抱き合ったまま、二人きりで過ごす明日の予定を、事細かに考えていく。


 色んなヤツと遊び廻るのも楽しかったけど、こうして穏やかに微笑んで甘えてくる慶と過ごす時間より、楽しいと感じる物は、結局無かった。
 今は本当に贅沢な毎日だなと改めて実感しながら、愛しい姿と二人だけで、ゆったりとした夜の一時を過ごしていった。






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