一稀の日常 02

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 お店に出勤する準備を始める時間までに、使った食器や鍋などを何とか無事に洗い終わった。
 水気を拭いて棚に仕舞うのは無理だったけど、洗って置いておけば帰ってきた頃には結構乾いてるし、その方が片付けも楽だったりする。
 とりあえず、これで今日の夜はほとんど家事をしなくても良いから、ジェイと二人でゆっくり過ごす事が出来る。
 少し前に「見たい映画がある」とか言ってたし、帰りにレンタル屋に寄って探してみて、見つかったらソレを見るのも良いかなぁ……とか考えつつ、ゴソゴソと出かける準備を進めていたら、共同玄関じゃなくて住戸玄関の呼び出し音でインターホンが鳴った。


 いきなりコッチを鳴らしてくる人なんて限られてるから、思わず首を傾げてしまう。
 ジェイが忘れ物でもして帰ってきたのかな? と考えながら、チラリとモニターを見たらティコだったから、慌てて玄関に行って鍵を開けた。




「ティコ、迎えに来てくれたんだ……俺、もしかして遅れてる? まだ着替えてもないんだけど」
 俺の方が上の階に住んでいるから、大体の待ち合わせの時間になると、俺が先に家を出て、中川とティコが暮らしている部屋を訪ねるのが、暗黙の了解になっている。
 もうお店に行く準備も整えてる彼に、ちょっと不思議に思いながら問いかけると、ティコは楽しそうに頬を緩めた。


「全然遅れてないよ、俺が少し早く来たからさ。多分、20分近く早いと思うな。まだ余裕だから、ゆっくり準備しても大丈夫」
「あ、それなら良かった。中川さんが出かけちゃったとか?」
「そうだな。ある意味、似た感じかも。食事が終わった後、俺が片付けしている間にテレビ見ながらソファで寝ちゃったんだ。昨日は結構忙しかったし、今日は特に用事も無かった筈だから、店長の出勤時間まで、このまま寝かせてあげた方が良いなと思ってさ。静かな方が良いだろうから早めに出てきたんだ」
「なんだ、そういう理由か。じゃあ、途中で様子を見に帰る?」
「うーん……大丈夫だと思うな。風邪ひかない様に毛布をかけてきたし、目覚まし時計もテーブルの上に置いてきたから。多分、それで気付くんじゃないかな。念の為、時間になったら電話するかも」
「分かった。俺も直ぐに準備出来るから、上がって待ってて」
 どうやら食後にリビングでうたた寝をし始めてしまった中川を起こさぬ様、少し早めに家を出て、コッチで時間を潰す事にしたらしい。
 いつもと変わらず元気そうなティコを部屋に招き入れて、二人でリビングにへと戻って行った。




 大きな用事が無い限り、俺とジェイがお店に入ってラストまでを受け持ってあげる金曜か土曜の夜以外、基本的にティコと中川はほとんど毎日、閉店後までお店に残って働いている。
 お店は深夜0時が閉店時間になってるけど、その後に色々と閉店業務があるから、どうしても午前1時辺りまでかかってしまう。
 引退した翔や拓実がやっていたのと同じ様に、古参ボーイの誰かが閉店業務を受け持つ事はあるけど、それも週に1、2回程度あれば良い方だと思う。
 だから、普通の仕事もやっていて朝の早いジェイと違って、彼等は明け方位になってから眠りにつき、お昼近くに起きる生活を何年も続けている。
 大変だなぁと思うけど、やっぱり俺はジェイと一緒の生活をしなきゃいけないから、平日に深夜遅くまでの仕事を代わってあげる事は出来ない。
 だから極力、学校の無い日は開店時間から手伝ってあげて、二人の出勤時間を夕方過ぎに出来る様に、シフトの時間帯を調整していた。


 この程度しか手伝えなくて悪いなぁと思うけど、こんな感じで数時間の仮眠を取ったり、色んな用事を済ませたり出来るから「しっかり役に立っている」と、二人とも言ってくれている。
 それにティコがいつも言ってるけど、恋人同士の二人で一緒の仕事だから、拘束時間が長いとかは全然気にならないらしい。
 確かに、ティコは中川に片思いをしていた普通のボーイだった頃から、本当の出勤時間よりも、やけに早くお店に到着して事務所をウロウロしてたり、率先して掃除をしたりしていた。
 あの頃は「ティコって働き者だな」位にしか思ってなかったけど、本当は片思い中だった中川の傍にいたいのが目的だったんだろうな……と、今頃になって気付きながら、リビングにティコを残して外出の準備に取り掛かった。






 服を着替えて戻ってくると、リビングのテーブルに置いていたレポートや教科書類を、ティコがバッグに入れてくれていた。
 普段より少しだけ早いけど、此処でお茶する程の時間は無い。だからその分、お店に着いてからゆっくりする事にして、其々に手荷物を持って仕事にへと向かう事にした。


「一稀、今日はあまり勉強出来なかったんだな。家事が忙しかったとか?」
 最近は午前中だけで、ある程度のレポートを終わらせてしまう事が多かったから、お店まで持っていって勉強する機会が無かった。
 久しぶりに沢山の勉強道具を持っているのを見て、心配そうに問いかけてきたティコに向かって、ちょっと笑いながら首を振った。
「ううん、違う。ジェイがお昼過ぎまでいたから。田上さんも来たし、三人でお昼ご飯を食べたんだ。そういうのやってたら、少し時間が足りなかったかなーって感じ」
「あぁ、そういう理由か。じゃあ、今日の午前中は留守番じゃなかったんだ。良かったな」
「すっげぇ楽しかった。やっぱり誰かがいると、時間経つのが早いな。いつもは余る位なのにさ」
 普段より短く感じた午前中を思い出しつつ、あまり勉強が出来なかった理由を、心配してくれるティコに説明してあげた。


 ジェイが仕事に行ってる間は、いつも一人でお留守番だから、午前中も何かと時間が余ってしまう。
 掃除や洗濯を済ませた後、お昼まで残った時間で勉強して、午後2時前後に開店するお店の手伝いに行くのが、普段の生活になっていた。
 ずっと前に一度だけ、休みだった筈のジェイに急に仕事が入って、一日中、一人で留守番をした事がある。
 その時も時間が沢山あり過ぎて「お店の手伝いに行こうかな」と思ったものの、途中でジェイが帰ってくるかもしれないし……とか考えてしまって、結局、ジェイが戻ってきた夕方まで、そわそわと落ち着かない気持ちのまま、リビングで勉強をしていた。
 時間が余り過ぎて本当に困ったし、何より、シンと静まった家の中でひとりぼっちでお留守番をするのは、寂しくてしょうがない。
 お店の手伝いをしてなかったら、毎日、こんな風にして過ごしてたのかな……と考えると、本当に心細くなってきた。


 ジェイがいつも心配してくれる通り、確かに学校の勉強とお店の手伝いとの両立は大変だけど、今はずっと家に篭ってるより、皆と一緒に仕事をしている方が楽しいし、寂しいとも感じない。
 そのうち、今よりもっとジェイの仕事が忙しくなったり、俺が学校を卒業して、少し違う事をしたくなってきたら、その時に考えれば良いと思う。
 今は時間が足りない位の方が丁度良いかもなぁと実感しながら、色々と問いかけてくれるティコを相手に、楽しかった昼食時の出来事を話していった。






*****






 正確に「この時間ジャストで」と決めてる訳じゃないけど、大体午後2時辺りを目処に、お店を開ける事にしている。
 麻紀の店みたいなマンション系売り専とかの、暇な時間はボーイが店内待機でも大丈夫な所は、もう少し早い時間から営業開始するお店もあるらしい。
 でも逆に、颯太が以前勤めていたお店は出張型の売り専だったけど、開店時間は午後5時と遅くて、その代わりに此処みたいなシフト制じゃなく、全員が同じ時間に出勤していたと教えてくれた。


 そのお店によってバラバラみたいだけど、今のが丁度良い時間帯じゃないかなぁと、何となくそう思っている。
 開店直後でお客さんも疎らな少しのんびりしている間に、皆にも色々と教えて貰いながら持ってきたレポートを終わらせた。




 気になっていた事を終わらせ、気分的にも仕事に切り替わってきた頃、いつも通りに段々とお客さんが増えてきて、忙しくなってきた。
 俺がまだ副店長だった頃は、名前だけで全然仕事の内容も分かってなかったから、急に忙しくなってくるとオロオロしてしまって、逆に皆の邪魔をしてた様な気がする。
 今はもう仕事的にもすっかり慣れてきたし、基本的にティコに言われた通りにやっているから、そんなに慌てる事もない。
 そう考えると、俺もちょっとは大人になってきたのかな? と嬉しく思いながら、賑やかな店内の様子を確認しつつ、裏方の仕事をこなしていった。


 ずっと俺が一番年下だったけど、翔や拓実達に続いて今年になって何人か引退してから、お店にも俺と同じ歳のヤツと、一つ年下の19歳の子が一人ずつ、同じ時期に入ってきた。
 一応、ボーイとして募集するのは18歳からだけど、客層の平均年齢が他の売り専よりも高いし、売りだけじゃなくてお酒の相手をする機会が多いから、実際は、大人相手に会話が出来てお酒も飲める、20歳以上のヤツがほとんどになっている。
 だから今でも年下の方ではあるけど、来年はもっと年下の子達が入店してくるだろうし、そうも言ってられない様になってきた。


 新人の俺と同じ歳の奴は、話しやすくて直ぐに仲良くなれたけど、背が高いせいか凄く大人っぽく見える。
 一つ年下の子は可愛い感じの子だけど、性格がティコに似てて頭も良くて、学校のレポートも最近は彼に教えて貰う事が多い。
 ティコがお店に入店してきた時も、確か19歳だったと思うけど、今の俺より随分としっかりしていた。
 この店の雰囲気を分かってて応募してくる位だから、それなりに色んな事に自信を持ってる奴なんだろうけど、皆は本当に凄いなぁ……と、本気で感心してしまう。
 ティコは一人でお留守番とかでも、全然平気そうだもんな……と想像しながら、てきぱきと次の仕事を渡してくれる彼と二人で、要領良く仕事を片付けていった。






*****






 昼間に約束していた通り、普段よりもかなり早い時間にジェイが迎えにやって来た。
 一旦、家に帰って着替えてきたみたいで、スーツじゃなく普段着でやってきたジェイは、ついでにキッチンも覗いてきたらしい。
 食器が全部洗い終わってるのも見てきたそうで、ちゃんと片付け終わってたのを誉めてくれた。
 最近は仕事帰りにそのまま迎えに来る事が多かったから、もしかしたら残ってるのを片付けようと思って、一度家に戻ったのかもしれない。
 ちょっと忙しかったけど、頑張って片付けしてて良かったと思いながら、休憩中のボーイ達と一緒に晩御飯を食べて、いつもより随分と早い時間に今日の仕事を終わらせ、家にへと戻ってきた。




 皆と一緒にいるのも楽しいけど、やっぱりジェイだけは特別で、嬉しいの度合が全然違う。
 途中で「映画でも借りようか?」と話したものの、結局、何も借りずに戻ってきて、のんびりと過ごす事にした。
 午前中の数時間と同じで、夕食後の数時間も一人だと長いのに、ジェイと二人で過ごしていると、あっという間で短く感じる。
 珈琲を飲みつつ、ラグの上に座ったジェイの膝枕でゴロゴロしたり、久しぶりに一緒にお風呂に入ったりしているうちに、もう寝る時間になってしまった。




 先にベッドに入っていたジェイの隣にゴソゴソと潜り込んでいくと、腕を伸ばしてきた彼が、今日もギュッと抱き締めてくれた。
 ジェイに抱かれるのは安心出来るし、とっても心地良くて好きだと思う。
 少しだけ顔を上げてキスして貰い、また胸元に頬を寄せると、彼が優しく頭を撫でてくれた。


「どうした。今日は甘えたい日なのか?」
「あ、そうかな……今日は沢山一緒にいたし、余計に甘えたいかも……」
 仕事が休みの日は、ずっとこんな感じでジェイと一緒に過ごしている。
 でも平日はジェイも忙しいから……と我慢してるから、今日みたいに思いがけず沢山の時間を過ごせた日は、本当に嬉しくてしょうがない。
 皆から「そんなにジェイにくっ付いてたら、そのうち飽きてしまうんじゃないの?」と言われるけど、全然そんな事はないと思う。
 むしろ、今日みたいに毎日一緒が良いな……と、大きな身体に抱きついたまま考えていると、顎に指をかけてきたジェイに上を向かされ、唇を塞がれた。


 いきなりの深いキスに驚いたけど、あの最中みたいに舌を絡めて貪られるキスを続けられて、身体が勝手に反応してしまう。
 何が何だか分からないうちに服を脱がされ、彼の掌がお尻をスッと撫でていった瞬間、いつも彼のモノが突き上げてくる身体の深部が、急にジンと熱くなった。




「……んっ……ジェイ、やだ……」
 太腿に手をかけたジェイに足を大きく拡げられ、曝け出された硬く猛っているモノを、根元まで咥えられた。
 一気に襲ってくる快感を必死で堪えつつ、激しい愛撫を与えてくる彼に訴えると、唇を離したジェイが、ニヤリと口元を緩めた。
「可愛い事ばかり言う、お前が悪い。まぁ、今日は少し我慢するんだな」
「え……俺、何も……言ってない……」
「だろうな。分からねぇんなら、それでいい。あまり気にするな」
 優しい口調とは裏腹に、また俺の股間に顔を埋めたジェイが、勃ち上がったままな俺のペニスに、舌を深く絡めてきた。


 全然手加減してくれない愛撫に、また啼き声を上げた俺を見て、ジェイがますます楽しそうに頬を緩めた。
 出逢った直後は別だけど、もう何年も経った最近は、穏やかに抱き合う日がほとんどになっている。
 それが当たり前になっていて、荒々しい行為なんてすっかり忘れてしまった頃、ジェイは突然、こんな風に激しく求めてきて、俺を啼かせて意地悪したりする。
 ジェイは「一稀が可愛過ぎるからだ」とか言ってるけど、俺は普通に甘えてるだけで、別に何にもしていない。
 だから何が原因かは分からないものの、俺は気持ち好過ぎて困るだけで、激しくするのは全然嫌じゃないし、ジェイも楽しそうだから、まぁ良いかな……と思う様になってきた。


 普段はジェイのモノにも俺が愛撫してあげるけど、こういう日だけは別で、ジェイに一方的に啼かされるだけで、俺は何にもしてやれない。
 今日もそれと同じ感じで、もう達しそうになるまで散々苛められた後、うつ伏せにされて、腰を両手で支えられた。
 身体の芯まで蕩けそうだし、もう何が何だか分かってないけど、この後、ジェイが深部に入ってくるのだけは、ぼんやりした頭で理解している。
 押し当てられた熱いモノの感触に、無意識にブルリと身を震わせながら、いつになく硬く猛り立ったジェイのペニスが入ってくるのを、身体の奥深くで感じていた。







 いつ達したか覚えてない位に気持ち好かったのは、本当に久しぶりだったかもしれない。
 起き上がるのも面倒な身体を、ジェイが丁寧に整えてくれて、また一緒にベッドへ横たわった。
 裸のままで抱き合っているから、普段よりも数倍暖かいし安心出来る。
 本気でウトウトと微睡みつつ、またジェイの身体に縋り付くと、楽しそうに笑った彼が優しく頭を撫でてくれた。


「少しだけ、激しくし過ぎたな。疲れただろう」
「ん、ちょっとだけ……でも、気持ち好い位だから……大丈夫……」
 ぼんやりする頭でそう答えて、暖かい胸元に頬を寄せた。


 ジェイと身体を交えるのも心地好いけど、こうして抱き合ってるだけでも、充分にゆったり出来る。
 今日もまた、ジェイの寝顔は見れそうにないなぁ……と、一瞬だけ思いながら、普段通りに軽く背中を撫でてくれる腕の中で、ゆっくりと眠りの世界に落ちていった。






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