Eros act-3 04

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 彼がOKだと言ってくれたら学校に行くつもりにしてたから、昨日のうちから仕事は休みにして貰っていた。
 ジェイが「学校まで送ってやろうか」と言ってくれたけど、この車で学校に乗りつけたら、違う意味でも物凄く目立つ気がする。
 だからジェイが仕事に行く途中に駅まで乗せて貰って、一人で電車に乗って、久しぶりに中学校にやって来た。


 あと数日で夏休みが終わるギリギリの時期だから、ちょうど良かったのかもしれない。
 部活動をしてるらしい生徒が、何人かウロウロしているだけの静かな学校の中に入って、とりあえず職員室にへと行ってみた。
 恐る恐る扉を開けて覗き込んでみると、何人かの知ってる先生が驚いた様子で立ち上がって、入口の方まで来てくれた。それにホッと胸を撫で下ろしながら、少しだけ立ち話をした。
 学校生活は苦手だったけど、昔から先生達の事は嫌いじゃない。
 母親との件があったから余計にだろうけど、一人でいる事の多かった俺に声をかけてくれたり、弁当持参の校外学習の時には、女の先生がこっそりと、俺の分までお弁当を作ってきてくれた事もあった。
 何となく知ってたヤツもいるとは思うけど、一応、母親の事は他の生徒には内緒にしてたから、先生達も気を使ってくれたんだろうなと、今更だけど本当にありがたく思ってしまう。
 色々と話しかけてくれる先生達と立ち話をしていると、他の先生が、三年生の時に担任をしてくれていた先生を呼んできてくれた。
 卒業式があった最後の日まで色々と心配してくれて、「何かあれば相談に来るように」と、そう言ってくれていた先生の姿を見て、急に気持ちが落ち着いてきた。
 何にも連絡しなかったから、ちょっと悪い事しちゃったな……と思いながら、「来年で定年退職だから、早めに来てくれて良かった」と嬉しそうな年配の先生に連れられ、教頭室にへと入って行った。




 俺が卒業した次の年度から、先生は凄く嫌がっていた『教頭先生』に渋々ながらもなったらしい。
 確かに、ずっと「普通の先生がいい」って言ってたもんなと思い出しつつ、少々緊張しながら、ジェイのお父さんよりも年上な先生に、高校に行きたいと思って相談に来た事を伝えた。
 本当に喜んでくれた先生は、とりあえず定時制の高校を薦めてきた。
 やっぱり予想通りの展開になってきたのに覚悟を決めて、ジッと先生の顔を見詰めながら、「他の先生に言っても良いか分からなかったから、まだ説明してないんだけど……」と、今、一緒に暮らしているジェイとの事を話し始めた。
 何だか凄く緊張してしまって、声が少し震えているのが自分でも分かる。
 ジェイは一体どんな気持ちで、お父さんに「自分は同性愛者だ」って告げたんだろう……? と考えながら、自分は同性愛者なんだって気付いてから初めて、普通の人に「俺はゲイだ」って事を話していった。


 先生は、俺が進学しなかった理由は、母親との事だけが原因だと思っているだろうから、きっと内心、凄く驚いていると思う。
 本当は自分は同性愛者で、それを周囲に知られるのが怖かった。
 だから、皆と仲良くしていく自信が無くて高校に行くのを諦めてしまった事や、今の暮らしについての事を、真剣に話を聞きつつ問いかけてくる先生に向って、結局、ほとんど正直に話してしまった。
 全部の事を聞き終わった後も、優しく微笑んでくれた先生の姿に、何故だかちょっと泣きそうになってしまう。
 母親が戻って来なくなった事を教えた時と同じ、穏やかな笑顔を浮かべて「事情は分かったから、条件に合う通信制の高校を探そう」と言ってくれた先生に、返す言葉が見つからないまま、何度も無言で頷いていた。




 色々と探してくれる先生と相談しているうちに、ほぼ希望通りの学校が見つかった。
 その場で直ぐに電話をかけてくれて、色んな条件を確認してくれた先生が、そのまま一緒に入りたい学校に連れて行ってくれた。


 電車に乗って移動している最中も、先生は優しい声色で色んな事を訊ねてくる。
 売りに関する事だけは、やっぱりどうしても話す気にはならないから、一緒に暮らしている彼のやってるクラブの裏方の仕事を手伝っている、と説明した。
 表に出て接客する訳じゃないし、忙しい時に料理を運ぶ手伝いをする位で、ほとんどは事務所の中で在庫管理の手伝いをしたり、備品の整理なんかをやっている。
 そういうのを手伝っているうちに、やっぱり漢字が読めなかったり、計算が苦手な自分に気付いて、それで高校の勉強くらいは覚えたいなって思う様になってきた……と、先生を相手に気持ちを話した。
 本当は全部話してしまいたい気もするけど、やっぱり『学校の先生』だし、風俗店だと言ってしまったら先生も困ると思う。
 だから、その部分だけは話さない様に注意しながら、それ以外の所は全部、先生に話してあげた。
 きっと普通の仕事だったら、先生はもっと喜んでくれたのかもしれないけど、でも、楽しそうに聞いてくれている。
 嬉しそうに頬を緩めて「動機が何にしても、自分から勉強したいって思う気持ちが大事だから」と言ってくれる先生と話しながら、やっぱり相談して良かった……と、気持ちが随分と落ち着いてきた。


 今日は手続きに関する事を聞いて終わりだろうと思っていたのに、ちょっと面接っぽい雰囲気になってしまって、意外な展開に驚いてしまった。
 通された面接室の中、変に焦ってしまって言葉に詰まりがちな俺の代わりに、先生が直ぐに高校に進む事が出来なかった家庭の事情や、今の生活の事を話してくれる。
 特に驚いた様子もなく、ボソボソと話す俺の言葉と、それを沢山の言葉で補充してくれる先生の話を聞いてくれた高校の担当の人が、最後に「似た様な事情の人も大勢いるから大丈夫だ」って、こっちが驚いてしまう様な事を言って笑ってくれた。
 やっぱり普通の学校に行かず、こういう高校に通う人は、その理由は様々だけど色んな事情がある人が多いらしい。
 それを問題にして入学を断る事は無いから、何も心配しなくていいと言ってくれた高校の担当先生から、必要な書類などを沢山手渡されて、ほとんど入学が決まったも同然の高校を後にした。
 俺一人で行ってたら、もっと緊張しただろうし、時間も沢山かかったと思う。
 卒業式の時に言われた言葉通り、色々と相談に乗ってくれた先生にお礼を言って、もう夕方前になってしまった頃、家にへと戻ってきた。






「あれ? ジェイ、もう戻ってきてたんだ。田上さんも一緒?」
 見慣れたジェイの靴と並んで、時々見かける革靴があるのを見つけて、玄関から大声で話しかけた。
 そのままリビングに向うと、もう普段着に着替えているジェイと、彼の秘書をやっている田上が向かい合わせにソファに座って、色んな物を広げて打ち合わせをしている。
 とりあえずジェイの隣に座ると、俺が手に持っていた大きな封筒を受け取ったジェイが、早速、中に入っている書類をチェックし始めた。


「案外近い所にあるんだな。一稀が見つけていた所より条件的にも良さそうだ。もう決めてきたのか?」
 笑いながら問いかけてきたジェイに、頬を緩めて頷いた。
「多分、ソコで決まりだと思うな。三年生の時に担任だった先生が、一緒に行ってくれたんだ。あのさ、教頭先生になってたんだぜ。すっげぇビックリした。だから高校に行ったらその場で面接してくれたし、色んな説明も先生がしてくれた」
「教頭か……年配の先生なのか?」
「来年で定年だって。だから、そっちの意味でもギリギリだったし、行ってきて良かった。何か凄く心配してたらしくて、先生も喜んでくれた」
「だろうな。先生も安心しただろう。時々、顔を出してやるといい。試験はあるのか?」
「無い。その代わりに作文を書くように、って言われた。それが試験代わりなんだってさ。あんまり時間もないし短くても良いらしいから、今週中に先生に送る約束してきた」
 そうジェイに話していると、聞かされた彼よりも向かいのソファに座っている田上の方が、ちょっと驚いた様子で顔を上げた。


「へぇ、通信制の高校って入学試験がないのか。俺も通信制にすれば良かったな」
「え、ダメだと思うな。こういう高校に入ったら、大学に行くのが大変だろうし。そしたら、田上さんも今みたいに秘書の仕事が出来なくなるぜ」
「そうなんだけどさ。でも、俺は公立の中学からの入試だったから、ホントに勉強させられて嫌だったなぁ。一稀くんは偉いよな。自分から勉強したいとかさ」
「そんな事ないって! 皆より遅れたけど、同じ事は覚えたいなって思っただけだからさ。それでやっと、ちょっと追い付けるかなって感じだと思うな」
 そう笑って答えながらキッチンに向って、珈琲を淹れる準備を始めた。




 ジェイより一回り年上な秘書の田上は、あまり会社には顔を出さないジェイの代わりに、色んな事をやっているらしい。
 もう奥さんと子供がいて30代半ばの彼は、立派な大人で態度も堂々としてるから、時々、彼を社長だと勘違いする人もいて「ちょっと困ってる」と笑っていた。
 その後に本当の社長であるジェイが顔を出すと、まだ若いし、あの外見だからかなり驚かれるらしい。
 時々、そんな事を教えてくれて笑ってるジェイと田上の話を聞きながら、二人共、わざとやってるんじゃないかな……って、今でも少しだけ疑っている。
 ジェイならこっそりと、そういう所で楽しみそうだしと、もう何となく掴めてきたジェイの性格を考えると、多分、それは間違ってない気がした。


 他の社員の人達との様子はわからないけど、田上と話している時のジェイは、お店での彼の姿と似た感じで、だから少しだけ安心している。
 初めて彼と会った時にはちょっと緊張したけど、ジェイとの打ち合わせで、こうやって何回か家に来て顔を合わせるうちに慣れてしまった。
 ジェイの恋人になる前は、本当にゲイの人達との交流しかなかったのに、彼の知ってる普通の人達とも話すようになって、昔よりは、かなり警戒心は無くなってると思う。
 今度から通う事になる学校の生徒達とも、こんな感じで少しずつ慣れていくのかも……って考えたら、随分と気が楽になってきた。


 彼の家にいる奥さんは、まだ小さい子供にかかりっきりで、あまり構ってくれないらしい。
 いつもジェイと一緒にいる俺を見て、「子供がいないと、いつまでも楽しそうで良いな」と羨ましそうに話す彼は、遅くなった時は、此処やお店の方に顔を出したりして、夕食を一緒に取って帰る事もある。
 今日の打ち合わせは長くなりそうだし、彼の分も晩御飯を作ってあげて、その代わりに作文の見直しをして貰おうかな……と考えながら、難しい話を続ける二人の分も合わせて、飲物を運んで行った。






*****






 ジェイの父が社長をやっていた頃から会社に勤めている田上を秘書に選んだのは、性格的に気が合ったのもあるけど、それ以上に、彼の処理能力に感心したのが一番の理由だったらしい。
 普通の日本語以上に面倒なビジネス的に書かれた書類をチェックして、必要な事柄だけを的確に伝えてくれる彼のサポートについて、ジェイは「本当に助かっている」と教えてくれた。
 文章を書くのが得意な田上に添削して貰った作文は、自分でも驚く位に立派な物になった。
 ジェイは「今でも、長い日本語を書くのは苦手だ」と言ってたし、田上には敵わないけど、俺も少しはこういう手伝いが出来る様にならなきゃと改めて思いながら、先生に作文と渡されていた書類を提出した。
 先生も既に中学校の方で必要な書類は準備してくれていたらしく、直ぐに高校から入学許可の知らせが送られてきた。
 やってきた色んな書類を眺めながら、これで本当に高校生になるんだなって実感して、何だか嬉しくなってきた。


 ジェイに相談するまでは、本当に俺は高校に通って卒業出来るのかなぁ? とアレコレ悩んでいたけど、決まってしまえば楽しみになってきた。
 まだ少し時間もあるし、中学の頃の復習しといた方が良いよなと思って、参考書を買ってお店に持って行くと、ちょっと俺の方がビックリする位に、皆がやたらと大騒ぎになってしまった。
 そういえば、皆にはまだ言ってなかったと思い出して説明すると、また余計に驚かれてしまった。
 天変地異の前触れだ! とか言って騒ぐ皆を無視して、空き時間に勉強を続けていると、何だかんだと茶化しながらも、皆、色々と横から覗き込んで、楽しそうに教えてくれる。
 やっぱり皆は頭が良いなぁと感心しながら、中学の時とは全然違う楽しい気持ちで、久しぶりに見た問題に頭を悩ませながら、少しずつ勉強を続けていった。





 毎日ちょっとだけの時間だけど、欠かさずに本を広げている俺を見て、ジェイも沢山褒めてくれる。
 それが嬉しくてしょうがなくて、俺って単純だなって実感しつつ、それにますます調子に乗ってしまう。
 あと何年か後には、これが本当になれば良いな……と願いながら、今は何の事だか理解出来ない仕事をしているジェイの隣に座って、秘かに一緒に仕事をしてる雰囲気を味わいながら、少しずつ勉強を続けていった。






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