Eros act-2 23

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「ジェイ、本当に仕事の方は良いの? 俺一人でも大丈夫なのに。コレ外すだけだからさ」
「別に午後からでも良かった会議だ。気にするな。一人じゃ心細いだろうし、俺も一緒に聞いておいた方が安心出来るからな」
「まぁ、そう言われればそうなんだけど。何か悪いなぁ……」
 朝からやけに上機嫌なジェイにそう答えて、とりあえず、一緒に診察室にへと向う事にした。


 今日は一日中、仕事に行く筈だったジェイが、午前中に入っていた仕事の予定をずらして、ギプスを外すのに付き添ってくれる事になった。
 「俺は平気だぜ」って言ってるのに、何故だかまったく聞き入れてくれないジェイは「一稀が駄々を捏ねて日を改めると、院長に悪いからな」と言って、ニヤニヤと笑っている。
 俺としてはギプスなんかうっとおしくてしょうがないし、むしろ早く外したい位だから、それは絶対に無いと思う。
 ジェイ、何言ってるんだろ……? と心底不思議に思いながら、彼と一緒に診察室にへと入っていった。




 既に診察室で待ってくれていた先生に、最後の確認をして貰った。
 予定通りに外す事が決まり、先生が切る所に線を入れている間に、看護師さんが運んできた道具を見た瞬間、思わずそのまま硬直した。


「――――せ、先生……それ、電ノコ? もしかして、それで切るの?」
「ギプスカッターと言うヤツだ。腕は切れないから大丈夫」
「ホントに? マジで大丈夫? 骨折治ったのに、今度は腕切られたとか、すっげぇ嫌なんだけど」
 隣に立ってるジェイが、ククッ…と必死で笑いを堪えてるのが分かったけど、思わず聞かずにはいられない。どう見たって対人間用とは思えない電動丸ノコだし、まさかこんな凄い物で切断するとは、想像すらしてなかった。
 そういえば、いつもは病室で診察してくれる先生も「掃除が大変だから、診察室に来るように」と言っていた。そりゃあ、こんなモンで切ったら粉も沢山飛び散るだろうなぁと、妙に納得してしまった。
 きっとジェイはコレで切断するって知ってたから、付き添いで来てくれたんだ……って気が付いたけど、もう遅い。
 こっちは凄いビビッてるのに、そんな事はお構い無しで、先生は淡々と準備を進めていく。
 もし、これがティコだったら絶対に気絶してるな……とか考えながら、隣にいるジェイの手をギュッと握り締め、何だかありえない音を立てて、白い粉を飛び散らせて切断していくギプスカッターの行方を、見たくないけど何故だかジッと見詰めてしまっていた。




 切断時の摩擦でかなり熱くて、真剣に悲鳴を上げそうになったけど、ジェイが「大丈夫だ」って言って頭を撫でてくれるから、何とか我慢して、ようやくギプス切断作業が無事に終わった。
 本当に腕は切れなかったけど、何だか凄く肩に力が入ってしまって、精神的に疲れ果てた。
 もう二度と骨折なんかするもんか……と硬く心に誓いながら、ザッと簡単に腕を洗って、レントゲンを撮って貰った。
 まだ治ってなくて、もう一回ギプス巻くって言われたら本気で嫌だな、と心配になったけど、どうやら無事に骨折の方は、ほぼくっ付いてくれたらしい。
 「まだ完全には繋がってないから、あまり無理をしないように」と説明してくれる先生から、手首を固定するサポーターと、それに合う大きさに切断したギプスの半分を貰って、ジェイと一緒に病室に帰って来た。




「やっぱり驚いたようだな。怖かったか?」
 病室に戻ってベッドに腰掛けつつ、そう問いかけて来たジェイに、もう反論する元気もなく、素直にコクリと頷いた。
「うーん、怖かったと言うかビビった。あんな道具で切るとは思わなかったからさ。人間は切れないんだろう……ってのは分かるけど、でも気分的に嫌かも」
「音が凄いからな。院長も言っていたが、最初は動きが悪くて当然だ。あまり無理して動かさなくてもいい。痛くなったら、また少し固定しておくと良いだろう」
「分かった。ジェイ、もう仕事に行く?」
「そうだな。夕食までには戻ってくる。少し遅くなるかもしれないが待ってろ」
 ギプスを外した左腕を手に取り、様子を見ながらそう答えたジェイが、軽くキスをしてくれた。




 仕事に向うジェイを病院の入口まで見送った後、また病室に戻って来て、とりあえず腕を洗いに洗面台に向った。
 とにかく左腕の肘から下全体が気持ち悪くてしょうがなかったから、久しぶりに何にも気にせずに浴びせる、暖かいお湯の感触が本当に気持ち良い。
 まだ少し腫れてるのかな? とか思いつつ、お湯を張った洗面台に手を入れて、三回くらい繰り返して洗ったら、ようやく気分も落ち着いてきた。
 そうなると、何だかパジャマで過ごすのもなぁ……って気がしたから、久しぶりに普段着に着替えてみた。


 まだ軽くだけど、なるべく左手も使う様にして着替えてみると、ようやく治ったんだなって実感する。明日からは毎日着替えようって考えながら、今日は一人で喫茶室に行って、のんびりとお昼御飯を食べてきた。
 思ってた以上に長期間の入院になっているうちに、いつの間にか増えてしまった荷物を少しずつ片付けていると、拓実と橋本が出勤前に様子を見に来てくれた。
 小学生の頃、同じ様に左手を骨折した経験がある橋本に、まだ全然動きの悪い腕を見せると、やっぱり外した直後は同じ様な感じだったらしい。
 色々とアドバイスしてくれる橋本の言葉を聞きつつ、何だか少し楽しくなってきた。
 こうやってギプスを外した状態で皆に会うと、本当ならこの時間帯は仕事をしている筈の通い慣れた店に、一緒に向いたくなってくる。
 安心した表情を浮かべた拓実と橋本と話をしながら、早く仕事に行きたいな……って、そんな事ばかりを考えていた。




 もうすぐジェイが帰ってくるかなって時間になった頃、少々動かし過ぎてしまったみたいで、手首と折れた部分がちょっと痛くなってきた。
 ガーゼが巻いてある半分に切ったギプスを、手首の辺りを中心にサポータで固定してから、あちこちチャンネルを変えつつテレビを眺めていると、思ってたより早くジェイが仕事から帰って来た。


「どうした、痛めたのか?」
 病室に入ってくるなり、怪訝そうな表情を浮かべて問いかけてきたジェイに、笑顔を浮かべて首を振った。
「違う、ちょっと張り切って動かし過ぎたみたい。折れた所もだけど、どっちかって言うと手首が痛くてさ……」
「あぁ、そっちか。ずっと固定してたからな。筋や筋肉も萎縮している。風呂に入ってお湯の中で動かした方が良いだろう。それまで安静にしといた方が良いだろうな」
「ん、そうする。そんなに我慢出来ない程、痛い訳じゃないから大丈夫。こうしてるだけで全然楽だからさ」
 ガッチリと固定されてずっと首に吊っていた時と違い、今は軽く押さえている程度だし、肘も伸ばせるから動き易い。
 コレを付けたり外したりして少しずつ慣らして、逆に無意識に動かし過ぎてしまいそうだったら、最初から固定しとけば良いと思う。
 その状態で手を握ったり開いたりして動かしていると、荷物を置いたジェイが近寄ってきて、頬にキスをしてくれた。


「何とか仕事にも行けそうだな。退院してからも、大人しく家にいるのは嫌なんだろう?」
「うん。今日、拓実と橋本が来てくれたんだ。普通の格好して皆に会うと、やっぱり早くお店に行きたいって思うよな」
「力仕事はティコに任せれはいい。顔を出すだけでも気分転換になるから、俺がいない間は店に行くか。仕事が終わったら迎えに行く」
「そうする。すっげぇ楽しみだな。色々忘れてないかな……そっちの方が心配かも」
 こんなに長い間、店に行かなかったのは初めてだから、せっかく覚えた細々とした事を覚えているか。その方が少々不安になってくる。
 でも、今度からティコもいるし、分からない事があれば教えて貰えると思えば、ちょっとは気が楽かもしれない。
 ようやく戻ってきた日常生活を、本当に嬉しく思う。
 やっぱり元気なのが一番だなと実感しながら、ジェイに細かい事柄を色々と話しつつ、一緒に下にある料理屋に夕食を食べに行った。






*****






「……ジェイ。何か、腕全体が細くなってる気がするんだけど。どう思う?」
 ギプスをはずした直後は、少し腫れてむくんでいる様な気がしていた左手も、動かしているうちに段々とそれが落ち着いてきた。そしたら逆に、右腕と随分太さが違っているのに気付いた。
 お湯を満たしたバスタブの中、久しぶりに普通にお湯に浸した左手を眺めつつ、背後から抱き締めてくれているジェイに問いかけると、彼が手を伸ばしてきて掌をギュッと握ってくれた。
「まぁ、それは仕方ないだろう。一ヶ月も動かしてなかったからな。筋肉も落ちてるだろう」
「やっぱりそうなのかなぁ。でも、ちょっと嫌だな。元から筋肉付いてねぇのに、これ以上、細くならなくても良いんだけど」
「心配するな。そのうち、自然と戻ってくる。それより今は、手首を柔らかくする方が大事なんじゃねぇか? 手首が動かない事には、筋肉が戻る動きも出来ないだろう」
「あ、そうかも。ちょっと動かさなきゃ」
 それが目的だった筈なのに、彼と一緒にお風呂に入る心地好さで、すっかり忘れてしまっていた。


 手首を伸ばすのを手伝ってくれて、時々「痛いか?」と聞いてくるジェイの腕に抱かれたまま、ふと、怪我をする前より、色んな意味で彼との距離が近くなっているのを感じた。
 ジェイには何でも話してるし、自分の気持ちもちゃんと伝えているつもりだったけど、やっぱり少し意地を張ったりしている所があったのかもしれない。
 怪我をして怖くなってジェイに甘えたり、動かない左手の代わりに色んな事を手伝って貰ったりしているうちに、変に強がっていた気持ちが無くなってしまった。
 ジェイの昔話を聞いた事も、大きな理由の一つだと思う。
 俺はもう子供じゃないんだから、もっとしっかりしなきゃと考えていたけど、そうやって頑張るのと、ジェイに意地を張るのとは違うんだなと気が付いた。
 早くジェイみたいに、落ち着いた大人にならなきゃと焦っていたけど、別に彼の真似をする必要はないんだと分かった。
 彼が日本に来て、慣れない言葉や彼の父と同じ仕事を覚えたり、中川が警察学校に武者修行に行ったのと同じで、俺も自分に向いてて、出来る事を頑張ればいい。
 怪我をしてしまった事は本当に情けなくて、今でも一方的にやられた事を悔しく思っているけど、こうしてジェイとますます仲良くなれて、色んな事に気付いた分だけ、そう悪い事ばかりじゃない気がしてきた。
 甘えたい時はジェイに素直に甘えて、でも頼ってばかりじゃなくて、自分の事は自分でしっかりしていけば良いんだろう。
 それにこうしてると、ジェイも楽しそうにしてくれるし……って思いながら、暖かなお湯に浸かって、彼と一緒にのんびりと寛いでいた。






 今までは横に並べたベッドの方で寝ていて、俺が寝てる方には入ってこなかったジェイが、今日はこっちのベッドの方に身をずらして来た。
 微かに笑みを浮かべて、ギシッと音を立てながら覆い被さってきたジェイに笑顔を返し、彼の背中に腕を廻すと、ゆっくりとジェイの顔が近付いてきた。
 激しいキスを求めてくるジェイに応えながら、一気に気持ちが昂ってくる。
 数週間ぶりに感じる彼の重みと、伝わってくる暖かな温もりに、何だか胸が一杯になってじんわりと目元が潤んできた。
 一緒にお風呂に入れる様になって、何度かそこでもしてたけど、やっぱりこうしてベッドで抱き合うのとは全然違う。
 家の柔らかなベッドとは違う、少し硬めの病院のベッドではあるけど、抱き締めた彼の身体は本当に心地好くて安心する……って今更ながらに実感した。


「……一稀、まだ痛むのか?」
 首筋に埋めていた顔を上げ、服を脱がそうとしていたジェイに、眦に浮かんだ涙を見つけられてしまった。
 不安気な表情を浮かべて動きを止め、溢れそうになってる涙を拭ってくれたジェイに、ちょっと恥ずかしく思いながら微笑み返した。
「大丈夫、どこも痛くない。何か嬉しくなってきたからさ。そしたらちょっと涙出てきた」
「嬉しい? ギプスが取れたから……か?」
「そんな感じかな。お風呂でするのも良いんだけど、やっぱりベッドで抱き合う方が好きかも」
 ジッと見詰めてくるジェイにそう答えると、楽しそうに口元を緩ませ、額に軽くキスしてくれた。
「随分と可愛い事を言うじゃねぇか。お前、入院してから素直になったな」
「そうかもな。ジェイに甘える癖がついたみたい」
「良いんじゃねぇか? ずっとそうしてろ」
 嬉しそうに答えてくれたジェイが、また覆い被さってきて服を脱がし始めた。すこしずつ露わになってくる素肌に唇を寄せられ、その心地好さに甘い吐息を吐いた。


 バカな事言ってんじゃねぇよ、って鼻で笑われるかと思ったけどそうじゃなく、ジェイは嬉しそうに聞いてくれた。
 入院中に俺の気持ちが変わった事は確かだけど、ジェイも変わったよな……って実感する。
 こんな風に辛い事が起きても、ジェイと二人でいれば、今までよりもっと良くなって乗り越えていけるんだなって、それが分かった。
 こんなに長い時間を二人で過ごしているのに、全然飽きる事なく、もっと彼と一緒にいたいと思う。
 ジェイの恋人になれて本当に良かった……と思いながら、ゆっくりと丁寧に全身の隅々にまで施される愛撫に、甘い啼き声を上げ続けていた。






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