Eros act-1 08



 こういうホテルの造りなんて何パターンかあるうちのどれかだから、傍で眺めていなくても、ジェイが一番金額の高い部屋を選んだのが何となく分かってしまう。
 当然の様にその部屋を選び、歩き出したジェイの少し後に続きながら、興味本位でチラリと部屋の金額を確認した瞬間、もう真剣に驚いた。

 思わず転びそうになってよろめいていると、ジェイが急に振り返ってきて、怪訝そうな表情を浮かべた。



「おい、どうした。真っ直ぐ歩けない位に緊張してるのか?」

「や、えっと……ちょっと金額にビックリして」

「なるほど。確かに少し高めだろうが、男同士は拒否される場合が多いからな。ココは問題なく受け入れて貰えるから、礼代わりに利用しているだけだ」


 半分笑いつつそう教えてくれたジェイの話にも、また違う意味で驚いてしまう。
 スタスタと歩き始めた彼の隣に並びながら、少し高い位置にある、彼の顔を見上げてみた。



「え、そうなんですか? 男同士って、ラブホは拒否されるんですか?」

「まぁな。別にラブホに限った話じゃない。一般のホテルでも『満室だ』などと言って断ってくる場合がある。ノンケの人間にとって、俺達みたいな性癖のヤツは偏見の対象なんだろう」


 同性愛者の彼にとって、それはもう慣れきった出来事なんだろう。
 特に怒っている様子もなく、極普通の口調で答えてくれるジェイの言葉に、何だか妙に複雑な気分になってきた。



 この仕事をやろうと思わなければ、そんな事情を知る事もなかった。
 今まで他人事で知る由も無かった俺が、偉そうにどうこう言える立場じゃないのは充分に分かっているものの、理由もなく胸の奥がムカムカしてくる。

 こうして話をしている彼は、普通の人以上に丁寧で、本当に良い人だと思う。

 店で会った従業員の皆だって、その辺りを歩いている男達と何も変わる所はなく、友達になれるといいなって、そう考えた位に好感を持った。


 俺がノンケだと聞いて楽しそうに話しかけてくれた、皆の顔が頭を過ぎってしょうがない。

 ジェイと並んで部屋へと向かいながら、彼等も変な偏見の目で見られてムカついた事があるんだろうか? と、そんな事ばかりが頭の中に浮かんでは消えていった。




 これで広い窓がついてたら、ちょっとしたホテルだと「デラックスルーム」とか、そんなオシャレな名前を付けられるに違いない。
 金額相応な広い部屋にビビりながら、思わず周囲を眺めてみる。

 正直、寝るだけが目的だと割り切って利用する場所だから、プライベートでこんな部屋を選んだ事はない。
 こんなラブホってあるんだなぁと興味津々で観察していると、無造作に携帯などをテーブルに置いたジェイが、サッサとシャツを脱ぎ始めたのが目に留まった。

 まさか部屋に入って休む間もなく、直ぐに始めるとは思ってなかった。
 慌ててボタンに手をかけた瞬間、晒された彼の上半身が目に入ってそのまま動きを止めてしまった。


 左腕と背中のタトゥもそれなりに驚くけど、それ以上に、背中に大きく残る傷跡にビビッてしまう。

 どう見ても『斬られた』としか思えないよなと考えていると、俺の視線に気付いたのか、ジーンズのファスナーを下ろしたジェイが動きを止めて怪訝そうな顔を向けてきた。



「何をボーっと見惚れてるんだ。お前、案外ゲイの気があるんじゃないのか?」

「あ、いえ。タトゥがカッコ良いなぁと思って」

「そうか? 近いうちに顔を合わせるだろうが、三上という男がいる。ソイツがこういう系統が好きで『似合うから入れろ!』とうるせぇから入れてやった。色々と彫師にも詳しいから、興味があるんなら紹介して貰えばいい」

「そうなんですか。お金貯まったらそのうち考えようかな。あの、背中の傷は?」

「これはガキの頃にやった喧嘩の名残だ。大したモンじゃねぇよ」


 そう言いながら全ての服を脱ぎ捨てたジェイが、スタスタとバスルームにへと向かって行く。

 ……背中から斬りつけられる「ガキの喧嘩」って何だよ? と呆れながら、慌てて服を脱ぎ捨てると、彼の後を追ってバスルームへと向かった。




 その気が無くても惚れ惚れとする位に完璧なジェイの裸身を眺めながら、ちょっと笑える位に和やかな雰囲気で身体を洗っていく。

 これでゲイだなんてちょっと勿体ないなぁと、心底羨ましく思いながら彼の身体を眺めていると、背中の傷跡近くに走る爪を立てた様な痕に気付き、何故だか慌てて視線を逸らした。
 あんな所に残る爪痕なんて、どう考えてもその最中に組み敷いた相手が快感に喘いで付けたとしか思えない。

 色んな光景が勝手に頭に浮かんできて焦ってしまうものの、その相手も男なんだよなぁと妙な気分で考えていると、シャワーを持ったジェイにいきなりお湯をかけられた。



「聞いてもドッチならいけるか……なんて分からないだろうから、とりあえず入れてみるか?」

「そうですね。入れる……んですよね」

「ばーか、急にモノを突っ込む事はしねぇよ。壁に手を付いて尻を出せ」


 色気も何もない口調で指示を出してくるジェイの言葉に従い、とりあえず、言われた通りの体勢をとってみる。
 腰からお湯をかけられつつ、尻のあの部分に触れる指の感触に妙な気分になっていると、いきなりソレを突っ込まれて「んあ!」と思わず声を上げた。



「馬鹿、マヌケな声を出すな。痛くはないだろう」

「はい。全然痛くはないですけど……かなり妙な気分です……」

「だろうな。まぁ、少し我慢してろ」

 どうやら笑いを噛殺しているらしいジェイの声色に、若干腹が立つ様な気もする。
 でもそれ以上に、味わった事のない感触が下半身を支配してしまっていて、もう、ソッチで頭が一杯になった。




 気持ち悪くはないけど、決して気持ちが良いとも思えない。
 あまりにも微妙すぎる感覚に無言で考え込んでいると、ククッとくぐもった笑い声を上げたジェイが指を引き抜き、解していた部分にお湯をかけてくれた。


「色気のない顔してんじゃねぇ。眉間に皺を寄せるな」

「あ……すいません。何か、上手く説明出来ないんですけど……」

「そう焦らなくてもいい。先に上がって酒でも飲んでろ。少しリラックスした方が良さそうだな」


 そう言ってくれたジェイの言葉に頷き、彼を残して、とりあえずバスルームを後にした。




 言われた通りに冷蔵庫からビールを出して一口飲んでみると、少しだけ気分も落ち着いてくる。
 何となくベッドに腰掛けながらも、思わず溜息を吐いてしまった。


 男から身体を触られてみて、とりあえず嫌悪感はなかったけど、少なくとも気持ち良いとは到底思えなかった。
 それにもし、仮に俺が突っ込む方をやったとしても、ジェイがやってくれたのを客にやってあげるんだなと考えると、何だか色々と自信が無くなってくる。

 ホントに俺、男相手でもヤレるのかなぁ? と自分自身に疑問を感じながらビールを煽っていると、腰にタオルを巻いただけのジェイが、バスルームから戻ってきた。



「少しは落ち着いた様だな。気分はどうだ?」

「もう大丈夫です。でも俺、本当に出来るのかな? とか考えてしまって……」


 変に気持ちを隠しても手間を取らせるだろうと考え、正直にそう伝えてみると、俺の手から缶ビールを取り上げたジェイが、残っていた分をゴクリと美味そうに飲み干した。


「受ける方は慣れが必要だ。最初から上手くやれるヤツもいるが、お前はそうじゃない様だな」

「はい。でも、本当に慣れるんですか?」

「指が平気なら大丈夫だ。本当にダメなヤツは、あの時点で音を上げる。要領が分かるまでは突っ込む方をやってりゃいいだろう」



 そう呟きながらベッドに上がってきたジェイに腕を引かれ、そのまま仰向けに横たわる。

 急にリアルに感じてきた行為に胸がドクリと音を立てた瞬間、バスローブの裾を割って下半身を曝け出され、そのまま熱の無いあの部分を、いきなりジェイの口にへと咥え込まれた。


「――――……え!? ……っあ……」


 驚く間もなく急激に襲ってくる直接的な快感に、思わず腰が勝手に浮いた。


 堪える余裕すら持てないまま一気に勃ち上がっていく自分のモノに焦りつつ、それでも、猛ったモノを咥えるジェイの顔から視線を逸らす事が出来ない。

 男に咥えられているのに呆気なく勃ち上がってしまった自分自身に呆然としていると、顔を上げたジェイが楽しそうに頬を緩めながら、ゆっくりとあの部分を抜き上げ始めた。




「随分と反応が早いじゃねぇか。久し振りなのか?」

「あ、はい。数ヶ月前に女と別れたから……それ以来かも」

「そうか。丁度良かったんじゃねぇか? 仕事で嫌というほど絡み合う事になる。まぁ、直ぐに慣れるだろうが」


 そう言いながら、俺のモノに慣れた手付きでゴムを被せ始めたジェイの姿に、ちょっと慌てて声を上げた。



「あの……もしかして俺が突っ込む方で?」

「そうだ。その方が要領は分かってるだろう」

「まぁ、そうなんですけど。いつも突っ込まれる方なんですか?」

「いや、普段は逆だな。別にドッチでもイケるが、俺は突っ込む方が好みだ」


 色気があるんだか無いんだかよく分からない会話を交わしながらも、その準備はジェイの手によって滞りなく進められていく。

 呆然と眺めているだけなのに、もう充分に挿入可能になってしまった俺のモノが、たっぷりのジェルで濡らされる。
 その昂りを握り締めたまま腰を跨いできたジェイの深部にへと、じわじわと迎え入れられていった。




 途中で抑えた喘ぎ声を上げた彼の仕草に、ビクリとあの部分が反応したのが自分で分かる。

 男の吐息に色気を感じてしまった自分自身に内心驚いていると、暫くジッと身を止めていた彼が、ゆっくりと腰を動かし始めた。



 少し俯き加減で微かに息を荒げる姿と、彼の内襞で緩やかに擦られる勃ち上がった部分に感じる快感とで、もう頭の中は否応無しに彼との行為に支配されていく。
 「……はっ、…」と声を上げて喘いだジェイのモノが昂り始めているのを目にした瞬間、もう我慢も限界にきて、一気に身を起こして彼の身体を引き寄せた。


 その瞬間、ジェイが微かに口元を緩めた気がしたけど、直ぐに頭の中から抜け落ちた。
 慣れた様子で促されるままに体勢を入れ替えたジェイの身体を組み敷き、広げた彼の足を抱え込んで、一気に彼の深部にへと腰を突き上げていく。

 俺は今、男の身体で感じている……

 それは充分、理解しているのに、そんな事はどうでも良い位に夢中で腰を動かしていった。



 ベッドに貼り付いて喘いでいるジェイの横顔に強烈にそそられるし、突き入れた股間では自分のモノより猛々しい彼の昂りが揺らいでいるのに、その光景が妙に欲情を煽ってくる。

 明らかに自分より色んな事に勝っている男を組み敷いて喘がせているという、倒錯した支配欲なのかもしれない。

 首筋を伝っていくジェイの汗を見詰めながら、抱え込んだ彼の下肢を握る掌に力を込めて、蠢いて締め付けてくる彼の深部にへと、薄いゴム越しに盛大に欲望を吐き出していた。




 女の身体では味わった事のない射精感に、呆然と息を整えていると、楽しそうに頬を緩めたジェイがスルリと身を引き剥がしてきた。

「お前、普通に楽しんでただろう?」

「……すいません。つい夢中になってしまって」

「別に咎めてる訳じゃねぇよ。今の感じなら、男の身体でもイケそうだな」

「自分でも真剣に驚いてるんですけど、全く問題無さそうな気がします……」

「とりあえず今日みたいな感じで良いだろう。テクはさておき、必死な感じは伝わってきたからな。初物喰いの奴等は喜んでくれるだろう」


 笑いを抑えた彼に、そう言われた途端、急に冷静さが戻ってきて背中を冷たい物が伝った。



「ほ、本当にすいませんっ! あの、面接……って言うか、仕事とか忘れて、自分ばっかり勝手に楽しんでしまって……!」

「気にするな。すぐ冷静に戻れるんなら大丈夫だろう。そのうち自分でも何をすれば客に喜んで貰えるのか分かってくるだろう。無意味なマニュアルなんざを決めて、薄っぺらいサービスを強要するつもりはない」

「はい……最初のうちは戸惑うかもですけど、とりあえず色々頑張ります」

「そうだな。ノンケで初仕事を売りにすれば客も分かってくれるし、そういう不慣れさを好むヤツもいる。需要は多々あるだろうから安心しろ」


 そう言いながら、ジェイがあっさりとベッドから立ち上がった。
 まだ昂っているモノを気にする様子も無く、そのままバスルームにへと足を向ける彼の姿に、慌てて身を起こして立ち上がった。



「あ、俺が最後まで……」

「あぁ、コレか? 放っておけば収まってくる。気にするな」

「でも……そのままって辛くないですか?」

「多少はな。約束があるからソイツにやって貰う。一日二回程度なら平気だが、どうせならアイツ相手に出した方が喜んでくれるだろう」


 上機嫌で頬を緩める彼の話で、背中に残った爪痕の事を思い出す。
 やっぱり恋人がいるんだなぁとバスルームに向かう彼の背中を見送りつつ、一人で納得していると、ふと、自分が口走った言葉が頭の中に浮かんできた。


 その瞬間は何とも不思議に思わなかったけど、冷静に考えてみると「俺が最後まで……」っていくらなんでも尋常じゃなさ過ぎる。
 ジェイがあっさりと流してくれたから良かったものの、「じゃあ、そうしてくれ」と答えられたら、俺は一体、何をするつもりだったんだろう?

 彼と出会ってから後、あまりにも理解を超えた自分自身の言動の数々を思い出しつつ、一人残されたベッドの上でオロオロと慌てていた。




 車庫に戻る廊下を歩きながら、一歩前を歩くジェイの姿をじっくりと眺めてみる。

 背が低い方でもない自分が見上げる程の身長がある彼は、本当にスラリとカッコ良くて、黙って歩いてるだけでも目立つだろう。
 ジーンズは絶対に切らなくて良いんだろうなと思う位に長い足だし、顔だって「何で、こんな街中を普通に歩いてるんだろう?」って疑問に思う程に、男前なのは間違いない。


 来た時と全く変わらない雰囲気で、彼の後ろを無言で付いて歩きながら、俺は本当に彼とセックスしたのかな? と、やけにリアルに残っているあの感覚を抱えたまま、何だか少し不思議に思った。




「お前、今日から勤める気はあるのか?」

 車に乗り込んだ瞬間、そう問いかけて来たジェイの言葉に、助手席に座りながら頷いた。


「時間的には大丈夫ですけど、今日からお客さんと……?」

「いや、今日はホールの仕事だけだ。中川から聞いてると思うが、指名料とは別にボーイの仕事でも給料は付く。雰囲気に慣れる為もあるし、お前の都合の良い時間までで構わない」

「――あ、はい! 分かりました。ありがとうございます。俺、頑張ります」

「良い心掛けだ。店の前じゃないが近くまでは車を廻す。俺も夜には顔を出すが、今後の詳細は中川と話せば事足りるはずだ」


 そう告げてくる彼の言葉に頷きながら、来た時とは全く違う急展開した色んな気持ちに、自分でも驚いていた。




*****




「この前の通りを真っ直ぐ行けば、店の前に出る。迷う事はない筈だ」


 月極の屋内駐車場に停めた車から降りると、ジェイがそう教えてくれた。

 駐車場を出た所で俺と別れて、店とは反対側へと歩き始めた彼の姿を、何気なく振り返って眺めてみる。

 「夜には顔を出す」と話していたから、まだ何か終わらせる用件があるんだろう。
 何となく見送っていたジェイが、駐車場から数件先にあるマンションの門を潜った瞬間、彼が何をしに行ったのか分かった気がした。


 あのマンションの一部屋に、多分、ジェイの恋人がいる。
 きっと今から恋人と抱き合って、途中で止めてしまっている欲を解放してから店に来るんだろう。
 

 彼は突っ込む方が好みだと言っていたし、背中に残った爪痕から考えても、今から男を組み敷くんだな……と、やたらとリアルに思い浮かんでくる。
 まだ目に残っているジェイの猛ったモノが、誰だか分からない男を突き上げている姿が頭に浮かんできて、ついでに何故だか押入った彼の深部の感触まで思い出してしまって、慌てて頭をブルブルと振った。




「……熱、出そう……」

 そればかりが浮かんでくる自分の頭を抱えながら、ヨロヨロと店までの道を歩いて行く。


 今までの人生からは想像も出来ないくらい、本当に強烈な経験だった事に間違いない。
 でも、さっきから何を考えてみても結局、最後には男とのセックスに辿り着いてしまう自分自身の思考に、本当に眩暈すら感じてきた。


 俺には全くその気は無いと思っていたのに、ジェイに咥えられたらあっさりと勃ってしまったし、挿入したらすげぇ気持ち良いとか思った上に、相手より早く放出してしまった。

 自分で気付いていなかっただけで、俺って本当は同性愛者なのかな? と、半ば真剣に心配になってくる。


 もっとも、そうあれこれと思い悩んでみても、もう既に仕事が決まってしまったし、男とやってしまった事実が消え失せる訳でもない。
 とりあえず必要な金を稼ごう……と自分に言い聞かせて、新しい仕事場になるジェイの店にへと向かって行った。




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