Love Trial

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 町の小さな不動産屋で営業の仕事に就いて、そろそろ一年近く経とうとしている。


 色んな意味で若干クセのある職種だし、どうしてもそれに馴染めず、同じ位に入って早々に転職した奴も多い仕事場だけど、個人的には嫌いじゃない。
 毎日、同じ事をやる方が苦手だし、何より、普通に生活している状態では考えられない位の、多種多様で個性的な人達と接する事が出来て、これが妙に面白くてしょうがない。
 そんな日々を一年近く過ごしてきて、もう少々の事では驚かなくなってきたけど、それにしても、こういう二人連れは初めて見たな……と、しみじみと思いながら、後部座席で楽しそうな二人の姿を、またチラリとルームミラー越しに確認した。






 持ち回りの順番で、今日は一番早く廻ってきた昼休憩から戻ってきた途端、店内で賃貸物件を探している二人連れの案内を、先輩社員から頼まれた。
 もう色々と希望を聞き取り、幾つかの物件に絞って、丁度「内見に行ってみよう」と話が決まった所だったらしい。


 慌てて準備を進めながら、案内する物件の詳細コピーを受け取って、借主の簡単な個人情報に、ザッと目を通していく。
 その段階では変わった様子も無かったし、書かれている男性の勤め先も、名称を聞いただけで頭に浮かぶ、いわゆる一流企業で、入居審査時も申し分ないだろう。
 他の社員と話している雰囲気も、歳相応に落ち着いているし、口調も丁寧で、むしろ好印象の方を強く感じた。
 隣で聞いている、高校生らしき若い男の子も、楽しそうに頬を緩めながら、大人の話に聞き入っていて、あの年代にありがちな、無理のある背伸びした態度もなく、きちんとした姿勢で大人しく座っている。
 だから、送り出してくれる先輩社員の、やけに嬉々とした満面の笑みと「まぁ、頑張って来い!」という一言の意味が分からず、内心首を傾げながら、席を立った二人を連れて営業車にへと向かっていった。


 次は先輩が昼休憩に行く予定だったから、俺が案内に間に合い、無事に交代出来て嬉しかったんだろうと勝手に思っていたけど、どうやら少し違ったらしい。
 それに何となく気付いたのは、車に乗り込んで内見の順番を決めようと、手渡されていた三件分の物件詳細に、視線を落とした瞬間だった。
 そういう年頃の男の子を連れているし、来年から一人暮らしを始めるとかで、今日は彼の社会勉強がてらにワンルームの下見だろうな……と想像していたのに、手元にあるコピーは、どれも二部屋は確保してある、ファミリータイプの物件になっている。
 例え、この二名様がどれだけ金持ちだったとしても、男子大学生の初めての一人暮らしで、こういうタイプの一人で住むには広過ぎるマンションを借りる人は、まずいないと思われる。
 改めて案内申込書に目を通してみると、借主及び入居筆頭者は男性の方で、入居予定も「二名」だと、しっかりと書いてあった。
 ……それじゃあ、この男性が結婚するとかで、ついでに遊びにきていた、親戚の男の子を連れて来てるのかな……? などと苦しい予想を立てながら、とりあえず車を出発させた。




 後部座席の彼等に、途中で案内を交代した事と、また同じ質問をするかもしれない事を詫びると、時間的にもお昼時で納得出来るせいか、すんなりと了承してくれた。
 その様子に安心しつつ、彼等の希望物件について問いかけてみると、やっぱり彼等二人で暮らすそうで「ファミリータイプの部屋を探している」と、あっさりと答えが返ってきた。
 ソレしか考えられないとは思ったけど、無理にでも否定しようと、頭の中で頑張っていたのに、こうも簡単に肯定されてしまうと「あ、そうなんですか……」としか返事も出来ない。
 確かに、可愛らしくてキュートだとは思うけど、コッチの子は、どう見ても男の子なんだよなぁ……と悩みながら、とりあえず一件目の物件にへと案内した。






*****






 事前に車中で彼等にも断っておいた通り、この物件は「店的な理由でのお薦め物件」であって、彼等の希望とは少し違う。
 彼等もそれは了承していたせいか、サクッと軽く中を見て廻っただけで、次の物件にへと向かう事になった。
 もっとも、若い子の方は部屋探しも初めての経験らしく、本当に楽しそうに頬を緩めてキョロキョロと部屋中を眺めているし、色々と質問まで受けてしまった。
 今どきの高校生には珍しい、素朴な態度を好ましく思いながら、彼の疑問に答えてあげつつ、移動している車中での話も弾んでいく。


 男性の方は、俺より一つ年上なだけの同年代だから、色んな意味で話が合うし、若い子の方は「奈宜」と言う名前の、本当に可愛らしいけど正真正銘、男の子だと判明した。
 色々とお互いに話をして慣れてきたのか、最初はニコニコと微笑んでいるだけで無口だった彼も、本来は話好きな性格らしく饒舌になってきた。
 それは大いに歓迎する所だけれど、その分、二人の態度も思う存分リラックスしてきて、それに少々困ってしまった。




 今までにも何回か、こういう同性のカップルに部屋を案内した事があるけど、皆、強固にそれを隠そうとしていた。
 でもやっぱり、本当に単なる「同性の友人二人連れ」とは、残念ながら醸し出す雰囲気が違うし、こっちも接客業だから分かってしまう。
 意外と見慣れてるから平気なんだけど、向こうが「友人二人です」と、頑として言い張ってくるから、とりあえずそういう事にして、毎回本人達の前では騙された風を装い、何かと気を使っている。
 中には、それが原因で入居を断られる場合もあるし、色んな意味でひっそりと隠しておきたいんだろうなーって、その気持ちも分かる気がする。
 だから、皆、そんなもんだと思っていたのに、今、後部座席で仲良く話し続けている彼等は、自分達の関係を隠すつもりなど、これっぽっちも無いらしい。


 先輩は、時間通りに昼休憩が取れるのを喜んでいたんじゃなくて、多分、このいちゃいちゃいちゃいちゃと仲が良過ぎる、男同士のカップル相手に、俺が戸惑いまくる姿を想像して、嬉々としていたんだろう。
 絶対に間違いなくそうだよな……と、とても面倒見が良いんだけど、かなりS気質な所もある先輩の顔を思い浮かべながら、どう見ても新婚夫婦としか思えない二人の姿に、またチラリと視線をやった。


 遠目で見れば、どちらも長身でモデル体系のカッコ良い『男女の』カップルに見えなくもないけど、残念ながら今回は、手を伸ばせば触れる近距離で、彼等に住居を案内しなければならない。
 美男美女ならぬ、美男美男な恋人同士を後部座席に乗せたまま、無事に到着した二件目の駐車場に車を止め、何をやっていても楽しそうな二人と一緒に、物件にへと向かっていった。






 確かに、俺の方が先に立って歩いているけど、それなりに背後の様子だって目に入ってくる。
 ……最近の男の子は、年上の男性と腕を絡ませて歩くのが普通なのかな……? と、ベッタリと寄り添っている彼等の姿に悩みながらも、部屋の中にへと案内した。


 此処は個人的にも、お薦め出来る物件だと思うし、彼等の希望にもほとんどピッタリ合致していると思われる。
 二人も気に入ってくれた様で、内部のあちこちを案内し、質問に答えながら、物件内をウロウロと歩き回った。




「奈宜、ココで良いんじゃねぇか? お前の実家にも近いし、こういう造りだと何かと楽だろう。ほとんど希望通りだと思うが」
 隅々まで満足気にチェックしていた男性は、やっぱり結構気に入ってくれたらしい。
 そう問いかけてきた男性を見上げて、隣に立つ男の子は、可愛らしく小首を傾げた。
「うーん、かなり良いと思うんだけど……お風呂がちょっと狭いかな。コレだと、二人じゃ少しきつくないかなぁ」
「あぁ、確かにそうだな。少なくとも、ゆったりとは出来なさそうだ」
 脱衣場を覗き込みながら、そう答えてきた男の子に向かって、男性も納得した様子で頷いた。


 そんな二人の様子を、真正面から見詰めながら、何だか、聞いてはいけない会話をうっかり聞いてしまった様な、そんな後悔を若干感じた。
 バスルームの広さって事は、やっぱり一緒に入るのか……? と、こちらが悩む間も無く、スタスタと歩いて行ってしまった二人は、躊躇う素振りすらなく、一緒に浴室内にへと入ってしまった。


 これがリアルな友人達なら「てめぇら、一生ソコに入ってろ!」と、浴室内に閉じ込めてしまいたい気分だけど、二人は大切なお客様だから、断じてそういう訳にもいかない。
 それもだけど、「実家近く」って事は、既に家族公認のお付き合いなのかな……? と、また違う事柄について悩みながら、ほとんどベッタリと、抱き合わんばかりの近距離でくっ付いて、バスタブの中に二人して座り込んでいる彼等を呆然と眺めた。


 もう包み隠さず「ぶっちゃけホモなんですか?」と聞いてみたい所だけど、いろんな意味で聞くに聞けない。
 別に改めて聞くまでもなく、どう見たって恋人同士だよなと、半ばヤケになって肯定しつつ、仲良くお風呂に入っている様子をシミュレーションしている彼等が戻ってくるのを、ベランダに出てぼんやりと外の景色を眺めながら、ジッと無言で待つ事にした。






「悪いが、もう少しだけ、バスルームの広い所が良さそうだな。その他の条件では、この物件で不満は無い」
 二人の意見も纏まったらしく、ようやくバスルームから出てきて呼びかけてくれた男性の声に、また室内にへと戻った。


「分かりました。じゃあ、この物件で、特に気に入った部分は?」
「キッチンが良いらしいな。俺は分からないが、奈宜が『使いやすそうだ』と気に入っている。実家のキッチンに似ているそうだ」
「へぇ、キッチンですか……彼は料理が好きなんですか?」
「らしいな。弁当も作りたいと張り切っている。今は週末に夕食のみだが、いつも上手に作ってくれるし、使いやすいキッチンはアイツの希望でもある。最重要だな」
 彼がいつも作ってくれる、愛情のこもった美味しい手料理を思い出したのか、男性が嬉しそうに微笑みながら答えてくれた。
 新婚って良いなぁ……と、もうすっかり事実として納得してしまった、二人の関係に思いながら、頭の中に残っていた、他の物件の事を思い出した。


「あ、そういえば……この希望条件の、部屋についてなんですけど。二部屋ってのは絶対条件ですか? いわゆる1LDKで、かなりキッチンに凝ってる物件があるんですが」
 料理好きな大家の趣味丸出しで、何故だか、業務用ガスオーブンまでもが完備されている、新婚さん向けのマンションを思い出した。
 子供がいるファミリーには、物件自体が狭いものの、料理好きな奥様の新婚夫婦には大好評で、意外と人気物件だったりする。
 ふと思い出して提案してみると、男性も興味を持ってくれた様で、真顔になって考え込んでしまった。


「それはかなり迷う所だが……やっぱり部屋は少々狭くても構わないが、最低二部屋は欲しい。ウチの親もそうだが、奈宜の両親がやってくるからな。月に何度かは泊まっていくだろう」
「あ、そうなんですか。じゃあ、来客用で一室なんですね」
「そんな感じだ。実際、最初は1LDKで探すつもりだったが、それに気付いて2LDKで探す事に決めた。これが友人達なら、勝手にリビングのソファにでも転がってろ! で済むけど、両親に向かってそれはちょっと……だからな」
 事情を説明してくれる男性の隣で、男の子が苦笑いを浮かべた。
「すぐ近くで決めるし、晩御飯も二人一緒に週に何度かは食べに行くから……って約束してるのにさ。やっぱりコッチにも遊びに来たいんだって。俺は、将貴さんと二人だけが良いから『あんまり来ちゃダメ』って、今から言ってるんだけど」


 ほんのりと頬を染め、「将貴さん」の部分だけちょっぴり小声になりつつ話す男の子を、男性は頬を緩めて見守っている。
 どうやら新婚生活に向けて呼び名を変えている最中らしく、その都度「森崎さん」だったり「将貴さん」だったりするから、この男性のフルネームは「森崎将貴」だと、コッチまで問答無用で覚えてしまった。
 もっとも、森崎の方も何かにつけて「奈宜!」と名前を連呼しているから、きっとお互い様なんだと思う。
 案内も二件目になると、コッチも色々と見慣れてしまって、もう、全然気にならなくなってきたなぁ……と感慨深く思いながら、最後の物件のコピーを確認しつつ、見詰め合っている二人に声をかけた。




「そろそろ次に行きましょうか。多分、コッチで決まりだと思いますよ」
 一応声をかけて歩き出すと、二人も気付いてくれた様で、三人一緒に、玄関にへと向かって歩き始めた。


「やけに自信満々だな。そんなに良い物件なのか?」
 少々からかう様な口調で問いかけてきた森崎に向かって、その問いかけ通り、自信満々で頷いた。
「えぇ、かなり。仕切りを完全に外せば、リビングと一体になる形式で一室なんですけど、この部屋が和室なんですよね。お二人の年齢的にどうなんだろうなと、それだけが唯一気がかりだったんですよ。普段はリビングと一体にしておいて、来客時にだけ仕切って、寝室にすれば良いんじゃないですか?」
「なるほど、それは良いな。和室なら布団で良いし、両親も喜ぶだろう。普段は意外と自分達でも使えそうだ」
「畳でゴロゴロ出来るし、冬はコタツを置いても良いですよね。キッチンは、この物件に似た感じで、お風呂は広めに取ってあります。きっと気に入ると思いますよ」
 少々気になってた部分が、逆に利点になりそうで、ホッと胸を撫で下ろした。
 他は全て、希望通りの物件だから、きっと彼等も気に入ってくれるだろう。
 何故だか、コッチまで本当に嬉しく思いながら、男二人で入るには、少々狭過ぎるバスルームだった二件目の物件に鍵をかけて、ゾロゾロとエレベーターの方に向かった。




 お互いの両親公認なのには、内心、真剣に驚いたけど、これだけ仲が良いのを目にしたら、やっぱり男同士だって理由だけじゃ、反対出来ないよなぁ……と、柄にもなく、穏やかな気持ちで納得してしまった。
 森崎という男性が、奈宜という男の子を心底大切に想っているのは伝わってくるし、奈宜の方もまだ若いけど一生懸命、彼との生活を営んでいく気構えでいるらしい。
 もう何組もの新婚夫婦を見てきたけど、こんなに仲の良い二人なんて、初めて出会った気がする。
 二人が楽しく暮らしていける部屋を探す手伝いが出来て、本当に良かったなと、仕事だって事を抜きにして、真剣に嬉しく思った。


 一歩間違えれば、イジメと間違われてもおかしくない位のスパルタで、いつも厳しい試練を施してくる先輩だけど、何とか無事に乗り越えらそうな気がする。
 これで次を気に入ってくれて、このまま申込が入れば合格なんだけどなぁ……と、そうなると思うけど、色んな意味で願いをこめた。
 本日の試験に合格すれば、仲の良い彼等の微笑ましい様子を肴に、この詳細をきっと聞きたがっている先輩から、晩飯を奢って貰えるだろう。
 そんな楽しい夕飯時を期待しつつ、自信を持って連れて行ける、一番のお薦め物件にへと、男同士の新婚夫婦と共に向かって行った。






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2010/03/20 無料本再掲  yuuki yasuhara  All rights reserved.